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移動

 低い唸り声のようなエンジン音を響かせ峠道を車は疾走する。

 段差がある度車体は撥ね、そして鋭い角度のヘアピンでは手前でグッとスピードを落としたため身体に重力が襲い、視界は右へ左へぐるぐると目まぐるしく変わる。たまにドリフトをしているのだろうか、スキール音すら聞こえる。


 和希はあまりの怖さに悲鳴すら上げれず、ただひたすらアシストグリップを必死に握っていた。きっと幽霊屋敷で飼われている魔獣ってきっとこの車だったのか......なんてふと噂話が頭をよぎった。

 となりでハンドルを握っている戌崎はドライブを楽しんでいる様子で、愛車を器用に動かし細道で何処にもぶつけること無く走り続けている。

 それにしてもこのスピードは速度違反ではないのか?和希は思うが、峠道を抜けるまで口から出ることができなかった。

 

 やっと峠を抜けると、休憩がてら道の駅に寄った。

 「いや〜楽しかった!」

 満足そうにドアを開け、背伸びをする戌崎。

 それを横目に、何度も揺れてぶつけた尻を撫でながら和希は車を出た。

 地面の突起での車の揺れ、そして横からかかる重力によって、普段車に酔うことは無い和希だったがほんの少しだけ吐気がした。思い切って澄み渡った空気を吸い込む。周りに広がる光景は色付いた紅葉、美しい自然を見ながら吸う空気は格別美味しい。

 

 そして少し気分が良くなった和希は思っていたことを尋ねた。

 「戌崎さんって暴走族ですか?」

 これまで乗っていた車を見る。

 普通の車というよりもスポーツカーのようだ。ライトが上下に開いて光るタイプ(リトラクタブルヘッドライトというらしい)であり、テールライトの上には必要のなさそうなウィングが付いている。鳴るエンジン音は煩く、車高も他のより短い。まるで現代のエコカーに反抗したような車だと和希は思った。

 

 和希の一言を聴くと、戌崎は少しむっとした表情をした。

 「暴走族と一緒にするな。俺は走り屋だ」

 「ほとんど一緒じゃないですか」

 「いや、走り屋は速さを求め夜を彷徨うんだ」 

 「そうですか」

 戌崎の意味の分からない言い訳にうんざりしながら持ってきた水筒に口を付けた。

 なぜ二人が峠道を走っていたかというと、昨日和希がとった一本の依頼の電話がことのきっかけだった。

 

 「旅館に出る幽霊の退治をお願いしたいのですが」

 相手は電話の向こうでは、その幽霊のせいでろくに眠れず溜まった疲労感のある声が聞こえた。話によると、最近旅館に幽霊が出て、いろいろな事件を引き起こされて大変な状況にあるらしい。その幽霊を退治するのが今回の依頼であった。

 

「わかりました。予定の確認をしますので少しお待ち下さい」

 というと、マイクに手を当て声が相手に聞こえないようにし、炬燵の中でスマホゲームの素材集めに勤しんでいる戌崎に声をかけた。

 「戌崎さん、幽霊退治の依頼が入ったのですが何時が空いていますか?」

 「ん〜。一週間後かな?」

 気怠そうに戌崎は言う。

 「ゲームのイベントとか無しですよ」

 「んじゃ明日の昼」

 やっぱりイベントだったか......。

 「わかりました......お待たせしました。それでは明日のお昼頃にそちらに行きますのでよろしくお願いします」

 「はい、お待ちしております」

 相手の丁寧な返事を聴き終わると受話器をおいた。


 そして今に至る。なんで私まで旅館に向かわなくてはいけないのだろうと和希は思うが、決定権は全て戌崎にあるため逆らうことが出来ない。まあ、旅行と思えばいいか。幽霊が出る旅館に旅行ってなんて罰ゲーム?


 二人が旅館が着いたのは、予定通りお昼時だった。

 まあ、出た時間はぎりぎり、いや遅刻確定か否かの時間であったのだが。戌崎にとってはこれが日常なのだろうか?

 

 旅館は見晴らしの良い山の上にあった。

 交通の便があまりないのと、建物が少し古いということ以外を除けば高級旅館と言われても不思議に思わないぐらいだった。いや、その2つの欠点よりも幽霊が出るって時点で重大な欠陥があるのだけれど。

 

 戌崎は駐車場を探してくるから先に女将に挨拶してこいと私を下ろし、その低い車高が地面に削られないよう注意しながら駐車場を探しに行った。本当にそんなこと気にするぐらいなら下げなければいいのに。


 「やっと着いた〜」

 私は背伸びをしていると旅館の方から女将らしき女性が立っていた。

 紫を基調とした着物に、淡い黄色の帯。見た目的に40歳前半と思われる。長年女将をしているからだろうか、歩いている姿も、こちらが気づいて頭を下げる姿も、まるで洗練されたかのような動作だった。

 「本日は忙しい中訪れていただきありがとうございます」

 「いえいえ、こちらも仕事なので」

 挨拶をしていると、車を駐車してきた戌崎がやってきた。車に詰め込んでいた荷物を重たそうに抱えている。

 「そちらは?」


 女将はどうやら私が探偵だと思っていたらしく、不思議そうに戌崎を見ていた。

 その女将の様子を見て自己紹介の必要があることを察し、戌崎は持っていた荷物を地面におろし、姿勢を整え頭を下げた。

 「戌崎怪奇探偵事務所所長、戌崎切夜と申します。今回ご依頼していただき誠にありがとうございます」

 丁寧に女将に向かって挨拶をした。これまで和希が見たことが無いくらいに。


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