現実ってなんだろうね
わたしはソラ!このなまえは、お空のようにきれいな人になりなさい、っていみでおとーさんが付けてくれたなまえなの!
でも、さいきん、じぶんがいやになってきちゃったの……
このまえ、ようちえんで『しょうらいのゆめ』のはっぴょうかいがあったんだ。
そこでわたしは『しょうらいのゆめは、うんめいの人と、しあわせになることです!』って言ったんだけどね、おちょーしもののタッちゃんが『うんめいの人なんていねーよ!』って言ったの。
わたしは『そんなことない!』って言うんだけど、タッちゃんは『いるわけがない!』しか言わない。
わたしは、かなしくなっちゃって泣いちゃった。
せんせーはタッちゃんのことをおこってくれたけど、わたしのゆめを『まちがってないよ』とは言ってくれなかった。
だからわたしも、『まちがってるのかなぁ』っておもうようになっちゃったんだ。
つぎの日、タッちゃんはわたしをからかってきた。
『うんめいの人とか言ってたバカだ!』って。
じぶんの言うことがまちがってるかも、っておもってたわたしは、きのうみたいに『そんなことない!』って言いかえせなかった……
タッちゃんはそれからずっとわたしをからかってきた。
せんせーがおこっても、『ほんとのこと言ってるだけだもん!』って言ってやめない。
わたしはそれにたいして、言いかえすこともできない。
それはわたしたちが、ようちえんをそつえんしてもかわらなかった。
私たちが小学生になると、色んなことが見えてくる。
楽しいだけじゃなくて、辛いこともあること。
うれしいだけじゃなくて、悲しいこともあること。
そして私は、ユメはユメだということを知った。
大人はみんな言う。
ユメは早く捨てたほうがいいって。
ユメは現実には、いらないって。
でも、私も大人を見て気付いたの。
ユメを捨てた大人はみんな死んでるって。
生きるために生きてる大人たちは、みんな死んでるんだって。
ユメがない大人は死んでるんだって。
なんでかわかんないけど、私はそう思ったの。
だけど、大人はそれを言うと『現実が見えてない』って言う。
じゃあ現実ってなんなの?
現実ってそんなに大事なものなの?
私はまだ、答えを出せない。
中学生になった。
私は相変わらず現実が分からない。
大人に近づけば、近づくほど、分からないことが多くなる。
もしかしたら、そうやって分からないことが多くなりすぎて、諦めた時、私達は現実って言うのを知れるのかな。
高校生になると、私は現実がなんなのか分かり始めた。
中学生の時思ったことは当たっていて、分からないことが多くなって、考えるのを諦め始めたらだんだんと現実が見えてくるようになったの。
現実っていうのは、そうやって諦めること。
そうやって自分もあの大人達のようになっていく最中、同じクラスの達也くんが私に告白してきた。
達也くんはクラスの人気者で、成績優秀、部活も強い、凄い人だ。
そんな人がなんでクラスの端っこにいるような私に告白するんだろうか。
もしかして罰ゲーム?
考えても分からないので私は達也くんに聞いてみる。
「た、達也くん……な、なんで私なんかに告白するの?」
「そんなのソラのことが好きだからに決まってんだろ」
ぶっきらぼうに言う達也くん。
その態度にその言葉が本当の気持ちじゃないと私は感じた。
やっぱりこれって罰ゲームとかなんじゃないかな……?
それならこんな趣味の悪いことやめさせないと。
「…………ねぇ、達也くん。も、もしかして……罰ゲームとかで告白してる、の?」
これを言うのは流石に勇気が必要だった。
つまり、自分が罰ゲームの対象になるような人物だって、自分で認めてるようなものだから。
でも、達也くんは肯定も否定もしなかった。
ただ、私を………………平手で打った。
「馬鹿野郎……!」
打たれた頰が熱を持ち、心臓がそこにあるように脈打つ。
なんで……?どうして……?
私の中は疑問で一杯になる。
だけど何処かでしょうがないと言う自分がいた。
これが現実なんだ、分からないことが現実なんだ。
そんな私に達也くんは言う。
「…………お前、幼稚園の記憶ってあるか?」
突然の言葉に私は一瞬何を言ってるのか分からなかった。
だけど達也くんは返事を待たずに言葉を続ける。
「俺の幼稚園にはな、すっごいきれいな子がいたんだよ。
純粋で、将来の夢を『運命の人と幸せになること』なんて言う、心の、きれいな、子が。
だけど、小さいながらに運命とかそういうのを嫌ってた俺はその子を否定したんだよ。
それはもう、盛大に、毎日。
だからかな、その子は毎日考えるようになった。
幼稚園を卒園しても、小学生になっても、中学生になっても。
多分、自分は間違ってないのか、とか考えてたんじゃないかな。
大人に聞けば、この答えを鵜呑みにせず自分でもそれについて考える。
それである日、俺聞こえちゃったんだ。
彼女が大人に説教されてるを。
『夢を見るのはいい加減やめなさい。現実に夢はいらない』だってよ。
普通そんなこと言われたら、確かに、って思うじゃん。
そんで普通は現実っていう大きな壁に挫けて社会の一部になるんだよ。
自分っていうものが誰かに汚されるんだ。
でもその子は違った。
大人に何度そう言われようとその子の目は変わらなかった。
大人に諭されてみんな目が死んでいく中、『お前』だけは変わらなかった!」
「……タッちゃん?」
私は真摯な瞳で語る達也くんを見ていて、自然と、その名前が出てきた。
自分でもびっくりだ。今まですっかり忘れてた呼び名だ。
達也くん……違うね、タッちゃんは私の言葉に驚いたように目を見開く。
「……驚いたよ。お前覚えてたのか?」
「ううん、よく分かんないけど……勝手に出てきた」
私はそう言って軽く微笑む。
タッちゃんもつられてか、ニカッと綺麗な笑みを浮かべる。
そしてタッちゃんは、恥ずかしそうに頰を掻きながら会話を続ける。
「そ……っか。なんだ、その、恥ずかしいな………………ってか、ごめんな。女の子なのにぶったりして……」
だが、すぐにタッちゃんは申し訳なさそうな顔で謝る。
目を伏せ、腰をしっかり曲げて謝罪するタッちゃんは、心の底からの申し訳なさが感じ取れる。
でも、タッちゃんは目を開けると確固とした意志を持つ瞳で言った。
「でもな、俺は許せなかったんだ。お前のあんな発言を聞いて……
それに今日告白したのだって、お前のあんなきれいな目が死にかかってるのを見ていてもたってもいられなかったからなんだ……」
「うん、大丈夫。むしろありがと、タッちゃん」
だから私もしっかりとタッちゃんの目を見て言った。
大丈夫だよ、と。
「確かに私は死にかかってた。
もう現実がなんなのか、分かんないことだらけで負けそうだった。
━━でもね、タッちゃんのおかげで目が覚めたよ。
私はもう大丈夫。
私はもう、現実に負けない」
真摯な目で見つめ合う私達。
「ははっ」
「ふふっ」
数秒後、私達は自然と笑みを漏らしていた。
互いが嘘を言っていないと感じて、互いが本気で思いやっていると感じて。
なんだか今までの鬱々とした気分が嘘のようにスッキリとした私は、うーん、と伸びをする。
そんな私をジッと見つめるタッちゃんは『忘れてた』とでも言いたげな顔で最後にこう言った。
「あ、でもよ、お前の夢だけは否定させてもらうぜ」
「え?なんでよ」
「運命の人なんてこの世にいやしない。
そんなのいたら堪ったもんじゃない。
だって俺はお前が好きだから」
そう言ったタッちゃんの顔はやけに赤く見えた。
そんなタッちゃんに私は笑みを浮かべ、
「でも私はまだ夢を諦めないよっ」
「おいおい、告白してきた男にそれは酷くッ?!」
タッちゃんの唇を奪った。
顔を離すとそこにはびっくりして固まったまま動かないタッちゃんの姿があった。
そんなタッちゃんに私は悪戯っぽく笑いかけ、
「私はまだまだ幸せになりたいからね」
そう、満面の笑みで言ったのだった。
自分に酔ってるみたいで気持ち悪い希ガス