106.街の異変
とうとう城内への入口を発見した合同探索隊は、慎重に内部へ侵入していった。
視力が戻ってきたのでゆっくりとまぶたを開けて中を見渡した。
室内は意外と広い空間で石壁が周囲を囲っていた。
詳しく観察していくと床には複数の長方形の箱が並べられていて奥には祭壇が設けられていた。
蓋の表面には精巧な彫刻が施されている。
よくよく見ると周囲の壁も石に彫られたレリーフが飾ってあった。
「霊廟みたいね……」
「そうだな危険は無さそうだ、中へ入ってみるか」
階段下の仲間たちにひと声かけて恐る恐る内部に侵入する。
部屋の中に入ると扉だと思っていたのは、無数に並んでいる長方形の箱の一つでその形は何かに似ていた。
「石棺ですね……」
後から階段を上がって来たアニーが周囲を見ながらぽつんとつぶやく。
なるほど言われてみれば石の棺そのもので、扉だと思っていたものは棺の蓋だったようだ。
「城の抜け穴というのはだいたい地下の墓所っていうのが定番なのよ」
ミカサが俺の隣に来て解説をしてくれる。
「うわぁ~、なんか気味悪いよ~、空気が淀んでいるよ」
「後がつかえているんだから早く上がりなさい」
双子の妹のジゼルが階段の途中で駄々をこねていて、姉のフローラに怒られている。
慌てて駆け上がったジゼルは、俺の腰にぶつかりしがみついてきた。
「あ! ごめんなさい」
焦りながら謝ってくるジゼルは、くりくりした目を大きく開けて驚いていた。
「いいよ、気にしないさ」
優しくほほえみ返し頭を撫でる、驚いたジゼルは素早く俺から離れると姉のフローラに突進していった。
「レインさんに頭なでられちゃった!」
嬉しそうに報告するジゼルを、姉のフローラは残念な子を見るような目で見ていた。
「旦那、あれを見てくだせぇ。石碑がありやすよ」
ワンさんが指を指しながら弾んだ声で俺に報告してきた。
祭壇の横の暗がりにひっそりと石碑が立っている。
近付いて確認すると紛れもなく迷宮を移動するための石碑で、みんな一斉に喜びの歓声を上げた。
「よし、これで一旦街に戻れるな。みんな長い間よく辛抱したね、一旦ここで休憩を挟んで街へ帰還しよう」
「やったわ! これで柔らかいベッドで眠れるわ!」
「何日ぶりでしょうか、待ち遠しいです」
セルフィアとアニーが手を取り合って喜んでいる。
俺はテーブルと椅子を巾着袋から取り出すと、霊廟の一角に設置していった。
全員が座ったのを見計らって話し合いを開始する。
「みんな聞いてくれ、帰還の目処がついたわけだが、決めなくてはいけないことも出てきた。まずここが十九階層だというのならば水晶玉を発動しなければいけない、意見があるものは発言してくれ」
「あっしはここが十九階層だと思いやす、雪原は断崖で途切れていやすしこれほど大規模な建物は『大聖堂』以来でやんす」
「僕もワンさんの意見を支持するよ、これだけ環境が違うんだから階層が変わったと思ってもいいんじゃないかな」
「階層問題の前にこれだけ大規模な建物を見つけたのだから、一旦みんなで集合したほうがいいと思うわ」
ミカサが冷静に分析をした。
「そうだな、ミカサの言うことはもっともだ、水晶玉に魔力を流すことにしよう」
俺の決定に全員が深くうなずく、俺は巾着袋から水晶玉を取り出すとしっかりと握りしめ魔力を流していった。
隣でミカサが持つ水晶玉が光を放ち始める。
その様子を固唾を呑んで確認していたみんなが一斉に肩の力を抜いた。
水晶玉を発動したということは完全に街に戻るというサインで、それこそが今みんなが待ちに待っていたことだった。
「ミカサそして『戦乙女』のみんな、今日まで一緒に戦ってくれてありがとう、またいつか一緒に探索しよう」
俺はミカサに手を差し出し握手を求めた。
「お礼を言うのは私達の方よ、助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れないわ」
ガッチリと握手をしてほほえみ合う、ほかもみんなも思い思いに握手をしあって会議を終了した。
「みんな石碑に触れたな? これからミドルグヘ帰還する! 広場は大変なことになるだろうが臆すること無く堂々と凱旋するぞ!」
「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」
ー・ー・ー・ー・ー
迷宮の広場に俺達が姿を現すと地鳴りのような歓声が上がった。
しかしいつもとは様子が違っていて殺気立っている感じがした。
「ちょっと様子が変ね、みんな表情に明るさがないわ」
セルフィアが広場の探索者を見ながら不安な表情になる。
「確かにおかしいですね、リサちゃんこっちに来て」
アニーはリサを抱き寄せると民衆からリサを隠した。
「レイン準男爵様、無事のご帰還おめでとうございます。ここではなんですから詰め所までご足労願えますか?」
迷宮衛兵が緊張した面持ちで俺に話しかけてくる。
「ああ、広場の様子が少しおかしいようだが何かあったのか?」
「そうですね、詳しいことは詰め所でお話します。どうぞこちらへ」
迷宮衛兵は俺の質問には答えず、しきりに場所を移動しようとする。
しかたがないのでみんなを連れ立って詰め所へ移動した。
狭い衛兵たちの詰め所の前で仲間たちに向かって俺は提案をした。
「ワンさん、先に宿屋に戻っていてくれ。役人たちに説明をしたら俺もすぐ帰るからな」
「わかりやした、それじゃ先に帰りやす」
ワンさんを筆頭に『白銀の女神』のメンバーたちが詰め所を後にする。
ミカサも俺を真似して『戦乙女』たちを先に帰した。
(これで少しはワンさんたちをゆっくりさせることが出来るな、俺もさっさと説明して帰ろう)
詰め所の中へ入りソファーへ座って暫し待つ。
俺とミカサがおとなしく座って待っていると、ドアをノックするす音が聞こえて衛兵長が入ってきた。
「お待たせいたしました。この度は無事のご帰還おめでとうございます」
頭を深く下げて衛兵長が挨拶をしてくる。
「今回は有意義な探索になったよ、新発見をしたのでじき他の合同探索のパーティーも帰還してくるだろう」
「そうですか、それは何よりです」
脂汗を垂らしながら衛兵長が頭を下げた。
「ところで広場の様子が変なんだがどうかしたのか? 先ほど衛兵に聞いても教えてくれなかったんだが」
俺の問に衛兵長が重い口を開け手語り始めた。
「実は長らく緊張状態にあった『ゼブナント帝国』との関係がここへ来て更に悪化いたしまして、近々戦争が勃発するかもしれないのです」
「そうか、その話は俺も聞いているが情勢はかなり悪いのか?」
「はい……、国境付近には帝国の兵士が続々と集結していて、いつ戦争が始まってもおかしくないそうです」
「それほどまでに悪化していたのか……、一度カミーラ様に会いに行かなくてはならないな」
「女男爵様からレイン様がお戻りになられたら、城にお連れしろとの命令が出ています」
衛兵長は一層頭を下げて俺に話しかけてきた。
「そうかわかった、早々に登城すると伝えておいてくれ」
「ははぁ、わかりました」
その後詳細な迷宮探索の報告をしてから詰め所を後にした。
宿に向かう道すがらミカサと今後のことを話し合う。
「ミカサ、戦争が始まったらどうするんだ? やはり国外に脱出するのか?」
「そうね、まだ決定はしていないけれどこの国に残るかもしれないわ。あたし達はレインのおかげで強くなれた、戦争に巻き込まれても生き抜くだけの自信がついたわ」
しっかりと俺を見て言ってくるミカサは自信にあふれていた。
ミカサの定宿と俺の向かう方向が街の中心部で別れる。
二人して立ち止まりお互いを見つめ合った。
「そうか、それじゃまた一緒に探索できるな、正直嬉しいよ」
俺はミカサに笑いかけ手を差し出す。
「それじゃここでお別れね、今度は会合の場で会いましょう」
ミカサも微笑み返し俺の手を握った。
「ああ、また今度な」
ミカサが去っていくのを眺める、彼女は何度も振り返り手を振っていた。
『戦乙女』たちとの合同パーティーはこれで解散となった。
俺は仲間たちが待つ『雄鶏の嘴亭』へ早足に帰っていった。