大悪党、現る!
「まずは私、異国渡りの奇術から。」
そういってどこからともなく取り出した扇を斎はそぅっと開いて見せた。
ゆったりとした動きで真っ白な扇子を体にそって上から下に動かすと、
「おぉ。」
客が思わず声を漏らす。
視線の先にはもう一つ薄紅の扇子が現れていた。
まるで何もないところから掴み取ったかのようだ。
「まだまだ驚くには及びませぬ。次は蝶を舞わしてご覧に入れる。」
言うなり、斎は手をパッと宙に開いた。
ふわり ひらり
真っ白な扇子を仰ぐ上では真っ白な蝶が舞う。
まるで命を与えられ、花を探し求めるように…
「さてさて、この蝶には番いがござる。」
パッ
もう一匹、蝶が寄り添う。
ひらりと舞わせたところで斎はぱっとさっき掴み取った薄紅の扇子を開いた。
バッ…
二匹の蝶が紙吹雪となって散った。
残念そうに散りゆくのを見ていた小さな女の子に斎は話しかける。
「おや、悲しんでる暇はない。
上を見上げてごらんなさい?」
女の子が見上げて驚いた顔をした。
「うわぁ、上に人がいる!」
「これが、綱の上を軽々歩く、蜘蛛舞でござい!」
木と木の間に、ピンと張られた綱の上。
そこに立っていた桔花に観衆はどよめいた。
桔花は足袋を履いた足でしっかと綱を掴み、しかし危なげなく綱の上を歩いている。
張り詰めた空気の中、綱の真ん中でそろりと立ち止まった。
それはまるで空中に浮いているようにも見える。
と、真下にいた斎が再び扇子を開いた。
開いた扇子の裏に隠れていた手の中に降って湧いたか、小さな番傘が現れた。
斎はそれを無造作に真上に放り投げた。
それを桔花は危なげなく掴み、開いて見せた。
真っ白な地に、薄紅の花びらが舞い散る模様。桔花は笑顔でそれをくるりと回して見せた。
青空を背に白の対比がよく映える。
その光景に場がわっ、と湧いた。
「さてさて、お次は少し危ないかもしれません。」
少し離れさせてから斎も端に寄った。
それをみて桔花も綱の端に寄る。
「お次の技は品玉でございます。」
視線にびくびくしながら出てきたのは柊だ。
彼が懐から取り出したのは幾つかの玉と小刀だ。
しかも全てすでに抜き身である。
彼はそれを次々に投げ出した。
空高く、渡された綱に掠りそうなほどに高く投げ上げ…しかし戻ってくる時には危なげなく掴む。
刃物であるという危険さと、少年の険しい顔に(緊張のあまり強張っているだけ)皆、片時も目を離せない。
単調に投げていた柊は、不意に玉を客の方へ放った。
突然の事に驚いた男が、しかし掴もうとすると目の前に黒い影が横切った。
「うわぁっ…!」
尻餅をついて目を見開く男に斎は苦笑いした。
「驚かせて申し訳ない。彼も一座の仲間でございます故…。」
男の目の前で玉を咥えたのは黒い犬だった。
どこか得意げに男をみやると少年に近寄って行く。
ザクッ、ザクッ…
少年は一つ一つ、小刀を投げて行き木の幹にあて、最後に球を投げた。
犬が余裕で咥える。
少年の技量に、一層場が沸き立つ。
それを抑えるように斎は声を大きくした。
「最後にお見せいたしますは、絶世の美女、傾城に勝るとも劣らない日野。彼女の舞でございます。」
斎がそう言って端による。
しずしずと日野が出てきた途端。
誰しもが、声を飲んだ。
それほどに、日野に目を奪われたからだ。
中性的な彼女は凛々しくも、どこか儚いような矛盾した魅力があった。
誰もが見つめる中、扇子を開いた。
ゆるやかに、たおやかに
なめらかに、滑るように
静かに力強く舞うその姿にそこにいた誰もがその空気に飲まれた。
ふっ…と舞が終わった瞬間、どっと止まっていた時間が一気に戻ってきたように誰もが感じた。
今までにない歓声が上がった。
それぞれ思い思いの銭を、戻ってゆく日野を引き止めるかのように彼女の背中に投げてゆく。
口々に感想をいいながら帰ってゆく村人達をにこやかに見送っていた斎は、銭集めを子供達に任せることにして、自分は裏手に回った。
近くに、芸をすることを宿代に借りた小さな小屋がある。
斎はそのがたついた戸を引いた。
中には先に戻ってきていた日野が静かに座っている。
斎は日野に声を掛けた。
「もう大体客は帰った。」
その斎の一言に日野はピクリと肩を動かし…
「あっちー!」
と叫んだ。
その声は…先程舞を見ていたものなら思わず耳を疑うほどに低い。
そしてもっと驚くべきことに、日野は自らの手を着物に差し入れると容赦無くガッとかきひらいた。
普通なら赤くなって目を逸らしそうなモノだが斎は面白そうにその様子を見ていた。
別に斎が好色である、ということではない。
「はしたないぞ、日野。」
にやりと斎が笑った目の前に晒し出されたのはふくよかな膨らみではなく硬い胸板。
「うっせぇ、女物はやたら蒸れるんだよ。
それと舞台以外でその名前、使うんじゃねぇ。」
そう言って、彼は不敵に笑った。
「俺は天下の大悪党団、曉の頭、伽來サマだぞ?」