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4 お花見での再会

 新しい職場への着任初日、早速私の前の内線電話が鳴った。電話の主は、元上司の国松課長である。


 「森山室長!久しぶりやね。いつの間にやら出世しよったなぁ…。そうそう、今回電話したのは、今度の日曜日にウチの庭で花見でもしようかと思ってな。職場関係の人たち何人か呼んでるんよ。いろいろ大変やったと風の噂で聞いてるし、今のお前の家、ウチから近いやろ?お前も来んかと思ってなぁ…」


 国松課長は、2001年1月から2003年3月まで、北部児童相談所でお世話になった人物である。私の「ケースワーカー」としてのお師匠さんでもある。今は東部児童相談所にいる。記憶が正しければ、確か今年度で定年を迎えるはずである。その後仕事でご一緒することはなかったが、年賀状のやりとりだけは欠かさず続けていた。どうやら、今年の年賀状で私の離婚の事実を知り、気にかけてくれたようである。


 「課長、ありがとうございます。私もいろいろお話したいこともありますし、お詫びせねばならないこともあります。喜んで寄せていただきます」


 私はうれしかった。「人を助けるのは人…」国松課長が口癖のようにつぶやいていた言葉が脳裏をグルグル回った。


 日曜日のお昼前、私は家の前からバスに乗り、国松課長のご自宅を訪問した。北部児相時代に数度寄せてもらったことがある。今回約12年ぶりということになる。


 私が到着すると、国松課長が笑顔で出迎えてくれた。すでに庭にはゴザが敷かれ、チラホラと人の姿も見える。


 「森山!久しぶり…お前頭真っ白けやないか。老けたなぁ…それにちょっと痩せたか?」


 相変わらず言いたい放題である。そして、お前の席はここやと、ゴザの片隅に案内された。私の左隣には、見覚えのある小柄な女性がいた。南部福祉事務所で一緒に仕事をしたことがある、和田優子さんである。


 「森山係長、お久しぶりです。和田です」


 和田さんは、私が2011年4月、大阪府庁生活保護課から南部福祉事務所に出戻った際に、同じく他の職場から異動してきた女性職員である。


 2011年度の1年間同じ係で仕事をし、難しい仕事で一緒に動いたこともあった。おっとりした物静かな雰囲気であるが、一本芯が通っており、相談者にも非常に丁寧に対応していたことが印象に残っている。ただ、私も彼女もさほど口数が多くない方であるのに加え、お互いのデスクが島の対角線に位置していたこともあって、昼休みに雑談とかいうことはあまりなかったように記憶している。


 和田さんは、今の職場で国松課長の下にいるそうだ。聞くところによると、職場での豪傑ぶりも相変わらずのようである。


 「和田ちゃん、こいつ…森山なぁ、かわいそうな奴やねん。ちょっと慰めてやってくれ」


 和田さんは、不思議な顔をして私を見つめた。仕方がないので、「かわいそうな理由」をさらっと説明し、余計な気はつかわなくていいから…とやんわりと伝えた。


 和田さんは、私よりも2歳年下である。先述の通り、仕事以外の場でじっくりと話をした記憶はなかったが、思いのほか話も波長も合う。音楽と自転車という共通の趣味があることも判明。80年代から90年代にかけての邦楽の話や、彼女が大学時代に所属していた自転車部の話で盛り上がった。


 「森山、和田ちゃん。お前らええ感じやないか。和田ちゃんまだ独身やねん。森山、幸せにしたってくれ!」


 酔っ払った国松課長がセクハラまがいの発言を繰り返す。和田さんも隣であたふたしている。正直ヒヤヒヤものである。そして、彼女がどうこうということではなく、私は一卵性親子に10年間引っ掻き回された忌まわしい経験から、もう女性は懲り懲りと感じていた。


 国松課長に促されるまま、とりあえず和田さんと携帯番号とメールアドレスを交換し、お花見はお開きになった。その後私はその場に残り、国松課長にこれまでの経過の報告をし、そして頭を下げた。


 「森山。なんでお前に頭下げられやなあかんねん。お前が決断したことやろ。それでええやないか。俺はな、北部でお義母ちゃん…佐倉さんと長いこと仕事をしてきた。あの人を見ていて、お前には悪いけど、こうなることはわかっていた。10年…頑張った方と違うか?結構他の職員も心配してたんやぞ」


 ちょっとびっくりした。さすが専門職集団、元義母・佐倉広子の正体を見抜いていたのだ。私の若さ…経験不足が仇になったようである。


 「俺はずっと児童畑で仕事をしているが、年々難しい親御さん…特に、子離れできない親御さん、そして未成熟な親御さんが増えていると思う。相談に乗ってたら、どっちが親か子かわからへん。子どもの相談といいながら、実は親の側に課題があるというのは結構多いぞ」


 これに関しては確かにそうである。今の職場でも、当事者ではなく、その親からの相談が3割ほどはある。子どもが40代になっていても、親からすればいつまで経っても子どもなのである。


 「でもな、森山。もう後は向くな。お前はしんどかったと思うけど、ええ経験したと思う。お前の経験は、間違いなく仕事に生きる。俺らの仕事はな、資格とか知識よりも、場数…経験なんよ。いくら知識があっても、その使い方がわからければ意味がない。最近、若い優秀な職員がたくさん入ってくるけれど、彼ら彼女らに欠けているのは経験値や。経験値は俺らが積ませる努力をせなあかんのやけど、忙しすぎてそれもままならん。若い職員は疲弊して辞めてしまう。そしてまた新しい人を採用する…悪循環やな」


 国松課長はさらに続けた


 「離婚なんて経験は、誰もがするものではない。ましてや、ヘリコプターペアレントに撃墜されたなんて経験は、希少価値があるわ。がはは…!」


 「課長…そこ笑うとこと違いますよ…。でも何かスッキリしました。ありがとうございます!」


 私はずっとネガティブ思考を引きずっていたが、目が覚めたような気がした。さすが私の師匠である。

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