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休憩

 ここの旅館は露天風呂を売りにしており、春は散りゆく桜の花弁、夏は近くに流れる川を舞う蛍、秋は山を紅に染める紅葉、冬は白銀輝く氷雪と四季折々の風景を楽しめると人気だったようだ。

 

 今は秋。紅葉が楽しめるのだろうと心を弾ませ温泉へと向かった。



 戌崎が脱衣所に入って見ると先客が誰かいるようで、籠の中に衣服が入っていた。

 女将さんはお客さんが減っているって言っていたから、幽霊が悪さをしている間に高級旅館を破格のお値段で宿泊しようと考えている人もいるのだろう、幽霊出るのに。物好きな人だ。

 

 手速く衣服を脱ぎ籠に入れ温泉に向かう。その足取りは少し浮ついており、その温泉に一刻も早く入りたいという焦りのようなものが温泉へと歩く足を急がせる。普段はあまりこういったことに興味を示す方ではないのだが、今回は珍しく浮き立った気持ちが戌崎にあった。


 温泉のドアを開けると、そこには絶景が広がっていた。

 一瞬言葉が出なかった。思考が止まった。

 その目から入ってくる風景は、インターネットのホームページに写っていた写真よりも美しく、そして荘厳であった。辺り一面紅に染まった山々、その散りゆく紅葉の儚さ。思わず息を呑んでしまう。


 想像以上だ。きっと夜になるとライトに照らされた紅葉は、また違った趣のある風景となるのだろう。仕事がなければ、いや高級旅館に泊まるお金があれば四季折々の風景を見に泊まりに来たいと思った。

 

 吹いた風に身震いをし、あまりの光景に見惚れて立ち尽くしていたことに気付く。

 温泉に入る前にささっと身体を洗い流し、湯船に浸った。


 温度は思ったより熱くなく、いや微温い。だが浸かっているとほかほかと身体の芯まで温まっていく。あまり熱くないからだろう、簡単に逆上せることはなく、ゆったりと風景を楽しむことが出来た。


 ああ、極楽極楽。もう幽霊退治しないで帰りたい。


 

 それにしても、先程見た脱衣場の服は誰だったのだろう?俺がいる反対側に姿が見ているのだが湯気で朧気になっている。

 まあ、幽霊旅館に泊まろうと考える物好きと話してみたいなんて思ったのだが、あちらもゆっくりしているのだから邪魔をしないようにしておこう。別に知らない人に話しかけるのが苦手というわけではない。決してな。


 戌崎がぼうと風景を眺めていると、目の端に見えていた反対側の人影が立ち上がった。そして出口に向かい歩きだす。

 戌崎がどんな変人が幽霊旅館に泊まりに来たのだろうかと訝しげな眼差しを向けていると、これまで視界を曇らしていた湯気を追い払うかのように強い風が吹いた。

 


 目と目が合った。

 

 濡れた黒く長い髪、きめ細やかな肌に水滴が滴る。

 発達期なのかそれとももう成長が終わってしまったのかは分からないが、その胸はほんの少しの膨らみがある。

長い間温泉に浸かっていかたらか頬は紅潮していた。


 ん?胸があるだと?男なのに?

 「な、な......!」

 相手は俺を認識したようで、温泉で紅潮していた頬を怒りや恥ずかしさで、さらに紅くさせる。

 わなわなと怒りで震え出す身体。そしてこちらに近づいてきて、その拳を俺の顔面に力強く平手打ちした。パーンと言った乾いた音が木霊する。

 

 「何やっているのですか!!戌崎さんっ!!」

 相手は瀬々良木だった。

 平手打ちをされて、止まった思考で考える。なんで瀬々良木がこんなところにいるんだ?ここは男湯でなかったのか?

 

 「女湯って書いてありましたよね!!」

 「いや、俺が入る時は男湯って書いていたような気がするのだが......」

 「ふざけないでください!!まさか戌崎さんがそんな人だとは思いませんでした!」

 

 というと言い訳をする暇すら俺に与えず、プンスカと温泉を出ていった。荒々しくドアを閉める音が温泉に響く。

 あれ、本当に女湯って書いてあったけな。そう思いながら瀬々良木が温泉を出ていった後もまたゆっくり湯船に浸った。



 ほんの少ししたら温泉を戌崎が出るのだが、その時ふと暖簾を確認するが、そこにはただ湯としか書いていなかった。だからといって他に温泉があるようでもなかった。

 

 混浴だったのか......

 ならなんで俺は殴られたのだろうか?そんな疑問が思い浮かんだ。





 部屋では気まずい雰囲気が流れる。

 女将が用意した夕食を面を向かい合って食べているのだが、何を話せばよいか分からず二人共黙り込んでしまう。ここで和希は、学校で学んだ国語の「こころ」の鉛のような飯というのがどんなものか理解することが出来た。


 戌崎は別にこの沈黙を気まずいとしか思わなかった。

 だが、和希は違った。

 裸を見られた恥ずかしみ、思わず平手打ちをしてしまった後悔、そして何も気にしない様子の戌崎。

 ああ、逃げ出したい。出来るのなら飛び降りて死んでしまいたい。ただ、そう思いながら夕食を食べていた。

 

 食事を平らげた後、

 「さて仕事をするか」

 というと、戌崎は立ち上がった。バッグから用意していたのだろう塩を取り出し、入り口に盛りだす。器用に三角錐に盛り上げる。


 「盛り塩って効果あるのですか?」

 このまま無言が続くのは気まずく、和希は言う。

 「まあな。清め塩は穢れを祓うことが出来るからな」


 「なんで塩なのでしょう?」

 思っていた疑問を和希は言った。これまで親戚の葬式などで貰ってきた塩を見て、なんで塩なのだろうと疑問で仕方がなかった。他にもいろいろあるだろうに。樹の葉だったり、花だったり。

 「砂糖は子供が食べちゃうだろ?」

 得意げに戌崎が言う。

 「ああ、そっか」

 子供は思わず砂糖だとわかると舐めてしまうし。思わず納得してしまう。

 

 その姿を見て戌崎は可笑しそうに笑う。

 「嘘だ」

 「え!?」

 「塩自体腐るのを遅らせたり、そして塩自体腐らないことから穢れを清めるってされたらしい」

 「らしいって、そんなので本当に効くのですか?」

 なんだか詐欺師みたいだ。ありもしないことをあたかも当然のように行っているのだから。いや、詐欺師のほうがマシだ。幾つかのらしい根拠を提示して見せて、それを突きつけるようにして相手を安心させる。

 

 「効く。人の信仰心こそオカルトだからな」

 時にキメた様子でなく、本当に思っていた言葉だったのだろう。戌崎の口からでたその言葉はすんなりと和希は受け入れることが出来た。その言葉は理解することはできなかったが。

 「ふーん」


 「さて時間だ。行こうか」

 ドアノブに手をやると開いた。先程までへらへらとした雰囲気は戌崎にはなく、ただ真っ直ぐにドロドロとした魔力を見つめていた。

 「はい」

 彼の道具を和希は持ち、旅館の中に広がっている闇の中を歩いていった。

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