102.山小屋
骸骨騎士の群れを殲滅した俺達は、これからのことを話し合うため小休止をした。
そこかしこに戦闘の跡である大穴が開いている。
未だにインフェルノの青白い炎が、白い雪原を覆い盛大に燃え盛っていた。
興奮した仲間達を落ち着かせるため『神聖防壁』の中でしばし休憩を取る。
辺りは吹雪いているが障壁の内部は平穏そのもので、穏やかな空間が広がっていた。
「アニー障壁は後どれくらい持つ?」
「そうですね、後一刻ほどなら余裕で持ちますよ」
(後三十分ぐらいか、それだけあれば余裕で態勢を整えられるな)
「そうかそれなら充分だ、少し休憩をしよう」
まだ興奮している仲間もいるし、エリザベスが魔力欠乏によって体調を崩している。
俺はしばしの休息のためにテーブルと椅子を巾着袋から出すと素早く中央に設置した。
みんな思い思いの席に静かに腰を下ろし緊張を解していく。
温かいお茶をみんなに配り静かに興奮を鎮めていった。
「どうだみんな少しは落ち着いたか?」
頃合いを見てみんなに声をかける。
エリザベスも顔色が良くなってきてお茶を飲む元気が出てきたようだった。
「正直レイン達の強さを甘く見ていたわ……、これほど一方的に骸骨騎士たちを打ち倒せるなんて今でも信じられないくらいよ……」
ミカサが遠慮がちに俺に話しかけてきた。
『戦乙女』の他のメンバーたちもおおよそ意見は同じらしく、弱々しくうなずいている。
セルフィアはエリザベスの横に座り彼女の頭を撫ぜていた。
「レイン凄いでしょ、私の弟子は一人で骸骨騎士を討ち取ったわよ」
彼女は上機嫌に言い放ちエリザベスを抱きしめていた。
(いつから弟子になったんだ……、しかしエリザベスは大したものだな)
「確かに凄い呪文だったな、これからも精進すれば更に強くなれそうだ」
「でしょ! エリザベスは天才なのよ!」
セルフィアは自分が褒められたかのように嬉しがり、更にエリザベスを強く抱きしめた。
抱きしめられたエリザベスは、恥ずかしそうにうつむきながら、嬉しそうにはにかんでいた。
「最大の懸念材料だった複数の骸骨騎士との戦闘は、俺達の完全勝利に終わった。もう十八階層で恐れる敵は居ないと思われる、明日からは更に奥地へと探索を進めることにしよう」
俺の提案にワンさんやモーギュストが嬉しそうに賛成してきた。
ミカサ達は顔をひきつらせながら弱々しくうなずくだけだった。
「ミカサ、そんなに深刻に考えるな、君たちは一ヶ月前とは別人のように強くなったよ、更に戦闘経験を積めばもっと強くなれる。自信を持つんだ」
俺の話を真剣に聞いていたミカサ達は顔をほころばせながらしっかりとうなずき返してきた。
「よし! アニーの『神聖防壁』が無くならないうちに出発するぞ、みんな準備しろ」
全員から元気な返事が返ってきて嬉しくなってしまう。
素早くテーブルと椅子を片付けると、『コロニー』目指してゆっくりと前進していった。
あれから一時間ほど経ち午後もだいぶたった頃、雪原の一角に『コロニー』らしき施設を見つけた。
それは雪山などに見られる山小屋で、雪に半分埋もれた形で発見された。
石組みの壁に閉じられた窓、入り口は板切れで封鎖されていて雪が内部に入らないようになっていた。
ワンさんに周囲を調べてもらうが罠らしきものは見当たらず、探索者が建設したものでも無さそうだった。
「ワンさんこの建物『コロニー』だと思うかい?」
「あっしの勘でやんすが、『コロニー』だと思いやす。石組みの形が迷宮の壁にそっくりでさぁ、絶対人が作ったものではありやせん」
自信満々に言うワンさんの意見に俺も同意する。
この頃は迷宮の法則を何となくわかってきたので、ここが『コロニー』だと俺の勘も言っていた。
「よし、今日はここで一晩過ごすぞ、今から戻っても夜になる前に『樹洞』にギリギリ戻れそうにないし腹をくくるしかない」
仲間達に宣言すると力を込めて山小屋の入り口を塞いでいる板切れを引き剥がす。
メキメキと音を立てて剥がれた板切れを雪原に放り投げると、光の粒子になって消えてしまった。
「旦那、これは『コロニー』で確定でやんすね、この板切れは魔法で作られたものでやんす」
更にコロニーである確率が高まり上機嫌で板切れを取り除いていく。
程なくして姿を現した頑丈な扉をワンさんに開けてもらい、更に中を確認してもらうとゆっくりと室内へ入っていった。
山小屋の中は外の光が届かず真っ暗だった。
セルフィアが気を利かせてライトの呪文を唱え、光の玉を天井付近に飛ばしてくれた。
十分な光を得て山小屋の内部がよく見えるようになる。
天井は思ったよりも高く圧迫感はそれほど感じられなかった。
空気は長らく循環していなかったようで少々かび臭い、中央に置かれているテーブルにはうっすらとホコリが積もっていて、相当の時間誰も室内に入ったことがないように思えた。
窓は内側から板切れで塞がれていて外の光を遮断されている。
窓のそばには簡易的なベッドが数台並べられていて、やはりホコリが積もっていた。
「アニー、悪いがクリーンをかけてくれるか?」
俺がアニーに生活魔法のクリーンを唱えるように依頼する。
すると『戦乙女』の僧侶マリアさんが一歩前に出て俺に言ってきた。
「私もクリーンを使えます。アニーさんはお疲れでしょうから私が代わりに唱えますわ」
『神聖防壁』の呪文で魔力を消費しているアニーを気遣ってマリアさんが呪文を唱えることを志願してきた。
俺はその申し出を受け入れマリアさんに部屋の内部をきれいにしてもらうことにする。
次々とクリーンを唱えてホコリまみれの山小屋の内部を綺麗にしていくマリアさん。
あっという間にきれいになった室内を満足気に眺めているマリアさんはとても美しかった。
自分を気遣ってくれたマリアさんにお礼を言うアニー、二人の美女をジックリと見つめながら異世界に来てよかったとひとり思うのだった。
「レインさん! こっちに階段があるよ!」
双子の妹のジゼルが俺を呼んでいる。
名残り惜しいが彼女を待たせるのも可哀相なので、その場を離れジゼルの元へ歩いていった。
「どれどれ、ホントに階段があるな。ワンさん、階段下の安全を確保してくれ」
モーギュストと雑談しているワンさんを大声で呼ぶ、ワンさんは俺に手を上げるとこちらに向かってきた。
「待って、あたしが調べてくるわ。ワンコインさんは休んでいて」
ミカサがワンさんを止めて素早く階段を調べ始める。
シーフ職の彼女は合同パーティーになってから出番が少なくて気をもんでいたようだ。
嬉しそうに調べ始めた彼女にその場を任せて、ワンさんにはしばし休憩してもらうことにした。
ワンさんは俺の命令に素直に従い再びモーギュストと雑談を始める。
シーフ職が二人いるために出来る贅沢だった。
「誰か『退魔の香』を焚いてくれ、今日はここで一泊するからな」
俺の命令に長身の麗人、コーネリアスが素早く反応し近付いてくる。
俺の手から『退魔の香』を受け取ると、嬉しそうにテーブルに設置して香に火を付け始めた。
コーネリアスは俺にかまってもらうために俺のそばを離れず機会を窺っていたらしい。
(立ち振舞は男っぽいところがあるが美人だな、今度ゆっくりと話をしてみよう)
コーネリアスの後ろ姿を眺めながら色々妄想していた。
「レイン、階段下の安全を確保したわ。一緒に来て」
「わかった今いくよ」
(ミカサが俺を呼んでいる、今日は色々忙しい日だな)
軽く返事をすると階段から顔を出しているミカサに付いて下へ降りていった。
美女に囲まれ楽しい雪山の午後を満喫している俺は、異世界へ送ってくれたイシリス様に感謝するのだった。