109.俺はそんなに弱いだろうか?
戦争への徴兵は今の所無いと女男爵様からお墨付きをもらった。
ビリーさん達が帰還するまで、日帰りの探索をするのだった。
十分な休養をとった後、十八階層の謎の遺跡周辺へ日帰りの探索に出ていた。
ビリーさん達はなかなか戻って来ず、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
途中からは『戦乙女』たちと再合流して探索するなど、基礎戦力の強化を意識して探索をした。
一ヶ月が過ぎそろそろパーティー内で探索の停滞に不満が出始めた頃、ようやく『暁の金星』や『影法師』のパーティーが戻ってきた。
帰還の情報をサムソンさんがいち早く持ってきてくれて、急いで広場へ駆けつける。
広場に到着して休んでいるビリーさん達は誰も彼も疲弊していて、俺は声をかけるのを躊躇ってしまった。
遠巻きに様子をうかがっていると、ビリーさんが目ざとく俺を見つけ手を振りながら声を掛けてきた。
「レイン! 久しぶりだな、水晶玉のサイン確認したぜ、長らく待たせちまってすまねえな」
げっそりとやつれた顔で無理に笑顔を作りながら俺に近付いてくる。
「おかえり、なかなか大変だったようだな……」
「なに、いつもの事だぜ、これが本来の探索者の帰還だ」
わざとらしく笑いながら俺の肩を叩いてくるが、力が入っておらず全然痛くなかった。
「疲れているようだな、ゆっくり休んでくれ。会合は落ち着いてから開こう、俺達に遠慮して急ぐ必要はないぞ」
『暁月の金星』たちを見ると前衛の大男の一人が見当たらず、薄汚れた包帯に包まれた大きな死体が、広場の地面に横たわっているのが見えた。
「すまねえな……、今回の遠征で仲間が一人やられちまって、帰還に手間取っちまったんだ……。葬儀のこともあるから少し時間をもらえると嬉しいぜ」
力なく笑うビリーさんは相当無理をしているようで見るに耐えなかった。
「気にするな、衛兵たちにはきっちり報告しておいたから後で聞いておいてくれ、仲間のこと残念だったな……」
俺の言葉でビリーさんが泣きそうな顔をしながら天を仰いだ。
『影法師』のメンバーたちも探索出発時の颯爽とした出で立ちは見る影もなく、みな地べたに座り込んでうつむいていた。
「ビリーさん達もシルバー達と合同で探索していたのか?」
「ああ、レイン達が『戦乙女』と連携して探索しているのを衛兵たちから聞いて俺達も真似してみたんだ、連携していなければ今頃二パーティーとも全滅していてもおかしくなかったぜ」
話を聞くとビリーさん達は、針葉樹林の途切れる一歩手前まで探索の足を伸ばしていたらしい。
過酷な環境に立ち往生を余儀なくされた所に、骸骨騎士の一団が襲来して激しい戦闘になった。
その戦いでビリーさんの戦友が亡くなり、止むを得ず退却してきたそうだ。
そして退却の途中で水晶玉がひかり、完全撤退に至った。
なるべく敵と戦闘を避けながら逃げるように退却するのは、プライドの高い彼らには堪えたようで、自信に満ちあふれたトップパーティーの威厳は見る影もなくなっていた。
再度ゆっくり休むように念を押してからそっと広場を後にした。
宿屋に帰りながら本来の探索とはああいったことなのだとしみじみと思う。
俺達『白銀の女神』はなんと恵まれていることか、改めて女神様に感謝の祈りを心からするのだった。
広場の一件から丁度一週間が過ぎた頃、一通の手紙が『雄鶏の嘴亭』に届けられた。
ワンさんが急いで俺がいる二階へ持ってきてくれた。
手紙を受け取り裏表を調べると、送り主はビリーさんからで宛先は俺だった。
ワンさんに手紙を読んでから食事にすると言って扉を閉める、慎重に封蝋を破り中身を読んでいった。
『レイン、先日は見苦しいところを見せてしまって申し訳なかった。仲間の葬儀も滞り無く終わり一応の区切りがついた。レインたちの探索を止めてしまったことをすまないと思っている。白銀の女神のみんなにも俺が謝っていたと伝えておいてくれ。話は変わるが会合の日時を記載しておく、明日の夕方いつもの場所で待ってる。 ビリー・バクダッド』
手紙を読み終え巾着袋へしまう、とうとう探索の再開の目処がたった。
逸る気持ちを抑えつつ、仲間たちに知らせるため一階の食堂へ降りていった。
食堂では俺が降りてくるのをみんなが心待ちにしていた。
みな手紙の内容を知りたがっているのがよく分かる、勿体つけるのもおかしいので食前に話すことにした。
「みんな夕飯前だが少し聞いてくれ、さっき届いたのは会合の知らせだった。明日いつもの宿屋へ行ってくる、それから手紙にはビリーさんから探索の停滞を謝ると書いてあったので伝えておく」
「しかたがないわよ、仲間が死んでしまったんだもの……、あたしなら立ち直れないわ」
「ビリーさん可哀相ですね……、亡くなられたのは古くからの戦友だそうですよ」
「あっしも旦那が大怪我したときは生きた心地がしやせんでしたよ、もし旦那が死んだらあっしもお供しやすよ!」
ワンさんが物騒なことを言って興奮している。
「僕だってレインさんより後に死ぬつもりはないよ!」
謎の対抗心をモーギュストが見せて鼻息荒く立ち上がった。
「二人とも興奮するなよ……、リサが引いているぞ」
リサはワンさん達から隠れて俺の後ろに隠れてしまった。
「リサ嬢……、失礼しやした取り乱しやした……」
「興奮してしまって恥ずかしいね、リサちゃん驚かせてごめんね」
二人とも我に返るとしょんぼりと席に着き謝ってきた。
「二人共レインのことになると興奮してしまうのよね……、あたしがいるからレインにはもう怪我なんてさせないわよ」
「私だってレイン様を守り通しますよ」
俺の両隣を固めているセルフィアとアニーは、更に体を寄せて俺にくっついてきた。
「お兄ちゃんはリサが守るわ」
リサが俺を見上げながら力強く宣言した。
「おいおい、そんなに俺は弱そうに見えるのか? これでもだいぶ強くなったぞ?」
思わずみんなを見渡しながら聞いてしまった。
「レインはサラマンダー戦のことを覚えていないからそんな事言うのよ、あの時のレインの体ときたら物凄かったのよ」
セルフィアが涙目で俺の右腕を思い切り抱え込む。
「そうですよ、上半身と下半身がお腹の皮一枚でつながっている状態だったんですよ」
アニーも泣きそうな顔をしながら左腕を抱え込んでしまった。
「そう言われても意識なかったからな……」
「旦那に助けられた命、旦那のために使いやすよ!」
また興奮したワンさんが椅子から立ち上がってしまった。
「まあ今度は僕がいるからそんなことにはならないよ、レインさん心配しなくていいよ」
サラマンダー戦の時にはパーティーに加入していなかったモーギュストが自信満々に宣言した。
「あっしの最大の不覚でやんす、モーギュストに言い返す言葉もありやせん」
ワンさんがボロボロと涙を流しながら、テーブルに突っ伏して泣き始めてしまった。
もう何がなんだかわからなくなってしまった、気落ちしながら夕食を食べる仲間たちを励ましなだめながら食事を摂る。
仲間たちに心配掛けないくらい強くなろうと心に思うのだった。