#3 新居
寒い夜道? に放置されてしばらくの後。
「今回はひとりか……」
「まだ一月と経っていないようですね」
しわがれた声と透き通るようで凛とした二人の男の声が聞こえた。
「風邪でもひかれたら面倒だ」
しわがれた声が言う。
家畜を扱うような言い草だ。
が、僕は意外に器用に、そして優しく抱き上げられた。
「オルという名のようです」
「それはまた大層な……」
「せめてもの思いやりなんでしょう。生みの親が名を授けるというのが」
「子を捨てておいてよくもまあ……」
「事情は理解できるでしょう。
わたしらも批難できるような立場じゃありませんしね……」
二人は話しつつも、僕を交代で値踏みするように見つめるのが気配でわかる。
「こんなところでぐずぐずしていても仕方ない。
捨てた親が取り戻しに来るとも思えんが」
「そうですね。出発しましょうか」
その二人の会話を契機に旅が始まった。
時に抱きかかえられ。時に籠――バスケット――のようなものに入れられて。
季節がそうなのか、それとも元々が寒い地方なのか。
何が辛いかというとその寒さだった。
露出しているのが、外気に直接触れるのが顔だけとはいえ、風が当たらないように配慮してくれているとはいえ。寒気は僕の体を凍えさせかける。
だけど、態度はぶっきらぼうでも――そういう言動を取るのは年かさの男だけだったが――どちらの男もちゃんと僕の世話をしてくれる。
泣けばおしめも替えてくれるし、おしめが濡れていなければ生温かいミルクを飲ませてくれる。体温が下がっていないか、熱を出していないかたびたび確認してくれる。
僕を連れて旅をする二人の男。50代前後の髭の親父と、30代くらいの若くて清潔そうな青年。ジルギーさんと、セルバムさんというらしい。
旅の道中にずいぶんとお世話になったけど、この二人はいわば運び屋さんで、捨て子を拾って送り届ける役目を担っていただけらしい。
赤ん坊のぼやける視界では顔も覚えられず。迷惑をかけないようにと深く考えてもできることなど思いつかず。
いつか大きくなってから出会った時に、何かできることがあればその時に……ということで声と名前を覚えるのが精々だ。
とにかく体力には自信のある二人のようで、仮眠を取っては進みという強行軍で10日と少しで目的地らしきところに到達した。
ジルギーさんはどこかの家の前でノックもせずに扉を開けたようだった。
僕はその脇でセルバムさんに抱かれていた。
「母さんはいるか?」
ジルギーさんの呼びかけに、「はいはーい」と女性の声が応える。
「今回は一人だ。男。名はオル」
「オルですか? まあ立派な名前で。
将来は司祭か、教祖代か。それとも近衛兵さんの隊長かしら?」
「拾われ子が司祭はともかく教祖代になれるわけがないだろう。
丈夫な体をしているようだから、近衛兵にはなれるかもしらんが」
「いえいえ、わかりませんよ。
ともかく、お疲れになったでしょう。
暖かいものを用意しますから。
リプス!」
母さんと呼ばれた女性の呼びかけに答えるように、とたとたと足音が聞こえる。
小さい子供のようだ。
「なに? 母さん」
「新しい弟ですよ。
みんなを呼んで来て。
それから、ジルギーさん達にお食事を用意してさしあげるから手伝って」
「うん、わかった!」
その女の子はまた軽快な足音と共に去って行った。
「すまんな。飯の用意まで」
「いえいえ、ずっとあちこち飛び回ってらっしゃるんですから。
たまには……、大したものは出せませんが、故郷の味を久しぶりに」
そういうと、女性は僕を抱き上げて、移動する。
そして、ベッドのようなところに寝かしおろす。
ほどなくして、僕は沢山の子供たちに囲まれて。
良くも悪くもおもちゃ扱いされることになった。
「オル、オルオル~」
「わ、手ぇ小っちゃい!!」
「フランだって、ちょっと前までこんなだったじゃない」
「そんなことないよ!」
「ぷにぷにして可愛い~」
「全然泣かないね。きょろきょろして」
ああそうか、もう少し赤ちゃんらしく振る舞ったほうがいいのかな?
でも、本当の赤ちゃんがどれくらい泣いてどれくらい泣かないのかさじ加減がわからない。
ともかく。捨てられた時は多少の不安はあったけど。
たった10日とはいえ、旅の途中は心細かったけど。
落ち着ける場所に辿り着けたようだ。
自分の立場の理解も進んだ。
胎児の時と生まれてからの一ヵ月。両親の会話で知ったこと。
捨てられてからここに来るまでの間に、ジルギーさんとセルバムさんの会話で知ったこと。
それらを総合すると。
僕を捨てたのはマーソンフィールという国の外れにある貧しいツラスゴンという村の若い夫婦。
そこでは子供が出来た時に育てられない場合は村のはずれに捨てるという風習がある。
貧しいその村では、かなりの確率で子供が捨てられるのだ。
とはいえ、幼い命を奪うことは考えていない。
ちゃんと、子供の命を保証する手続きがあるのだった。
クァルクバードという宗教国家。そこの人間が拾って帰ることを期待している。というかクァルクバードの人間が通ることを見越して子供を捨てる。
ある意味では、決め事のようなものだ。
その国ではある時期から新たな信者が増えず、高齢化が進みつつあるのだという。
そこで苦肉の策として捨て子を拾って育てるということを続けているらしい。
ツラスゴンの親たちと、クァルクバードの国民の間で利害が一致しているのだ。
クァルクバードという国には孤児院と一般住宅の中間のような家庭が国の補助を受けながら幾つも存在しているという。僕のような捨て子を育てるための家だ。
そのうちの一つに連れてこられたようだった。
ここに住む人たちが僕の家族となる。
父さんと母さん、お兄さんやお姉さんが数名。ちょっとした大家族だ。
「うちに来ることになったのは、ザイル兄がもうちょっとで家を出るからなのかな?」
少年の一人が尋ねている。
「そうねえ。でもザイルもあなたたちも、もちろんオルだって。
家を出ることがあってもずっとうちの子ですからね」
新しい母さんが答えている。
転生した本来の目的からいえば、将来的に家を出るのは確定してしまってはいる。
世界のゆがみを正すために。
それを為し得る人間の力になるために。
冒険の日々を送ることになるだろう。
だがそれはまだまだ先のこと。
それまではのんびり仲良く過ごせそうないい雰囲気に心が安らぐ。
血の繋がらない仮初の家族だとはいえ。時期が来るまではのんびりと過ごすのは僕に課せられた使命でもある。
この暖かさに甘えさせてもらってもいいだろう。