112.ショーン・ギャラクシー
謎の探索者ショーン・ギャラクシーからの会談の誘いを受け、俺はゆっくりと椅子に腰掛けた。
ショーンは俺が椅子に腰掛けたのを確認すると、部屋の扉を閉め何やらブツブツと呪文を唱え始めた。
「誰かが僕たちの話を盗み聞きしているかもしれないからね、この部屋に傍受無効の呪文を唱えさせてもらったよ」
いつもの陰気で抑揚の無い口調は影を潜め、年相応の砕けた口調で俺に話しかけてくる。
ショーンはゆっくりとテーブルへ近づき俺の反対側の席へ腰を下ろした。
そして目深にかぶっていたローブのフードをおもむろに取り去った。
フードに隠れていた顔が薄暗い部屋の明かりに照らされる。
髪は俺と同じ黒色で目の色は金色、顔は日本人そのものだった。
「君も気づいているんだろ? 僕がこの世界の人間じゃないってことを。そして君もこの世界の人間ではないね?」
椅子にゆっくりもたれかかりくつろいだ表情を見せる。
「なんでわかったんだ? そんな素振りはした覚えはないが……」
「やっぱり僕と同じだったか! なんとなくそう思ってたんだよ!」
どうやらカマをかけられたらしい、ショーンは嬉しそうに笑っている。
まんまと騙されたわけだが、何故かショーンのことを俺は嫌いにはなれなかった。
同郷の人間が同じ世界にいるということだけで無性に嬉しかった。
「お互い自己紹介をしないか? 俺はショーンのことをよく知らないんだ」
「いいよ、それじゃあ僕から行くよ。ぼくの名前は矢崎省吾、日本人だよ。年はもう忘れちゃったな、かなり昔に来たから曖昧なんだ」
笑いながら話す彼は俺より年下に見えた。
「俺の名前は天地蓮だ、こっちに来た時の年齢は三十三歳だった、今は若返って十八歳だ、同じく日本人だよ」
「そうか、じゃあレインさんって呼ぶよ、僕は日本では二十代だったはずだからね。こっちでの年齢は四桁には届かないくらいかな、化け物みたいでしょ? はははは」
俺は四桁という数字に絶句してしまい、彼がいくつなのか聞くことが出来なかった。
「どうもレインさんは同じ時代の人みたいだね、江戸時代とかそれより前の人だったらどうしようと思ったよ」
「確かに話が噛み合うな、ショーンは相当昔に飛ばされてきたみたいだが、同じ日本の同じ時代に生きていたようだな」
数百年の時を越え日本の同じ時代の人間と話をできる、それだけで奇跡のような話だった。
「僕のスキルの事知っているんでしょ? 結構有名みたいだからレインさんクラスの人は知っているはずだよ。僕は年を取らないんだよ、だから何百年も前からこの迷宮で暮らしているのさ」
「ん? 街じゃないのか? 迷宮で暮らしている?」
「そうだよ、レインさんもアトラスと知り合いだろ? 彼とは昔一緒に暮らしていたんだよ、その時のように今でも迷宮のあちこちで暮らしているのさ」
「え!? なんでアトラスさんと俺達のことを知っているんだ!? 君は一体誰なんだ!?」
頭が混乱してなかなか言葉が出てこない。
「迷宮で長く暮らしているからね、迷宮の内部のことは全て知っているのさ」
「ショーンはアトラスさんのことを知っているのか?」
「ああ知っているよ、何百年か前にあの集落で暮らしていたんだよ、あの時の名前はなんて言ったかな……、あまりにも昔のことで忘れちゃったよ」
ゲラゲラと笑いながら一人でウケていた。
「まさかアルフレッド・メイウェザーって言うんじゃないだろうな?」
俺はピンときて集落で暮らしていた魔道士の名前を駄目もとで言ってみた。
「アルフレッド! 懐かしいな! たしかにその名前を使っていたよ、でもそれ偽名だから、まあショーンも偽名みたいなものだけどね」
俺は愕然として体に力が入らなくなってしまった。
目の前で陽気に笑っている少年は数百年前に実在した大魔道士、アルフレッド・メイウェザーその人だったのだ。
震える手で巾着袋から彼の著書『アルフレッド・メイウェザーの魔法書』を取り出す、そしてゆっくりとショーンに差し出した。
「なんだい? おお! 懐かしいもの持っているね、これ僕が書いた本だよ」
俺から本を受け取ると嬉しそうに本をめくっていく、自分の書いた本を懐かしそうにゆっくりと見ていった。
「ああ、説明が少し甘いな、これでは魔力効率が悪くなってしまう、ここはもっと緻密なんだ」
どこからかペンを取り出すと黙々と魔導書に書き込みをしていく。
かなりの長い時間ペンを走らせていたショーンは、我に返るとはにかみながら本を閉じた。
「ごめん、集中すると我を忘れてしまうんだ。ところでこの本どこで見つけたの? 全部処分したはずだったんだけど」
「俺たちはアトラスさんに樹海で出会ってから戦力を強くしてもらったんだ。その本は彼の家の本棚においてあったんだ、遺品整理で見つけたらしい」
「そうか、アトラスは俺を弔ってくれたのか……、彼に感謝しなくてはいけないね」
「え? ショーンは死んだのか? 言っている意味がわからないぞ」
「ああ、あくまで見かけ上だよ。魔物と大規模な戦闘があってね、そのどさくさで僕は姿を消したんだよ。ひと所に長く居過ぎたからちょうど潮時だったんだ」
少し寂しそうな顔をしながら話してくる、手に持っていた本を机の上を滑らせてこちらに返してきた。
「持っててよ、読めるんだろ? 探索にはまあまあ役に立つはずだよ」
「いいのか? かなり大事なもののような気がするが……」
「いいのいいの、ちょっと古い理論で書いてあるから今の僕にはいらないよ、それにもう翻訳しているんじゃないか? 君の魔法使いは腕がいいらしいじゃないか」
からかうように俺をみてセルフィアのことを言い出した。
「無断で使用したのは謝る、まさか本人が生きているとは思わなかったんだ。申し訳ない」
俺は素直に謝った、許可なく使用したのだから当然のことだった。
「本当に気にしていないから頭を上げてくれよ、それに誰かに読んでもらえて少し嬉しいんだよ」
ショーンは全く気にしていないようで、むしろ機嫌が良くなっていた。
「それよりレインさんに聞きたかったことがあるんだ、あなたは迷宮を攻略してどうするつもりだい? 何を目的に探索しているの?」
少し真剣に尋ねてくる、ショーンは椅子から身を乗り出して金色の目で俺を覗き込んできた。
突然の話題変更に戸惑いながらも彼の問に真摯に答えなければならないと思った。
「それを語るにはこの世界に来た経緯を言わないといけないな。俺は一度死んでいるんだ、輪廻の渦からはみ出てしまい女神様に情けをかけてもらってここに来たんだ。俺の希望は天寿を全うすることだ、探索者になったのは暮らす金を稼ぐためだった。今は仲間たちと探索するのが楽しくて探索者をやっているんだ」
俺の話を黙って聞いていたショーンは、何度もうなずくと肩の力を抜いて椅子にもたれかかった。
「そうか、安心したよ。迷宮の破壊とか言い出したらレインさんを排除しなければいけないところだったんだ。あなたの考えはよくわかりました、これからも探索を頑張って続けて下さい」
急によそよそしい口調になりにっこりと笑うと席を立つ。
「ここでの話は外部に漏らさないで下さい、魔導書のことはパーティー内なら適当にごまかして話してもいいですよ。僕は魔法使いが大好きだから応援したくなるのですよ」
部屋の扉の前で不意に立ち止まる。
「また話す機会もあるでしょう、楽しい異世界の生活を満喫して下さい」
そう言い残すと扉を開けて闇の中へ消えていった。
彼の能力のこと、迷宮に拘る理由、彼が行ける本当の階層、まだ色々聞きたいことはあったが聞けずじまいだった。
椅子に座ってしばし考える、彼とはもう一度話し合う必要がありそうだった。
ドアをノックする音で現実へ引き戻された。
扉を見ると宿屋の主人が気持ち悪い笑みを顔に張り付かせて立っていた。
「旦那様、皆様お帰りのようですがお泊りになられますか? なんでしたらベッドのある部屋へご案内いたしますよ?」
揉み手をしながら俺の返答を待つ宿屋の親父にイラッときてしまう、なぜだかわからないが無性に腹が立ってしかたがなかった。
「いや、もう帰る。邪魔したな」
銀貨を一枚主人に投げつけると部屋を出る。
「またのお越しをお待ちしておりますよ、旦那様」
粘り気のある猫撫で声が薄暗い部屋から響いてくる。
背筋がゾッとして足早に階段を駆け下りると、後ろを振り返らないようにしながらスラムの闇を駆け足で走り抜けていった。