110.閑話3~スラム街~
過激な戦闘描写があります、ご注意下さい。
グロテスクな表現があるので、閑話という形にしました。
読み飛ばしても物語がわからなくなることはありません。
次話の前書きに閑話の簡単なあらすじを書くので、苦手な方はそちらを見て下さい。
夕焼けの街を背に会合のあるスラム街に向かうために宿を出る。
辻馬車で大通りを移動して街の南の端で降ろしてもらい、大通りを一本路地に入るとそこはもうスラム街だった。
街の南西の一角に寄せ集められたバラックが、大勢の貧民を養うため重なり合うように立ち並んでいた。
相変わらず路上には悪臭を放つゴミがそこかしこに固まっていて、そのゴミを幼い子どもたちが漁っていた。
路上には昼間から酒を飲んで泥酔している浮浪者が、すっかり出来上がって寝転んでいる。
更に街角の陰から俺の持ち物を狙ってスキを窺っている集団が、何組も『気配探知法』に引っかかっていた。
(相変わらずスラム街は物騒だな……)
前方の物陰から短剣を抜いた盗賊共が俺が横切るのを待っている。
タイミングを合わせて後ろと前から同時に襲ってくる手はずを整えているようだった。
背中に張り付いていたドラムが音もなく夕焼けの空へ上っていった。
(この前のガキたちとは違うみたいだな、本気で俺を襲おうとしているようだ)
相手のことを気づかないふりをしてズンズンと歩いていく。
丁度盗賊たちに挟まれる距離になった時、物陰から数人の男たちが飛び出してきて俺を囲んだ。
「止まれ! 死にたくなかったら身ぐるみ全部置いていけ! 下手な真似しやがったら首が飛ぶぜ!」
リーダー格の男が俺に凄んでくる。
「盗賊というのは同じ言葉しかしゃべれないのか? 前にも同じようなことを言っていた馬鹿がいたが、まさかお前の兄貴じゃないだろうな?」
小馬鹿にした口調で汚いなりをした男を挑発する。
「うるせぇ! おめぇ囲まれていることをわからねえのか? 殺しちまってから奪ってもいいんだぜ?」
一向にひるまない俺に苛ついた男は、更に一歩踏み出して俺に短剣を突き出した。
満足に手入れをしていない短剣は、切っ先が欠けていてところどころサビが浮かんでいる。
身なりも防具らしきものは一切つけておらず、悪臭を放つ薄汚れたシャツにズボン姿というだらしない格好だった。
(こいつはこんな格好でほんとに俺を殺せると思っているのか? 俺はそんなに弱そうに見えるのか、なめられたものだな……)
昨日の仲間たちから言われた「俺を守る」宣言が脳裏にちらついて頭に血が上ってくる。
「確認だけはしてやる、お前たちは俺を殺そうとしている、それなら反撃されて死んでも文句はないな? お前たちにはその覚悟はあるのか!?」
「だまれ! 死ぬのはおめぇだ!」
激昂した男が錆びた短剣を振り上げ突進してきた。
あまりにも遅い動きにため息をつきながら身を躱す。
「熱っ!」
男が短剣を落としながらその場にうずくまり叫び声を上げた。
短剣が転がり金属的な音を鳴り響かせる、短剣の横の地面には腕が二本転がっていた。
男は短剣を落としたのではなく、俺の愛刀に両腕ごと切り落とされたのだ。
「ひぃぃぃぃ! 腕がぁぁぁぁ! 俺の腕がなくなっちまった!」
その場でのたうち回る男は、肘の先から鮮血を吹き出しながら喚き散らしている。
「なにやってんだ! 野郎ども一斉にかかれ!」
思わぬ反撃を受けて四方から男たちが俺めがけて殺到してきた。
あるものは上段から棍棒を振り下ろし、またあるものはナイフを腰溜めに構え突っ込んでくる。
四方からの一斉攻撃という絶体絶命な攻撃に俺は冷静に対処をした。
「『縮地』」
俺の身体がグニャリと歪み突然目の前から消えたように、盗賊たちから見えたに違いない。
一瞬で囲みを突破すると振り向きざま横薙ぎに刀を滑らせる。
距離は三メートル以上離れている、普通の攻撃では到底間合いに入っていないので、空を切るだけで何も切れないはずだった。
ピュッと風をきる音がして、ポンッと男たちの頭が二、三個夕焼けの空に舞い上がった。
頭をなくした体が糸が切れたように地面に倒れ込む、一拍空いた後勢いよく痙攣してその場でのたうち回った。
刀に魔力を流した俺の間合いは刀本体よりも大幅に長い、不可視の切っ先は何の抵抗もなく男たちの命を刈り取った。
生き残った男たちは腰を抜かして尻餅をつき後ずさり始めた。
「弱すぎるな、いや……、脆すぎる」
俺はゆっくりと男たちに近づいていく、手首を切られて暴れていた男は出血多量で意識が朦朧としていた。
無言で刀を頭に突き刺し引導を渡す、ブルッッ震えてそのまま動かなくなった。
それを見ていた男たちはションベンを漏らしながら命乞いをしてきた。
「頼む! 殺さねぇでくれ! 俺は誘われただけで襲うのには反対していたんだ!」
「そうだ! もうしないから勘弁してくれ!」
(俺を殺そうと襲ってきたくせにあまいことを言ってやがるな)
無言で分厚い革で覆われた靴の先を、男の眼球めがけて蹴り刺す。
『身体強化』がかかった俺のつま先は、簡単に男の頭部を破壊して脳漿を後ろの壁にぶちまけた。
俺の足先を血が滑るように落ちていく、『魔導雨具』をいつも装備している俺は一切血肉で汚れることはなかった。
「た、たすけてくれ!」
這いつくばって最後の一人が路地を逃げていく、その様子を何の感情もない目で見つめていた。
勢いよく男が走っていく、次の瞬間、男の上半身が消え去った。
一陣の風とともにドラムが急降下してきて、盗賊の体を鋭い爪でひきさいたのだ。
下半身は三歩前方に歩いた後、静かに崩れ落ちた。
ドラムがゆっくり降りてくる。
爪先には血を滴らせた男の上半身がぶら下がっており、ドラムは満足そうに俺に見せてきた。
「たべていい? 不味そうだけど」
「駄目だ、捨ててしまえ」
俺の答えにさして不満もなく上半身を空高く投げ捨てる。
男の死体はゴミ溜めの上にベッチャリと捨てられ、カラスたちを盛大に驚かせた。
「こいつらのせいで少し遅れてしまったな……、ドラム急いで宿屋へ行くぞ」
「ガゥ!」
嬉しそうに一声吠えて俺の横を飛ぶドラムに、後で牛肉をあげることを約束した。
会合の会場である『熊の牙亭』の裏手の井戸でドラムに水をぶっかけた。
ドラムは嫌がりながらもおとなしく井戸のそばに座り込んでいた。
汚い盗賊の血を綺麗サッパリ洗い流してきれいな布で拭いてやる。
俺に手荒く拭いてもらっているドラムは、気持ちよさそうに目を細めていた。
きれいになったので背中に張り付かせ宿の正面に回り込む、相変わらず汚い外観の『熊の牙亭』の扉を勢いよく開けると、足早に中に入っていった。
「いらっしゃいまし旦那様、皆様先程からお待ちですよ……」
俺の顔を見るなりにじり寄ってきた宿屋の主が、こちらが何も言わない前に二階へと案内をし始める。
汚い前掛けをブクブクに太った体に巻きつけて、相変わらず不潔な出で立ちだった。
(この親父記憶力だけは良いな……、手間が省けてよかった)
何故か生理的に受け付けない宿屋の親父と一言も話さず二階へ上がる。
宿屋の主人は二階の一番奥の部屋の扉をノックするとお辞儀をして去っていった。
すぐに扉が開いてミカサが顔を出す。
俺の顔を見た途端嬉しそうに笑顔になった彼女は、俺の腕をとって中にいざなってくれた。
「遅かったじゃないレイン、まさか道にでも迷ったの?」
おどけて嬉しそうに話す彼女を、ビリーさんとシルバーが唖然として見ている。
ただショーンだけはローブを目深に被り、興味なく前を向いていた。
ビリーさん達が驚く中、俺とミカサが椅子に座る。
ミカサは俺にくっつくほど近くへ座り嬉しそうに俺を見つめていた。