2章―2 模擬戦
教師が唯一いる時間であるホームルームが終わり、一時限目の前の休み時間、ソルファはフィーナを含むクラスの少女たちに囲まれていた。
彼女らの口からは「何でここに?」や「フィーナちゃんとどんな関係が...?」や「かっこいい...」などが発せられた。最後のはソルファには理解し難かったが。
そんな中、教室の端の席に一人座って本を読んでいる少女がソルファの視界の端に入ったが、少女たちによってすぐに消えてしまった。
「皆さん落ち着いて。順々に話していきますから」
どうするものかと思っていた時、フィーナが仕切ってソルファのこと、自分との関係を話し出した。
フィーナの説明を聞く中で彼女らの顔には疑問符を浮かべる者や昨日の朝のリルノ同様に「フフッ」と笑う者がいた。これらはフィーナの話している内容についてではないのがソルファには分かった。
フィーナの話した内容は、ソルファと自分の関係、ここにいる理由の二つだ。どうやって出会ったのかや記憶喪失であることは話さなかった。話すと長くなると言うのもあったが彼のことを考えての判断だろう。
「ということです。わかりましたか?」
フィーナが一通り話し終えると少女たちは一時の沈黙の後、「キャー!」と黄色い声を上げだした。「男の人と昼夜問わず共に行動するなんて!」とか「女の子と男の人、どんな事が...!」などそんな声が聞こえてくる。誤解が生まれているとソルファは思った。
突如、何処からかガタッ、と音が聞こえてきた。
「静かにしてくれませんか」
ソルファたちの下へ低く、冷たい声が聞こえてきた。
その声の主は先程ソルファの視界に一瞬入った少女だった。
紫がかった黒髪でサイドテールの少女だ。
読んでいる途中であろう本を片手に少女は立ち上がり、静かにと注意をした。しかしソルファにはその声音から、注意と言うより命令と言う言葉が似合うような気がした。
「ご、ごめんなさい」
誰かがそう言うと少女らは静かになり、自分の席へと帰っていった。
そこで一時限目開始のチャイムが鳴った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一限目は終始静寂を保ったまま終わりを迎えた。
内容は、教師が来ないため今朝のホームルームで示されたカリキュラムを、テキストの問題を各自解いた、そんなところだった。
サイドテールの少女が注意をした後からずっとこの調子で二時限目はどうなるのだろうか、とソルファは思っていたがそれは杞憂だったようだ。
フィーナたちは一限目が終わるとすぐさま教室を出て、駆けて──廊下や階段は歩いて──下へ降りていった。余程楽しみなのだろう。
次は外へ出て実技の時間だ。だからと言って更衣室へ移動して練習着などに着替える必要はない。制服がその代わりをするためだ。
教師がいないため、各自自主的な練習、もしくは二人組で打ち合いをすることぐらいしか出来ない。
しかし、入学したての彼女らにはそれでも十分楽しい時間だ。故に駆けて外へ出ていったのだ。
いやそれだけではない。今日の彼女らはいつもとは確かに違う喜びがあった。それはソルファがいることだ。
いつもなら誰も教えてくれるような人はいないが今日はソルファがいる。今朝フィーナの説明を聞いて言えば剣技を教えてくれるだろうと。あの少女を除く誰もがそう思っていた。
ソルファとしてはフィーナを鍛えるだけで精一杯なのだが、教師がいないことを聞いてそう言われるだろうと思っていた。
だから彼は、初めはフィーナを重点的に鍛えさせて下さい、と断って二人で稽古を始めた。
「お嬢様一つお尋ねしたいことが」
「何でしょうか?」
稽古前のストレッチをしながら、家庭教師という肩書きの青年は、今朝から知りたかったことを訊いた。
「一時限目の前の休み時間で『静かに』と仰っていたあの方は?」
稽古場の端の方で一人でストレッチをしているあの少女を視界に入れながら問う。
「彼女ですか? 彼女の名前は セラ=フェルディル。クラスで一番強い子だと思います」
「クラスで一番ですか...」
青年は少し考えるようにして、次に口を開いた時には衝撃の言葉を放った。
「ではお嬢様。セラ様と模擬戦をしてください」
「え!? 模擬戦!?」
「ええ。強者と立ち合うことは強くなるには必要不可欠ですし」
「それはそうかもしれませんが...」
「何か用でしょうか」
そこへあの少女──セラが歩み寄ってきた。その手には何やら見慣れない武器が握られている。
「いま私の名前が聞こえた気がしたのですが」
「え、いやそれは...」
「ちょうど良かった!セラ=フェルディル様でお間違いないですか?」
「ええ。間違いないです」
「俺はソルファ=フォルスと申します。フィーナ様とちょっとした模擬戦をお願いしたいのですが」
ソルファは早速本題に入っていくことにした。
「要件は理解しました。しかしそれでは私に利点がないのですが」
セラはフィーナを一瞥しながらそう言う。
「ではお嬢様に勝ったら俺と模擬戦を出来るというのはどうでしょうか?」
「ちょっと先生!?」
そんなの力の差がありすぎる、とフィーナは言外に込めて言う。
「いいでしょう。それなら私にも十分な利点があります」
セラはその提案に対して即答した。心なしか無表情なのに高揚しているように感じられる。
「ではこれからフィーナお嬢様とセラ様の模擬戦を開始致します」
ソルファは周りの少女たちに離れるように喚起し、二人の模擬戦を仕切り審判の役目をする。
フィーナの武器は木剣。あれからまだ一夜しか経っていないため、ソルファは自分が仕掛けた模擬戦であるが不安が拭いきれない。
対してセラの武器は木製の薙刀。これは珍しいとソルファは思った。それと同時にこれは強いとも。
基本的には一学年の生徒は剣以外の武器は使うことがない。要するに目の前の少女は例外と言うことだ。入学したてなのにもう剣以外の武器を用いているということは、その前から度重なる練習があったはずだ。
これは流石にフィーナは負ける、それも数秒で。ソルファはそう感じた。力量は歴然としているからだ。
「それでは双方準備を」
模擬戦の審判はそう言って二人を確認する。
「あなた相手では本気を出す必要も無い」
「わ、私だって簡単には負けません!」
両手で薙刀を持ち、余裕の顔ぶりで構えるセラに対しフィーナは、剣を持つことすらままなっていない。僅かに手が震えている。それでも自分を鼓舞するようにそう言った。
『落ち着きなさい』
その時フィーナの脳内に謎の声が響いた。
ソルファだけは彼女が驚いた表情になっている事に気づき、開始を少し待つ。
『力を抜いて、私に任せなさい』
『え? どういうこと?』
周りに変なように見られないように脳内の声に返す。しかし何も返ってこない。
わけも分からない言葉に疑問を持ちながらもフィーナは意識を模擬戦に集中させる。
ソルファは落ち着いたのを確認した。
「では、よーい、始め!!」
そう聞こえたのを認識した瞬間、突如フィーナの意識は遠のいていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(何、さっきまでと様子が違う...!)
セラは目の前の少女を見てそう感じた。もちろんそれはセラに限らずソルファも同様だ。
最も簡単な術式の一つである【加速】を瞬時に組み立て発動した。
セラは間合いを図りながらフィーナへ地面を蹴り、風を切るように迫っていく。
薙刀の方が剣よりリーチが長いことは分かっている。それなら自分の方が先に相手に攻撃が通る、そう思っていた。
相手の出方を窺うためフィーナの顔を見る。それは笑っていた。正確には嗤っていたと表現した方がいいだろう。
この状況で嗤っていられるということは...。何かある!
そう直感的に覚ったセラは薙刀が相手に届く距離より早く地面に着く。
その時、目の前で見えない剣が空を切った。
それに気づいたセラは驚愕といった表情になった。
特に驚いたのはソルファだった。
(なっ! あれは【幻剣流】の技!?)
自分のみしか扱えない剣技を見て、トワイライトという名前を思い出して、記憶から急に這い出てきたことを繋ぎ合わせある仮説を立てた。
確証など全くない仮説であるがゆえに今は胸のうちにしまっておくことにした。
まだ模擬戦は続いている。
セラは予測できない剣が来ることを視野に入れながら攻めるしかない、と高速に薙刀を突き出す。
フィーナはそれを華麗に避けていく。当たりそうになったものは剣で弾いていく。
この瞬間セラとソルファだけは確信した。
今ここにいるのはフィーナではないと。
何が起こったのですか? そうフィーナから遠い場所に立ちながらセラは考える。しかしそんな時間などフィーナらしき者は与えてくれなかった。
「死よりも静けき刻限よ 焔さえ凍てつく極氷よ 世界の理から放たれ 永なる時に凍えさせよ 【凍焔永刻】」
(何だと!?)
ソルファはまたしても驚愕にみまわれ、フィーナであるわけがないと思った。
フィーナが放った言葉が詠唱の神光術だったということもあるが、それより使った神光術が問題なのだ。
彼女が放った神光術は
(聖魔大戦に用いられたといわれている禁忌の氷だと!?)
紡いだ言葉からソルファはそう判断した。
焔を凍らせ、時を凍める、禁忌の氷。そんなものを使える者なんて今の世界に存在するはずがない。
とうとうソルファの仮説は信憑性を増してきた。
一瞬周りに禁忌の冷気が満ちた。しかしすぐに消える。理由は、彼女が放った氷はすぐに消えてしまったからだ。
そして突然フィーナはふらふらと倒れた。
審判ならここで采配をとり勝敗を言うべきだろうが、勝敗なんかよりフィーナのことの方が優先だ。
ソルファは真っ先にフィーナの下へ駆け寄った。息はある。ただ気を失っただようだ。
「すいません、どなたかここの保健室はどこにあるか教えていただけませんか?」
「私が知ってます!」
ソルファの問いに真っ先に答えた少女と共に、彼はフィーナを腕に抱え校舎へ入っていった。
セラはまだ残る模擬戦の気配を思い出す。そよ風がセラの下へ運んできてくれる。
最後のあれは確実に殺傷能力を持つほどのものだった。あれが直撃していたらもしかしたら...。
そんな意味もない仮定は捨てる。まだ練習が足りないなと思い、自主練習に戻ることにした。
ソルファと模擬戦をすることはフィーナに圧倒されて忘れていた。
ほんとに遅れてしまってすいません!
勉強が大変なので遅い時はご察しお願いします。