103.不安な夜
『コロニー』らしき山小屋を見つけキャンプをそこですることにした。
ミカサの後を付いて行き階段を降りた俺は、薄暗がりに目をなれさせるためしばし階段下で静止していた。
後ろから階段を降りてくる音が聞こえてくる。
振り向くとセルフィアが俺を追って降りてくるところだった。
「レイン、ミカサと二人きりでどこへ行こうとしてたの? 私も一緒についていくわ」
明らかに俺とミカサを二人きりにしないように監視していたセルフィアは、俺の腕を取りピッタリと体を寄せてきた。
「光よ灯れ、ライト」
短い呪文を唱えまばゆい光の玉を杖の先に灯す。
薄暗かった室内は昼間のように明るくなった。
「セフィーありがとう」
俺はニコリと笑ってセルフィアにお礼を言った。
セルフィアは嬉しそうに微笑むと満足そうにうなずいた。
階段下の室内は中々広い空間で暖炉が壁際に設置してあった。
しかし長らく使用した形跡のない暖炉は、煙突から雪が入り込まないように塞がれているようだった。
暖炉の前には大勢が座れるようなソファーが設置してあり、みんなで座って語らえば楽しいひと時が過ごせると思えた。
「レイン見て、ここにも扉があるわ」
ミカサが壁の一面を指差し両開きの扉を報告してきた。
「なるほど、ここは地下室じゃなくて一階だったんだな」
俺達が外から入ってきた入り口は二階に設けられた冬用の入り口で、今目の前に見える扉が本来の入り口のようだった。
今扉を開けても雪の壁があるだけで外へは出られないと思うので開ける必要はないだろう。
暖炉がある広間に隣接する小部屋にはやはりベッドが並べられていて、相当数の人間が一度に泊まれるようになっていた。
一階のほうが雪の壁に囲まれていて安全性が高いだろう、今晩は一階で魔物の襲来を警戒しつつなるべく固まって寝ることにしよう。
俺達三人が一階の部屋の中を隅々まで家探ししていると、二階から続々と仲間達が降りてきた。
ワンさんを筆頭にモーギュストやアニー、リサがゆっくりと階段を下ってくる。
その後ろからコーネリアス、双子の姉妹フローラとジゼル、魔術の成長著しいエリザベスに俺のお気に入りのマリアさんが続いてきた。
「全員降りてきたか、ここは山小屋の一階だということがわかったぞ。今日はこの広間で全員で固まり眠る。ここが『コロニー』だと確定していない以上、やむを得ないことだと思ってくれ」
男嫌いの『戦乙女』たちに気を使って説明をした。
当人たちはそれほど気にしていないらしく、嫌な顔をぜず素直に返事をしてくる。
男嫌いという噂は尾ひれがついたデマだったのかもしれない。
アニーとマリアさんにお願いして一階部分にもクリーンをかけてもらう。
淀んでいた空気が清浄化され、不快な感じが一掃された。
俺は魔道具の達磨ストーブを次々と出して広間の壁際に設置していった。
空気を消費しない暖房器具は、すぐに暖かくなって部屋の中を温めていく。
念の為に『退魔の香』をもう一つ焚き、部屋の中央のテーブルの上においた。
「よし、今夜は早めに食事をとって交代で見張りを立てつつしっかりと休養しよう。みんなソファーに座ってくれ、今食べ物を出すよ」
巾着袋から王都で人気のステーキ屋の料理や行列が絶えない屋台の串焼き肉など美味しそうな料理をどんどん出していく。
出す料理全てが今出来上がったかのように湯気を立てていてとても美味しそうだった。
「レイン様、ナンコツの焼き鳥ありますか? あるならぜひ出して下さい」
アニーが俺のことを上目遣いで見ながらリクエストしてくる。
可愛いアニーのために串に刺して焼かれた鶏の軟骨の焼き鳥を大皿いっぱい出してあげた。
アニーは嬉しそうにお礼を言うとマリアさんにナンコツの美味しさを説明しながら取皿に取ってみんなに配り始めた。
「旦那、あっしに『ラーミン』出してくだせぇ、冷えた体が『ラーミン』を欲しがっていやす」
ワンさんは大の『ラーミン』好きだ、ラーメンに似た食べ物は人気の料理で、『戦乙女』達の中からも遠慮がちに俺に催促してくる者が出始めた。
「食べたいものがあったら遠慮しないで言ってくれよ、まだまだいくらでも袋の中にあるからな」
「レインありがとう、レインと探索できて私達は幸せだわ」
白パンをかごから取り出しながらミカサがしみじみ言ってくる。
彼女は今日の夕食をステーキ二枚に白パン、そして果実のジュースにしたようだ。
嬉しそうにソファーに腰掛け、隣のコーネリアスと話しながら食べ始めた。
みんな笑顔で食事を始める。
俺は暖炉の前に椅子を持ってくると全体を見渡しながら見張りを始めた。
俺とソファーを挟んだ反対側にモーギュストが直立不動で立ち、周囲を警戒している。
軽く手を上げてモーギュストに合図を送ると、嬉しそうに短槍を持ち上げ返事を返してくれた。
真面目な彼は誰に命令されるでもなく、食事をする仲間達のために見張りに立ってくれた。
『白銀の女神』の最強の盾職は行動まで紳士的で頼りがいがあった。
しばらくするとワンさんが食事を終えて俺と見張りを代わるために近付いてきた。
モーギュストの方もコーネリアスと見張りを代わってすでに食べ始めている。
俺はソファーに近付いていくとモーギュストと共に食べ始めた。
ー・ー・ー・ー・ー
深夜になって外が猛吹雪になり、雪に埋もれた一階部分まで低い地鳴りのような音が聞こえてきた。
念の為に階段をバリケードで塞いでいるので、外の様子を見に行くことは出来ない。
仲間達は中央に固まって武器を片手にまどろんでいた。
リサやフローラ、ジゼルたち年少組は遅くまで眠らずに頑張っていたが、睡魔には勝てず安らかな寝息を立てて眠ってしまった。
俺は巾着袋から厚手の毛布を出すと、彼女たちを丁寧にくるんでソファーに寝かしつけてあげた。
リサの頭を優しく撫でながら今後の探索のことを考えていた。
十八階層は思いの外広大で過酷なエリアだった。
ビリーさんたち歴戦の強者が、一年以上探索を停滞させているのもうなずける。
俺の巾着袋やリサの精霊術がなければ、到底攻略することは出来ないだろう。
大量の荷物を抱え、猛吹雪が吹きすさぶ極寒の地を、骸骨騎士の襲撃に怯えながら探索する。
考えれば考えるほどとても正気な行動とは思えなかった。
そしてその見返りは数個の魔石だけで極端に実入りが少ない。
完全に探索者泣かせで、何百年も続く『ミドルグ迷宮』の探索の歴史で、誰一人攻略した探索者がいないのも納得ができた。
時刻はすでに午前三時を回っていた。
この時間まで夜の悪魔たちの襲撃がないので、ここが『コロニー』だと完全に確定した。
俺はこの『コロニー』のことをシンプルに『山小屋』と命名した。
『山小屋』は他の『コロニー』より快適に過ごすことが出来た。
ベッドは備え付けてあるし室内も相当広い、その気になれば長い期間ベースキャンプにして探索することができそうだった。
これから後から来る探索者たちのために食料などを備蓄しておくことにしよう。
『山小屋』には備蓄部屋があって大量の物資を蓄積できるようになっていた。
明日はまる一日この山小屋で休んで疲れを取り去ることにしよう。
低い地鳴りのような吹雪の音を聞きながら、朝になるのをひたすら待つのだった。