08 無敵×2
こんな状況で当然家に帰れるはずもなく……夜は役場に泊まった。
備蓄物資の布団や寝袋は、避難してきた人たちに配ってるので、俺達職員は、ソファや倒せる椅子を使って眠った。必要に応じて毛布とか使って。
モンスターの夜襲を警戒して、一部の職員は交代で夜の番をしてくれていたが……俺達は昼間めっちゃ働いたからってことで、それは免除してもらって、ぐっすり一晩全部眠ることができた。
ベッドで寝た時に比べれば、疲労が残る感じがあるが……贅沢は言えない。非常時だからな。
そして朝起きると、何やら役場の入り口付近が騒がしい。
しかし、戦闘は起こっていない。モンスターが攻めて来たってわけじゃなさそうだった。
何かと思って見に行くと、どうやら朝一番で役場に避難してきた人達がいて、その受け入れの真っ最中のようだった。どこの誰とか、人数確認とか、色々やることあるからな。
そして、その中になんと……
「……あ、いたいた! 響平!」
「麻里奈!?」
そう、避難してきた人の中に、麻里奈がいたのだ。
聞き取りを行っている職員への応対をしていたが、こっちに気づいて手を振ってきた。
よく見れば、一緒に避難してきた人達の中にも、見覚えのある人が何人も……麻里奈んちの家族が全員そろってるな。よかった、全員無事だったわけか。
そのまま、俺も一緒になって話を聞いたんだが……どうやら麻里奈は、昨日の午後、モンスターパニックが始まって以降、家族と一緒にずっと地域の避難所に隠れていたらしい。
俺達と同じように、それ系の映画とかで見たやり方で、近所の商店とかから物資を失敬して、ひとまず一晩立てこもり……明け方になってから、皆で急いでここに避難して来たそうだ。このまま家に引きこもっていても状況はよくならないし、役場にならもしかしたら、避難所ができてるかもしれないと踏んで。
その予想が幸いにも当たった形である。潤沢……とは言えないが、ここなら物資もあるし、ある程度安全な場所と言っていいだろう。
一応移動には車を使ったようだが、眠れない一晩だったようだし、ここに来るまでも精神を擦り減らず時間が続いただろう。ひとまず、ゆっくり休んでもらうべく、避難民たちを集めている部屋に案内することにした。
ただ……麻里奈には1つ、確認しておかなきゃならないことがある。
それをこっちから聞くつもりだったんだが、麻里奈は家族達を避難スペースに先に行かせて、自分は俺の方に歩いてきた。何やら話したいことがあるそうだが……内容に予想がつく。
多分、俺と同じことを考えて……というか、俺が利きたがっていることを、彼女は伝えたがっているのだと思う。
「……あのさ、響平。ちょっと話があるの。ここに来るまで、主に私があの怪物達と戦ってたんだけど、その時に気づいたことがあって……」
「モンスターの攻撃が効かなかったんだろ? お前にだけ、な」
「! 気づいてたか……っていうか、あんたも?」
「ああ」
「やっぱりか……原因、コレだよね?」
言いながら麻里奈は、自分の耳の裏をとんとん、と指で叩いて示す。
そこには、何もない。普通の地の肌があるだけ。そこにあるべき『ゴスペルギア』は、ない。
麻里奈は、俺と同じで『ARD』の体質だ。デバイスによる補助なしには、ARの、データだけの存在を感知することもできないし、感知できたとしても、そういった存在への干渉が著しく制限されてしまう。
しかし、それにより……データで体が構築されたモンスター達の攻撃を一切受けない。
すなわち、無敵。
ここ、六川町役場に……俺に次いで2人目の、モンスター達相手に一方的に無双できる、無敵の戦闘要員(に、なりうる者)が参入した瞬間だった。
☆☆☆
昨日とやることは変わらない。
今日も俺達は、物資の回収と『安全なルート』の構築のため、モンスターを倒しながらあちこちを回っていく。今日は午前中から、昼休憩を挟んで1日がかりで、な。
そして、その探索メンバーに……麻里奈が加わっている。代わりに、昨日運搬役を担当してくれた職員が1人抜けて、その代わりに入った形だ。
なお、真田もそのまま残っているが……昨日と違い、運搬要員をメインの役割にし、護衛の役目はウエイトを麻里奈により重く移している。適材適所、ってことだな。
麻里奈が『ARD』であることは、役場の人間ならほとんどみんな知っていることだ。そして、ARDである俺が、モンスター相手に無敵だってことで、麻里奈も同じように無敵だということはすぐに予想できた。
というか、麻里奈の口から実際にそうだった旨をすぐに聞けた。ゴブリンのナイフもコボルドの剣も、何も効かなかったそうだ。
ゆえに、総務課長から頼み込む形で、麻里奈にも俺達『物資回収チーム』に参加してもらうことになったわけだ。
そしてそれを、麻里奈は快諾した。これから避難所で家族がお世話になるわけだから、その助けになるならぜひやりたいと。
そうして麻里奈を迎え、4人中2人が無敵の戦闘要員という形で、今日も回収作業がスタート。
もちろん、寝ている間に充電しておいた、サングラス型デバイスもきちんとつけて、な。これがないと、倒すべきモンスターも何も見えんし。
で、出撃してみた感想だが……やっぱり、俺以外にも切り込み要員がいると、楽でいいな。
出てくるモンスターのうち、半分を麻里奈が受け持ってくれるので、早く終わる。戦闘が早く終わるし、2人で戦えば守れる範囲も広いから、抜かれて車に突撃されることもほぼない。
それに加えて……麻里奈が使ってる武器が弓矢なんだが、そのおかげで、まだモンスターが遠くにいるうちから攻撃できる。最初の1発は不意打ちとかで、先制攻撃で1匹倒してしまえることもあった。
俺達と接敵する頃には2~3匹減ってたりして。いや、ホント楽でいいわ。
「にしても……見れば見るほど、ホントにゲームみたいな世界になっちゃってるのね」
何度目かの戦闘……というか、一方的な駆除作業を終えたところで、麻里奈が言った。
「そこらじゅうモンスターだらけな上、こっちはこんな原始的な武器使って戦わなきゃならねー状況だからな。……昨日まではお前、どうしてたんだ?」
「家の周りのモンスターを追っ払うのに必死で、よく回りを見てる余裕なかった。ARDじゃなかったら開始5分で死んでたよ。ゴブリンとかナイフグサグサ刺してくるしさ」
苦笑しながら、中々笑えないことを言う幼馴染。シャレになってないセリフを聞いて、俺の頬に冷や汗が伝う。……ARDでなければ本当にそうなっていたんだろうとわかってしまうがゆえに、何と返したらいいもんか……困る。
「しかも、データ武器の法則知らなかったから、弟が昔使ってた野球のバット振り回して戦って、でも全然死んでくれなくて……まあ、塵も積もれば山となるの要領で、1時間近くかけて、襲って来てたゴブリン達、全員倒すか追っ払ったよ」
「根性、っていうか根気あるな……」
一時間もよく体力と気力が保ったな……。しかも、質量のある武器を振り回しながら。
まあ、自分が使えるデータ武器がなければ、最悪そうするしかないんだろうが……
「俺の時はモンスター同士のフレンドリーファイアとか利用したり、ゴブリン掴んで持ち上げて投げつけて武器にしたりしたっけな」
「あーなるほど、その手があったか……昨日のうちに思いついとけば、もうちょっと楽だった……なっ!」
言いながら麻里奈は、キリキリと音を立てて弓を弾き……手を放し、矢を射る。
放った矢は空気を切り裂いて飛んでいき、ゴブリンの眉間に突き立って、一撃で絶命させた。砕け散って消えるゴブリン。
弓矢の攻撃力は、ナイフよりもだいぶ上のようだ。今のところ、ほぼ全ての敵を一撃で倒してるし、多くとも2発で倒せてる。
その、倒した敵の一部が矢を落としてくれる――しかも『矢×5』とか『矢×10』とか、複数本を一気に落とす――ので、収支はむしろ黒字である。
「しかし……麻里奈、上手いな弓矢使うの。弓道とかやってたことあるっけか?」
「いや、ないけど、何処に飛んでいくかわかるから、まあ落ち着いて打てば当たるよ。幸い私、敵の攻撃が効かない無敵体質だからね」
「被弾を気にせず射撃または狙撃ができるスナイパーやガンナーってだいぶ反則な気がしてくるな……っていうか、何処に飛んでいくかわかるってすごくね? 経験もなしにそれって天才じゃん」
「……? あ、もしかして響平、知らないの? 弓、矢をつがえて構えると、レーザーサイトみたいに矢の飛んでく軌道があらかじめ見えるんだよ」
「え、マジで!?」
「マジマジ。一回持ってみ」
言われた通り、試しに麻里奈の弓を貸してもらって、矢をつがえて構えてみると……ホントだ。今、手を離すと矢がどんなふうに飛んでいくか、赤いレーザーみたいなラインで教えてくれるわ。
これならそりゃ、その通りに打てば当たるわ。ますますゲームみたいだ。
弓、回収して持ってきたのは俺だけど、試し撃ちとかはしてなかったから知らんかった。
だがこれなら、残りの弓を置いてきた、役場の防衛担当の連中も、もしモンスターが襲ってきても、ローリスクで撃退できるだろう。いい武器が手に入ったもんだ。……もっと欲しいな。
ただ注意点として、(俺以外の)接近戦担当と遠距離戦担当が組む場合は、フレンドリーファイアに気をつけなきゃならんが。ゴブリンを一撃で仕留めるレベルのダメージだ、人間が食らったら……相当痛いぞ、この矢。
なんてことを考えていた……その時だった。
敵はあらかた倒したし、アイテムも回収した。さあ車に戻ろう、と歩き出した俺達の前に……横道からのっそりと進み出て出てくる、謎の大きな影が目に入った。
「「「…………っ!?」」」
自分がデータモンスターに対して無敵だとわかっている俺達でも、息をのんで身をこわばらせてしまうような……それだけの威圧感を持つ存在が、そこに居た。
現れたのは、巨大な熊のようなモンスターだった。
四つ足で歩いてくる、その状態でも俺や麻里奈の身長くらいの大きさがあるんだから、そのサイズが並大抵のもんじゃないとわかる。
2本足で立ち上がったら、確実に3mは超えてくる大きさだろう。
データだけの存在だとわかっていても、その凶悪な風貌や鋭い爪と牙、ギラギラと凶悪な光を放つ目、見た目相応かそれ以上の腕力を発揮する前足……どれをとっても、人間には到底勝てない、レベルの違う生物だってことがわかってしまう見た目をしていた。
……北海道とかで、ヒグマに出くわした登山者って、こんな感じで絶望するのかもな。
その熊の方も、じろり、とこっちをにらんできていて……はい、気づかれました。
普通のクマなら、背を向けていきなり逃げたりでもしなければ、追ってくることはないかもしれない。熊って本来は臆病で慎重な生き物で、よくわからない脅威を避ける習性があるから。
しかし、人類の時として定義されて作られ、そして配置されている『モンスター』は、そんな殊勝な性質は持ってくれていなかったようだ。完全にこっちをロックオンして、近寄ってくる。
あのサイズはやばいな……攻撃の流れ弾でも、くらったら車がオシャカになりかねん。
「麻里奈。行くぞ」
「了解。車からなるべく離れよう。真田さん、車はよろしくね」
「お。おう……で、でも大丈夫なのかお前ら!? あ、あんなやばそうな怪物……明らかにゴブリンとか雑魚モンスターと格が違う奴だぞ!?」
「俺達は大丈夫だよ。無敵だから。むしろ心配なのはそっちだって」
「そうそう。今言った通り、一応離れたところで戦うつもりだけど……いざとなったら逃げてね。そうなってもしはぐれちゃったら……どうしようか?」
「次の物資回収予定の店まで、徒歩でも5分かからないくらいだろ。そこで会おう。……このデカブツぶっ倒した後でな」
そう言って俺は走り出し、自分から巨大熊に向かって走っていく。さっき言った通り、これ以上あいつを車に近づけさせないために。
麻里奈も後ろからついてきてくれるのを、足音で確認しながら……すぐに熊と俺は、互いが互いを攻撃できる位置にまで来た。
―――グオォォォオォォッ!!
向かってくる俺を敵として認識したんだろう、口を開けて牙を見せ、咆哮する大熊。
間合いに入るや否や、四つ足のまま、前足の片方を横合いからフックのようにぶおん、と振るって攻撃して来る。俺の頭目掛けて。
前に聞いた話だと、ヒグマの腕力って、ライオンの首の骨を一撃で折って即死させられるレベルなんだとか。そんな話もうなずけてしまうほどの迫力で、丸太のように太い腕が振るわれた。
……まあ効かないわけだが。
びっくりはしてしまうものの、効かない攻撃を警戒したり怖がる理由もない。サイズが違うだけで、今まで戦ってきたモンスターと同じ。やることは変わらない。
熊の鼻っ面に向けて、手に持った棍棒を思い切り振り下ろす。クリーンヒットしたが……
(怯まねえ、か)
昨日、ゴブリンキングを相手にちまちまナイフで戦ってた時にも見た反応。
怯ませるにはダメージが小さすぎるんだろう。顔面に鈍器が直撃したっていうのに、ゆらぎ1つ見せずにそのまま噛みついてきた。
迫力ありすぎてさすがにビビった。思わず身構えて目をつぶってしまうくらいには。
当然その噛みつきも、俺には当たらず……効かずに空を切るにとどまったわけだが、マジでこいついちいち怖えーな。攻撃動作1つ1つに萎縮みたいなデバフついてるみたいだわ……効かないってわかっててもこっちが怯まされる。
デカくて怖い見た目の肉食獣だ。本能的にやばいって思っちまうだろうそりゃ。
とはいえ効かないことに変わりはないので、そのままインファイト継続。ゼロ距離で敵の攻撃にさらされつつも、ひっかきも噛みつきも無視してひたすら顔面を殴る。
殴っているとダメージエフェクトの赤い光は出るし、数回に1回程度は怯んでくれるので、効いていないわけじゃないことはわかるが……
―――ヒュン、ドスッ!!
「グゥアァァアアァッ!?」
「おっ!?」
その時、横合いから放たれた麻里奈の矢が、熊の目に突き刺さり……絶叫して大きく怯む。
反応の大きさや、ダメージエフェクトがクリティカルのそれだったことからも、今日一番のダメージになったことは間違いなかった。
加えてその直後、さらに放った矢が、絶叫していた口の中にヒット。これもクリティカル。
眼球と口の中が弱点かこいつ……鈍器で狙うの無理だろ。俺の武器、そもそもこいつに相性悪かったのか。
視界の端で『よしっ!』って感じでガッツポーズをとっていた麻里奈だが……どうやら今の大ダメージ×2で、ヘイトがそっちに向いてしまったらしい。
怯みから回復した熊が、今度は麻里奈目掛けて突撃しだしてしまった。
「まずっ……くはないか」
「いやそうだけど、ちょっとは心配してほしいんだけど!? 怖いってコレが突っ込んでくるのは!」
「それは俺もよく知ってるよ」
今まで目の前で暴れてるコイツとインファイトしてたんだから。迫力やばいよな。
しかしそれでも、俺と同様『ARD』である麻里奈には効かない。
『うひゃあ…』って感じの顔になってる彼女目掛けて腕で薙ぎ払う熊だが、その攻撃はむなしく空を切るにとどまっており……逆に、外しようのない至近距離で、淡々と麻里奈が顔面を射抜き続けている。
遠距離武器のはずの弓矢を、構えた時に矢じりがそのまま刺さるんじゃないかっていうゼロ距離でドスドス放って撃ってる……っていうか刺してるのは、なんかシュールな絵面だった。
あ、今試しに矢を射ずに直接ぶっ刺した。でもダメージ大したことなかったから元通り射る方に戻った。
あと、1つ面白いことが起こってることに気づいた。
さっき熊を大きく怯ませた、目に当たった矢。アレが……消えずに残ってるのだ。
さっきまで、俺がバカスカ殴っていた間も、麻里奈は矢を放ってくれてたんだが……そうして放たれて、熊の体に刺さった矢は、刺さった後すぐに消えてしまっていた。
グラフィック上、攻撃の痕跡がいつまでも残ってても邪魔だからだろう。
しかし、目にクリーンヒットして潰した矢は、あらかじめそういうグラフィック効果が用意されていたかのように残ったまま。
しかも、その潰れた方の目は見えていないようで、麻里奈がそっちに移動すると熊が彼女を見失ってきょろきょろするのだ。作りが細かいな……。
恐らく、本来であれば、こういう仕様を利用して戦術的に立ち回り、ダメージを極力抑えたうえで戦うべき敵なんだろう、この熊は。
こんな仕様が用意されてる当たり、ゴブリンキングやコボルトジェネラルと同じ、いやそれ以上の扱いの上位個体、ないしボス個体だと見た。
……まあでも、そもそも攻撃効かない俺達にはあんまり関係ないので……無粋だとは思いつつ、最短距離でさっさと仕留めにかからせてもらうけども。
そのまま数分、殴り続けて貫き続けて……ようやく、熊の膨大な体力を削りきることができた。
途中で武器の耐久限界がきそうになって、砥石(耐久地回復アイテム)を使って回復しつつさらに攻撃し続けて、やっと倒せた……マジで強かったなコイツ。タフ的な意味で。
しかしどうやら、苦労した分のリターンはあったようだ。
砕け散って消滅した熊の体。その後に残されていたドロップアイテムを見れば、それがわかった。
恐らくはあの熊のもの……という設定なのであろう、爪や牙。それに毛皮。
爪や毛皮は、昨日も戦った動物系のモンスターのドロップ品としてもいくつか手に入っていた。単体で使えるものじゃなさそうだし、恐らくこれらは……『素材』なんじゃねえかと思う。武器やアイテムを作ったり、強化したりするシステムって、だいたいのゲームにある……特に、ハンティング系やクラフト系にはお決まりのものだしな。
どういう形で生かせるのかは、まだわからんが……集めておいて損はない、と思う。
素材以外にも、ポーションや通貨などがたくさん落ちていた。それらは全て回収したわけだが……最後に残ったものが、おそらく一番の目玉だと思う。
「防具? いや、武器かこれ?」
「手甲に見えるけど……なんかトゲトゲしてて、触ったら怪我しそうな見た目だね」
落ちていたのは、明らかにすごそうな見た目の手甲だった。
ゴブリンキングの時の『棍棒』や、コボルトロードの時の『タルワール』と同じで、ボスの討伐報酬の武器だと思うんだが……別にモンスターが使ってなかった武器もドロップするのな。
手甲なら防具じゃないのか、と思う人もいるかもだが、どう見てもそうは思えない。
今麻里奈が言っていたように、この手甲、やたらトゲトゲしていて……コレをつけて相手をぶん殴って怪我をさせる目的でデザインされただろ、って見た目をしてるのだ。
いや、『殴ったら』だけじゃなくて……相手が素手だったり、動物だったりすれば、ガードした時でも棘が刺さって反撃できそうな見た目してるぞ。手首や腕のガード部分にも棘がついてるもの。
加えて、指の先も尖ってて……いや、これは棘っていうより爪だな。ひっかいて斬撃による攻撃もできるようになってるのか?
色々な意味で自己主張の激しい、しかしだからこそ『やばそうな武器』だとわかるこの手甲……アイコンを選択して見てみると、
【タイラントクロー】
攻撃力:350
耐久値:500
備考 :装備すると防御力が下がる
マジでヤベーの来た。
今俺が使ってる棍棒と比べて、攻撃力7倍なんだが……こんなもん落とすってことは、あの熊、ひょっとして結構な大ボスポジションの敵だったんじゃないか? ゲームで言えば、冒険も進んで中盤になってようやく戦えるようになる感じの。
ただ、ちょっと気になる文言も書いてあるな。
今までの武器その他の説明欄にはなかった『備考』の欄。そこに書いてある、『防御力が下がる』という説明文。
……まあ、これもゲームでは定番だろう。何か優れた能力がある代わりに、別な能力にデバフがかかっているような武器や防具は、ほぼどのゲームにもあると言っていい。
この手甲は、防御を捨てて攻撃を取るタイプの人向けの装備なんだな。
……しかし、このデスゲーム的な世界、というか状況で、『防御力ダウン』って一体何を意味してるんだろうか?
そもそもの話、『防御力』って何だ? ゲーム的に言うなら、そのまんま、キャラクターやモンスターの『守りの堅さ』を意味する単語なわけだが……リアルの人間である俺達の『防御力』とは?
そもそも、防御力なんて概念を意識する場面はなかった。敵モンスターの攻撃を食らえば、問答無用で激痛からの行動不能、わるければそのままショック死だったからな。
……ひょっとして、人間サイドにも何らかの方法で防御力を発生させる、ないし、上げる方法があるのか?
防御力を上げると、モンスターの攻撃で受ける痛みがマシになったりするのか?
……考えが浅かったか。『モンスターの攻撃は受けたらヤバい』という点だけが印象として大きくて、『受けても大丈夫にするにはどうすればいいか』って視点を最初から放棄しちまってた。
でも、そういう選択肢や可能性に行きつくヒントみたいなものも全然なかったしな……ゲームでは当たり前の概念だとはいえ、『攻撃力があるんだから防御力も!』なんて考えるのは難しかったと思う。
(今まだ使い道を見いだせてない『素材』……こいつらの活用法も、もしかしたら……)
まだまだ、知らなきゃいけないこと、調べなきゃいけないことは多そうだ。
「全く……このタチの悪いデスゲームの説明書か何か、どこかに転がってないもんかね……」
「あってもあんた読まないでしょ。読むの面倒だから、いつもゲームとか、『とりあえずプレイしてみようぜ』ってパターンだったじゃない」
「さすがにこの状況で説明書嫌い云々言わねーよ……というかそんなもんがもしあったら、総務課長とかにも見てもらって、今後の方針決定や指示出しの参考にしてもらうべきだが……」
「デスゲームにそんな親切なもん用意されてるはずもないわよね……誰がこんなこと始めたんだか知らないけどさ」
「……本当にな」
『タイラントクロー』を含むすべてのドロップ品を回収しつつ、ふとそんなことを考えてしまった、俺と麻里奈。
本当に……一体、どこの誰が何の目的で、こんな、世界全てを巻き込むような無差別テロをやりやがったんだか……
ネットを見張って情報を漁ってくれている企画課の連中からは、随時、拾えた情報が『対策本部』に報告されている。
少しずつ、色々な情報は集まりつつあるらしいが……この異常事態がどうして起こったのか、どうすれば解決するのか、いつ終わるのか……そのあたりの情報はほぼゼロだそうだ。
ゴスペルギアのコアシステムは、世界のどこにあるか、どんな風に管理や警備がされているのかなど、ほとんど全ての情報が秘匿されていて、一般には知られていない。調べることもできない。
悪意を持ってそれに干渉しようとする者達の手から、『超情報化社会』の根幹を支えるシステムを守るために、国連やその他、国際的な組織が、相互監視を含むあらゆる方法で守っている……とか言われているが、詳細は明らかにされていないのだ。
それを突き止め、何重にも用意されているであろうセキュリティを突破し、世界全てを巻き込んだサイバーテロを決行した……こんなことをができた犯人は、一体何者なんだろうか。
そして、この状態が解消される日は来るんだろうか。
昨日までに手に入った情報だと……いや、この言い方は正しくないな。ろくな情報は手に入らなかったらしいから。
確実性・信頼性に欠くものばかりで、どこどこの国がサイバー攻撃チームを用いてやったとか、宗教系の国際テロ組織がやったとか、陰謀論じみたものまでとっ散らかって転がっている。とても答えにつながりそうなものを見つけるのは無理そう……という状況だそうだ。
ひとまずネット情報収集チームには、引き続き、今役に立ちそうな情報を優先して集めてもらうのがよさそうだ……って総務課長が言ってた。今朝。
「おーい響平! ほら、速く乗って、行くよ次の目的地!」
「あ、すまん」
考え事してて足が止まってたらしい。
もうすでに車に乗り込んでいる麻里奈に催促され、俺もあわてて、走って車に戻った。




