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15 足助へ

 2015年10月下旬の土曜日。優子を車に乗せて、愛知県の足助に向かった。足助は、愛知県名古屋市から長野県飯田市に至る飯田街道の宿場町で、今でも往時の風情をよく残している。足助は彼女が高校卒業まで過ごした町で、今は豊田市に編入されている。


 東海環状自動車道の鞍ヶ池スマートICで一般道に下り、山道を進んでいく。大阪を出て3時間少し…足助宿の駐車場に車を停めた。まだ時刻は9時前であるが、ちょうど香嵐渓の紅葉の見頃に差し掛かった頃で、すでに多くの人々で賑わっていた。


 足助宿の中ほどに、「加東家」という和菓子屋さんがある。ここは三河路のチャリダーの聖地だそうである。7月の知多半島ツーリングの際、一緒に走った優子の先輩・伊東さんに教えてもらった。元気な女将さんに迎えられて店内へ…。


 「いらっしゃい。今からコーヒー落とすでね。ゆっくりしていって下さい」


 和菓子屋さんといいながら、ショーケースには、シュークリームやスイートポテトが並んでいる。どうやらこれらが、チャリダーを引き付けているようである。チャリダーは甘いものが好き…というか、真剣に走っていると、糖分を摂取したくなるのだ。それが証拠に、おいしいスイーツを食べたいと思った時、チャリダーに聞けば、大抵1つや2つは店の名前が出てくる。


 しばらく後、女将さんがコーヒーを持って奥から現れた。コーヒーはサービスらしい。シュークリームとスイートポテトを1つずついただきながら、女将さんと雑談に講じていると、次々とチャリダーがやってきた。名古屋市街から50キロ、豊田市街からも20キロほどの距離らしく、ちょうど良い目的地のようである。


 1時間ほど滞在し、女将さんに再訪を約して辞す。今回足助にやってきた主目的は、優子の両親に挨拶をすることである。夏に、彼女は私と親父の和解の仲立ちをしてくれた。今度は、私が彼女と両親のわだかまりを解く番である。一筋縄で行かないことはわかっているが、いつまでもこのままで良いというものでもない。とりあえずやってみよう…と優子を説得した。


 優子の実家は、足助宿から飯田街道を少し西に戻ったあたりにある。落ち着いた静かな町並み…なるほど、このゆったりした環境が、彼女のおっとりした雰囲気を作ったのか…そんなことを思いながら、車を走らせる。ほどなく彼女の実家に到着した。


 玄関で、お義母さんが出迎えてくれた。小柄な出で立ちが優子によく似ている。ほどなく、お義父さんも出てきた。こちらは、温和な表情が優子に良く似ている。10年ほど前に脳梗塞で倒れたとのことであるが、麻痺もなく元気そうに見える。しかし優子によれば、高次脳機能障害があり、要介護認定も受けているとのことである。


 玄関で自己紹介した後、応接間に通された。私はまず、挨拶が遅れたことを詫び、これまでの経緯を簡単に説明した。


 「森山さん。優子がお世話になっております。こんな立派な人が優子のお相手でいいのかしら…」


 義母がにこやかに微笑んだ。義父も仏様みたいな表情を浮かべている。私は、離婚歴があることや、前妻と暮らしている子どもが3人おり、養育費の負担をしていること等も正直に義父母に伝えた。


 義母からは、優子がこの家で暮らしていた頃の話を聞くことが出来た。そこにはごくありふれた、「日本の家族」の姿を感じることが出来た。そして義母は、自分たち夫婦の不仲から、彼女にしんどい思いをさせてしまったとの後悔の念も抱いているようだった。


 「優子さんは細かなことにもよく気がつきますし、仕事もできます。それは、小さい頃にきちんと育てられたからだと思うんです。確かに、優子さんはご両親のことでしんどい思いをしたのかもしれない。でも、お義母さん。今こうして、ご両親は穏やかに暮らしておられる。そして優子さんは自立して私と暮らしている。昔は昔、今は今ですよ。それでいいんじゃないですか?」


 私は義父母にそう語りかけた。


 「優子はねぇ…なかなか足助に帰ってきてくれないんですよ。私たちはそれが寂しくてねぇ…」


 義父が口を開いた。


 「お義父さん。これからは私が優子さんを引っ張って連れて帰ってきますから…安心してください」


 義父の目から涙がこぼれた。そして義母の目からも…。優子も泣いている。


 その後両親を車に乗せて、豊田市内のレストランで食事をした。そこには優子の弟君も駆けつけてくれた。一家4人で食事をするのは久しぶりのことだったらしい。食事が終わった頃、私は、「ちょっと電話を架けてくる」と言い残して席を離れた。


 20分ほどして席に戻ると、両親はうれしそうにしていた。そして義母は、私にそっと頭を下げた。


 「お義父さん、お義母さん。また伺いますね。あっ、一度大阪にもいらしてください」


 私と優子はそのまま帰路に着く。両親は弟君が送って行ってくれることになった。両親は、我々の車が見えなくなるまで手を振り続けていた。


 「直樹さん、ありがとう。あんなうれしそうな両親の顔を見たのは久しぶりです」


 優子がうれしそうに微笑んだ。


 「優子。これから…やで。親は大事にせなあかん。優子も私に教えてくれたやないの」


 優子の親への不信感は根深い。おそらくそれは私以上であろう。でも彼女の家族…和田家の絆は切れていない。伸びているだけである。おそらく私が引っ張っていけば、最後はまた元の鞘に収まる…実際に家族に会ってみて、そう実感した。

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