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青時雨

雨粒が地を打つ音が響く中を、二つの影が駆けて行く。

ぶ厚い雲で日光が遮られ、道は薄暗い。

コンクリート舗装された地面に、逃げ場を失った水が溜まる。

その橋を踏みつけた足がパシャリと小さく水をはね上げる。

生まれた小さな波紋は、すぐにほかの波と打ち消しあって、消えた。


「……寒い。」


すっかり冷たくなってしまった足で地面をける僕の口から、ついつい心の声が漏れる。

水をたっぷり含んだ服が、肌に張り付いて気持ち悪い。

寒さと、ずっと先まで同じように続く退屈な道という現実から逃避するように、僕の意識は回想の世界へと移っていった。


 ☆


「ん…いい気持だな…んん~」


気持ちよく晴れた空を見上げ、うっかり見てしまった太陽に目を細めると伸びをする。

日差しがぽかぽかと温かい。


――いい昼寝日和じゃないか。これなら1日中寝ていられ…


「わっ!!」

「うわぅ!?」


 ごろんっ


ベッドの死角から急に飛び出した彼女の顔に驚いて飛び上がった僕は反対側から転がり落ちてしまった。


「いてて…」

「あはは、すっごいびっくりしてる~」


彼女はぴょんと飛び上がるとベッドの上にぽふりと着地した。


「……」


僕も再びベッドの上によじ登る。


「で、何の用事…?」

「あそぼうよ~」

「だから僕は今日の午後はお昼寝を――」

「こないだね、すっごくいいところをみつけたんだ~!!ちょっと遠くまで歩いて、山を登ったとこなんだけど、景色がすっごくいいんだよ~。ねえねえ、行こうよ~」

「歩きたくない」

「もう、またそういうこと言うんだから。しかもね、原っぱみたいな開けたところがあって、芝生がふかふかで気持ちいいんだよ~」


 ――ふむ、それは惹かれなくもないな。


彼女はちらっとこっちを見ると、少し芝居がかった夢見る表情で、


「ああ、今日みたいにいい天気な日にあそこでお昼寝したら最高だろうな~。誰も来ないし、思う存分お昼寝できるだろうな~。誰か一緒に来な――」

「よし、行こう」

「そう来なくっちゃ!」


ぼくたちはベッドから飛び降りると、家を飛び出した。


 ☆


確かに、そこは最高の場所だった。 

景色も最高だったし、芝生もふかふかで最高のお昼寝タイムだった。

ただ一つ、途中で雨が降り出したことを除いては。

いったん振り出すと、あんなに晴れていたのがウソのように本降りになった。


「ついてなかったね」


疲れているのもあるのだろう、隣を走る彼女の笑みも少し弱弱しい。


「そうだね~。でも、すごくよかった。教えてくれてありがとう。また一緒に行こうよ」

「うん!!」


彼女の瞳の奥の申し訳ないという思いが消え、純粋な笑顔が戻ったことをを見た僕は、選んだ言葉が正しかったことを確信する。


 ――まあ、全部本心でもあるんだけどね。


「ん~、家までもうちょっとあるし、どうする?どこかで雨宿りする?」

「うん、そうしよ」

「どこかいいとこ――あ、あそこなんてどう?」


僕が指さしたのは、通り過ぎようとしていた結構大きめの公園の遊具の一つ、ツリーハウスみたいなやつだ。

あそこなら天井も壁もある。


「おお~、いいね~」

「じゃあ、決まりだね」


 ☆


「おお~、なかなかいい感じじゃない?」

「うん、我ながらなかなかさえてたね」


中に入ると、意外と広く、雨も風もしのげる天井と壁のありがたみがよく分かった。


「さすがだね~。…それにしても、結構濡れちゃったね~」

「そうだね~。……ふふっ」


自分の紙から滴るしずくを見ようとしてより目になった彼女を見て、自然と笑い声がこぼれる。

なんだかとても幸せな気分だ。と、


「あ、今人の顔みてわらった!?なに!?なんかついてる?」

「べつに~。…ふふっ」


 ――焦ってる彼女もかわいいな。


「なになに!?なんなの!?も~、おしえてよ~!」

「いや、えっとその、かわいいな~って」

「あ~、またそうやってごまかそうとする~!」

「いやいや別にごまかしてなんか」

「えっ……」


言い終わってから、ぽろっととんでもないことを言ったことに気づきはっとして彼女を見ると、うつむいてしまっていた。

少しだけ見える顔が赤い。


「にゃーーーー!!」

「うわっ!?」


左右にブルンブルンと降った彼女の髪から、無数のしずくが僕の顔にめがけて飛んできた。


「あっ!?ちょっとま…やったな〜?えいっ!!」


僕も水を飛ばして応戦する。


 ぷるんぷるんっ、ぴしゃっ


2人の世界にすっかり入り込んでいた僕は気づかなかったが、はたから見ればさぞおかしな光景だったことだろう。


「あはは〜、たのし〜ね〜」


うん、これでだいぶ水気も切れたし、すぐ乾くだろう。と、


「ふふっ」


今度は彼女が僕の顔を見て笑った。


「えっ?何?どしたの?」

「別に〜?かわいいな〜って」

「いや、嘘でしょ」

「ほんとほんと。だって、ほら」


彼女が指差したのは僕の頭だった。


「ん?……あっ!!…んん〜」


髪が竜巻みたいになっていたことに気づいた僕は慌てて手ぐしでとかす。


「ほら、そっちだって髪がすごいことになってるよ?」


僕は彼女の髪を指差す。

実際にはなんともなっていなかったが、ちょっと仕返ししてみたくなったのだ。


「それならだいじょ〜ぶ!!私のさらさらつやつやな髪はそんなことにならないんだから!」


彼女は腰に手を当てると、薄い胸を張って、自慢げな顔を浮かべる。


「むう……」


 作戦が失敗した僕は視線をずらして…


「!?」


あることに気づいてしまった僕は、彼女に悟られないよう視線を逸らして…


「ん?どうしたの?そんなに真っ赤な顔して。…そんなに竜巻ヘアーが恥ずかしかったの?」

「い、いや、そうじゃなくて」

「ん〜?じゃあなんで〜?


そう言いながら彼女が詰め寄ってくる。


それに合わせて僕も後ずさるが、壁際まで追い詰められてしまった。


「んん〜?なんなの〜?」

「いゃ、その、だから…」

「だから?」

「……………服が…」


自分の服を見下ろした彼女の顔が再び真っ赤になる。


「にゃ〜〜〜〜〜!!!」


  ☆


しばらく経った後。

僕は痛む頬をさすりながら、頭だけ動かして、そっと背後を伺う。

さっきと同じく、反対側を向いて座っている彼女の背中が見えるだけだった。


「はあ…」


僕は小さくため息をつく。


ーー僕だってそんなに見たわけじゃないのに…。そりゃ、ちらっとは見えたけど、すぐに目を逸らしたわけだし。よっぼどじぇんとるめんな対応だったんじゃないか?


「雨、やまないね」


突如として聞こえた彼女の声に、多少びっくりした。

たしかに、窓の外では、あいもかわらずはげしい雨が降っている。


「うん、そうだね」


また、沈黙。

ただ、空気がさっきよりも和らいでいる気がした。


「君は、雨、好き?」

「ん〜、嫌いかな。濡れちゃうしね」

「そっか。私は…嫌いだよ」

「なん…そっか」


なんで?そう聞こうとして僕は言葉を止めた。

雨の中立ち尽くす少女と、遠ざかる人間のシルエットが見えたから。

彼女もあのことは思い出したくないだろうし、ましてや話したくなんてないだろう。

「私、捨てられたの」

その一言だけであんなに辛そうだったのだから。


「ふふ、優しいのね」


再び沈黙。


「ねぇ、私たちが初めてあったときのこと、覚えてる?」


またしても沈黙を破ったのは彼女の声だった。


「…もちろん」


なぜ彼女がその話を始めたのかわからないまま、僕は慎重に言葉を選ぶ。


「あの日、私は1人で泣いてた。ずっと。そして、もうすぐ死ぬんだって思った時、君が現れた。一緒に帰ろうって言ってくれてすっごく嬉しかった。おばさんも優しくしてくれて、ほんとに、幸せだった。だから…」


後ろを振り向く。

と、彼女と目があった。


「ありがとう」


そう言うと彼女はほほえむ。

しかしすぐにまた向き直ってしまった。


「ただ、それをつたえたかっただけ。」

「そっか…」


雨の音だけが虚しく響く。


ーー嘘だ。


僕は彼女な寂しそうな背中を見ながらそう思った。

だって彼女の「ありがとう」はとても悲しそうだったから。

彼女の目が暗く沈んでいたから。

彼女はまだ過去に囚われているのだろう。

そして彼女が話を始めた理由はー


ーー僕にその檻を開けて欲しかったから


そう思った瞬間、僕の口は動いていた。


「僕じゃ、だめかい?」


彼女の反応はない。


「僕じゃだめなのかい?」


僕はもう一度繰り返す。


「僕にも教えてほしい。君の悲しみも、苦しみも、痛みも、全部僕が、一緒に背負うから。僕が君の支えになるから。過去を忘れろとは言わないさ。ただ、僕が、君が過去を忘れられるぐらい君を笑わせるから!

 それじゃあ、だめかい?」


彼女からの反応はない。

ただ、華奢な背中が小さく震えていた。

その小さな背中を見て、「守りたい」そう強く思った。

 もう、言葉を選んでいる余裕なんてなかった。


「僕は、君を1人になんてしない!ずっとそばにいるから!誓うよ。…だって君は、僕の、たった1人の、大切な人だから!」


彼女が振り返る。

その頬は涙で濡れていた。

その瞳が不安そうに揺れる。


「本当にそんなこと言っていいの?だって私、そんなにいいとこ無いし…すぐに後悔すーー」

「そんなことない!僕は君が好きだ!君の明るいところが好きだ!元気なところが好きだ!一緒にいて楽しいところが好きだ!可愛いところが好きだ!君の全部が、好きだ!」


俯いている彼女の顔は見えない。


「僕は、君にずっと君と一緒にいて欲しい。それは、だめなのかい?」

「だめじゃ無いよ」


彼女が顔を上げる。


「ありがとう」


そう言うと彼女は笑った。

それは僕の人生で一番美しい笑顔と「ありがとう」だった。


「えいっ」

「わっ!?」


腕の中に飛び込んできた彼女を受け止めると、頭を撫でてやる。


「えへへ〜」


服越しの彼女の体温が暖かい。


「私も、あなたのこと、大好きです」


彼女の肩越しに見た窓の外では、いつの間にか雨が上がり、綺麗な虹がかかっていた。
































こんばんはさーにゃです。読んでくださりありがとうございます。

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