正義殺人にご用心
『人生は、公平ではない、ただ死よりは公平である、それだけだ』
――――ウィリアム・ゴールドマン
「死よりは公平なんてこと、ありえません」
申し訳程度に被さる毛布とベッドのスプリングの隙間で、彼女は小さくそう言った。
「死こそが真の公平です」
縮こまる彼女から発されるくぐもった声が、妙に真剣味を帯びていて、私は心臓の奥を黙ってわしづかみにされたような感覚に陥ってしまう。
それが、君が人を殺す理由、と疑問符をつけて話しかけてみれば、彼女はその大きな濃い墨汁色の瞳で私を捉える。どくり、どくり、と心臓が音を鳴らすのは彼女に掴まれたせいでそのポンプ機能に支障が出たからか。
「そうです。人助けです」
人肌のぬくもりは確かに隣にあるのに、人間だと信じきれない自分がいる。人間の皮を被った物の怪なのだと言われても違和感のないほどに彼女は奇妙な美しさを放っていた。
「罪を犯した人間は、どうしたって救われません」
そうだ。普通の人間は人を殺したりしないのだ。
彼女は人間ではないのだ。
「だけど、死をもってすればそれは覆ります。死ぬことで罪は全て無に帰り、彼らは清くなるんです」
ふ、と彼女が息を吐いた。
何事もなかったかのように彼女は私の手を自らの手に重ねる。
ひどく冷たい。
「私の意見は異常ですか?」
本当に物の怪なのかと錯覚してしまうほどに、彼女の人間性は剥がれ落ちている。
どこか珍妙で、しかしなお美麗なのだ。
言うなれば、翼を失った天使である。
地上を彷徨う堕天使。
彼女にピッタリじゃないか。
「先生?」
私も静かに息を吐き出す。
「そんなことないよ。君は美しい。故に、正しい」
大きな瞳が素早く細くなる。
私は僥倖をその顔いっぱいに浮かべ、静かに彼女の瞼に唇を落とすのだ。