98.『戦乙女』の強化は完了した
ミカサ達の戦力に不安を感じた俺は、彼女たちの強化をすることにした。
基礎的な訓練を一通りミカサ達に施した俺は、続けて本格的に訓練を開始した。
もともと全員が魔力持ちだった『戦乙女』達は、スキル『身体強化』を覚えていたのも幸いしてメキメキと強くなっていった。
彼女たちの戦闘センスは中々のもので、俺が教えることを素早く吸収して短期間のうちに相当な強さになっていった。
時間はあっと言う間に流れていって、『戦乙女』達の訓練期間は一月ほど経過していた。
合同探索は競争ではないので、探索の日程は各パーティーの判断に任されている。
俺もミカサもそれほど焦って探索しているわけではなかったので、今は訓練に多くの時間を割く選択をして、戦力強化を優先的におこなっていた。
その間にも定期的に地上には戻っていて迷宮衛兵達に状況を報告していた。
その際に『暁の金星』や『影法師』の情報も収集したが、彼らによる探索も思った以上に進んでいなくて、俺達の行動へのクレームも一切来なかった。
ー・ー・ー・ー・ー
『樹洞』前の広場で担当の四人をシゴキ上げてしばしの休憩を与える。
「ある程度のスキルは獲得できたようだな、後は実践でスキルを使いこなせるようになれば十八階層でも通用できそうだ」
汗だくで雪の上に座り込んでいるミカサ達を見ながら、俺は満足感に浸っていた。
「レイン殿……、いつまでこの修業を続ければいいんですか? そろそろ限界です……」
長身のナイト職、コーネリアスが恨めしそうに俺を見てきた。
他の面々は話す気力もないほど疲れ切っていて、目だけを俺に向けてあえいでいた。
「ん? そうだな、そろそろ樹海を巡って魔物を狩りながらレベルアップを図っていくか、今日の夜にでも全員で話し合おう」
俺の提案にみんな安堵の顔をしてお互い見つめ合っていた。
その日の夜に全員を集めて報告会を開いた。
「この一ヶ月近くで『戦乙女』の戦力は大幅に上がった。俺の担当しているミカサ達四人は順調に仕上がって、樹海の探索を開始しても十分やっていけると俺は思う。他の担当者の意見を聞きたいので一人ずつ発言してくれ」
俺がミカサ達を褒めると、彼女たちは満面の笑みを浮かべながら、お互い手を取り合って喜びあった。
そして各自担当している者の育成状況を聞いていった。
「私が担当しているエリザベスはかなりの逸材だわ、教えることを素早く吸収するから楽しくてしかたがないわ」
セルフィアが『戦乙女』の魔法使いエリザベスをべた褒めする。
当の本人は恥ずかしそうにうつむいて顔を赤くしていた。
「それを言うならマリアさんは信仰心の塊ですね、ちょっとしたコツを教えただけで実践で通用するレベルになりました」
アニーも負けじと僧侶職のマリアさんを褒め称える、隣で聞いていたマリアさんは少し照れながら女神様に祈りを捧げた。
「そうか、それなら明日から全員で少し離れた『樹洞』まで移動しながら修行をするか。ワンさん、十八階層の魔物の分布を教えてくれないか?」
「わかりやした、十八階層の魔物の種類はそう多くありやせん。主にアンデッドが多いでやんすが、今の『白銀の女神』の戦力なら『戦乙女』を引率しながらでも戦闘することは出来ると思いやす。そして最大の懸念材料の骸骨騎士でやんすが、まだ一度も姿を見ていやせん。奴は相当レア魔物だと思いやす」
ワンさんの報告に『戦乙女』達は安堵の表情を見せる。
彼女たちは昔一度だけ対戦したことがあるらしく、トラウマになっているようだった。
「ということで明日からは通常探索に近い形をとる、各自装備の確認を怠ること無く明日に備えてくれ」
その場にいた全員がやる気がある返事をして場が活気づく、長らく停滞していた十八階層の探索が本格的に始まろうとしていた。
早朝『樹洞』の下に『白銀の女神』と『戦乙女』の合同パーティーが集合していた。
その人数は総勢十二人と一匹、皆思い思いの豪華な装備に身を包み、これまた攻撃力の高そうな武具を身に着けていた。
一面銀世界の樹海はこれから始まる探索を応援するかのように、雲ひとつない快晴だった。
しかしここは『深淵の樹海』、それも最深部に近い過酷なエリアだ。
『火神の障壁』を装備していなければ、数分で命を落としてしまうほど過酷な世界は、美しさの裏に凶悪な真の姿を隠していて、決して油断をしてはいけなかった。
「みんな装備の確認は出来ているな? 武器に聖水をかけるのを忘れるな。このエリアの魔物はアンデッドが中心だ、聖水をかけた武器は大きな戦力アップにつながるぞ」
俺の話を全員が緊張感のある表情で聞き耳を立てている、特に自分たちの実力をまだ把握していない『戦乙女』の面々は、生き残るために必死だった。
俺は一人ひとりの顔をゆっくりと見渡していく、ワンさんやモーギュストはこの一ヶ月近く単独で森を探索していたので余裕の表情だった。
セルフィアとアニーも担当の探索者を教える傍ら、自身のスキルに磨きをかけていたのでそれなりに余裕が見受けられた。
問題は『戦乙女』たちで、ミカサを始め六人全員が顔をこわばらせて今にも倒れそうなほど緊張をしていた。
「ミカサ、緊張しているのか? そんなに固くならなくても大丈夫だぞ、俺達がきっちり周りを固めるから心配するな」
仲間達と一塊になっているミカサに俺は声を掛けた。
「ええ、わかっているのだけど身体が言うことを聞かないのよ、初めて探索した時にとても恐ろしい目に合ったのを思い出してしまったわ」
ミカサ達は初めて十八階層に足を踏み入れた時に、いきなり骸骨騎士の一団に襲われたそうだ。
謎の遺跡を出発した直後だったので、遺跡の中に逃げ込み誰一人負傷しないで済んだのだが、それ以来恐怖で一度も探索に来られないでいた。
「ミカサ、俺を信じるんだ。どんな状況でも決して見捨てたりしない。絶対に守ってやる」
力強く言い切りミカサの肩に手をおいた。
ミカサは俺の手に自身の手を重ね俺を見つめてくる。
彼女の肩は始め震えていたが徐々に震えは収まり目に生気が戻ってきた。
「ありがとうレイン、もう大丈夫よ」
しっかりとした口調で俺に答えたミカサは、俺から離れると自身のパーティーへ向き直り高らかと宣言した。
「みんな! あたし達はもう昔とは違うわ! 彼らのおかげで見違えるように強くなった! 慢心してはいけないけれど過度に恐れる必要はないと思う! 彼らとともに十九階層を発見しましょう!」
ミカサが言い切ると『戦乙女』達は自身を鼓舞するように雄叫びで応える。
それを聞いていた『白銀の女神』も興奮を隠すこと無く一緒になって鬨の声を上げた。
「よし! 『戦乙女』を中心にして陣形を組め! アニーはバリアをみんなにかけた後いつでも『神聖防壁』を展開できるように備えるんだ! モーギュスト! 前方の守りは君に任せたぞ! 『白銀の女神』の盾の鉄壁の守りを魔物たちに思い知らしてやれ!」
「わかりました!」
「オッケー! まかせてよ!」
アニーとモーギュストが元気よく返事をする、他のメンバーたちも俺の指示を今か今かと待っていた。
「ワンさん! 俺とともに周囲の警戒を頼む! 今回は骸骨騎士達との戦闘も視野に入れるからそのつもりで行動してくれ! リサ、セルフィア! ミカサ達をサポートしつついつでも魔法を唱えられるように備えるんだ!」
「わかりやした! 旦那の指示に従いやす!」
嬉しそうに尻尾を大きく揺らしながらワンさんが満面の笑みを浮かべている。
「お兄ちゃんわかったわ!」
「まかせなさい! あたしの魔法で魔物を粉砕してあげるわ!」
リサもセルフィアもやる気満々だ、この状態の彼女たちは非常に頼りになった。
俺の心の奥底に長らく溜まっていた樹海への鬱憤が徐々に湧き上がってきた。
(今までいいようにやってくれた骸骨騎士たちに俺達の強さを思い知らしめてやるぞ!)
拳をしっかりと握りしめて樹海の奥をにらみつけるのだった。