序章
葬島
2009/03/11
小説家は走っていた。
ひたすらに走り続けていた。
ここが絶海の孤島であることや逃げているのが自分独りであることから考えても、このまま逃げ切れる可能性はごくわずかだった。
しかしそれでも小説家は逃げ続けなければならなかった。
家にいる家族のためにも。己(おのれ)の正義感のためにも。
すべてが不可避な、絶対的な運命だとしても“奴ら”の意に従い、自分の信念を捻じ曲げてしまってはこれから先、平穏無事に生きていられるか――。
『おい、いたぞ!』
『茂みよ! そこにいたわ!』
男女数名の追っ手が見える。知らなかったのは自分だけなのか?
それとも他の人は、従ったのか?
駄目だ駄目だ。人のことなんて考えている場合じゃない。今はどうにかして逃げださなければ――。
「船着場までもうすぐだと言うのに、くそっ・・・・・・」
多勢に無勢――それどころか、完全にアウェイだが――、隠れたとしてもその場だけしのげるだけで結局、何も変わらないだろう。たとえ、武器を持って立ち向かったとしてもそれも返り討ちにあうのが関の山だ。
それに今更、投降したところで、“あいつら”は「仕方ない」などと言って許すほど寛容ではないだろう。待っているのは『生きたまま死ぬ』かもしくは、『言葉通りの死』だろうな。
そうなると、残っている手は――――。
小説家は、海を見つめる。
そして、一言、すまないと詫びる――――。