105.内部へ
巨大な城は入り口が固く閉ざされて中に入ることはできそうになかった。
俺達は別の入口を探すべく城の周りの空堀の底へ降りていった。
「なにもないわね……」
空堀の底で辺りを警戒していると、ロープを伝って降りてきたセルフィアが、あたりを見渡しながら感想を言ってきた。
確かに堀の底は小石一つ落ちていなくて、平面な氷が広がっているだけだった。
堀は城壁に沿って掘られていて、まっすぐ左右に伸びている。
伸びた先の遠くの方で、直角に折れ曲がり先が見えなくなっていた。
「ワンさん、ミカサとともに周囲の壁を調べてくれ」
「わかりやした、あっしは壁を調べやすからミカサ殿は底を調べてくだせぇ」
「わかったわ」
二人のシーフは連携して空堀の底を調べ上げていく。
俺達は特にやることがないので、周囲の警戒をしながらおとなしく後をついていった。
時計回りに調べていくが、巨大な城の堀なのでとにかく時間がかかる。
一日では到底調べ終わるものではなく、何日もかかるように思われた。
その日から城へ毎日通い空堀の底を調べ上げていくのが日課になった。
ワンさんとミカサ以外は特にやることもなく、二人の護衛をするだけの退屈な日々だった。
空堀の半分が特に何も成果がないまま調べ終わり、城の全容が大体わかってきた。
城壁の下をグルッと囲んでいる空堀は、城の側面をすぎると崖に繋がっていて途中で途切れていた。
崖下は深すぎて目視できず、そこで世界がすっぱりと無くなっているようだった。
今回発見した城は雪原の端にそびえていて、城より奥地へは行けそうになかった。
「レイン、この城の中が十九階層で間違いないんじゃない?」
空堀から地の底を覗き込みながらセルフィアが言ってきた。
「セフィー、危ないからあまり覗き込むなよ、落ちても知らないぞ」
「大丈夫よ、レインは心配性ね、だらしないわよ」
更に身を乗り出しながら俺をからかってきた。
ハラハラしながら見ていると、地の底を見飽きたのかセルフィアが立ち上がりこちらに近付いてきた。
「見た感じここから先はなにもないわね、暗い空間が広がっているだけよ」
「ということは城に入れなければここで立ち往生ってことだな」
「それはワンさん達が入口を見つけてくれるから大丈夫よ、あたし達は中に入ってからのことを考えたほうがいいわ」
「そうだな、この城が十九階層の可能性が大きくなってきたんだから、水晶玉を使うことも視野に入れておかないといけないな」
ビリーさんから預かった水晶玉を使うということは、合同探索の終わりを意味していた。
十九階層の発見という偉業を達成できるかもしれないという期待で、仲間たちも興奮をしていた。
城の正面に戻り今度は反時計回りに堀を調べていく、ワンさんたちだけが大変な作業が数日続き、何の成果も上がらなかった。
そろそろあきらめムードが仲間たちの間に広がり始めた頃、ミカサが何かを発見した。
「ワンコインさん、ちょっと来てくれない?」
男嫌いなはずのミカサもこの遠征でワンさんには慣れたらしく普通に会話していた。
ワンさんが素早くミカサに近寄り話を聞いていた。
俺も気になって二人のもとに駆けつけた。
「旦那、ミカサ殿が入り口らしきものを発見しやした」
空堀の底を指差しながらワンさんが報告してくる。
底を覆う分厚い氷の中に一枚のフタが微かに見えた。
その形は長方形の何の飾りもないただの石造りで、注意していなければ見逃してしまうほど周囲に馴染んでいた。
「やったじゃないか、ミカサお手柄だな」
真剣な表情で底を見ているミカサに声を掛けた。
「まだ入り口って決まったわけじゃないわ、ぬか喜びになるかもしれないわよ」
謙遜しているミカサはすました顔をしているが、頬をピクピクさせていて嬉しそうだ。
「どうやって入るんだ? 氷漬けで中に入れないな」
入り口らしき物は分厚い氷の下にあって普通の方法では近づけそうになかった。
「高熱で氷を溶かすしかありやせんね、なにかいい方法はないでやんすかね」
さすがのベテランシーフ達も、分厚い氷を溶かす方法は知らないらしく困り果てていた。
「あたしが魔法でふっとばしてあげるわ!」
やる気満々のセルフィアが話に割り込んできた。
「そんな事したらせっかくの入り口が一緒に吹き飛んでしまうだろ」
俺が提案を却下すると残念そうな顔をしておとなしく引き下がった。
「溶かしてあげようか?」
俺の背中に張り付いて話を聞いていたドラムが唐突に言ってきた。
「ん? ドラムそんな事出来るのか?」
「出来るよ、ブレスでゆっくり溶かすよ」
「そうか、じゃあお願いするよ。少しずつ溶かしてくれ」
この頃出番が少なくおとなしくしていたドラムは、嬉しそうに俺の背中から飛びたった。
みんなの見ている中、プカプカと浮かびながら扉が埋まる氷の底めがけてブレスをゆっくりと吐き出した。
その熱量は半端なく周囲が一気に暖かくなっていく。
更に熱いくらいに気温が高くなり、みるみるうちに空堀の底の氷が溶け始めた。
溶けた氷は水になるがブレスに吹き飛ばされていく、あっという間に入り口が姿を現しドラムはブレスを吐くのを止めた。
「終わったよ、入り口出てきたよ」
「ドラムお疲れ様、よくやった偉いぞ」
ドラムを抱き寄せ頭をなでる。
嬉しそうに目を細めながらドラムは喜んでいた。
仲間たちもドラムを褒め称える、ドラムもまんざらではないようで背中の羽を小刻みに動かしながら嬉しそうにしていた。
「ここからはあっし達の番でさぁ、ミカサ殿ここは譲りやすから、扉を調べてくだせぇ」
「わかったわ、少し離れていてね」
扉の前からみんなが離れていく、ミカサは慎重に近づくとゆっくりとあたりを調べ始めた。
ミカサの両手が淡くひかり始める。
彼女は魔法で罠を解錠していく魔法系シーフ職なので、ワンさんの罠解錠の仕方とはだいぶ違った。
小声で呪文を唱えるたびに周囲の罠が無効化されていく、しばらくすると扉は音を立てて開いていった。
「もう大丈夫よ、なかなか手ごわい罠だったけれど全て取り外したわ」
額にうっすらと汗を浮かべながら報告をしてくる。
スライドした扉の下には階段が下へと続いていた。
その奥には城の地下へ続く暗く狭い一本道が顔をのぞかせていた。
「あっしが先行しやす、旦那方は少し離れて付いてきてくだせぇ」
ワンさんが張り切って階段を調べ始める、その後ろではミカサが興味深そうに観察していた。
調べた結果特に罠らしいものはなく、ゆっくりとした歩みで狭い道を進んでいった。
「ここが終点でさぁ、今扉を開けやす」
何の変哲もない地下の道を歩くこと数十分、流石に飽きてきた頃、前方に階段が現れ天井に四角い扉が姿を現した。
ワンさんが『身体強化』を高め慎重に石の扉を開けていく、スライドさせ開いた空間にワンさんが頭を突っ込んだ。
しばらく固まっていたワンさんが頭を引っ込めこちらに近寄ってくる。
「旦那、大当たりでさぁ。城の中につながっていやしたよ」
嬉しそうに報告してくるワンさんに無言でうなずくと、階段を登り俺も中の様子を見た。
頭を出した先は真っ暗で何も見えない。
獣人であるワンさんは夜目も利くので中がわかったのだろうが、俺には何も見えなかった。
「セフィー、こっちに来てライトの呪文を唱えてくれ」
「わかったわ」
俺の要請にセルフィアが嬉しそうに階段を登ってくる。
狭い階段なので体が密着してしまうが、セルフィアは全く気にする様子もなく俺の隣まで登ってきた。
「光よ灯れ、ライト」
セルフィアの杖先にまばゆい光球が灯りあたりを明るく照らし出す。
一瞬目がくらんで体がグラッとしてしまった。
「駄目よ目をつむっていなくちゃ、回復するまでじっとしていてね」
セルフィアが俺をしっかりと抱きかかえ嬉しそうに言ってきた。
俺はセルフィアに体を預けると視力が戻ってくるまでおとなしくその場に留まった。
視力が回復したらどんな光景が広がっているのだろう。
期待と不安が心に宿り早く見てみたいと思うのであった。