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神代…帝国の初代皇帝から第5代皇帝までの間を指すが、その『素晴らしい』統治下であっても、禅譲だった2代目を除き、他の代では小にせよ大にせよ後継者争いがあった。特に激しかったのは第4代皇帝が即位5年で崩御した後で、遺された10名を超える皇子たちが血で血を洗う争いを繰り広げたのだ。結果、皇帝崩御5年後まで皇帝位は空位、さらにその時点で生き残っていた帝位継承者の男子は13歳、10歳、8歳と3名の未成年者のみ。外つ国から攻められたらまず間違いなく負ける、そんな危機迫った状況で動いたのが第4代皇帝の妹、『初代』姫摂政、狼木蓮だった。彼女は残りの3名の継承候補者たち全員を速やかに庇護下に置くと、すぐに各皇子派閥を操っていた黒幕たちを叩いた。最初はたかが公主よ、と侮っていた彼らは、皇族の姫、残された継承者たちの後見人という身分を最大限振りかざした彼女の粛清を前にあっという間に裁きを受けることとなった。そして口煩い外野を実力行使で黙らせた彼女は、残りの3名を平等に養育・教育し、3名全てが成人した時点で3名の中で最も適性があると判断した皇子を次期皇帝に指名、1年後の即位までを見届け、その後は地方で隠居して穏やかに暮らしたーー。
これが帝国における、『姫摂政』の伝説である。
「それで、妾がこの前例に沿ってここに引っ張り出された、と」
紅い扇をつまらなさそうにぱたりぱたりとあおいでいる美女ーー狼睡蓮は玉座の縁をゆるりと長い指でなぞる。相変わらず男装に単の衣をさらりと羽織っただけ。髪も無造作にくくりっているだけだ。美少年の寝起きのような姿だが、品があるのはその身に流れる血故なのか、本人の資質なのか。とにかく、周りの重臣たちは何も言えずにただ頭を垂れる。
「まあよいわ。やれと言うたのはそなたら。やると言ったのは妾。期間は第5皇子の成年する7年後まで。そして、その時までに各皇子の適性を判断し、次期皇帝を指名するーー」
異論なしでよいな?その問いに重臣たちが一様に深く項垂れる。それを見て口元だけで笑うと狼睡蓮はするりと玉座に腰掛け、足を組んだ。
「では、わたくし狼睡蓮、ただいまから7年後まで摂政の地位を拝命つかまつろう」
姫摂政が神代ぶりに誕生したーー。重臣たちの打った内乱回避の起死回生の策に廷臣たちは動揺を隠せなかった。政の場に女人はご法度、そんな発想すらしたことがなかった彼らはどうせお飾りとはいえ、野郎ばかりの職場に高貴な姫が現れたのだと、興奮を隠さずに噂の姫摂政の正体について囁き合った。
「知っていますか?姫摂政が誕生したらしい…」
「ああ…だが先帝には姉妹姫はおられたが、全員嫁いでおられる。摂政の条件には当てはまらぬしなあ…」
「皇族の姫が他におられただろうかね」
神代5代を除いたとしても10代近く続いている帝国では男子の直系を辿るのも苦労する。ましてや姫まで細部を覚えているものは少ない。その日の午後から、朝廷の図書室に皇統譜を確認しようと廷臣たちが押し寄せ、図書室では皇統譜を一時的に閉架書庫に移すはめになった。