99.木っ端微塵
グロテスクな表現があります、特に食事中の方は後で読むことをおすすめします。
『戦乙女』達の戦力アップに目処が立ち待望の探索を開始した。
『戦乙女』達が密集した陣形で、雪に覆われた樹海を慎重に進んでいく。
その周りを俺達『白銀の女神』のメンバー達が包囲するように展開して彼女たちをサポートしていた。
俺とワンさんは二十メートルほど前方へ展開して魔物を早期に発見できるように注意していた。
もちろん『気配消失』や『身体強化』を駆使して不意の接敵に備えていた。
「旦那、前方三十メートルほど先に四足歩行の足音が三体分確認出来やした。これから接近して死なない程度に痛めつけてきやす」
「よし、あまり無理をするなよ」
「わかりやした」
ワンさんが『気配消失』の出力を上げてその場から消えて居なくなる。
雪が積もる地面に足跡だけが残り、またたく間にその場から居なくなった。
俺はアトラスさんから様々な戦闘に役立つ知恵を授かっていた。
その一つが『気配探知法』で、魔力の極細の糸を周囲に漂わせて相手の動向を探る便利な技だった。
それなりに練度を高めていた俺は、当然前方の魔物の群れを事前に探知できていた。
しかし本気で気配を消したワンさんを探知することは今まで一度も出来ないでいた。
それほどワンさんの『気配消失』は練度が高く高性能だった。
しばらくすると後ろから前衛を務めるモーギュストが近付いてきた。
俺が魔物と接敵したことを告げると、素早く右手を上げてパーティーの前進を止めた。
後ろで女性陣が真剣な面持ちでその場に留まり辺りを警戒し始めた。
どのくらい時間が経ったのだろうか、前方の方から魔物の咆哮が聞こえてきて樹木の折れる音が響いた。
しばらく咆哮が続いていたが急に止み、樹海に静寂が戻ってきた。
木々の間からワンさんがゆっくりと姿を現してこちらに近付いてくる。
その顔は特に緊張もしていなくていつも通りだった。
「旦那、アンデッド巨大熊をきっちり三体身動きできないように切り刻んでやりやしたよ。早速トドメを刺しに行きやしょう」
すました顔で報告してくるワンさんにしっかりうなずくと、後ろを振り返り女性達に言い放った。
「今から魔物のとどめを刺してもらう、レベルをきっちり上げるため一人一回は攻撃するように」
俺の言葉に『戦乙女』達は緊張しながらもしっかりと返事をしてきた。
セルフィアたちも嬉しそうにうなずいていて皆んなでゆっくりと移動を開始した。
数十メートルを前に進むと辺りの樹木が乱雑に倒されていて、異様な風景が広がっていた。
辺りには腐肉の臭いが充満していて、所々に大きな熊の腕や足が散乱している。
腐りきってどす黒く変色した血液が、真っ白な雪の上に撒き散らされていて汚らしい光景を作り出していた。
更に奥へ進むとポツンと黒い塊が姿を現した。
それは小山と言っていいほど巨大で、端から端まで余裕で十メートルほどの大きさがあった。
その小山は合計で三つ、全てどす黒い血の海に横たわっていて、かすかに上下している。
それは巨大熊のゾンビで、四肢を切断され身動きがとれないようにされた魔物だった。
俺達が接近してきたのを察知したゾンビ熊は、大きな咆哮を上げて頭を左右に激しく振り回した。
しかし四肢が切断されて思うように動けないので、全く怖いとは思はなかった。
「よし、先ず俺が攻撃するよく見ておけ」
俺はそう言うと『身体強化』を高め、更に『縮地』と『剛力解放』を駆使してゾンビ熊に接近した。
ピュッっと刀を一閃して熊の腰から下の部分を切断する、魔力の乗った俺の攻撃は一刀のもとに熊の胴体を輪切りにして臓物を地面にぶちまけた。
辺りに腐肉と溶けた臓物が撒き散らされて凄いことになった。
熊の臓物の中に潜んでいた大量の虫も、一斉に湧き出して辺りに散らばった。
普通の魔物なら致命傷になってもおかしくない俺の一撃を受けたゾンビ熊は、更に大きな咆哮を上げたが絶命することはなく激しく首を動かした。
臓物が俺に掛かる前に再度『縮地』を使い次の熊の元へ移動する。
続けざまに胴体を切断しその足で仲間の元へ戻ってきた。
「レインさんお見事!」
モーギュストが嬉しそうに拍手をして俺を出迎えてくれる。
俺も嬉しくなってモーギュストに笑顔でうなずいておどけながらお辞儀をした。
ワンさんも大いに喜んで俺の肩を叩いてくる、一通りはしゃいだ後裏で見ていた女性達に視線を動かした。
セルフィアが呆れ顔で俺達を見ていて、アニーが神に祈っている。
リサは顔を手で覆い、指の隙間からこっそり熊の体を覗いていた。
ミカサ達は口を抑えて必死に胃の中のものを出さないように我慢している。
主戦場が『大聖堂』だった『戦乙女』達でも目の前の光景には耐えられないらしく、何人かが急いで裏の茂みに駆け込んでいった。
「レイン調子に乗りすぎよ! もう少し地味に攻撃しなさいよ!」
そう言うと小さなファイアーボールを続けざまに放って熊に被弾させる。
それを見ていたアニーが気弾を放ち、リサが弓を構えて連続で矢を放った。
三人の攻撃を食らったゾンビ熊は、腹に溜まった腐った臓物の部分を盛大に撒き散らしながら更に大声を上げる。
堪らず『戦乙女』の残りのメンバーも茂みに消えた仲間を追って走り去っていった。
「どこが地味なんだよ! もう半分ぐらいしか身体が残ってないぞ!」
俺は嬉しそうにセルフィアに抗議する。
セルフィアはニヤリと笑って親指を立ててきた。
しばらくして『戦乙女』の面々が青い顔をして戻ってきた。
なるべく熊を見ないようにして一撃を入れた彼女たちは逃げるようにして熊から距離を取る。
「レインさん、新しい技を使えるようになったから見てよ」
唐突にモーギュストが新技を披露すると言ってきた。
俺が了解するとアダマンタイトの短槍を腰溜めをして魔力を注ぎ込んでいく。 傍らで見ていてもわかるほど大量の魔力を注ぎ込んだ短槍は、かすかに振動を繰り返していた。
「行くぞ! 『連撃槍龍突』!」
モーギュストの右手から短槍が高速で繰り出され、不可視の矛先がゾンビ熊に降り注いだ。
三体まとめて射線に入っていて突かれるたびに爆散していく、みるみるうちに粉々に千切れ飛び光の粒子になって消えていった。
ワンさんと俺は拍手喝采でモーギュストの新技を褒め称える。
その威力に青い顔をしていた『戦乙女』達も唖然として凝視していた。
「中々やるじゃない、いつの間にそんな技編み出したの?」
セルフィアが興奮気味に近寄ってきて話しかけた。
「それは皆んなが修行している間だよ、僕だって強くなりたいからね」
すまし顔で説明するモーギュストの顔は、嬉しそうにピクピクと鼻が動いていて満足げだった。
「よし、この調子でミカサ達のレベル上げをしながら次の『樹洞』まで探索していくぞ、どんどん樹海の深くへ進んでいくから注意を怠るな」
アンデッド巨大熊の魔石を回収した後、隊列を組み直して探索を再開した。
餓狼ゾンビやスケルトンなど次々にアンデッドの魔物たちが襲いかかってくる。
スケルトンなど弱い敵を『戦乙女』達が倒し、手強い個体は俺達が弱らせてから彼女たちがとどめを刺していった。
その際ただ倒すだけじゃなく、攻撃スキルや『縮地』などを組み合わせて戦うことを強制した。
始めは戸惑ってスキルを中々扱えなかった彼女たちも次第に慣れてきてスムーズな戦闘を出来るようになってきた。
『樹洞』に着く頃にはだいぶ様になってきて、さすがはトップチームの一角だけはあると思った。
『戦乙女』達の戦力が安定してきたことを嬉しく思いながら、明日からの探索にどの様に彼女たちを参加させていくか、難しいが楽しい舵取りに心がウキウキしていた。