113.不気味な子鬼
ショーン・ギャラクシーは同郷の転移者だった。
しかも大魔導師、アルフレッド・メイウェザーその人でもあったのだ。
会合から二日後『ミドルグ迷宮』前の広場に『白銀の女神』の姿を見ることができた。
青黒く光る全身鎧に身を包み、アダマンタイト合金の短槍を掲げている低身長の戦士が先頭を歩いている。
その後ろからは金色の髪をたなびかせ、深い紺色のローブに身を包む美女が自信ありげに歩みを進めていた。
その隣には純白の生地に金糸銀糸で飾られたローブに身を包んだプラチナブロンドの美女が微笑みを湛えながら歩いている。
隊列の中程には人間種にはありえない美貌の少女が嬉しそうに歩いていた。
その髪は白に近い金髪で、肌は透き通ってキメが細かい、特長的な尖った耳は彼女がエルフであることを物語っていた。
隊列の最後尾、殿を務めるのは小柄な獣人だ。
弱小種族のコボルドで体格も華奢だった。
しかしそのコボルドは只者ではない雰囲気を周囲に撒き散らし、強者の雰囲気を漂わせていた。
彼を直視できる探索者はその場に一人も居なかった。
五人の凄腕探索者に囲まれるように一人の若者が歩いている。
傍らには銀色に輝く鱗を持つドラゴンが宙を漂っている。
若者の容姿は黒髪に幼い顔立ち、すらっとしているが筋肉質な体で、探索者としては理想の体型をしていた。
豪華な鎧に身を固め腰には見慣れぬ剣を差している。
見事に反り返った細身の剣はすぐに折れてしまいそうだ。
叩き切るには重さも足りないだろう、実戦では使い物にならず、完全に飾りでしか無いように思われた。
しかしその場に日本人の転生、転移者がいればこう呟いたことだろう。
日本刀
世界最強の近接武器、折れず曲がらず相手を骨ごと切断する鋭利な刃物は、使う人間によって大きく性能を変化させる摩訶不思議な殺戮刀であった。
彼らが向かう先は人外魔境『ミドルグ迷宮』第十九階層、完全なる人類未踏の奈落だった。
「『白銀の女神』レイン・アメツチ以下五名は、これより十九階層へ遠征します!」
広場が割れんばかりの歓声に包まれる、熱狂の渦は地鳴りのようにあたりにこだまし、耳が痛くなりそうだ。
「御武運を!」
入り口に立つ迷宮衛兵が返事をしてくる。
衛兵の最敬礼に見送られて、一歩ずつ階段を降りて迷宮の中に進んでいった。
少しずつ喧騒が遠ざかっていく、一階層についた頃にはすでに声は聞こえなくなっていて、迷宮特有の低い地鳴りがあたりを包んでいた。
石碑の前でみんなに号令をかける。
「アニー『神聖防壁』を展開しろ、セルフィアは小規模で連射できる魔法の構築。モーギュスト、不意に襲ってくるかもしれない魔物は君が防げ、リサは俺から離れるな。ワンさん、転移したら速攻で石碑のある室内を制圧をしろ、ドラムは天井付近に飛んで援護してくれ、以上!」
「「「「「「了解!」」」」」」
俺は念の為に石碑で十九階層に飛ぶ前に臨戦態勢を整えた。
なにかが起きてからでは間に合わないので、始めから最大級の警戒レベルで転移することにしたのだ。
「いくぞ、我らを運べ……、転移!」
目の前が暗転して石碑に引っ張られる、頭の先から瞬間的に引き込まれ次の瞬間には地下の霊廟へ飛ばされた。
「光よ灯れ、ライト!」
光球が天井めがけて勢いよく飛んでいく、眩い光で辺りが照らし出され部屋の様子がはっきりと見えた。
抜身の刀を握り深く腰を落として周囲を見渡す、そこは静寂だけが支配する魔物は居ない空間だった。
ドラムがゆっくりと降りてくる。
「魔物は居ないよ」
俺の頭の上で浮遊すると報告してきた。
ワンさんが徐々に姿を現しこちらに向かってきた。
「隅々まで調べやしたが何もいやせんでした」
「そうか、探索を続行する引き続き警戒しろ」
「わかりやした」
全員が緊張を解かず俺の指示を待っている。
「よし、このまま部屋を出て周囲を探索する、どんな魔物が出るかわからないから気を抜くな。ワンさん、モーギュストの前で罠を調べてくれ、誰も来ていない未踏の地だ、罠だらけの可能性が高い」
「了解でさぁ、任してくだせぇ」
気合を入れて扉に近づく、その後ろではモーギュストがアダマンタイト合金の壁盾を構えて不測の事態に備えていた。
重い石の扉をゆっくりと開けて部屋の外へ出る。
通路は左右に伸びていて完全な暗闇だった。
「光よ戻れ」
セルフィアの持つ杖の先に天井から光球が戻ってきた。
通路は明るい光に照らされて遠くまでよく見えるようになった。
「旦那どっちへ行きやすか? 指示してくだせぇ」
「右の通路の先に魔物の気配を感じる、数は一体だと思う。そちらに行って様子を見よう」
「わかりやした」
慎重に壁や床を調べながらワンさんがジリジリと進んでいく。
その後ろをモーギュストが続きそのまた後ろを女性三人がついていく。
俺は一番後ろで後方の警戒をしつつ『気配探知法』をフル稼働していた。
『気配探知法』の最大の利点は、迷宮の壁も突き抜けて周囲の様子を知ることができることだ。
壁の反対側にいる魔物や、迷宮の構造なども手にとるようにわかった。
「もうすぐ魔物が見えるぞ気をつけろ」
ライトの呪文に照らされて薄ぼんやりと魔物が姿を現した。
それは小柄なひとがたで、背中を丸め光から顔を背けている。
体には何も付けておらず裸で、気味が悪いほど青白い肌をしていた。
「旦那、どうやら奴は吸血鬼のようでやんす、図書館で調べた特徴にそっくりでさぁ」
「そうだな、だがあいつは下級吸血鬼だな噛まれなければどうとでもなる」
「モーギュスト、先制攻撃はしないで注意しながらもう少し近付いてみよう、ヤツの攻撃パターンを知りたいからな」
「オッケー、ゆっくり近づくよ」
壁盾を全面に出しながらすり足で少しずつ近づいていく、すでにモーギュストの間合いに入った吸血鬼はまだ動かずにうずくまっていた。
「レインさん、こいつの足を切断してみていい? 攻撃したら動き出すかもしれないよ」
「よし、慎重にやれ、援護は任せろ」
モーギュストは手で了解の返事をすると腰を低く構えて短槍を突き出した。
『ギョェェェェ!』
もう少しで足を切り飛ばす瞬間、吸血鬼が海老反りになって跳ね上がり天井付近まで跳躍した。
あまりの出来事に一拍迎撃の手が遅れてしまう。
天井に張り付いた吸血鬼は、間髪を容れずにモーギュストの頭越しにアニーめがけて天井を蹴った。
弾丸のような速さでアニーに迫る吸血鬼、しかし途中で不可視の壁にぶつかり悲鳴を上げて落下した。
床に落ちた吸血鬼は激しく煙を吹いて燃えあがる。
悲鳴を上げながら床の上をのたうち回った吸血鬼は、最後に勢いよく燃えて光の粒子になって消えていった。
「アンデッドには『神聖防壁』は毒だったみたいですね」
アニーは汚らわしいものを見るように消え去った吸血鬼を睨み返す。
そこにはきれいに透き通った青色の魔石が転がるだけで、魔物の姿は見当たらなかった。
「お姉ちゃんの防壁凄いね」
リサがにっこりと笑ってアニーを見る、アニーは険しい顔を一転して微笑みに変え、リサを抱き寄せた。
「大した威力だな、神の防壁は鉄壁だな」
「慢心してはいけませんよ、油断は命取りになります」
リサの頭をなでながらアニーがそっと言ってきた。
俺はその通りだとうなずき気を引き締めた。
「旦那! この魔石みてくだせぇ、純度が相当高いようでやんす」
すでに魔石と言うよりは魔結晶に近い状態にまで成長したお宝に、ワンさんが大喜びだ。
(ほんとにお宝が好きだな、お金なら腐るほど持っているのに……)
「よし、なんとか魔物を倒すことができた、次の目標は『コロニー』の発見だ。周囲をゆっくり虱潰しに探索しよう」
魔物も倒すことができて探索の目処がたった。
霊廟を中心に探索の範囲を徐々に広げていくことにした。