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#2 誕生

 僕は実を言うとこの世界に来るのは初めてではない。


 それはつい去年の話だった。


 ただ、地球とこの異世界では時間の流れが違うために、こちらの世界ではもう何十年かひょっとしたら百年も前の話になる。


 僕は、一度この異世界に勇者として召喚された経験を持つ。


 そこで、修行をし、力を付けて魔王を倒すという偉業を成し遂げた。


 いわば世界の救世主であった実績を持っている。


 その時は、ジャルペという島国で魔王軍と戦い続けた。


 ある程度この世界の常識や魔物の生態、魔術や魔力の利用法なんていう知識がある。


 召喚と転生は違うけどもあの経験は大きなアドバンテージがあるはずだ。




 しかし、僕をこの世界に送り届けてくれた女性は、口を酸っぱくして語った。


「召喚と転生は勝手が違うからね。

 前とおんなじようにいくとは限らない」


 確かに。


 ある程度の年齢――中学生ではあったが――で、異世界に飛ばされるのと、赤子から始まるのでは、やれること、なにかを行うために掛かる時間に大きな差があるだろう。


 どこに生まれるのかはわからない。どんな家庭なのか? どのように育てられるのか?

 そして時代も変わっているはずだ。

 魔物だって進化しているかもしれない。地方によって分布も違う。


 経験が全て有利に働くとかいう甘い考えでは足元をすくわれかねない。


 油断や驕りは捨てなければならないだろう。


 まずは地道に成長することが重要だ。

 なにせ、手厚く看護を受けていた日本の病院とは違うのだ。


 医学も発達していない世界。魔術で代用はしているけれども、貧しい地方なんかだと病気で死ぬ子供も沢山いるという。魔術も万能ではない。

 

 


 都合よく神様が特殊な能力や神具を与えてくれたというわけでもない。

 転生という形をとっていても、日本には眠り続けている僕の体も残っているという。


 勇者として得た力がそのまま新しい体に引き継がれている可能性も低いという。


 が、全てのリスクを承知で自ら望んだ転生だ。


 気を引き締めて、精一杯やれることをやるしかない。




 生まれる前から、つまり胎内にいる頃から、周囲の会話が聞こえていた。

 勇者として活動したジャルペでの言葉とは違う言語だったが、この世界での公用語ともいえるものが使われていた。それは一応はほとんど理解可能な言語だった。


 多少の方言や表現の違いも、胎内にいる間に覚えてしまった。


 僕が生まれたのは父親と母親の二人暮らしの家庭のようだ。

 場所は、マーソンフィール王国。

 異世界での二大大国のひとつ。


 とはいっても、マーソンフィール王国に関する知識はあまり持ち合わせていない。女王が統べる国でかなり治安のいい国だということは聞いていたが。

 ジャルペという狭い地域だけで活動していた僕にはなじみのない国だ。


 さらに言えば、僕の両親が住んでいるところ、つまりは僕が生まれたのはそんなマーソンフィール王国の辺境だということだった。


 ツラスゴンという名前も聞いたことのない村。


 そこで生まれ、そして一月ひとつきばかりが経った頃。


 この世界での第一番目の難関が待ち受けていた。


 どうやら僕は親から捨てられるらしいのだ。


「はやすぎやしませんか? まだ生まれたばかりで……」


 母親の声だ。


「そうは言っても、今日を逃すと次はいつになるか……。

 母乳の出だって悪いのだろう?」


 父親が宥めるように言う。

 目はまだしっかり見えなくても。自分で移動することはできなくても。

 普段の両親の生活から、ここが貧しい家庭だということはわかる。


 短い会話のあと、僕は母親に抱かれて家から連れ出された。


 冷たい風が顔に当る。


 突然の事態であれば混乱し泣き叫んでいたことだろう。


 命の危険もある。


 が、裏の事情までを、両親の会話で知ってしまっていた僕はわりあい落ち着いて自分の境遇を受け入れていた。


 しばらく歩いて、村の外れに到達した。


 母親がそっと僕を地面に置く。もちろん直接ではない。木箱のようなものに布を敷いて簡易ベッドを作ってはくれている。


「せめて名前くらいは残してやりたいんです」


「まだそんなことを……」


「だって! もしこの子が大きくなったときに……」


「運よく成功して金持ちになっていたらのこのこと顔を見せに行くっていうのか?」


「違う……。そうじゃない……そうじゃないんです……」


 僕の父母が話している。


 ずっと話合われていた会話の内容が思い出される。


 既に僕を捨てることはとっくに決まっているのだ。それこそ生まれる前からだ。


 まさか赤ん坊の僕が、二人の会話の意味を理解しているなんて思っても居なかっただろう。


 とても僕には聞かせられないような内容を二人で話しあっていた。結論から言えば、経済的な理由で僕を育てるのが無理だから捨てるというただそれだけのことなのだけれど。


 貧しい村で暮らす僕の異世界での父母には僕を養うだけの蓄えも稼ぎも無いらしい。

 二人で必死で働いてなんとか生きていけるようなぎりぎりの生活だ。

 とても、赤ん坊の世話をしている余裕なんてないのだという。


 堕胎技術の発達していないこの世界では無理な堕胎は母体の命を損なう危険が伴う。

 ならば正常分娩してから生まれた子を捨てる。酷い話だが、それが習慣的に行われている地域ならば。

 罪の意識は軽いのかも知れない。

 そして幸か不幸か、いや明らかに不幸に寄っているが、僕の生まれた地域では、親が子を捨てるというのは当たり前に行われていることのようだった。


 僕は絶対に両親を恨まないことを強く誓った。命を与えてくれただけでも十分だ。

 その後の生活の道を与えてくれるだけで。


 母親は泣きそうな声で呟く。


「なんにも与えてやれなかったけど。だからこそ。この子にはいろんなものを手に入れて欲しいから……」


 母が添えた一枚の紙片。それが僕に与えられた最後の贈り物となった。

 この世界で『全て』を意味する言葉。

『オル』。

 それが僕に与えられた名だった。


 僕にすべては要らない。僕が欲しいのはほんの小さな力だ。

 世界を調和に導く者の手助けをするための。

 やがてその名は捨てるだろうけど。それまでは、その時までは大事に使わせてもらうことにしようと思う。


 村のはずれから続くさして広くもない街道。その脇に僕は捨てられた。

 拾う人が来るのはわかっている。そういう手続きになっているようなのだ。

 子を捨てる親と、捨てられた子を拾って育てたいものと。需要と供給が成り立っているのだ。

 日本とは違う異世界のことわり


 それを聞いていたから、いざ捨てられるとなっても僕の不安は少なかった。

 数時間もすれば僕は拾われていくことになるのだろう。


「オル……、ごめんね。こんなお母さんで……」


 母親が名残惜しそうに僕を抱きしめながら別れを口にする。


「それくらいにしておかないか。じきに人が来るだろう」


 父親が急かすように言う。

 彼だって本当は僕をずっと手元に置いて育てていきたいはずだ。この一ヵ月、ちゃんと愛情を持って育てられたのは知っている。

 だけど、タイミングの問題からか。今日僕を捨てることは避けて通れない道なのだろう。


 僕はそっと、寝床に寝かされる。

 粗末な木箱に。そして布団代わりの布がかぶせられる。

 それが、僕の命を護るささやかな両親からの心づかい。


 父と母は連れだって去っていく。木箱の淵にさえぎられ、それを見送ることもできない。

 ただ眠ったふりをした。泣きわめくのではなく。穏やかに。

 それが両親に対してのささやかな恩返しでもあった。




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