#4 家族
僕は7人家族の末っ子という扱いだった。
家族を養うのは父さん、母さん。
名前はそれぞれ、ゴルバとミロウというらしい。姓はプライツ。
だけど元孤児の子供たちのみならず、近所の人までが父さん、母さんと呼ぶことが多い。
ちょっと遠くの人はプライツの母さんなんて呼んだりする。
それが孤児を育てる親に対する敬いだとは後から知った。
新しい父さんも母さんもいわば国を代表する父母なのである。
プライツ家という、この世界ではありふれた苗字。
そこで世話になることになった僕はオル・プライツという名が与えられた。
この国、クァルクバードで捨て子を育てる重要な役割を担っているからか、それともそのような役割を背負うためには試験や選考が行われているのか。
父さんも母さんも人望もあり、そして何より優しい夫婦だった。実の子供は居ない。理由まではまだわからないが。
僕が拾われてきた時で二人とも40代の半ばくらいだったろう。
宗教国家クァルクバードの国民であるために、もちろん敬虔なイェルデ教徒でもある。
父さんは、牧畜業をしつつ、補助金も貰いながらだが大家族を支えている。母さんも内職をしながら家事に子育てにと忙しい。
そして僕の兄と姉は計4人。
長男のザイル兄。ちょっとクールで物静かな14歳の少年というのはわかったが、今は家を留守にしていてまだ会った事はない。
長女のリプス。面倒見のいいロングヘアの似合う12歳。
そこからすこし歳が離れて。
4歳の少女、エクスワ。
元末っ子の3歳のフランは男の子。
それが僕がここに来たときのそれぞれの年齢。
そして僕を含めての7人というのはちょっとした大家族だ。
クァルクバードは一年を通してほとんどが雪に覆われた地域だ。
子供たちも家の中で過ごすことが多い。
まだ一歳にもならない僕はなおのこと。
久しぶりに出来た新しい子供ということで、いい暇つぶし? の材料にされたりもした。
まあ、愛情もって面倒見て貰ってるんだけどね。
「オル~、ミルクだよ~」
僕にミルクを与えるのは(深夜でもない限りは)、元末っ子のフランの役目。
だけど、3歳という年齢のせいでいろいろ不器用だ。
「うぐっ! うぐっ!」
一気に注がれるミルクの勢いが半端ないためにほぼ命がけで飲まなければおぼれ死んでしまいそうなくらい。
「ちょっと、フラン!
オルが苦しそうだよ!」
と、おしゃまなエクスワが、救いの手を差し伸べてくれる。
「こうやるのよ、見ててご覧……」
と、長姉のリプスが優しくミルクを注ぎ込んでくれる。
「どう?」
「わかった!」
と、返事だけはいいフランがまた哺乳瓶(吸い口なんてついていないヤカンを小さくしたような奴)を奪い取って……。
口の中にミルクの洪水ができる。
「だか~ら~」
エクスワが咎めるが、フランは気にもとめない。
なんか、肺活量が鍛えられている気がする……。
そんなこんなで、家族に囲まれながらの赤子生活。
ある日のこと……。
「ただいま」
玄関から聞きなれない声が聞こえる。
「ザイル兄たん!」
それまで、僕の足や腕をひっぱったりこちょばしたりして遊んでいたフランが僕をほっぽって、玄関へと走っていったようだ。
「帰ってきた~」
エクスワも同様に走っていく。
「もう、あの子たちったら……」
呆れたように呟き、リプスが僕を抱き上げる。
それより……危機感が募る。
前に勇者として過ごしていた時に得たスキル。
『敵感知』が反応している。
この世界には、スキルなんていうものは存在しない。そのはずだ。
だが、勇者として召喚されたものには、一定の確率で複数のスキルという特典が与えられるのだということだった。
その時に身に付いたスキルが、一度人間界に帰って転生した後も有効になっているようだった。
しかし……。
感知スキルによると、反応は家の玄関方向。つまりは、ザイルという兄が帰って来たことに反応しているようにしか思えない。
そして、姉のリプスは僕を抱え上げてその方向へと歩いていく。
『敵感知』のスキルには、欠点も多く、僕が得た能力は魔物と魔族を感知することしかできなかった。
僕に殺意を抱いている一般の人間などは反応しない。
考えられる可能性は三つ。
兄のザイルとは無関係に魔物が玄関に存在している。あるいは、ザイルが魔物を連れてきた?
兄のザイルが、魔族を連れてきた。
兄のザイルが魔物あるいは魔族であるという可能性。魔物に知性はないためにこの場合は魔族であるということになるが……。
「ザイル兄たん! はやく! はやく!」
フランの声が聞こえる。近づいて来る。
「ちょっと! そんなに引っ張るなって!」
この声はザイルだろう。
「すっごく小さくてかわいいんだよ、オルって!」
エスクワの声もする。
「わざわざ出迎えに行かなくてもこっちにくるみたいね。
ここで待ってましょうか、オル」
リプスは僕を抱いたまま、ソファに腰を下ろした。
「どれだ? そのオルって弟は?」
声の主、ザイルが部屋の入口まで到達している。そして魔族、もしくは魔物の反応も同じように移動している。
連れは居ない。魔物を生きたまま連れてきたような気配も感じない。
家族に……、魔族が紛れている?
心を落ち着かせるべく想いを纏める。
感知スキルである程度の強さも解る。勇者であった時のことを考えれば取るに足りない相手だ。
だが、今は体は赤ん坊だ。
格闘なんてできない。はいはいだってまだできないのだ。寝返りが精いっぱいの僕に戦う術は無い。
魔術の練習もまだ行う機会に恵まれていなかった。
そもそも魔術は苦手で、初級程度しか使えない。それ以前にこの体では詠唱も出来ないだろう。舌が上手く動かずに、意図した発音が出来ないのだから……。
戦ったところで敵わないのは目に見えている。現時点では。
だが……。相手が実際に魔族であったところで、こちらに敵意を抱くであろうか?
どんな事情で家族に紛れているのかはわからないが……。
僕はただの赤ん坊であり、家族の一員のはずだ。
仕掛けられる――攻撃される可能性は薄い。今はそれを望むしかない……。
もどかしいさの中……ただ願うことしか僕にはできなかった。
何も起きないように……と。