116.順風満帆な探索行
樹海でアトラスさんの家へ立ち寄り、しばしの休憩をとった『白銀の女神』は、十九階層へ戻り探索を再開した。
樹海の最果てにそびえる巨城の地下で発見した詰め所らしき施設に、ウサギを一晩閉じ込め『コロニー』かどうか判断する。
『コロニー』でなければウサギは夜の魔物たちに八つ裂きにされて殺されているだろう。
少々残酷だが仲間たちの安全を確保するためにはしかたがないことだった。
次の日の朝、早々に詰め所に向けて探索を開始した。
相変わらず大量の子鬼が通路の脇から出現して襲ってくる。
モーギュストの槍捌きとアニーの『神聖防壁』で、慌てること無く殲滅していった。
「旦那、着きやしたよ。中のウサギがどうなっているか楽しみでさぁ」
「ワンさん、早く開けてよ待ちきれないわ」
扉の前でニヤついているワンさんに、しびれを切らしたセルフィアが催促する。
「それじゃ開けやすよ」
慎重に扉を開け中を確認する、しばらくしてワンさんが扉を開け放ち俺達に言ってきた。
「『コロニー』確定でやんす、ウサギは無事でさぁ」
仲間たちが嬉しそうに飛び上がる、しかし迷宮では騒げないのでみな無言で喜んだ。
ゾロゾロと詰め所の中へ仲間たちが入っていく、部屋の中では『退魔の香』がまだ燃えていて微かに煙を上げていた。
長椅子に繋がれていたウサギが俺達に気づいて怯えながら丸くなった。
ワンさんは無言で近づくとウサギの首に素早く短剣を突き立てた。
可哀相だが樹海へ戻り逃してくるわけにもいかない、せめてもの情けで苦しまないように一撃で意識を刈り取った。
「今晩はウサギを食べて弔いやしょう」
血抜きをしながらワンさんが言ってきた、俺は無言でうなずくとかまどの材料を巾着袋から出した。
ワンさんが手早くウサギを解体していく、またたく間に肉の塊にされたウサギは、使命を全うして美味しそうな食材になった。
詰め所の隅にベッドを設置して今日の寝床を整えた。
クリーンを唱え部屋をきれいにすると、とても快適な空間になった。
かまどからは串焼きにされたウサギが、美味しそうな匂いを辺りに漂わせている。
ウサギに感謝しながら美味しくいただいた。
「明日からは更に奥へ探索していく。まだ魔物の分布が完全にわかったわけではないから油断するな」
俺の言葉を仲間たちは真剣に聞いている、その中でリサとドラムは疲れて眠っていた。
リサを抱えベッドへ移動して寝かしつける。
ドラムを抱えると俺も早めに寝ることにした。
「旦那、起きてくだせぇ、見張りの時間でやんす」
夜中に見張りの順番が来てワンさんに起こされた。
「もうそんな時間か……、今起きるよ」
背伸びをして凝り固まった背中の筋肉をほぐす、気合を入れて起き上がると顔を洗うために部屋の隅の水瓶へ歩いていった。
顔を洗いながら今後の探索を考えた。
ショーンは俺になぜ迷宮を探索するか聞いてきた。
俺は生活のため、そして今では仲間たちと探索するためと答えた。
しかし改めて考えるととても危険なことをしていることに気付かされた。
探索に慣れてしまい感覚が鈍っているが、骸骨騎士やドラゴンなんかと戦闘するのはかなり狂ったことだ。
すでにどんなに散財しても一生困らないほどのお宝が巾着袋に入っている。
探索者を引退してもいいのではないか、引退しないまでも迷宮に潜るのをやめて他の地で冒険者として生きていけばいいのではないか。
考え始めると後ろ向きな発想が後から後から頭の中にわいてきた。
(駄目だな……、考えが悪い方向へ行っている)
頭を左右に振り、考えを振り払う。
この城だけでも攻略しよう、そしてまた考えればいい、俺は無理やり考えることを放棄した。
そろそろ夜が明けてきたので、かまどで朝食を作り始める。
今朝のメニューはパンにソーセージを挟んだシンプルな物だ。
スープは樹海で採取したきのこをふんだんに使った山羊の乳のスープだ。
葉物野菜ときのこを適当な大きさに切りお湯で茹でる。
煮だったところへ山羊の乳を入れ塩コショウで味を整えた。
味見をすると素朴な味がしてなかなか美味しくできた。
「美味しそうないい匂いがしますね」
朝の祈りを終えたアニーがニコニコしながら近付いてくる。
「なかなかうまくできたから期待していてくれ、そろそろセルフィアたちを起こしてきてくれないか」
「わかりました」
微笑んでうなずくとセルフィアたちが寝ている部屋の一角へ静かに歩いていった。
俺もワンさんたちを起こしに行く、丁度女性陣と反対側の壁にベッドを設置している彼らの肩を揺り動かして起こした。
「おやようございやす、今起きやす」
「おはようレインさん、もう起きたから大丈夫だよ」
二人とも眠そうだがなんとか起きたようだ。
「朝飯が出来ているから、顔を洗ったら食べてくれ」
「ありがとうございやす」
「いつもありがとう」
二人共だいぶ目が覚めてきて元気に立ち上がった。
中央に設置したテーブルへ戻るとアニーが座っていて、リサの髪に櫛を通していた。
「お兄ちゃんおはよう……」
まだ半分寝ぼけ顔で挨拶してくる。
「おはようリサ、よく眠れたか?」
「うん、ぐっすり眠れたわ」
にっこり笑って答えてくる。
「セフィーおはよう」
「おはよう……」
朝が弱いセルフィアはテーブルに突っ伏して二度寝しようとしていた。
「セルフィア、いい加減に起きなさい。レイン様も呆れていますよ」
アニーが呆れ顔でセルフィアをテーブルから引き剥がした。
「ああ……、もう少しだけこうしていたいわ……」
目が完全にふさがった状態で体を起こしたセルフィアは、気力を振り絞りなんとか起きようと頑張っている。
俺は皿いっぱいに盛り付けたソーセージパンをテーブルにどっかりと置く。
更に湯気が立ち上るきのこスープの入った深皿をみんなの前に次々と置いて行った。
「いい匂いね! 食欲が湧くわ!」
さっきまで寝ぼけていたセルフィアが食欲に負けて元気に言ってきた。
「さあ、早く食べて探索を再開しよう、今日は更に奥へ進む予定だ、気を引き締めていこう」
全員気合の入った返事を返してきた、パーティー内の士気はまだまだ高いようだ。
食事が終わり出発の時が来た。
「よし! みんな気合を入れて前進しろ! 決して油断するな!」
「「「「「「了解!」」」」」」
気合を入れて探索を開始する。
狭い迷宮を探索する勘が戻ってきて、みんな自分のするべきことが指示を出さなくても行動出来るようになってきた。
「バリア」
アニーが一人ひとりに呪文を掛けていく。
セルフィアは小さな魔法陣を自分の周りにいくつも浮遊させていつでも魔法を唱えられるようにしていた。
もちろん先頭はワンさんでその次がモーギュスト、この並びは城の探索になってから変わることはなかった。
リサが俺の横で嬉しそうに微笑んでいる。
ドラムは俺の頭の上にのんびりと浮かんでいた。
代わり映えしない探索が続くがみんなの表情は明るかった。
それはなぜかと言うと見つかる宝箱や隠された小部屋にはかなりのお宝が眠っていて、一つ見つけるたびに相当な儲けになったからだ。
近々王都へ言って武具の新調をしようと言うことになっていて、みなそれを楽しみにしていた。
順風満帆な探索が開始され懐も十二分に温まった。
後はさらなる新発見、すなわち第二十階層、ボス部屋を目指すだけになった。