5 お花見での再会・翌日
結局その日は、国松課長の自宅に泊めていただいた。そして翌朝、朝食をいただき、庭でコーヒーを飲みながら、国松課長との話は続いた。
「森山。まだ気持ちの整理はつかんやろうけど、いつまでも1人でいるのはよくない。お前のことやから、ネガティブ思考にばっかり走ってしまう。和田ちゃん…どうや? 地味で控えめでおとなしい子やけど、一本筋が通っている。その通り方がお前によく似てるんや。それに、ああ見えてすごい子やぞ」
「課長、私はもう結婚はコリゴリですわ。籍を抜くのにあれだけ大変な労力が要るとは知りませんでした。それにお金も…」
「それがネガティブや言うてるねん!そんなもん、やってみんとわからへん。…っていうか、俺は和田ちゃんと結婚せえとまでは言うてない。別に結婚はせんでも、人生を共にする方法はあるぞ」
「あまり詳しくは言えんのやが…」
国松課長はコーヒーを一口のみ、続けた
「和田ちゃんは、自分の家族…親御さんのことで随分と苦労したらしく、結婚願望はないと言い切ってるんやわ。でもな、俺はあの子には幸せになって欲しいねん。あっ、変な意味ちゃうぞ。あの子はホンマにエエ子や。幸せになる権利があると思ってる。お前ならあの子を幸せに出来ると思うねん。それに、親父さんのことも気にかけてくれるんとちゃうかな?」
親父とは、私が実家を出て後はロクに口も聞いていない。佐倉家のスパイには用はないのだ。漏れ聞こえてくる話では、今でも頻繁に、佐倉家に乗っ取られた私名義の家に出向き、3人の子どもたちはもちろん、恭子とも関わりがあるらしい。
「親父の話は…せんといてください。私は縁を切ったと思ってます」
「森山…お前の気持ちはわからんでもない。騙し討ちで精神科医に突き出されたことは、たぶんこれからもトラウマになって、もしかしたらフラッシュバックが起きたりもするかもしれん。お前の話を聞いてたら、今も元奥さん側の味方みたいに見えるしな。でもな、親は親やねん。今はまだその時ではないんやろうけど、どっかで割り切らなあかん時が来る。それはお前も和田ちゃんも同じや。そういう意味でも2人で共有できるんと違うかな?」
なるほど…さすが師匠。読みが深い…。
「あんまり難しいことは考えず、和田さんとも時々は連絡を取るようにしてみます」
そう言い残し、国松課長の自宅を後にした。
そしてその日の夜。携帯が鳴った。メール着信である。発信者は和田さんであった。
「森山さん、昨日はありがとうございました。楽しかったです。私、何か失礼なことを言ったりはしなかったでしょうか?どうか今後ともよろしくお願いいたします」
「和田さん、こちらこそありがとうございました。久しぶりに元気なお顔を見られて安心しました。また機会があればお話しましょう。それでは…」
そのメールをきっかけに、毎晩メールでの「文通」が始まった。仕事のこと、趣味のこと、その日食べたお昼ご飯のこと、幼少期のテレビや音楽のこと等…話題が尽きることはなかった。
不思議なことに、そこに「男女」という感覚はほとんどなかった。古くからの親友…そんな表現がぴったりだと思う。「文通」は大きな楽しみとして、多忙な日課に溶け込んでいった。