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皇国の優しい掟

皇紀2678年度 通信制大学「放※大学」専門科目講義 軍事史講義第1回 南北戦争とアメリカ連合国の独立

作者: 七里 良昭

西暦1862年9月17日 メリーランド州シャープスバーグ




「ペンシルベニアの男たちよ、郷里のため、祖国のため、前へ、進め!」


 軍楽隊が叩く太鼓のリズムに合わせて、戦列歩兵たちがゆっくりと前進を開始する。

 前面に展開した北軍砲兵隊が、アンティータム川対岸の南軍陣地に向けて斉射を行う。


 両陣営の首都が近接している東部戦線は、リンカーン大統領の戦争指導における幾つかのミスと、南軍の北進により首都ワシントンDC陥落の危機に陥っていた。


 アンティータム川にかかる石造りの小さな橋。ローアバック橋。

 この橋にめがけて北軍兵士は殺到する。


 橋の前面には木製のバリケードが幾重にも作られ、一部は北軍の砲撃により砕かれていた。

 川の対岸にも木製のバリケードが築かれ、対岸は高台となっていた。

 その高台には南軍の戦列歩兵と砲兵が展開し、押し寄せる北軍兵士に応射をしていた。


 北軍第51ペンシルベニア連隊。

 南軍とは違い、豊富な工業力により、いち早く兵士の軍装を統一させ、真新しいブルーの制服に身を包んだ兵士たちが橋にとりつく。


 橋に大きな合衆国旗が掲げられ、ブルーの波が橋を越えて対岸に押し寄せる。

 対岸の高台では、制服が不ぞろいな兵士たちが前装式線条銃を構える。


 「撃て!」


 斉射とともに兵士たちの筒先から白い煙を吐き出され、橋の上では大量の屍が生み出されていた。

 ナポレオン時代の前装式滑腔銃(いわゆる「マスケット」)とは違い、前装式線条銃(いわゆる「前装ライフル銃」)は命中精度が向上している。400ヤード(約366メートル)で比較すると、前装式滑腔銃の命中率は約4%なのに対し、前装式線条銃の命中率は約54%にもなる。用いている銃が進歩しているのに、戦い方は前時代的な戦列歩兵の密集横隊による射撃が中心であったため、死者数は前時代における欧州の戦争とは比較にならない規模になった。


 アンティータム川でリー将軍の南軍と対峙するマクレラン将軍指揮するポトマック軍。

 このポトマック軍で、左翼から渡河を指揮しているのがバーンサイド将軍であった。

 南軍の突撃破砕射撃による北軍損害の多さに顔を歪ませるも、あらゆる損害に顧みることなく、ローアバック橋確保とローアバック橋からの戦線突破を試み続ける。


 地形的に不利な状況ではあるが、ここで攻勢をやめるわけにはいかない。数では北軍が圧倒的に有利な戦場であった。


 アンティータム川対岸に陣取るリー将軍の南軍2万5000人。

 それに対して、マクレラン将軍の北軍5万5000人。


 このアンティータム川を越えて、南軍を撃破することこそが、北軍に唯一残された勝機であった。


 リー将軍率いる南軍4万5000人は、軍を二手に分け、その一方の2万人の軍をジャクソン将軍に任せ、南軍後方補給路を脅かしているハーパーズ・フェリーの町の攻略を命じた。残る一方の2万5000人の軍をリー将軍が直卒することとした。

 この時代、敵野戦軍主力近くで軍を分けるのは常識から外れた行動であったが、リー将軍は、北軍のマクレラン将軍が慎重な性格であるため、再び南軍を集結させるには十分な時間があると判断していた。


 ワシントンDC周辺の北軍ポトマック軍第2軍団の北上する動きに対して、ワシントンDC北方フレデリックの町に陣取るリー将軍が率いる2万5000人の軍勢が、西に下がり、シャープスバーグで守りを固め直す。

 このとき、北軍に奇跡がおきた。

 フレデリックの町を奪還した北軍兵士が、町でみつけた葉巻に、南軍の作戦計画書が包装紙として使われていたのである(注)。


 リー将軍が軍勢を二つに分けたことに気づいた北軍は、ポトマック軍全軍を急派させ、南軍を各個撃破すべく、シャープスバーグで全面攻勢に転じるのであった。


 一方、ジャクソン将軍の南軍2万人は、ハーパーズ・フェリー攻略後、5000名の兵士を町の治安維持と分進合撃してくる北軍の足止めのためクランプトンズ渓谷に守備隊として残し、1万5000人を率いて、シャープスバーグに向けて北上するのであった。


 そして、ローアバック橋で大量の屍を生み続ける北軍左翼バーンサイド将軍の前に、南から北上してきたジャクソン将軍の南軍が襲い掛かるのであった。


 このアンティータムの戦いは、南北戦争における南軍の勝利と、現在まで続くアメリカ連合国の独立を決定づけることとなった。

 大量の屍で覆われたローアバック橋は、後世、指揮官の名前をとってバーンサイド橋と呼ばれている。








 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 







皇紀2678年  日本



通信制大学「放※大学」専門科目講義 軍事史講義第1回 南北戦争とアメリカ連合国の独立 主任講師 斉藤義昭





<< ズン※ン♪ チャカ※ャカ♪ ズ※ズン♪ チャ※チャカ♪ >>

<< パッパパラ※ッラァラー♪ >>

<< パララ※ァラッラー♪ >>


 テレビ画面中央に映し出される文字


 『放※大学は、正規の通信制大学です』

 『軍事史』

 『主任講師 斉藤義昭』


<< パッパパラ※ッラァラー♪ >>

<< パララ※ァラッラー♪ >>



 美人の女性アシスタント。隣には、灰色の地味な背広、黒ぶち眼鏡の小太りの中年男性が映し出される。


 第1回講義ということで、女性アシスタントが主任講師の肩書を説明する。


 軍事シミュレーション・ゲームデザイナーや劇画原作家を経て、小説家として人気を博する。米国指揮統制研究誌日本語版に、一号作戦についての研究論文を発表し、それが好評を得たことから、その後も論文を発表し続け、現在はアカデミックの世界でも気鋭の軍事史研究家としても知られている。


 当然、放※大学における講師紹介なので、一般的な略歴紹介しか行わず、多くが知る「ビッグゲーム(ボリュームが多いボードSLG)ばかり作りたがる」、「締め切りを守らない」、「完結させた小説作品がほとんどない」などの悪評の部分については語られることはない。


 小太り眼鏡男がお辞儀する。


 「みなさん、こんにちは、斉藤です。『あの戦争』終結から、日本では長らく軍事に関係することはタブーとされてきました。去年、日本学※会議での軍事研究禁止が解かれ、ようやく放※大学でも軍事に関係する科目が開講となりました(註)。本講座もその一つです。まぁ、学※会議と言いながら、長らく軍事研究禁止を唱え続け、学問の自由を標榜しながら学問の自由を脅かしてきたのは滑稽としかいいようがなく、この連中はもはや頭がおか」


 「先生っ!」

 隣の女性アシスタントが慌てて制止する。


 「失礼、ちょっと話が脱線しました。さて、我々、多くの日本人にとって、『あの戦争』と聞くと、思い浮かべるのは第二次世界大戦のことになります。これがフランスやイギリスになりますと『あの戦争』は、『ザ・グレート・ウォー』、第一次世界大戦になります。そして、南北アメリカ両国において『あの戦争』となると、両国国内では『ザ・シビル・ウォー』、対外的にわかる表記では『アメリカ・シビル・ウォー』、南北戦争となります。それだけ南北戦争は歴史的にも宗教的にも、南北アメリカ両国では重い意味を持っています」


 「まぁ、余談になりますが、『シビル・ウォー』というのは戦後の呼称で、南北戦争の最中では、諸外国からは『各州間の戦争』と呼ばれ、アメリカ合衆国側は『反乱戦争』と呼称し、アメリカ連合国側は『南部独立戦争』と呼称して戦っています。この戦時中の戦争呼称名からもわかるように、アメリカ合衆国側の戦争目的は反乱を鎮圧して南部独立を阻止すること。アメリカ連合国側の戦争目的は、アメリカ合衆国からの独立ということになります」


 「また、軍事史的にみても、南北戦争は、はじめての国家間総力戦とも言える戦争であり、電信(注)、汽船、前装式線条銃、鉄道が大規模に使われた戦争になります。一部では、木枠で作った列車砲の原型的な運用、一部では後装式線条銃も実戦で使われています。騎兵や歩兵の突撃を阻む木製の障害物は、後世では有刺鉄線となります。攻囲戦では木枠で補強された対壕が作られ、これは後世の塹壕ともみなすことができます。また、海軍力が優勢な北軍が頻繁に行った南部諸州沿岸への上陸作戦は、現代における水陸両用作戦そのものです」



 「それでは開戦にいたる時系列を見てみましょう」


 年表が映し出される。


 〇2447年     

  アメリカ合衆国憲法改正、2468年以降の新規奴隷輸入を禁止

   同年、北西条例。奴隷制度反対運動が活発な北部諸州で奴隷制度禁止となる。


 〇2496年     

  マサチューセッツ州で、所有者に連れてこられた奴隷について、奴隷解放を命ずる判決が出され、南部諸州が反発


 〇2502年     

  ペンシルベニア州内で、解放奴隷を無理に連れ帰ろうとした人物をペンシルベニア州が誘拐罪で起訴した事件で、誘拐罪成立せずという最高裁判決が出される

 この判決がきっかけで、北部諸州で逃亡奴隷捕獲禁止法が成立


 〇2504年    

  テキサス共和国を併合。奴隷州として併合することで、連邦上院で奴隷制度存続派拡大を意味することから、連邦議会で奴隷制度反対派が中心にした併合反対運動が激化することとなった。


 〇2510年     

  連邦逃亡奴隷送還法が成立し、逃亡奴隷の送還は連邦政府の管轄となる。しかし、北部諸州の警察は逃亡奴隷引き渡しを拒否。奴隷問題をめぐり北部州と南部州の対立が高まる。


 〇2514年    

  奴隷制度廃止を掲げる政党「共和党」が結党される


 〇2517年     

  ドレッド=スコット判決。連邦最高裁は、黒人は合衆国の市民になれず、さらに連邦裁判所に訴訟を起こす権利もないこと、奴隷が自由州に移動しても、自由になることはできないという判決を下した。

  この判決をきっかけに、共和党が北部を中心に勢力拡大。


 〇2520年 5月10日

  共和党イリノイ州大会党大会で、リンカーンが共和党イリノイ州が推薦する大統領候補に指名される


 〇2520年 5月18日

  シカゴで開催された共和党全国党大会で、対南部強硬論者の候補者らを抑え、対南部穏健派に位置づけられるリンカーンが共和党大統領候補に指名される


 〇2520年 6月18日

  ボルチモアで開催された民主党全国党大会は奴隷問題をめぐり分裂、南部州出身の代議員は一斉退席し、奴隷問題では中道穏健の立場だったスティーブン・ダグラスが民主党(北部民主党)の大統領候補となる


 〇2520年 6月26日

  リッチモンドで南部民主党全国党大会を開催、現職副大統領のジョン・ブレッキンリッジを大統領候補に指名


 〇2520年11月 6日

  アメリカ大統領選挙一般投票


 〇2520年12月20日

  サウスカロライナがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 1月 9日

  ミシシッピがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 1月10日

  フロリダがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 1月11日

  アラバマがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 1月19日

  ジョージアがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 1月26日

  ルイジアナがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 2月 1日

  テキサスがアメリカ合衆国から離脱


 〇2521年 2月 8日

  アメリカ合衆国から離脱した州により、アメリカ連合国建国宣言と独自憲法を発布。

   首都はモントゴメリー。

   ミシシッピ州選出のアメリカ合衆国上院議員だったジェファーソン・デーヴィスが初代アメリカ連合国大統領に選出される。


 〇2521年 3月 4日

  リンカーンが第16代アメリカ合衆国大統領に選出される


 〇2521年 4月12日

  アメリカ連合国沿岸砲兵隊がチャールストン湾河口のサムター要塞に砲撃。

   南北戦争勃発。

   同日、リンカーン大統領、三ケ月任期の義勇兵招集。


 〇2521年 4月17日

  デーヴィス大統領、アメリカ連合国籍の商船36隻に対して「私掠免許状」を与える。


 〇2521年 4月17日

  当時のアメリカ陸軍総司令官スコット少将の推挙もあり、リンカーン大統領が第1騎兵隊長のロバート・エドワード・リー陸軍大佐にアメリカ陸軍総司令官就任を要請。

   同日、ヴァージニアがアメリカ合衆国から離脱。アメリカ連合国に合流。

   同州の海軍基地ノーフォークがアメリカ連合国軍に接収され、艦艇はアメリカ連合国海軍となる。

   ヴァージニアはリー大佐の故郷でもあるため、リー大佐はリンカーン大統領の要請を断り、アメリカ連合国軍に入る。


 〇2521年 4月19日

  アメリカ合衆国メリーランド州でアメリカ連合国支持市民が蜂起。

   ノーザン・セントラル鉄道とフィラデルフィア・ウィルミントン・ボルチモア鉄道が遮断され、鉄道輸送中の北軍第6マサチューセッツ連隊と交戦状態になる


 〇2521年 4月19日

  リンカーン大統領、アナポリスからワシントンDC間の鉄道と電信(有線)について、国が接収する決定を下す


 〇2521年 5月 6日

  アーカンソーがアメリカ合衆国から離脱。アメリカ連合国に合流。


 〇2521年 5月 7日

  テネシーがアメリカ合衆国から離脱。アメリカ連合国に合流。


 〇2521年 5月20日

  ノースカロライナがアメリカ合衆国から離脱。アメリカ連合国に合流。


 〇2521年 5月21日

  アメリカ連合国の首都をリッチモンドに移す。





「このように、2510年代には、奴隷制度をめぐり、北部と南部の対立は抜き差しならない状況となっていました。続いて、南北戦争時のアメリカ合衆国とアメリカ連合国の国力を比較してみましょう」




 開戦時の国力状況が映し出される。




 【アメリカ合衆国】

  ◎人口:2200万人


 「北部は人口が多いうえに、工業が発達しており、鉄道などのインフラも南部より充実していました。北部はこの人口の多さを生かし、大量の兵士を動員し、鉄道輸送で活用しました。しかし、6フィートゲージ、4フィート10インチゲージ、4フィート8,5インチゲージといった形で、レールのゲージ幅が統一されておらず、ワシントンDCからの一括指揮のもとでの、州をまたいだ軍の戦略機動は行うことができず、あくまでも一部区間での軍の鉄道輸送を行えたのに留まりました」



  ◎陸軍   州兵を除くアメリカ合衆国陸軍:約1万6000人


 「戦争勃発後、大量の兵士が動員されるも、州への帰属意識の高い時代であるため、アメリカ合衆国の分断を防ぐという名目では、戦う動機にはならず、北軍兵士の士気は低かった。また戦争勃発直後は三ヶ月間という短い条件で大量の兵士を動員したため、この招集期間内に無謀な攻勢を繰り返して行う傾向が多く見受けられました」


 「さらに北部州所在の陸軍士官学校は1校のみ。正規の将校教育を受けた北軍将校は少なかった。このため中隊規模程度の部隊指揮経験しかないのに、正規の将校教育を受けているとの理由だけで、少佐が突然1万人以上の軍を指揮する軍司令官になったり、将校教育を受けていない地元の名士が、突然大佐となって、連隊長や旅団長を命じられるケースも見受けられた。当初は欧州各国も観戦武官団派遣を検討していたが、素人の集団を素人が指揮する実情に、見る価値の無い戦争であるとして、次々に観戦武官派遣を中止することにもなりました。この点については、2522年以降の総力戦となった戦争様相と、先進技術をお互いに活用する場面など、重要なところを欧州各国は見落とすことになりました」


 ◎海軍   海軍艦艇 約42隻


 「海軍力は、北部が圧倒的に有利でした。その後、約100隻に拡充され、南部沿岸の海上封鎖や積極的あ水陸両用作戦を実施していきます」





 【アメリカ連合国】

  ◎人口:900万人



 「南北戦争前のアメリカ合衆国における貿易輸出額の57%を南部州の奴隷に頼った綿花栽培で稼いでいました。このため、北部州に対し、南部州側は、我々が養ってやっているという意識がありました。当時の列強、欧州各国に対して、綿の輸出で強い影響力がありました。特に産業革命で紡績業が盛んになっていたイギリスは、大量の綿を必要としていました」



 ◎陸軍   

  各州の州兵、民兵のみ。


 「北部と違い、南部には郷土を守るという明確な目的があるため、動員された南軍兵士の士気は極めて高かったことが挙げられます。また南部州には米陸軍士官学校8校のうち7校もあったように、南北戦争前のアメリカ陸軍将校の多くは南部州出身でした。このため南軍将校の多くが正規の将校教育を受けたうえに、アメリカ・メキシコ戦争に参加した将校も多く、実戦経験も豊富な点も、南北戦争で南軍側が有利な点でした」



 ◎海軍

  6隻


 「南部州離脱時に、アメリカ海軍から南部州出身海軍将校が中心となって、6隻の艦艇が南部州に脱走してきました。この6隻でアメリカ連合国海軍が設立されます。その後、ノーフォーク占領時に、接収した10隻が加わります。この戦力では、北部の海軍に対して劣勢であるため、南軍は、武装させた商船36隻に「私掠免許状」を与え、通商破壊戦を実施することとなります」


 「さらに、2521年、イギリスに当時最新の装甲艦を2隻発注、翌年に装甲艦『アラバマ』と『フロリダ』が届き、実戦に参加しています」




 【総合比較】


 「人口、工業力、海軍力でみると北軍が圧倒的に有利であり、長期戦になれば南軍側に勝てる要素がないとも思えます。しかし、アメリカ連合国が戦時中にイギリスから最新の装甲艦を調達していることが注目されます。当然、イギリスの局外中立違反行為です。このようにイギリスという国は、綺麗ごとを言っている裏ではいつも」


 「先生っ!!」


 「失礼、話が脱線したようです。当時のイギリスでは、先にも述べたように綿の需要がありました。この綿はアメリカの南部諸州から調達していました。よって、イギリスからの国家承認を得られる見込みは当初から十分にありました。なし崩し的な独立ではなく、十分な勝算があったうえでの独立だったのです」


 「もし、北軍が2522年のアンティータムの戦いに勝利をおさめていれば、国力の観点からいって長期戦になるほど南軍には勝ち目がありません。北軍がアンティータムの戦いに勝利をおさめたタイミングで、穏健派だったリンカーン大統領がアメリカ合衆国に留まっている奴隷州の反発を恐れず、思い切って『奴隷解放宣言』でも打ち出せば、アメリカ合衆国側に『人道』の観点から戦争の大義があることを欧州各国にアピールすることができ、欧州各国のアメリカ連合国国家承認とアメリカ連合国への武器輸出を防ぐことも可能であったでしょう」


 「しかし、軍事の素人であるリンカーン大統領は、北軍将軍たちと良好な関係を構築することができず、最先端の電信を使って、ワシントンDCから直接命令を出し、攻撃命令乱発を続けました。そして、戦争の早期終結を焦るがために、リッチモンド近くへ沿岸に10万人もの大軍を海からの上陸させて敵首都早期陥落を狙うなど、無謀な作戦を相次いで行わせ、東部戦線での北軍消耗を早めました。南軍の急な北進から発生したアンティータムの戦いでありますが、これもリンカーン大統領の軍司令官を飛び越えての無謀な直接指揮によって発生した東部戦線における北軍と南軍のミリタリーバランスが崩壊したために起こったものです。北軍は電信と鉄道を活用して可能な限りワシントンDC周辺に兵士を集め、再編成を行いますが、アンティータムの戦いに参加した北軍兵士は約5万5000人、南軍兵士はリー将軍の軍勢とジャクソン将軍の軍勢を合わせて約4万人。この人数だけみると、北軍の方が優勢にも見えますが、先にみた国力比較からもわかるように、本来の人口比から考えて、この兵士数の差は、北軍側は人口の優位を活用できていないことを示しています。そして、アンティータム川沿いに防御を固めるリー将軍の南軍に正面からの強襲を繰り返して損耗していた北軍は、側面をジャクソン将軍の南軍に襲われ、潰走状態となりました。潰走状態から軍を立て直すには経験豊富な将校を必要としますが、先に述べたように北軍にはそれは不可能なことでした」



 「今回は、初回の授業ということで、歴史的な観点よりも、軍事的な観点をわかりやすく説明するため、南北戦争というテーマで説明しました。よく歴史にIFはないという言葉が使われていますが、軍事や安全保障の分野では、IFを考え続けることこそが重要なことです。もし、南北戦争が2525年ごろまで長引いていたらどうでしょうか。ダブついた大量の小銃と弾薬などは、2528年からの戊辰戦争の日本に輸出され、日本の歴史も史実での幕府側の勝利はなく、薩長軍が勝利するという、今とは違う歴史になっていた可能性もあります。第二次世界大戦での敗北後、今日の象徴天皇・象徴将軍という二重象徴制もなく、もしかしたら、皇紀ではなく、キリスト教の歴である西暦を使う、象徴天皇制のみの日本など、今とは違った世界の日本もあり得たかもしれません」










注:西暦から皇紀への変換は、西暦に660年を足すと、皇紀になります。


注:西暦1837年に米国人のサミュエル・モールスが電信機を発明して以来、当時の米国ではすでに電信網が広がっていました。軍の通信隊では、櫓を組んだ通信塔からの信号旗・トーチでの信号で通信が行われていました。南北戦争では、軍司令部通信用のため電信が使われるようになり、電柱を立ててケーブルを張り、電信網を構築していきます。電信のための電源は、馬車引きの電源車に、ガルバニ電池(2枚の電極板と電解質水溶液を収めたカップ)を搭載していました。軍司令部の通信隊テントから電信機を叩き、暗号化した電文が送信されていきました。史実の南北戦争では、電信と鉄道は、国力と人口の多い北部側をより優位にしましたが、サミュエル・モールス自身は奴隷制支持者だったのは皮肉なことでした。


注:「南軍の作戦計画書が包装紙」の部分は、この小説のIF設定ではなく、実話です。



山口多聞様主催「架空戦記創作大会2018秋」の参加作品です


註:2018年現在、現実の日本では、いまだ日本学術会議による軍事研究禁止は解かれていません。



本作の続きは、短編小説『元ウォー・シミュレーションゲーム・デザイナーで、人気小説家・放※大学軍事史講師が、異世界でダンジョンマスターになったら』となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  御参加ありがとうございます。 [一言]  IF南北戦争を、それによって変わった日本から見るというものですね。興味深いです。  色々なシミュレーションが成り立つなと、改めて考えてしまいま…
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