107.登城
俺達が探索で迷宮に潜っている間に、王国はキナ臭い情勢になっていた。
戦争が始まるかもしれない不安を抱え、今後のことを考えるのだった。
迷宮衛兵の詰め所から懐かしの『雄鶏の嘴亭』に俺は帰ってきた。
いつもと変わらない佇まいにほっと一息つく。
丁寧に磨かれた扉を開き、ゆっくりと中へ入っていった。
「ただいまサムソンさん」
「おおレインお帰り! 無事で戻ってこれて何よりだよ、早く中へ入りな」
カウンターからサムソンさんが飛び出してきて俺の手を握りしめる。
嬉しそうに笑うと部屋に案内してくれた。
サムソンさんはワンさん達からすでに色々聞いていたらしく、俺が帰ってくるのを待っていたそうだ。
危険な探索の話も少し聞いていたらしくとても心配してくれた。
「さあ、いつも通りに掃除しておいたよ、ゆっくり休んでくれ。後で食事を食べに降りておいで」
俺の肩を軽く叩くとドアを締めて出ていった。
背中に張り付いていたドラムは、新しくなった寝床へ一直線に飛び込んだ。
サムソンさんに頼んで大きめの箱に取り替えた寝床は、ドラムのお気に入りの場所だった。
箱の中で転げ回って喜んでいるドラムを、ベッドに腰掛けてしばし眺めていた。
ドアを叩くノックの音で俺は目を覚す、いつの間にか眠ってしまったらしい。
上半身を起こして伸びをする、また遠慮がちにノックの音が聞こえた。
「今開けるよ、ちょっと待ってくれ」
フラフラと立ち上がりドアに近づく、磨かれた扉を開けるとそこにはセルフィアが立っていた。
「寝てたの? 起こしちゃったわね、ごめんなさい」
「いやいいんだよ、いつの間にか寝てしまったから起こしてもらってよかったよ」
「そう、みんなが食堂で待ってるわ。レインが来ないと食事が始まらないわ」
ドラムが俺の背中に飛び乗ってくる、置いていかれると思って必死にしがみついてきた。
セルフィアが笑いながら俺の手を握る、軽くうなずくと一緒に一階へ降りていった。
「旦那、来やしたね。早く座ってくだせぇ」
俺が食堂に顔を見せるとワンさんが飛んできて俺を席に案内した。
すでに席についている仲間たちは、久しぶりの宿屋での食事にとても嬉しそうだった。
「今日はみんなで騒げるぞ、夜の見張りはないからな。ワンさん、酒をいくらでも飲んでいいぞ、今日は俺も飲むからな」
「さすが旦那でさぁ! 今日はとことん飲みやすよ!」
すでに食卓には料理が並べられていて、みんなグラスにエールをついでいた。
今すぐにでも飲みたいのを我慢していたようで、ワンさんがエールの入ったツボを持って俺のグラスに注ぎに来た。
俺は巾着袋から牛肉のステーキやナンコツの串焼きをテーブルの上に出していく、寂しげだったテーブルは一気に豪勢になって仲間たちが歓声を上げた。
ついでに火酒を一樽出し食堂の床に置いた。
「さすが旦那でさぁ、わかってやすね。このワンコイン一生旦那について行きやす!」
ワンさんが樽の封を開けるとなんとも言えない良い香りが漂い始める。
早速グラスに注ぐと仲間たちに配っていった。
リサはまだ子供なので果実の絞り汁をグラスに注いであげた。
ニッコリと微笑みグラスを受け取るリサの頭を撫でて俺も笑いかけた。
「みんなグラスは持ったな、今回の探索は大成功に終わった。今日は大いに楽しもう、乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
宴は夜遅くまで続き、途中からサムソンさんや宿の客たちも加わり大いに盛り上がった。
俺が十九階層発見の話を大げさに語ると、この日一番の盛り上がりを見せ食堂は歓声に包まれた。
一夜明け遅い朝食をみんなで食べる。
みんな二日酔いでフラフラになりながらも、食堂へ来ないものはいなかった。
食後に王国と帝国による戦争の話をみんなに聞かせた。
仲間たちは覚悟をしていたようで、神妙な顔つきで俺の話を聞いていた。
「今日城に行ってこようと思う、どんな話が出るかわからないが一応覚悟しておいてくれ。ビリーさん達が戻ってくるまで十九階層の探索はお預けだ。ゆっくり体を休めるように」
パラパラと返事が返ってくるがみんな元気はなかった。
「旦那、戦争に行くならあっしもお供しやすよ、置いていくなんて言わないでくだせぇ」
「そのことについてはみんなの自由意志に任せるよ。パーティーだからって強制はしない、徴兵されるのは多分俺だけだからね」
「僕は当然ついていくからね、僕はレインさんの盾だからね」
「私もお供します、レイン様と離れたくありません」
「当然あたしも行くわ、魔法使いの火力は必要でしょ」
いつもどおりの返事がみんなから帰ってくる。
俺はリサを見つめながら思っていることを伝えた。
「リサ、子供を戦場へは連れていけない、ここで待っていてくれないか?」
リサはびっくりした顔をして固まってしまった。
アニーがリサを抱き寄せ頭をなで始めた。
「いやよ! お兄ちゃんと一緒に行くわ、一人にしないって言ったでしょ?」
目に涙を浮かべながらリサが俺に飛びついてくる。
「言ったよ、言ったけど戦争は人を殺すんだよ、魔物を倒すのとは違うんだ」
俺は苦悶の表情で言葉をひねり出した。
しかしリサを一人宿へ置いていくわけにもいかないのも事実で、どうすればいいか心の中でまだ整理がついていなかった。
「旦那、まだ行くとは決まったわけではありやせん、この話は後にしやしょう」
難しい話にワンさんが助け舟を出してくれてその場はなんとか収まった。
しかしリサは納得しているはずもなく、置いていかれまいと俺にベッタリとくっついて離れなくなってしまった。
しかたがないので一緒に城へ連れて行くことになったが、仲間たちも一緒に行きたいと言いだし、結局『白銀の女神』全員で登城することとなった。
カミーラ様からは一度全員で顔を見せるように言われていたので、この際丁度よいと思い同行を許可した。
ー・ー・ー・ー・ー
城の正門へ近づくと衛兵たちが俺達を停止させる。
いつも城に来ている俺は、衛兵たちと顔見知りになっていていちいち誰何をされずに城に入ることができた。
しかし今回は『白銀の女神』の仲間たちも一緒なのでいつも通りにはいかず、衛兵たちに登城の理由を説明した。
程なく入場の許可が降りたので仲間たちと入城をする。
一度許可が下りればいつもの気さくな衛兵に戻り、親しげに挨拶をしてくれた。
いつもはカミーラ様の私室に通されるのだが、今日は謁見の間へ案内された。
大きな両開きの扉が開き、赤い絨毯の上をゆっくりと進んでいく。
「おおレイン、待っておったぞ。もう少し近くへ来い」
挨拶もそこそこにカミーラ女男爵様が嬉しそうに話しかけてきた。
相変わらず美しいカミーラ様の顔を見れて嬉しくなり満面の笑顔になってしまう。
「お久しぶりですカミーラ様、昨日迷宮から戻ってまいりました」
俺は慣れているので自然に振る舞っているが、仲間たちは平民なので片膝を床につけて頭を垂れている。
「カミーラ様、我が『白銀の女神』の精鋭たちを約束通り連れてきましたよ」
「おお、そなたらが『白銀の女神』か、くるしゅうない面を上げるが良い」
カミーラ様が仲間たちに興味を示し話しかけた。
一斉に顔を上げるメンバーたち、その顔は緊張のあまり不自然に固まっていた。
「そう緊張せずでも良いぞ、名は何というのじゃ?」
興味津々のカミーラ様は仲間たちを眺めながら聞いてきた。
「わ、私はセルフィア・タルソースです、魔法使いでご、ございます」
「アニー・クリスマスです、僧侶職をやっております」
「ワンコイン・ザ・シーフでございます、旦那様の一の家来でございます」
「モーギュスト・ミニタウロスです、旦那様の警護をしております」
「リサ・フレッシュウインドです……、よろしくおねがいします……」
皆思い思いに自己紹介をする、ワンさんもいつもの口調は影を潜め、よそ行きの口調でそつなく話していた。
「皆良い面構えをしておるな、しっかりレインを守り立てて行くのじゃぞ」
カミーラ様の言葉に一同恐縮して返事をする、話が済んだ後は少し下がって俺とカミーラ様の話を静かに聞いていた。
挨拶が滞り無く終わったようだ。
俺は今一番の関心事である戦争のことをカミーラ様に聞くことにした。