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#5 長兄


「ザイル、おかえりなさい」


 リプス姉が僕を抱え上げてザイルの方へと向けた。


「おう、そいつか。オルってのは」


 ザイルが近づいて来る。


 僕としては距離が近くなって確信を得た。


 やはり、このザイルが敵感知の反応の発信源だ。


 が、反応はあれど、それ以外はごく普通の応対。


 特に何が起こると言うわけでもない。


「ふーん。小っちぇえな」


 無感動。それでいて値踏みするように。


「俺達と同じでツラスゴンの捨て子なんだっけな?」


 ザイルの問いに、


「そうだよ。

 かあいいでしょ?」


 とフランが答える。


「どう? 抱っこしてみる?」


 とリプスが僕をザイルに差し出すようにする。


「おう」


 ザイルは短く答えると僕を抱き上げた。


「相変わらず子供の扱いに慣れてないわね」


 リプスが呆れたように言う。


 確かに。年齢の高いリプスはともかくとして。

 エスクワだって、場合によってはフランだってもう少し優しく抱いてくれた。


 ザイルの抱き方はなんというか、荷物を持つような感じだ。


「こいつ……」


「なに?」「どうしたの?」


 微妙な表情を浮かべたザイルにフランとエスクワが尋ねたが、


「いや、なんでもない」


 と言葉を濁す。


 結局、希望通りというかなんというか。

 多少ザイルの態度に気になる点はあるにせよ。

 何も起きないまま時間が流れていく。




 僕を交代であやしながら、ザイルの近況報告を聞くという場になった。


 父さんは仕事、母さんも用があって出かけているために、兄弟水入らずの状況だ。


 話によると、ザイルは近々、国教であるイェルデ教の護衛兵として働きだすらしい。

 そのための研修合宿で家を空けていたようだった。


 どんな訓練をしたか? 泊まっているところはどんなところだったか?

 食事はどうだったか? 

 そんなとりとめもない話が続く。


「まあ、普通の料理だよ。

 母さんの飯と比べたら全然味が落ちるけどな」


「へえ、でもすごいよね。

 神殿を護るんでしょ?」


「馬鹿。新米にいきなりそんな大役が任せられるわけないだろう。

 教会の見張り番とか、その辺のパトロールとか。

 まあ、雑多な雑用係って感じになるっていってたな」


「ふーん……」




 なんだかんだで話がひと段落。


 ふとザイルが、


「なあ、このオルってやつ。

 なんか変わったところとか、変なこととかないか?」


 聞いている先は小さなフランやエスクワではなしにリプスだろう。


「どうして?

 まあ、ちょっと大人しいけど普通の赤ちゃんよ」


 とリプスが答える。


「そうか……」


 としばらく考え込んだザイルは、


「ちょっと、散歩に出かけてくる」


 と唐突に切り出した。


「えっ? 母さんもうすぐ帰ってくるよ」


 とフランが引き留めようとするが、


「まあ、その……なんだ。

 俺もすぐ帰ってくるよ」


 と立ち上がる。


 一人で出ていくのかと思っていたらそうではなかった。


 ザイルは僕を奪い取るように抱き上げると、


「ちょっと一緒に連れていくから」


 と有無を言わさず玄関へと歩きだす。


 突然の展開に不安が走る。が、それを態度には出さずにおく。


「オルとお散歩?

 僕も行っていい?」


「あっ、じゃあわたしも」


 そんなフランとエスクワの声には、


「お前らは留守番しとけ。

 すぐ帰るから」


 と、ぶっきらぼうに言い放つと僕を連れてそのまま家を出ようとする。


 リプスが、「ちょっと待って」と僕を毛布でくるんで防寒対策はしてくれたが、ザイルの行動を止めるようなそぶりはない。


 そうして僕は、正体の知れない兄とともに初の外出をすることになった。





「面倒なことになってなきゃいいんだがな……」


 そんな独り言をぽつりと漏らしただけでザイルは黙々と歩き続ける。

 ずっと暖かい家の中に居たから久しぶりに感じる寒さと、これから起こるなにかに身を縮こませる。


 ちょっと出かけるなどと軽く言ったわりには随分と歩いただろう。


 到着地点はどこかの家だった。

 面倒なことに家の中にもご丁寧に敵感知に反応する何かが居るということがわかってしまった。


「あら、ザイルじゃないの?」


 若い女性の声が出迎える。反応はこの女性からのようだ。

 ってことは、この人も魔族?


「おう、久しぶりだな」


「どうしたの? 珍しい。

 今は仕事は入ってないわよ。

 ってか、子連れじゃない?

 あんたの子供?」


「んなわけねーだろ。

 弟だよ。弟」


「そういえば、聞いたわね。新しい子が増えたって」


「そんな言い方をするってことは、ノーマークってことだな」


「ん?」


 女性が怪訝そうな声を上げる。


「感じないか?」


 ザイルが尋ねる。僕を女性に突き出しながら。


「なるほど。そういうこと」


 女性は何かに納得したようだった。


「抱かせてもらっていい?」


 と僕はザイルの手から女性の元へと渡される。


「お~よちよち。

 あ、名前はなんていうの?」


「オルだってよ」


「オルか~。

 男の子ね。

 オルく~ん。元気でちゅか~」


 何が起こるでもなく、ただあやされているだけだ。

 僕は、ただただなすがまま。


 しばらくそのまま女性のおもちゃにされていたが、


「で?」


 とザイルが聞く。


「うん。使えるかもね」


「だろ?」


「まあ、何年後かのことだけど」


「そりゃそうだ。時間はたっぷりあるんだから」


 二人の会話はあえて詳細をぼかしているのか、まったく理解が及ばない。


 結局、何のためだか何が起こったかわからぬまま帰宅。


 何かが動き始めている。


 そんな予感を感じたが、そこからの数年間。この出来事は僕の人生に再び絡んでくることはなかった。

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