序章 闇夜の執行
どこまでも続くように広大で、辺りが見えないほど暗く生い茂った森林。木々の間を僅かに月光が照らす。その中に木の上を疾駆する影があった。
「こちらヴァイド、目標を発見。直ちに対処する」
『こちらフラム、了解』
その影──闇夜に紛れるような黒い軍服を着た青年は、服の内ポケットから取り出した小さな石を取り出し短い報告をした。石からはその返答。
青年の視線の先には木々の間の道を走る馬車の姿。整備されていない道ゆえガタガタと揺れている。
青年は馬車より先の木の上へ駆け、そして飛び降りた。高さは結構あったはずだが、物音立てずに静かに地面に着地をする。
それに驚いた馬車の操縦者は手網を使って避けようとするがこの距離では間に合わない。
しかし衝突することはなかった。
青年はギリギリのところでワンステップで横に避けると、馬車の後ろの部分、人や荷物を乗せて運ぶ荷台だけを刹那に腰の剣帯から抜いた一振の剣で一閃。
荷台だけがその場に残り、前の操縦者と馬はそのまま行ってしまう。
「何が起こった!?」
荷台の前側のカーテンを開け身を乗り出してきた男が言う。
その視界に初めに映ったのは先に行ってしまった馬と操縦者。
次には周囲の状況を把握しようと巡らせた視線の先の青年。
「誰だ!? いや、まさか……!?」
青年のことを知っているのか、男の顔が強ばる。
「兄貴どうしました?」
荷台の中から別の声が聞こえてくる。こちらは状況を把握出来ていないようだ。
青年は問いに答えずに再び剣を一振。瞬間荷台が真っ二つに割れた。車輪が足りなくなりバランスを保てなくなった荷台は大きな音を立てて倒れた。
中からは身を乗り出していた男とは別に三人、計四人の男がいた。
「二ミリずれている。腕が鈍ったか」
青年は二つに分かれた荷台を見て呟く。
「兄貴こいつは!?」
流石に荷台が倒れて理解したのだろう。他の三人が次々と荷台からはい出てくる。その手には各々武器が握られている。
「貴様らだな。魔族と裏の取引をしているというのは」
冷徹な目と声音で問う。否、答えるはずなどないとわかっているため脅し文句のようなものだ。
「こいつ知ってます。国家の裏で動いているやつらですよ。名前は知りませんが、犯罪者を取り締まったりしているっていう」
一人の男が身を乗り出していた男、一番屈強な人物に話しかける。
「ほう、そうかお前が。存在自体は聞いたことあったがたった一人か? 数人で動くと聞いたことがあったが」
「貴様ら如き一人で十分だ」
言葉に込められた威圧に男たちは身を強ばらせる。
夜風が青年の髪、木々の葉を揺らす。
「舐めてもらっちゃ困る。こっちは魔獣も殺したことがあるのだからな」
魔獣もということは人殺しもしたことがあるということ。お前を殺すことに躊躇いはないと陰に言っている。
彼らを束ねるリーダーであろう男の言葉で他の三人は自信を持ったのだろう。身のこわばりはなくなり、その目には殺意が篭っている。
「しかもこっちは四人だ。お前らかかれ!」
そして三人が青年に向かって走り出す。持っている武器は、斧、長剣、短剣。
その刀身は仄かに闇色の光を帯びている。
青年も右手に持った剣を上段に構え迎え撃つ体勢をとる。彼の剣もまた光を帯びている。しかしその光の強さと色が全く異なっていた。彼の光は蒼焔の如き色で刀身から迸る程の輝きだ。
それに萎縮しつつも男たちは突っ込んでくる。
初めに仕掛けたのは斧を持った男。振り下ろされる斧を青年は剣で軽く弾いた。弾かれた斧はリーダーの顔スレスレのところを飛んで近くの木に刺さった。
弾くと同時に男の肩を抉る。絶叫をあげて男は倒れ込む。
斧と続けざまに長剣が横に振り抜かれる。仲間の絶叫を聞いてもそのまま攻撃を続けられるのは評価に値する。
青年の剣は斧を弾き肩を斬り裂くために上にあげられている。そのため腹部を横から狙う剣には間に合わない。
これは決まったと長剣の男が確信した次の瞬間、剣を持っていた腕は切り落とされていた。そして青年の強烈な蹴りにより近くの木へ吹き飛ばされた。腕の痛みと木に当たった衝撃で意識を失う。
最後の残った短剣の男。彼は完全に青年の死角に入り込んでいた。青年自身その存在を分かっていなかった。しかし短剣は青年の身体に突き刺さることはなかった。
男の短剣は弾き落とされ、腹を貫かれていた。左手に握られたもう一振の剣で。
時間にして十秒も経っていない。
青年は男を貫いた剣を引き抜き、振り返る。
残ったのは屈強そうな男のみ。
「ゆ、許してくれ! 大人しく捕まる。だから命だけは!」
地面に膝をつき、手を合わせて懇願する。
その男へゆっくりと歩み寄る。青年が男の一歩手前に差し掛かった時、男はニヤリと笑みを浮かべ、
「かかったな! 死ね!」
突如青年のいる場所を地面から岩が突き出してきた。否、いた場所だ。
青年は岩が出てくると同時に跳躍をしていた。そうして男の後ろへ着地をする。振り向いて、左右に持つ一対の剣を構える。
「誰か問われていたな」
青年が消えたと思った男は声を聞きすぐに後ろへ振り返る。
顔を向けたとき、一対の剣によって心臓を貫かれていた。
「俺は、俺たちは《執行者》だ」