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ランタンと私

作者: 木賊

「先生、ここ火気厳禁なんですけど」

「ん? あー大丈夫、密閉式だから」

        ――――町の図書館にて



 町はずれの森の奥にあるこじんまりとした――町の子供たちからは化け物屋敷と呼ばれている――屋敷で私は生活している。ここで生活することになった経緯は省くが、私自身ここの生活に満足していた。ここに引き取られるまでは、いてもいないような母親の育児や酷い生活環境だったからからだ。

「先生、朝ご飯ができました」

 既にルーチンワークと化した調理を済ませ、私を引き取ってくれた人――先生を呼ぶが返答はない。私は小さくため息をつき、階段を上がって二階廊下のつきあたり左の部屋、つまり先生の部屋へ向かった。ノックをし、私は扉を少しだけ開け、顔をのぞかせる。

「先生、朝ご飯ですよ」

 閉め切っているため部屋は薄暗く、あちこちに本や紙が散らかっていた。部屋の唯一明るい場所である机に視線を向けると、案の定先生は机の上に広げた紙に黙々と何かを書いている。

「ん、もう朝か。分かった、すぐ行く」

 先生はようやく私に気づき答えた。分かりました、と返事をし先生の部屋を後にする。

 どうやら一切寝ていない様子で、炎が普段より小さいように感じた。

 そう私の恩人は人ではない、ランタン人間なのである。頭がランタンで体は人間という摩訶不思議な構造をした私の恩師は人の目を避けるようにこの屋敷で生活をしている。

「「いただきます」」

 二人揃ったので、挨拶を済ませてからようやく朝ご飯を口にした。テーブルに並んでいるのは、籠に盛られた丸パンとベーコンエッグ、サラダ、コーンスープなどで、このメニューは朝ご飯の定番となっている。

 私はパンを齧りながら、横目で先生を眺めていた。先生は頭がランタンなのでイマイチ表情が掴みにくく、その上あまり喋る人ではないので、機嫌を伺うのにも一苦労だ。

 先生はパンを掴むと顔でいう口のところまで運び、もしゃりと一口分食べた(のだろう)。傍から見て、ランタンに運ばれたパンが突然一口部分だけ消え去るので、実際に食べているのかどうか分かりにくい。

「ん、どうかしたか?」

 私の視線に気がついたのか、先生が食事する手を止め私に尋ねてくる。

「いえ、毎回見て思うのですが、本当に食べているのですか?」

 私も口に含んでいたパンを飲み込み、素直な疑問を口にする。この質問は何度もしている自覚はあるのだが、どう見ても食べているように見えないので、疑問が解消することはない。

「何度も言っているようにちゃんと食べている。私自身よく分からんが、感覚的に口があるように感じるんだ。その感覚的な口で食べようとすれば、見ての通りパンが消えて私の口の中に移動する」

 幾度と繰り返してきた質問に先生もいつものように答えた。しかし、いつものように私が納得することはない。

「でしたらちょっと実験していいですか?」

 このまま引き下がるわけにもいかない。私はそう言ってから、私は洗面所からタオルを持ってきた。そして先生を目隠ししようとする、のだが。

「先生、目はどこでしょうか?」

 ただのランタンにしか見えない先生の頭のどこに目があるというのだろうか。先生は指でここ、と指し示すが、それが本当かどうか調べられる術はない。

「それでは先生、失礼します」

 一応一声かけてから、私はランタンのガラス部分に満遍なくタオルを巻きつけた。

「おいおいそこまでしなくても見えねえよ」

「いえ、私が納得できないので我慢してください」

 しっかりタオルを固定してから先生がいつも食べ物を運ぶ場所だけタオルをずり上げる。

「今から口元? に食べ物運ぶので当ててください」

「はぁー……。わかった、付き合ってやる」

 先生の了解を得てから私は朝ご飯のうち切り分けたベーコンエッグを先生の口元に運んだ。程なくして、ベーコンエッグは一瞬で消える。咀嚼音などは一切聞こえないが、モゴモゴとした声色で

「これはベーコンエッグだな。私はこのベーコンのカリカリが好きなんだ」

 感想付きで見事正解して見せた。まだまぐれという可能性が捨てられないのでコーンスープをスプーンで掬って運ぶ。やはり無音でスープがなくなった。

「今日のコーンスープは塩加減間違えただろ?いつもよりしょっぱい」

 これも正解した上、わざわざ失敗を指摘してくる。実際、今日のコーンスープは手が滑って塩が多めになってしまい、私自身味に納得できていなかった。

「本当に食べてるんですね」

「何度もそういっているだろう?」

 なんとか納得し、私はタオルを外した。いつものランタン頭が現れる。

「こう見えて体は人間だからな。ものは食いたくなるし夜になれば眠たくなるし排泄だってするさ」

 わざわざ言わなくていいことまで口にする先生に私は口を尖らせた。

「先生、食事中です」

「おおすまん。弟子がよく分からないことし出したせいで忘れていた」

「よく分からない体格している先生にだけは言われたくありません。早く食べちゃってください」

 食事を済ませるとちゃっちゃと洗い物を片付け、二人分のコーヒーを淹れた。

「先生、コーヒーです」

 新聞を広げていた先生の横にコーヒーを置くと、先生からありがとうと言われた。先生がコーヒーを口元に運んだのを確認してから私もコーヒーに砂糖とミルクをいつものように入れてかき混ぜる。真っ黒の液体が薄い茶色になる瞬間、小さいながらも幸せを感じる。その様子を見て先生は呆れた声で言った。

「それじゃあコーヒーというよりカフェオレだな」

「私の好みなので気にしなくて結構です」

 この甘党が、というボヤきが聞こえた気がするが気にしない。この比率が一番のお気に入りなのだ。棚から出しておいた焼き菓子をつまみながら、先生が読み終えた新聞に目を通す。

 新聞には魔物の出現が増加中だとか盗賊団が捕まっただとか騎士団が遠征中だとか様々な記事が並んでいるが、特別気になる記事はないので適当に流し読みする。

「お前は今日どうするんだ?」

 朝ご飯を食べたからか、部屋で見た時よりも先生のランタンの炎は大きく燃えていた。

「食材がなくなってきたから買い出しに行こうかと。ついでの用事があれば聞きますよ」

 そりゃちょうどいい、そう呟いた先生は飲んでいたコーヒーをソーサーに置き、席を離れた。程なくして分厚い本を数冊抱えて戻ってくる。

「これ返しといてくれないか?」

「ヤです」

 案の定だったので即答する。先生は町の図書館で本を借りているのだが、人前に出たくない性分なのでよく借りるのも返すのも私に頼んでくるのだ。先生の借りる本は専門書なせいか分厚く、それを何冊も運ばなきゃいけないので私では力不足なのだ。

「そんなにたくさんの本、私では持てません。自分で何とかしてください」

「そうは言ってもなぁ………。」

「もう少ししたら出掛けますので、一緒に行きましょう。飲み終わってからでいいので準備しておいてください」

 えー、とぶつくさ文句を言う先生を置いて私は何が必要かメモを取り始めた。一通り確認したが、食材もだが日用品もなくなり始めていた。ちょうど先生も一緒なので荷物持ちになってもらおうと心に決めて私はリビングに戻ると、先生は渋々ながら準備をしていた。

 何度も言うが、頭がランタンである先生は間違いなく普通ではないので普通の人が見たら化け物とかそういう類に勘違いされるかもしれない(実際に何度か化け物扱いされて危ない目に会ってきた)。そのため、先生は大きめの外套を着てフードを目深に被り、顔にはお面をして姿を隠している。端からみてどうみても不審者なのだが、元の姿よりはマシだろう。先生に話を聞くと、変装した姿ですらよく衛兵を呼ばれていたらしい。私でもこんな姿の人に話しかけられたら間違いなく助けを呼ぶ。

「準備できたぞ」

「それでは行きましょうか」

 私も壁にかけてあったコートを羽織り、メモをポケットに入れて私達は買い物に出掛けた。



 週に二、三回は町に通っているので顔は既に覚えられている私に対し、先生は月に一度来る位である。しかし、私と一緒にいるためかこんな不審者な格好でも衛兵を呼ばれることはない。たまに町の人から「誘拐とか脅迫じゃないだろうね?」と心配そうに声をかけられるが。

「これだから嫌なんだ」

 心配で話しかけてくれた門番や町人を適当にあしらっていると、お面の内側からそんなボヤきが聞こえた。

「いつも人間は見た目で決めつける。悪い癖だ」

 私から催促しない限り家から出たがらないのでこういうタイミングで連れ出すのだが、いつもこういう感じに先生は不機嫌になる。気持ちは分かるが、だからと言って何とかなるものではないというのは先生もわかっていることだろう。

「私と頻繁に買い物に来れば、みんな慣れると思いますよ」

 手っ取り早い改善策を提案するが、先生はそんなことお構いなしに愚痴り続けている。正直、この状態の先生は面倒なので話題を変えることにした。

「そういえば、朝見たところ寝てないようですが大丈夫なのですか?」

 露骨に話題を変えたため、先生から小さい舌打ちが聞こえた気がするが、無視を決め込む。

「寝ようとしたらポンとアイデアが出てな。それを試していたらいつの間にか朝だった」

 わざとらしく欠伸の動作をする先生の横で私は小さくため息をついた。口なんてないくせに(こんなこと言おうものなら「感覚的な口が〜」と説明し出すので口にはしない)。

「上手くいきそうですか?」

「分からん。理論は問題ないはずなんだがなぁ……。」

 そうこう話しているうちに町の図書館に辿り着いた。本を返却して、さっそく本を借りようと書架に向かう先生に釘を刺す。

「先生、買い物を手伝って欲しいのである程度自重して借りてください」

 こちらを振り向かず、手をヒラヒラさせて先生は奥の専門書の書架に消えて行った。

「あの方があなたのお師匠さん?」

 先生の本を返したりするときにたまに会う比較的最近仲良くなった司書さんに話しかけられた。その司書さんからの質問に肯定する意味ではい、と答えた。

「ええと……、不思議な方ね」

 微妙なぼかしを入れるくらいなら、はっきり不審者と言って貰ったほうがせいせいするのだが、一般的にどうなんだろうか。

「でも、すごく信頼できる人です」

 これだけは知って欲しかったので、司書さんに伝えると

「あなたが言うなら本当ね。ごめんなさい、失礼なこと言って」

「いえ、本当のことですから」

 それから司書さんと世間話に興じていたのだが、本を抱えた先生が戻って来てお開きとなった。

 やはり分厚い専門書をいくつも借りようとする先生にもう一度釘を刺すが、

「大丈夫、なんとかなる」

 案の定言って聞くような人ではなかった。



「あー疲れた……。」

 お昼は買い物先で適当に済ませたので、帰路についたのは夕方前になった。先生は大量の荷物を持たされフラフラになっていたが、帰ってきた途端、だらけることもなくお面を外し外套を脱いでいたので相当煩わしかったのだろう。私もコートを脱いで買ってきたものの整理を始める。一人では持てない量を買えたので、当分買い物は行かなくていいだろう。

 キッチンに立ち、今日の夕食について思案する。いつもは余り気味の材料や残り物から料理を考えるようにしているのだが、今回は買い物してきたばかりなのでどの食材も新鮮で何を作ろうか迷っていた。

「先生、夕食は何が食べたいですか?」

 リビングにいるであろう先生に質問を投げかけるが、一向に返事がない。

「先生?」

 疑問に思い、リビングに向かうと先生はソファで横になっていた。先生と過ごしていて一番困ることは顔がないことだ。顔がランタンなので表情が読み取れず、今横になっている先生が寝ているのかどうかさえ確認することはできない(実は炎の大きさや色で大体察することができたりするが勘に近いものであり確証はない)。

「先生?」

 本当に寝ているかどうか確認するため、もう一度声をかけるがやはり反応はない。

 横になった先生を寝ていることにして、私はランタンの表面をゆっくりとなぞってみた。指先に伝わるのは、硬質なガラスの感触とほんのりとした温かさ。その温かさが内側の炎からくるものなのだろうが、私は人間の皮膚の温もりに似ていると感じていた。

 小さく揺れるランタンの炎を眺めていると尽きることのない疑問が湧いてくる。体は見たところ人間と一切変わらないのに対し、頭だけランタンな彼はどうしてこうなったのだろうか。

「今日はありがとうございました。いえ、今までおいていただきありがとうございます。……、これからもお願いします」

 浮かぶ疑問を押し込めて、誰にあてる訳でもなく呟き、私はキッチンへ戻り調理を始めた。せっかくだから腕を振るって驚かせよう。



「なんだ、今日はパーティでもするのか」

 夕食が完成し、先生を呼びに行こうとしたところでタイミング良く先生は起きてきた。

「今日は買い物を手伝っていただいたので、そのお礼を兼ねてです。ちょうど出来たところなんで、いただきましょう」

 そうか、と興味なさげに呟き先生は席についた。そのまま挨拶をして私達は食事を始める。机の上に広げられているのはハンバーグに唐揚げ、フライドポテト、リゾット、サラダ、コンソメスープと先生の好きなものづくしである。先生がいつもよりも早いペースで箸を動かしている姿を見て一人安堵していた。

「今日は手伝っていただきありがとうございました」

 一段落したところで、私は言葉の上は今日の買い物についてだけを、気持ちはこれまでのことを含めてお礼を述べた。先生も食べる手を止め、こちらの様子を伺う。

「改まってどうした?」

「いえ、色々お世話になっているので、たまにはと思いまして」

「それを言うなら私もだ。お前のおかげでこうやって上手い飯にありつけるし、家も清潔なまま過ごせる。こう見えて感謝はしてるんだぞ」

 最後の部分がうつむきながら呟くので、聞こえづらかったが先生の言いたいことは察することができた。

「お前のおかげで私は生活ができる。私のおかげでお前はここに住める。ギブアンドテイクで平等な関係、そうだろう弟子よ」

「ええ、そうですね」

 こうやって先生は私達の関係を平等だと何度を主張する。そもそも師弟関係にしているのは、私が町で説明するときのために先生が作った嘘であり、どちらかというと私の仕事は家政婦に近い。

「だから、もしここを出て行きたくなったらいつでも出て行っていいんだからな?」

 この話をすると決まって先生はこう締める。平等な関係なのだから出て行くことを気にすることはない、勝手にしていいのだぞと。

 そう言われるといつも私は複雑な心境になる。先生は私が人間の世界で生きることを望んでいるのではないのだろうか。先生はぶっきらぼうに見えて先のことをよく考えている節があり、私のことに対してもそれは同じのように見えた。

 きっと先生は私が思っている以上に私のことを気にしているのではないか。先生は私の『人間』というイレギュラーな存在が当たり前な生活ではなく、普通の生活を望んでいるのではないか。いくつもの推測を心中に秘めながら私は先生からの質問にソツなく答えた。

「ええ、分かっています」

 そして何事もなかったかのように食事を再開する。先生にも思うことがあって言ってくれたのだろうが、それは私も同じである。やたらと静かになった食卓で私達は物思いにふけながら食事をするのだった。



 私はスラム街で生まれ育った。

 母親は娼婦で、私がある程度育つと家にいることはほとんどなく、私を適当な託児所に預けると二日三日姿を見せないことがザラだった。私も物心つき始めたころから色々疑問に感じていたが、あえて深く考えないようにして自分を守っていた。たまに帰ってきて私に暴力を振るうこともあったが時折見せる笑顔は優しく、遊んでくれたり料理をしてくれることもあったため、私は母親を母親と思うことができた。

 状況が変わってきたのは、母親の帰宅頻度が二日三日ではなく一週間から一ヶ月になった頃、私の年齢が二桁になる頃だった。その頃はもう一人で生きていけるだけの知識を得て、スラム街で配給に並んだり残飯を漁って過ごしていた。それでも母親が帰ってくる時間はいつも家にいるようにしたのを今でも覚えている。

 ある日、一ヶ月振りに帰ってきた母親は持ってきた材料で料理を作って私に食べさせ、この後遊びに行こうと提案された。もちろんその提案に飛びついた私を連れて町近くの森へとやってくると、母親はかくれんぼをしようと私が鬼をするねと言ってきた。何も考えてない私は喜んで数字を数え出した母親から離れ、手頃な茂みの中に身を潜ませた。最初の数分はドキドキして楽しんでいたのだが、十分もたつと飽き始め、一時間たてば疑問を持ち、二時間で確信に変わった。慌てて母親の探すが、案の定姿はなく、スラム街に戻ると私達の家は売りに出されていた。スラム街を走り回り母親を探したが一切見当たらず、最後の希望として私は森で気の変わった母親が帰ってくることを待つことにしたのだった。

 夕日が沈んでも母親が帰ってくることはなかった。暗闇に怯えながらうずくまって、ただただこの現実が夢であることを私は祈っていた。そんな時、静かな森に足音が響いた。視線をそちらに向けると少し大きいランタンを持った人影が歩いていた。私は母親だと確信してその人影に抱きついたのだが、よく見るとその人影はランタンを持っているのではなく頭の部分がランタンという化け物だったのだ。今まで見たこともない姿に私は驚き、思わず後ずさりして転んでしまうのだが、それよりも母親ではなかったという事実が私を貫き、とうとう大泣きしてしまった。後はもう心配した先生が屋敷まで案内してくれ、なし崩しで一緒に住むようになり、今に至るわけである。



「……!!」

 はっと目を覚ますと暗闇の中にぼんやりと見慣れた天井が見えた。寝巻きは寝汗でぐっしょりと濡れ、心臓がバクバクと鳴っていた。

 またあの時の夢である。私は私を捨てた母親には何も思わないのだが、夢の中ではそうもいかないらしい。暗闇の中、数字を歌う母親をただ追いかけるというものだったが、どんなに全力で走っても母親との距離は開くばかりで、最終的には母親を見失い暗闇で立ち尽くすという夢だった。

 大きく深呼吸をして無理矢理落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がり、持ち歩くタイプのランプに火を灯す。部屋が明るくなったことで一息つくことができた。普段はそうでもないのだが、夢を見た後は特に暗闇に対して敏感になってしまう。窓から外を眺めると、星どころか月の光さえ見えない暗闇が広がっていた。とりあえず洗面所で新しい寝巻きに着替え、これからまた寝むれるのかどうか考えた。暗くなれけば寝れる自信があるのだが、そのためにランプをつけておくのは何より火事の危険がある上、家計によろしくないので却下。さてさてどうしたものか、と思案するがそもそも答えは決まっていた。

 抜き足差し足で扉の前まで移動し、音をたてないようにゆっくりと扉を開くと、中から見慣れたオレンジ色の暖かい光が漏れてきた。案の定、先生は机に向かって黙々と作業をしている。話しかけるかどうか逡巡するが、ここまで来てもう戻れないので声をかけた。

「先生、ちょっといいですか?」

 私の声に驚くように少しだけ跳ねた先生はこちらの姿を確認し、入ってくるようサインをした。私はランプの火を消して、促されるままにお邪魔する。

 先生の部屋は一組の机と椅子、大量の本とそれを整理する本棚、それとベッドしかなく、私はベッドに腰掛けた。部屋は相変わらず先生のランタンで紙や本がオレンジの光に照らされているが、どこか懐かしさを感じていた。先生は私に特別何かを尋ねる訳でもなく、作業を続けている。私自身、先生に用事があってきた訳ではないのでただ先生の様子を眺めていた。

 しかし、何故先生は私を引き取ってくれたのだろう。確かに一時的に保護して、なし崩し的に住むようになったのだが、途中で放り出すことやそもそも保護しないという選択肢が先生にはあったはずなのだ。最初に会ったときは貧相な身なりのただのガキだったのだ。私そのものに価値があるとは思えず、どうして引き取ってくれたのか気になって仕方がなかった。

 俯いて思考していた私は覚悟を決めて先生、と声をかけた。先生はどうしたと言わんばかりに体をこちらに向ける。

「どうして私を拾ってくれたんですか?」

 率直に先生のランタンを見つめながら尋ねる。先生は腕を組み、ランタンを俯かせて考える仕草をして言った。

「覚えてない」

 あまりにも簡単な内容をきっぱりと言うので、どんな答えでも受け止められるよう構えていた私は気が抜けてそのままベッドに倒れこんだ。

「そう、ですか」

「すまんな」

 私のために嘘をついたのだろうか、利己的な理由から隠したのだろうか、それとも本当に覚えていないのだろうか。先生への疑念にさいなまれていると、先生は続けて言った。

「ああそれと。いつもあれだけの買い物をしているのか?」

「あ、いえ今日は特別多めの買い物でしたけど」

 突然話題が変わったので慌てて思考を投げ捨て答える。

「今日みたいに買うときは言ってくれ。荷物持ちくらいしてやる」

 それだけ言うと私の返事を待たずに先生はまた作業に戻った。夕方寝ていたからまだ眠くないのだろうと適当に推測する。

 頭がランタンだから困ることもあるが、こうして頭がランタンなおかげで常に暗闇を照らしてくれている。私にとってそれだけで十分で、それ以上の意味を見出すことはないだろう。逆に先生にとって私はどうなんだろうか。

 暖かくて懐かしい光に包まれながら、私はベッドに倒れこんだままの体勢で睡魔に身を委ねた。



 鳥のさえずりで目を覚ますと私はちゃんとベッドで横になっていて、毛布までかけられていた。ふと視線を向けると、先生は机に突っ伏して寝ていた。爆睡しているのか炎は小さく儚げに揺れている。私はため息をつくと、かけられていた毛布を先生にかけた。

「ありがとうごさいます」

 起こしてしまわないように呟いてから私はキッチンへ向かい、朝食作りを始める。きっと朝食が出来上がる頃にはいつものように先生も起きてくるだろう。それからいつものように食事をし、いつものようにコーヒーを飲みながら他愛のない会話をする。

 これからどうするかなんて考えを遠くに放り投げて、私はいつもの変わらない一日が続くことを静かに願うのだった。


人外×少女にはまった結果できあがった作品となります。楽しんで頂けたら幸いです。続編も考えているのところで、気になる方は感想など作っていただけるとモチベーションが上がったりしますのでご活用ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読させていただきました。ランタン頭の先生と捨てられた女の子の不思議な関係の日常が、とてもほのぼのとしていて読んでいて和みました。それぞれの思いとか仕草とかが丁寧に描かれているから、情景を思…
[良い点] 拝読させていただきました。 先生の素っ気なさにある愛情が淡々とした女の子の語りと行間ににじみ出ていて、そこに好感がもてました。 暖かいお話をありがとうございました。
[一言] 「ランタンと私」最後まで読ませていただきました。 twitterで言わせていただいた通り、先生と私の会話がとても可愛くて楽しかったです。 どこか落ち着いた雰囲気を持ちながら、けれど少女らしく…
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