101.接敵
『白銀の女神』と『戦乙女』の合同パーティーの連携は、実戦で通用する域にまで仕上がってきた。
俺は思い切って樹海の奥まで探索の足を伸ばすことを、みんなに提案することにした。
朝食を終え食休みを思い思いに取っている仲間達に俺は語りかけた。
「みんなそのまま楽な姿勢で聞いてくれ、『戦乙女』達の戦力もだいぶ上がってきた。このまま周辺を探索するのも一つの手だが、俺は一気に樹海の奥へ進行することを提案したい、異論があるものは意見を聞かせてくれ」
昨日ミカサと二人で相談した事をみんなに伝える、概ねみんな賛成のようで特に反対意見は出なかった。
隣りに座っているミカサもみんなの表情を見ながら満足そうにうなずいている。
「よし、反対意見はないようだな、今日から樹海の奥へ向かって探索をしていくぞ。各自準備を怠るな」
「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」
一斉に十一人から返事が返ってくる。
皆探索に慣れて自信のある顔つきになっていた。
『深淵の樹海』十八階層の奥、そこは巨大な針葉樹林の立ち並ぶ人外境だった。
万全な準備をしない限り一時として生存できない極寒の大地は、探索する者たちを選別し、注意を怠った者たちの命を容赦なく刈り取っていった。
その上凶悪な魔物たちが生者の血潮を求め我が物顔で跋扈する魔境で、実力の足りない探索者達は永遠に地上に帰還することはなかった。
一般の探索者達は微かに漏れ聞こえてくる情報に、ただただ恐怖を募らせるばかりで、行ってみたいという剛気な者は皆無だった。
歴代のトップ探索チームがこの地で全滅していった原因を実感することは、そこに足を踏み入れない限りわかることはなかった。
樹海の奥へ探索を開始してから一週間が過ぎ、周りの環境が更に悪化していった。
始めのうち周りに見受けられていた巨大な針葉樹林は次第に姿を消して、岩と氷が広がる地獄のような環境に変わってきていた。
平坦だった大地も隆起した丘や絶壁の崖など、樹海と言うよりは九階層の『山岳』に近いようになってきて、すでに樹海と呼ばれる環境ではなくなってきていた。
俺達は一塊になって吹雪が吹き荒れるガチガチに固まった雪の上を、更に奥へと足を進めていた。
これだけ劣悪な環境でも探索を続行できたのは、事前に『火神の障壁』を全員に装備させていたこともあったが、リサの存在が大いに関係していた。
『火神の障壁』でも軽減される冷気の限界はあるので、次第に身体が冷えてきて探索が滞り始めた時、リサがある提案をしてきた。
それは彼女が使役している精霊たちに呼びかけて、周囲の温度を上げてもらおうということだった。
俺はその提案を即座に了承してリサに精霊との対話を依頼した。
結果火の精霊イフリートがリサの呼びかけに応え、俺達の周囲の温度を大幅に上昇させてくれたのだ。
リサの周囲十数メートルは、周囲より格段に高い温度になり、快適な環境になった。
『山岳』のときにもリサが精霊を使役して数メートルの範囲で温度を下げてくれたが、今回の範囲はその比ではなくリサの精霊使いとしての成長の凄まじさがよくわかった。
防風吹き荒れる雪原をしっかりとした足取りで進んでいくと、俺の『気配探知法』に複数の魔物の気配が感じられた。
「旦那! 前方から複数の馬の蹄の音が聞こえやす! 数はおよそ四体、骸骨騎士の騎乗するアンデッド馬の可能性が高いでやんす!」
ワンさんの報告にパーティー全員に緊張が走る。
特に『戦乙女』達は恐慌状態一歩手前まで混乱して一斉に慌て始めた。
「うろたえるな! 相手が苦手な敵でも俺達の実力なら必ず切り抜けることが出来る! 冷静さを保って最善の行動を心がけろ!」
俺の一喝に我を忘れていた者たちがハッとして立ち止まる、そして事前に打ち合わせていた防御重視の陣形に素早く移行していった。
「接敵はおよそ一分後だ、奴らは一直線にこちらに向かっている。アニー! 『神聖防壁』の準備をしろ! モーギュストは前方に布陣して奴らの足を止めるんだ!」
「わかりました!」
「オッケー!」
アニーがイシリス様に祈りを捧げ始める。
モーギュストが嬉しそうに前方に陣取り、高らかに『パイルバンカー』を唱え即席の砦を築いていった。
「マリア! 全員にバリアを唱えろ! セルフィアとエリザベスは魔法詠唱の準備、接敵する前に数を減らせ!」
「かしこまりました!」
マリアが目をつむりバリアを一人ひとりにかけていく、その横で魔法使いの二人が思い思いの呪文を詠唱し始め、足元に魔法陣を展開し始めた。
「その他の者は決して無理をするな! 無防備な仲間達を護衛することだけを考えろ! ワンさん! 俺と連携して魔法で打ち取れなかった骸骨騎士を刈り取っていくぞ、俺の動きに合わせるんだ!」
ミカサ達直接戦闘組は中央に陣取るセルフィア達を囲むように周囲を固める。
視界に骸骨騎士たちが駆け寄ってくるのを確認した時、アニーの錫杖からまばゆい光が吹き出し、周囲に虹色の障壁が張り巡らされた。
「レイン様! 『神聖防壁』完成しました!」
恍惚の表情を浮かべながらアニーが神の障壁の完成を報告してきた。
「よし! 魔法使い達! 前方に向かって魔法を放て!」
呪文が完成していつでも打てるように待機していたセルフィアとエリザベスに、魔法の攻撃を指示する。
セルフィアとエリザベスは思い思いの強力な呪文を一気に骸骨騎士たちに向かって発射した。
「イフリートよ、我に応えよ、炎の束はすべてを貫く業火の楔、そなたの力を我に分け与え、我に敵対する者を貫き通せ……、インフェルノ!」
アース・ドラゴン戦で見せた地獄の業火をセルフィアが放った。
青白い炎の杭が先頭を走る骸骨騎士に、放物線を描きながら正面からまともに襲いかかる。
唸りを上げて着弾した業火は一瞬の間を置いて激しく爆発する。
まともに被弾した骸骨騎士は一瞬で粉々に砕け爆散した。
インフェルノの業火はそれだけではとどまらず、周囲に炎を撒き散らし骸骨騎士たちの足を止めた。
「マナの矢はすべてを貫く、すべての根源である光の弓で悪しき魔を討ち滅ぼせ! イレイザー!」
エリザベスが呪文を唱え始めると、彼女の頭上に極太の光の柱が出現し、骸骨騎士に狙いを付けた。
発動のキーワードを唱え終えると、光の柱は極太の光の束を前方に発射した。
インフェルノの炎で立ち往生していた骸骨騎士の頭が光りに包まれ一瞬で消し飛ぶ、主を失ったアンデッド馬が、恐慌状態に陥り樹海の奥へ逃げ出した。
エリザベスが片膝を突き青い顔で肩を大きく上下に揺らした。
典型的な魔力欠乏症に陥った彼女は、骸骨騎士を一体葬ることと引き換えに戦線離脱を余儀なくされた。
横でセルフィアがさらなる呪文の構築に入る。
まだまだ余裕のある彼女の足元には、青く光る魔法陣がゆっくりと回転していた。
俺は体を『身体強化』で最大まで強化し、剛力の小手に魔力を注ぎ込む。
愛刀を抜刀して魔力で強化させワンさんに合図をした。
「ワンさん! 俺について来い、決して遅れを取るな! 『金剛強化』『剛力解放』『縮地』!」
前方でたたらを踏んでいる骸骨騎士めがけて、爆発的な攻撃力を発しながら急速接近する。
俺の斜め後方にはピッタリとワンさんが張り付き、魔法の双短剣を握りしめながら俺の動向を注視していた。
「『気配消失』! 『兜割り』!」
俺達の接近をかろうじて察知した骸骨騎士が迎撃態勢を取る。
俺は骸骨騎士の一歩手前で完全に姿を消して上空へ飛翔した。
圧倒的な腕力を刀に全て込め、骸骨騎士の頭蓋骨めがけ振り下ろす。
頭から真っ二つに切り裂き、アンデッド馬もろとも左右に切り分けて豪快に地面に着地する。
間髪を容れずにワンさんが骸骨騎士の胴体を二本の短剣で膾切りにして原型をととめないほどに切り刻んだ。
雪原に俺が着地した轟音が辺りに響き渡る。
ワンさんは華麗に受け身を取ると、もう一体の骸骨騎士に向かって走り寄っていった。
それを横目で見ながら俺も『縮地』を発動する。
ワンさんとほぼ同時に骸骨騎士を左右から襲い深い傷を追わせた。
骸骨騎士は自身の不利を悟って俺達から高速で離脱する。
片腕は俺に切り取られ、体にはワンさんの短剣によって大穴が開けられていた。
普通の魔物なら致命傷になる攻撃を身に受けたにもかかわらず、骸骨騎士はまだ絶命に至らず高速でセルフィア達に迫っていった。
ランスの切っ先をモーギュストに定め渾身の一撃を加えようとひた走る。
神聖防壁のギリギリに陣取っていたモーギュストが、嬉しそうに笑って待ち構えた。
「舐めるなガイコツ! 僕の槍の威力を思い知れ! 『連撃槍龍突』!」
骸骨騎士がモーギュストに後五メートルのところまで迫った時、モーギュストが高らかに新技を繰り出し先制攻撃をした。
不可視の矛先が骸骨騎士を襲い、まともに攻撃を浴びた骸骨騎士が無数の大穴を開けながら千切れ飛んでいく。
骸骨騎士は何もできないまま細切れにされ光の粒子になって消えていった。
終わってみれば一方的に魔物の群れを蹂躙し完全勝利で幕が閉じた。
最大の敵骸骨騎士の群れを圧倒的な力で殲滅した俺は、皆の成長にしっかりとした手応えを感じていた。