【短編小説】動物実験
研究員たちは感情を失ったロボットのごとく、淡々と、動物たちに物質を点眼していく。
『責任感を持って仕事に挑むというのは大変素晴らしい志である。命を無駄にしない計画的な実験も、法令遵守もおおいにけっこう。人間として心優しくあることも。だが、このセンターで働くうえでは、必要以上の慈悲は殺さなければならない』
ここは民間の動物実験センター。このセンターでは、病気の解明や新薬開発という名目のもと、日々実験が行われている。
『これは、人類発展のために必要な犠牲なのだよ』
しかし、その実態は誉められたものではない。違法な動物実験と報告の数々。近年コンピュータ実験も増加する中、このセンターではいまだに多くの動物たちが道具のように扱われていた。
ある朝のことである。研究員を玄関で出迎えたのは、平凡な段ボール箱だった。ガムテープで頑丈に留められた、中くらいの大きさの段ボール箱。
『宅配か』
ところが、送り主の情報は記載されていない。宅配のラベルがないとなると、内容物も分からない。
研究員が恐る恐る箱を持ち上げると、中には生き物が入っていたようで、カサカサと這いずり回るような音が聞こえた。
『うわぁ!なんだこれは』
投げ捨てられた箱は、逃げろと言わんばかりにバンバンと激しく揺れている。
続いてやってきた別の研究員は、躊躇することなく箱を持ち上げ、軽く横に振った。
『捨て犬か?誰かが置いていったのか』
『いや。この動きと重さ、犬ではない。開けてみよう』
厳重に巻きつけられたガムテープを力ずくで剥がし、蓋を開けると、段ボールの中に入っていたのは1羽のウサギ、そして2本のニンジンだった。
ふたりの研究員は、すぐさま贈り物について報告をあげた。するとウサギを見たボスは、不思議がるどころか瞳に炎を灯し、声を振るわせた。
『…おぉ!なんて美しいウサギだ…。これはきっと、我々の会社を支持する誰かが寄付してくれたのだ!支援に恥じぬよう、社会への貢献のためさらなる技術向上に努めなければ!!』
贈り物は連日にわたり届けられた。しかし、毎日ではなかった。
中身は必ずウサギかニンジン。またはその両方。なぜか、ニンジンだけが届けられる時もあった。
2回目は3本のニンジン。3回目と4回目は1羽のウサギと1本のニンジン。5回目は2羽のウサギ。
送り主の気分なのか、数量に決まりはないようだった。
6回目には2羽のウサギと2本のニンジンが届けられた。
いつものように箱を開けた研究員Aは、あることに気づき、同僚に相談した。
『このウサギたち、腹は減らないのだろうか』
『なぜだ?』
『毎回、ニンジンがひとくちも齧られていないんだ』
『満腹の状態で送られているんだろう。見るからに毛並みもいいし、目ヤニひとつ付いてない。大事に育てられていた証拠だ。なぜ我々に渡すのか不思議なくらいだな』
まだ別の日には、送られてくる日時に規則があることが判明した。
箱は毎月、第2水曜日と第4水曜日に届けられ、祝日の場合には次の日の木曜日に届けられる。
『気分で不規則的に送ってきているのだと思っていたが、違ったようだ。そうすると、この中身にも何か意味があるのだろうか…』
箱を見つめていた研究員Cは、何かを閃いたようにハッとした。
『これはまさか、誰かからのメッセージか……』
『メッセージ?ウサギとニンジンでどうやって』
『……例えば…モールス信号…とか』
Cの発言に、周りにいた研究員たちも続々と集まってきた。
『これがどうしてモールス信号だというのか』
『短点がウサギで、長点がニンジンとしよう』
『するとどうなる…?』
『1回目がK、2回目がO、3回目4回目がN、5回目がI、6回目がCだ』
『KONNIC……こんに…』
『これがメッセージだと?さっぱり意味が分からん』
『やっぱり送り主の気分だろう』
『なんだ。面白いことが始まるかと思ったのに』
謎は解明されず、勝手に期待を膨らませていた数人の研究員は肩を落とした。
『さぁ、無駄なことを考えている暇があったら手を動かそう』
誰かの呼びかけで、箱を取り囲んでいた研究員たちは元の場所へ戻り、それぞれの実験に勤しんだのだった。
その頃。
雲の上の、さらに上。銀河を横断する宇宙船の中では、ある実験の報告会が行われていた。
『進捗はいかほどだ』
『はい。現在、贈り物が我々からのメッセージであるというところまでは近づいています。贈り続けて3ヶ月、これまでの対象と比較すると、中々に早い方かと。ニンジンを食べないことにも勘づいていましたが、さすがにロボットだということまでは気づいていないようです』
『ほぅ、3ヶ月か。知能は高そうだな』
『はい。しかし問題がひとつ。ウサギが送られてくることに関しては、ボランティアだと思い込んでいるようで』
『はっはっはっ!少し平和ボケしているくらいが扱いやすくて丁度いい。よし、このまま実験を続けてくれ。頃合いをみて狩りを始めよう。彼らには私たちのために戦う、優秀な兵士になってもらわなければな』




