#1 プロローグ
異世界への転生の術式が完了しようとしていた。
前世での記憶が目まぐるしく回り出す。
「……先生! どうして…………、
なんとかならないんですか!? ……どうして!?」
僕の声だ。叫んでいる。ところどころ声になっていない。
白衣の男が俯く。ただゆっくりと首を振る。
僕の愛する少女、大切な彼女。少女の未来は途絶えかけている。
命を散らそうとしている。
「他の患者さんが待っているから……」
白衣の男はそう言い残し、部屋を後にする。
僕は病室に一人残された。彼女の居なくなった部屋。たった一人の部屋。
どれだけの時間をうなだれて床に座り込んでいただろうか。
やがて僕の肩が何者かに叩かれる。
ゆっくり顔を上げた。そこには見慣れた女性の姿があった。
僕はすがるような表情をしてただろう。泣き続けて顔はくちゃくちゃになっていただろう。もちろん自分で自分の顔は見えない。
だが、酷い顔をしていただろうということはわかる。
しかし、それを気にしている余裕などなかった。
女性の表情を見て悟る。
この女性は何かを僕に与えてくれる。道を示してくれる。
勘違いかもしれない。
だけど……。その予感は僕の中で捨てがたいものとなった。
その女性は言った。僕の目からこぼれ続ける涙になんか構うことないというぶっきらぼうな顔で。
「覚悟はあるかい?」
覚悟?
女性から説明を受けながら様々な思いが巡る。
異世界へと旅立つ覚悟。
自分を捨て、人のために力を、それ以外の全てを使う覚悟。
この世界での生を捨て去る覚悟。
あるいは異世界でも命を捨てる覚悟。
全ては揃っていた。大切な彼女と自分とを秤にかけるのだ。悩むまでもない。
「聞くだけ野暮って顔だね」
女性は言う。
「時間はたっぷりある。というかね、時間をかけなければできないことだ。
命を賭けて焦りを捨てな。それがお前に要求する最後の覚悟だ」
僕は頷いた。
複雑に入り組んだ僕らの世界と異世界と。
その狭間に生きる一人の少女。
少女の命は尽きようとしている。その原因は異世界で生じつつある歪だという。
少女の命を救うためには歪みを正さなければならない。
僕は異世界への転生の道を選ぶ。
自らで世界の歪を正すのではなく。やがて生まれる英雄の助力となるために……。