111.出し惜しみはしない
(前回、閑話3~スラム街~のあらすじ)
会合に参加するためスラム街を移動するレイン。
その様子を盗賊たちが襲撃するため物陰から様子をうかがっていた。
盗賊たちと戦闘になり、圧倒的な戦力差で彼らを殲滅するレインとドラム。
多少の遅れで会場の宿屋へ到着したレインは、何事もなかったかのように会合に出席するのだった。
会合に向かうため『雄鶏の嘴亭』を出発したレインは、多少の寄り道をした後、会場の宿屋の二階へ上がっていった。
部屋の中へ入る俺の横には、機嫌良さそうなミカサがピッタリと寄り添っていた。
俺の腕にまとわりついているミカサを見てビリーさんとシルバーが驚いている。
俺は苦笑いを浮かべながら遅くなってしまったことをみんなに謝った。
「少し野暮用でおくれてしまった、すまない」
「そんな事はいいがレイン、ミカサとだいぶ仲がいいじゃねえか……」
信じられないものを見るような目で俺とミカサを見てくる。
「明日は槍が降るかもしれませんね……」
シルバーもいつもの余裕の雰囲気はなく、嫌味に精彩を欠いていた。
嫌味を言われたミカサも完全に無視をして俺だけを見ていた。
「ミカサ……、みんなの視線が気になるからもう少し離れてくれないか?」
俺的には腕が色々気持ちいいのでこのままでも良いのだが、流石にビリーさん達の視線が気になるので少し離れてもらう。
「別に気にしなくていのに、あんた達もあんまり見ないでよ」
少し機嫌を悪くしながらも俺の手を離し椅子に座った。
ビリーさん達はいまだに信じられないようで、ミカサに何も言い返せなかった。
「まあ、男嫌いのミカサがレインを気に入ったんならめでてえ事だ、俺は応援するぜ」
順応性が高いビリーさんは笑いながら俺に言ってきた。
「ミカサとはそんな関係じゃないぞ、俺は今迷宮のことしか頭にないからな」
「ひどいわ、せっかくセルフィア達がいないから、レインを独占出来ると思ったのに」
ミカサは拗ねながら俺の手を握ってきた。
(かわいいな、俺こいつのこと結構好みなんだよな……)
最初の出会いこそ最悪だったが、見た目はこの世界で出会った女性の中で一、二を争うほどの美貌の持ち主だ。
スタイルも申し分なくて性格が今のようなら文句もつけようがなかった。
「まあ俺もミカサのことは嫌いじゃないぞ? ただ今は攻略で頭がいっぱいなんだ、わかってくれ」
「ほんと!? あたしもレインの事が大好きよ! 嬉しいわ!」
周りにビリーさん達がいるのも構わずミカサが抱きついてくる。
男嫌いのミカサしか見たことがないみんなは、黙ってその様子を見ているだけだった。
「ミカサは少しおかしいようだ、構わないから会合を始めてくれ」
腕に巻き付いたままのミカサに諦めて話を勧めてもらう、ビリーさんも了承すると『ミドルグ探索結社』の会合が始まった。
「それじゃあ会合を始めるぜ、例によってギルド長は欠席だな。今回の議題は十八階層突破ができたかもしれないということだ。巨大な城を発見したという報告をレイン達から得ることができた。これは『ミドルグ探索結社』にとって大いなる前進だ、結社を代表して『白銀の女神』と『戦乙女』にお礼を言わせてくれ」
ビリーさんが頭を下げる、シルバーも俺に対し目礼をしてきた。
「あたし達『戦乙女』は『白銀の女神』について行っただけだから手柄は全てレインたちのものよ、功績は『白銀の女神』にこそふさわしいわ」
「あなたにしては感心なことですね、その申し出は素晴らしいですよ」
シルバーが珍しくミカサを褒める。
「事実を言ったまでよ、レイン達の実力はあたしの想像を遥かに超えていたわ、骸骨騎士の群れを一方的に倒したのを見たら誰でもそう思うわよ」
相変わらす俺の右腕を抱えながら神妙な顔をしてミカサは語る。
「そうか、まあ発見時にその場にいたことには変わりないから功績は二パーティー平等ってことにしておいてくれ、ミカサの話は俺達も信じるからよ」
ざんばらの赤髪をごりごりと掻きながらビリーさんが言ってくる。
ミカサは不満げだったが、俺がミカサに提案を受け入れるように言うと、おとなしく身を引いた。
「そこでレインに詳しく話を聞きたいんだ。何があったか話してくれねぇか? できるだけ具体的に話してくれると助かる」
「わかった、少し長くなるが聞いてくれ。俺とミカサのパーティーは戦力を合わせて十八階層を探索することにした、装備を整え奥地へ向かって探索の足を伸ばしていったんだ」
ミカサ達の戦力アップの話を聞いてくるかと思ったが、誰もそのことには触れてこなかった。
彼女たちの戦力は探索の始まった数ヶ月前とは明らかに違っていて、ビリーさんたちと比べても遜色のないレベルまで上がっていた。
ある程度は追求があるのを覚悟していたが、探索方法の秘密を聞くのはタブーらしく誰ひとり聞いてくる人は居なかった。
「樹海は途中で雪原になっていく、装備を整えて臨まなければ遭難する可能性が高いだろう。後でその探索方法は公開する、今は先に話を進めていくぞ」
探索方法の公開を俺が確約したことにその場の雰囲気が一気に熱を帯び始めた。
どうやったら極寒の大地を抜けられるのか、一番知りたかった情報だけにみな嬉しそうにしていた。
その様子を横で聞いていたミカサは、俺の出し惜しみのない情報公開に嬉しそうに微笑んでいた。
探索当初は俺のお人好しぶりに呆れていた彼女だが、俺の考えを知るほど俺を好きになり、他人を助けることに一定の理解を示すようになっていた。
「俺たちは『山小屋』と呼んでいる『コロニー』を足がかりにして十八階層の終点まで行ってきた。そこには巨大な城があり、その後ろには底の見えない奈落が広がっていたんだ」
壮絶な探索の話に部屋は静まり返り誰も口を挟むことはなかった。
いつもは無関心なショーンもローブの奥から俺を凝視して耳を傾けていた。
「今回水晶玉を使った根拠は、それ以上深淵の樹海の奥へは行けないことがわかったことが大きい。そして巨城の存在、あれほど巨大な建築物がただの中間地点にある建物ではありえないと思ったんだ。中に入る方法ももちろん後で教えるから安心してくれ、そして石碑の発見を果たしミドルグに帰還したんだ」
俺が言い終えるとみんなが立ち上がり拍手をしてきた。
ビリーさんもシルバーも興奮して満面の笑顔だ、横を見ると俺を見つめながら拍手するミカサがいた。
彼女の頬はほんのりと赤くなっていて目が少し潤んでいる。
きれいな彼女の顔に微笑みかけるとテーブルの斜向いにいるショーンをおもむろに見る。
彼も立ち上がるとみんなに合わせ軽い拍手をしていた。
しかし他の人のような熱狂的な拍手ではなく、付き合い程度の軽いものだった。
興奮が一段落するとさきほど言った探索方法を細かく話していく、みな話を聞き漏らさないように真剣な態度で聞き入っていた。
『火神の障壁』や『魔導雨具』のことを詳しく教えていく。
途中の『山小屋』に俺が置いてきた物資を使っても良いと言ったときは、一同からどよめきが上がった。
本来なら極秘中の極秘を惜しげもなく披露する俺にだんだん怖くなってきたようで、ビリーさん達は終始ソワソワしてきた。
「ちょっと待ってくれ教えてもらっといてなんだが、レイン何に考えてるんだ? こんな情報を広めたら困るのはレインたちだぞ?」
「一体何を困るっていうんだ、金ならビリーさん達も腐るほど持っているだろ? みんなで攻略したほうが良いに決まってるじゃないか」
俺の答えを聞いたビリーさんは一瞬間を空けた後、豪快に笑い出した。
「わはははは、レインには敵わねえな! こんな気持のいい探索者なんて初めてだぜ」
「レイン殿感謝しますよ、いつかこの恩は返させてもらいます」
いつも何を考えているかわからないシルバーも真剣な顔をして俺に誓っていた。
会合もそろそろお開きに近付いた。
最後の議題は十九階層の話で、この会合が終わったら探索解禁ということになった。
ビリーさん達は俺の情報を参考にして、引き続き十八階層の探索をすすめるらしい。
ミカサは十九階層には挑まず、自分たちで探索できる範囲でゆっくりとパーティー強化に努めると言ってきた。
ガッチリと握手をしてみんな部屋を出ていく、ミカサも名残り惜しそうにしながらも仲間の元へ帰っていった。
その中でショーンだけがいつまでも部屋に残り続ける。
最後に俺とショーンだけになり、部屋の中に気まずさが漂い始めた。
俺が何か言おうと口を開けると、ショーンが先に話をしてきた。
「少し話をしませんか? それほど手間はかけませんよ」
今まで何事にも無関心を通してきた謎の『単独迷宮探索者』ショーン・ギャラクシーからの誘い。
俺は無言でうなずくと誰もいなくなった部屋の椅子にゆっくりと座るのだった。