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11.キャンプ

 キャンプ道具一式を買い揃え、次の日から八階層での探索を再開した。

 探索自体は順調なのだが九階層に行くための階段がまだ見つかっておらず、キャンプを張って一夜を過ごすこととなった。


「この場所が良さそうね」


 セルフィアが八階層、通称『草原』の小高い丘の上に登り、地面を調べていた。


「じゃあ今日はここでキャンプを張るぞ、おれとワンさんはテント張り、セルフィアとアニーは食材の下ごしらえを頼む」


 巾着袋からキャンプ用品を出し、辺りが暗くなる前に各自思い思いに仕事をこなす。

 迷宮の夜がもうすぐやってくる。

 準備をおこたると全滅も必至なのでみんな真剣だった。




 ここで迷宮の基礎知識を少しだけ披露したいと思う。

 石の構造物でできている迷宮の中に、自然を模した『自然迷宮』がある事は、昔から知られていた。

『自然迷宮』では天候や時間まで再現しており、太陽が昇り夜には月が出る。

 時には雨や雪まで降る現象は、迷宮の解明されていない謎の一つであった。

 魔物の強さが昼と夜では大きく異なり、昼の魔物に苦戦する探索者は夜の魔物に刃が立たず全滅する事も珍しくなかった。

 しかし長年の研究によって、ある一定の場所で特殊な香をけば魔物が近づかないということがわかった。

 その場所を探索者達は『コロニー』と呼んだ。

 夜になる前に『コロニー』へ逃げ込めば強い魔物と戦わなくて済む、探索の幅が広がった瞬間だった。




「もうすぐ夜になるから『退魔の香』を焚いてくれ」


「わかりました『コロニー』の中心で焚きますね」


 アニーがいち早く香を取って火をつける。

 一回で夜通し燃え続ける特殊な香が俺たちの安全を保証してくれた。

 テントを張り終わり夕食の準備に取りかかる。


「今日は俺が料理をするよ、みんな期待して待っていてくれ」


 この世界の料理の味はレベルが低いので、俺の一人暮らしの自炊の腕でも喜んでもらえるだろう。


「レインって料理できるの?」


「いろいろな食材があるので楽しみです」


「強いだけじゃなく料理も出来るなんてさすがでやんす」


 簡易的なかまどを作り火を起こす、鍋を火にかけ水を入れる。

 迷宮でのキャンプでふんだんに水を使うのは大変珍しいことだった。



 迷宮でのキャンプで一番厄介なのは水の確保だ。

 石壁に囲まれた迷宮では当然水など無く、『自然迷宮』にはあるにはあるが、それでもまれでしか無かった。

 しかし俺たちはふんだんに水を使う事が出来た。

 なぜならば無限収納の巾着袋を俺が持っているからだった。



 市場でキャンプ用の物資を買いに行った時の話だが、巾着袋に入る物品の量は凄まじく、馬車二台分の色々なものが小さな袋に収まってしまった。

 それでもまだまだ余裕がある巾着袋を見て、一緒に買物に来ていたワンさんは、とても興奮して俺に言ってきた。


「すごいでやんす! 迷宮でキャンプをするのに手ぶらなのはあっしらぐらいでやんす! 水を樽に入れて大量に持っていくなんて、今まで誰も出来なかったことでさぁ!」


 流石に物資を無限に収納できる巾着袋はこの世界にはなく、ワンさんの唖然とした顔が面白かった。

 




 材料を切り終わったので野菜やキノコ、ベーコンの塊、そしてソーセージを鍋に投入する、塩と胡椒、香草などを入れて蓋をした。

 スープを煮ている間にメインの肉料理を作ろうと思う。

 異世界に来て肉の塊を食べた記憶がない、俺は肉汁のしたたり落ちるぶ厚い肉にかぶりつきたいのだ。

 鍋をかまどの隅にどかして炭を追加で投入して火力を上げる。


 大きめのフライパンを熱して油をしき、ニンニクのスライスを炒めて香りを油に移す。

 焦げない内にニンニクを取り出すと、人数分のぶ厚い豚のロース肉を入れた。

 ジュッっといい音がして肉が焼けるいい匂いがしてくる。

 あらかじめ豚肉に塩コショウと香草で下味を付けていたので、辺り一面いい香りが漂った。

 片面を動かさずにじっくりと焦げ目が着くまで焼く、ひっくり返してもう片面もしっかりと焼いた。


 豚肉を焼いてる間に市場で買った生で食べられる葉物野菜を出し、適当にちぎって塩コショウと油で和えた。

 最後にレモンに似た果物の汁をふりかけ、即席の野菜サラダを作った。

 スープを味見して塩で整え満足な味が出たので深皿によそった。



 俺が調理をしている間に、巾着袋から取り出しておいたテーブルとイスをワンさん達に設置してもらう。

 テーブルの真中にランプを置き人数分の食器を並べた。


 白パンをカゴいっぱいに盛り付けテーブルに置く。

 豚ロース肉のステーキを皿に盛り付け、サラダ、スープも隣に置き夕食が完成した。

 冷たい水を巾着袋から取り出し、各自のコップに注ぎテーブルに置いていった。

 俺が食事を開始する号令をかけるのを今か今かと待ちわびていた三人が、テーブルに集まってきて俺を目で追っている。




「みんな料理ができたぞ、冷めない内に食べよう」


 俺の掛け声でよだれが出そうなほど待ちわびていた三人が一斉にテーブルにつく。

 女神教の食前のお祈りをみんなでしてから食べ始めた。

 やはりみんなぶ厚い肉が気になっていたようで、我先にかぶりついていた。


「ん~っ、なにこれ! こんな美味しいお肉食べたことないわ!」


 目が飛び出るほど興奮したセルフィアが俺を凝視して大声を出した。


「本当に美味しいです! この世の食べ物ではないようです!」


 いつもなら食事の席で暴れるセルフィアをたしなめるアニーが一緒になって騒いでいる。


「旦那は料理の達人でやんすか? こんなにうまい肉は初めて食べやした」


 いつも落ち着いているワンさんは流石に騒いではないが、テーブルの下のしっぽが左右に勢いよく振られていた。


「肉の塊ってこの世界の人はあまり食べないだろ? 肉の美味しさが一番わかるのは焼き肉だと思うんだ。俺が住んでいた日本でも焼き肉は人気だったよ」


 油の滴る肉を一口食べてホッと息を出し、日本で食べていた肉の味を噛み締めた。

 スープも大変好評で、みんなの皿の中がまたたく間に空になっていく。

 おかわりをよそってあげながら幸せな顔をした三人を見るとなんだか嬉しくなった。



 焼き肉一枚では足りなかったらしく追加で薄切りにした豚肉を焼いてあげる。

 塩コショウのシンプルな味付けだがみんなには好評で、焼いたそばからなくなっていった。

 俺が忙しく焼いているとアニーがやってきて、あ~んをしてくれた。


「レイン様ばかり食べられないのは可哀相です、私が代わりに焼きますからコツを教えて下さい」


「ありがとうな、それじゃ一緒に焼いてみようか」


 アニーに手伝ってもらいみんな腹いっぱいに食べ、楽しい夕食を終えた。




「今夜は交代で見張りをする、今は午後の八時だ。最初の三時間をセルフィアとアニー、次の三時間をワンさん、その次に俺が朝まで。ワンさんは間の時間で大変だろうが我慢してくれ」


「それを言ったら旦那だって明日の探索が辛いでやんす、お互い様でやんすよ」


「そうか、そのかわり明日の朝食は俺が作っておくから、期待していいぞ」


 朝食を俺が作ると言うと三人は嬉しそうにうなずいた。

 見張りと言っても退魔の香が焚かれていれば滅多なことでは魔物は現れない。

 簡単な見張りの仕方を二人に教え、俺とワンさんはテントに消えた。




 どのくらい時間が経ったのだろう、ワンさんが寝袋から這い出しテントの外へ出ていった。

 それからまた時間が経ち、肩をゆすられて意識がはっきりしてきた。


「旦那時間でやんす、辛いでしょうが起きてくだせぇ」


「わかった今起きる」


 言葉少なに体を起こし伸びをして体のコリを取った。


「外は平和そのものでさぁ、あっしはこれで休ませていただきやす」


「ごくろうさま、ゆっくりとは出来ないがおやすみ」


 テントの外に出て焚き火の方に歩いて行く。

 時刻は午前二時、まだ空には星がまたたき静寂に包まれた草原が不気味に広がっていた。

『コロニー』の周辺を眠気覚ましをかねて一周回ってみる。

 神経を研ぎ澄ませてみると、さほど離れていない闇の中に魔物の気配が感じ取れ、ここが迷宮の中だということを改めて思い知った。


(あれはやばいな、闇の中に感じる気配は相当手強い)


 闇の中を凝視して目を離さずに焚き火の方向へゆっくりと戻る、『退魔の香』が消えない事を心の中で祈った。




 時刻は五時を少し回ったところだ。

 辺りは薄っすらと明るくなりいつの間にか夜の魔物もいなくなっていた。

 火を起こし大鍋に水を張りかまどにかける。

 横ではフライパンに油を引き、厚切りのベーコンを八枚投入した。

 ベーコンに火が通り香ばしい匂いがあたりに漂い始める。

 卵をベーコンの上から八個落としベーコンエッグを作った。


 異世界の卵が生で食べられるのかわからなかったので半熟は諦め、少しだけお湯をフライパンに入れてフタをして蒸し焼きにして完全に火を通した。

 次に鍋にお湯を入れ、大雑把おおざっぱに切った野菜と細切れの鶏肉を入れかまどにかける、煮上がったら塩コショウをして簡単なスープを作った。


 美味しい匂いに釣られて三人が起きてくる。


「おはよう、いい匂いね……」


「おはようございます、昨日は美味しいごちそうをありがとうございました」


 二人とも少し疲れが見て取れて本格的な野宿に慣れてないのがわかった。


「おはようございやす、旦那はタフでやんすね」


 反対にワンさんは生き生きとしていて、伊達に一年間の野宿生活者じゃないなと思った。


「みんなおはよう、よく眠れたか? お湯を沸かしたから女性陣は体を拭くといいよ、目も覚めるからね」


 俺の気遣いに二人とも嬉しそうにお礼を言って、大鍋から適温のお湯を持ってテントへ消えて行った。


「旦那はまめでやんすねぇ、出来る男は気配りも一流でさぁ」


 妙に感心しているワンさんに笑顔でうなずき朝食の続きを作る。

 みんな肉が好きなのでもう一品ソーセージを焼き、ベーコンエッグと一緒に皿に盛り付けた。


 白パンは残り少ないので黒パンを出しテーブルのかごに盛る。

 全ての配膳が出来た頃にセルフィアとアニーがテントから出てきて笑顔で近寄ってきた。


「さっぱりしたわ、ありがとうレイン大好き!」


「私もレイン様をおしたい申し上げております」


 朝から何を言っているんだ、しかしここで慌ててはかっこ悪いな。


「はいはい二人のことは俺も好きだよ、さあ、朝食を食べよう!」


 サラッと流したけど上手くいったかな?


「うふふ、相思相愛ね!」


「私は本気です!」


 朝から告白されてしまい、ちょっとだけ照れてしまった。


 テーブルに着き朝食をみんなで食べる。

 朝食は大盛況だったことは言うまでもないだろう。

 厚切りのベーコンは魔法の食材だな。




 みんなの機嫌が最高潮になり張り切って後片付けをしている。

 冗談が飛び交い迷宮探索の緊張感はまるで無かった。

 その様子を見て俺はため息をついた。

 緊張感がまるでないな、これでは遅かれ早かれ大きな失敗をしてしまいそうだ。

 セルフィアたちにはどこかで挫折を経験してもらったほうがいいかもしれない。

 俺は仲間たちの探索に対する意識をどこかで変えさせようと心に思った。





「よし! 今日中に九階層への階段を見つけるぞ!」


 気持ちを入れ替えて声を上げ刀を高々と持ち上げる。

 みんなもやる気をみなぎらせてそれぞれの武器を天高く振り上げた。

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