05 モンスター
ふと通知を見たら、拙作がSF・パニック部門で日間1位になってました! 見間違いかと思って二度見しましたがマジでした。超うれしいです!
これを励みに一層頑張ります! というわけで更新します。どうぞ。
(何なのこれ……!? 一体、一体何が起こってるの!?)
同じ頃……別な場所にて。
石栗明日美は、突如として町中に出現し、暴れ始めた『モンスター』達から逃れるため、物陰に身を隠して震えていた。
業務の都合で外回りに出ていた彼女は、その帰り道にこの騒動に遭遇してしまった。
突如現れた謎の『モンスター』の群れ。
それらに襲われ、全く演技には見えない断末魔を上げて倒れる人々。
明らかな異常事態。
最初は彼女は、タチの悪い違法アプリケーションによるバカ騒ぎかと思い、警察に通報すべきか考えた。しかし、その答えが出る前に、怒号や悲鳴が聞こえ始めて、人が倒れ始めた。
それを見てとっさに『ただ事じゃない』と判断し、物陰に隠れた。
「何なのこれ……あんなの、あんな怪物、現実にいるわけが……ARのゲームキャラだよね? なら、一時的にゴスペルギアをオフにすれば……!? で、できない!? 何で!?」
恐ろしい怪物達をひとまず視界から消そうと、ゴスペルギアを一時的にオフにしようとする石栗だったが……その操作を、彼女のゴスペルギアは受け付けなかった。
最低限のアプリケーションを除いて、AR機能をオフにする……という操作そのものが、なぜかできない。
ますます困惑する彼女の目の前で、さらなる異常事態が起こり始める。
ふと見た先にいた、大きな獣……熊と狼を足して二で割ったような外見の怪物。
道路の真ん中をのっしのっしと歩いていたその怪物を避けるように、一台の車がそこを走り抜けて逃げようとしていた。
しかし、逃げようとしたその車に、すれ違いざまにその怪物は巨大な腕を振るい……鋭い爪が、その車のエンジン部分に直撃した。
その瞬間、車は……ボンネットには傷一つついていなかったが、変な音を響かせて動かなくなり……そのまま道路の真ん中で、立往生するかのように停止してしまった。
「……え? 何で……?」
運転席に座っている中年男性が、焦った様子で何度もエンジンをかけ直そうとしているが、一向に復活しない。
数秒後、運転手は車を諦め、運転席から降りて自分の足で逃げ始めた。
しかし、その時にはすでに、その獣がそこまで迫ってきており……車から降りた男性はあっという間に追いつかれ、その剛腕の薙ぎ払いが直撃し……耳を覆いたくなるような断末魔の声と共に倒れこんで、動かなくなってしまった。
一部始終を見ていた彼女は、恐怖するとともに困惑していた。
「どうして……何で、自動車まで、ARの怪物の攻撃で止まっちゃったの……?」
改めて見てみても、車のボンネット……怪物の爪が直撃したはずのところには、破損はない。
あの怪物は、あきらかにARによって投影されている、データだけの、『見えている』だけの存在……言ってみれば、幻だ。
他の、ゴブリンやらオークやらといった怪物達ともども、生身の人間が攻撃されると苦痛を感じる存在のようだが……それでも、自動車のような、現実に存在している物質ないし道具がその攻撃を受けたところで、どうにかなるはずもない。
現に……何度も言うように、その爪が当たったはずのボンネットには、傷一つないのだ。
にもかかわらず、攻撃を受けた車は、壊れたらしく動かなくなってしまった。
なぜ、『いない怪物』の攻撃を受けた『ように見えた』だけの車が動かなくなってしまったのか。考えても彼女にはわからなかった。
しかし……ゆっくり考えている暇など、彼女には与えられなかった。
彼女もまた……後ろから、ゆっくりと迫ってきていた怪物から、逃げなければならない立場だったからだ。
―――ガルルルル……!
「……っ……ひっ!?」
獣の唸り声のような音が聞こえて、はっと背後を振り向く。
その、目と鼻の先……ほんの数mのところに、モンスターがいた。
2mを超える、人間ならば巨漢と言っていい体格に……頭部が狼のそれになり、全身が毛でおおわれている怪物。
理性と呼べるものに乏しそうな目をして、ぼたぼたと口からよだれをこぼしながら歩いている。手には、その体躯に見合ったサイズの曲刀を持ち……その刃は、赤い血に濡れていた。
「お、狼男……!?」
こういった分野にあまり明るくない彼女には、『人間と狼を合体させたような怪物』といえば、思いつくのはそのくらいだった。
その呼称が正しいかどうかは、今気にするべきところではない。重要なのは……その目が、まっすぐ彼女の方を見て、間違いなくその姿を捕らえているということだった。
その牙に、あるいは爪にかける……獲物として。
(に、逃げなきゃ……逃げなきゃ!)
頭ではそう思っても、恐怖で足がすくんで、思うように動いてくれない。
立つこともできず、隠れるためにうずくまった姿勢のまま、這うように動いて後ずさるくらいしかできなかった。
目の前にいるのは、ARのデータであり、偽物でしかない。それはわかっている。
わかっていても……襲われて、断末魔を響かせて倒れていく人達の声が、動かなくなった姿が、頭から消えてくれず……自分もああなってしまうのかと思うと、恐怖は消えてくれない。
まともに逃げることもできない石栗の元に、大股で歩いてあっという間に追いつく狼男。
手を伸ばせば触れられそうな距離まで詰め寄ってきて……彼女には、その荒い鼻息が届いている感触すらあった。
そのリアルな……生臭く、湿っぽい、生暖かい感触は……とても虚構の存在とは思えないもので……それゆえに、彼女の恐怖と絶望は、頂点に達していた。
(逃げなきゃ……いけない、のに……!)
その眼前で、にやりと笑っているようにも見えた狼男は、手に持った大きな曲刀を振り上げ……
(あ……もう、ダメだ……死ん、だ……)
数秒後には訪れるであろう激痛と、もしかしたらそのまま訪れるのかもしれない……死。それらを前にしかし、何もできない自分。
最早悲鳴を上げる力すらない、だまって振り下ろされる刃を受け入れるくらいしかできない彼女めがけて、勢いよくその刃は振り下ろされ……
「オッ……ラァァアアッ!!」
―――バキィイィッ!!
「グアァアッ!?」
「……え?」
その直前に、何か長い鈍器のようなものが、豪快に振りぬかれ……狼男の横っ面を打ち抜いて、轟音と共に吹き飛ばした。
完全な奇襲だったそれをもろにくらった狼男は、数m吹き飛んで、道路脇にあった花壇に突っ込む。吹き飛ばされた衝撃で、持っていた曲刀は取り落としてしまっていた。
そして、それをやったのは……
「コボルドの上位種もいやがったのか……ったく、うちの新人いじめてんじゃねーよワン公!」
「く、ろだ……さん?」
たった今振り抜いて狼男……もとい、『コボルドの上位種』とやらを吹き飛ばした、大きな棍棒を手に持って、うんざりしたような表情を浮かべている……職場の先輩の姿だった。
時は少し遡り……十数分前。
☆☆☆
「……うん?」
確かに今、殴られた。
目の前にいるこの、ゴブリンキング(仮)が大上段から振り下ろしてきた棍棒は、俺の脳天に直撃した……はずだった。
周囲にいる他の人達と同じように、こいつも違法ARとしての性質を持っているのなら……その一撃を食らった俺も、激痛にのたうち回るか、それすらできずに昏倒するくらいのことになる……と思われたんだが。
しかし、その棍棒の一撃は、俺の体をすり抜けて……そのまま地面に叩きつけられた。
ゴブリンキング(仮)は、確かに攻撃を当てたはずの俺が、何事もなかったかのように突っ立っていることに機嫌を悪くしたのか、そのままさらに連続で棍棒を振り回し、俺の顔に、腕に、胴体にと滅茶苦茶に当てて攻撃して来る。
しかし、その全てが当たらない……というか、すり抜けている。効果がないようだ。
これってのは、ひょっとすると……
(俺が『ARD』だから……か?)
さっきちらっと、ゴスペルギアを使った、『実際に体を動かして遊ぶARゲーム』について話したと思うんだが……そういうゲームでは、視覚や聴覚はもちろん、触覚の情報もゴスペルギアによって再現される。
例えば、敵モンスターを倒してドロップした武器とか、データに過ぎない、実際にはそこにないものを、あたかも現実に存在してるかのように、手に持って(持ってないけど)使える。
きちんと持ってる感覚があって、あたかも本物の武器を使ってるような感覚になるのだ。ゴスペルギアを使えば、そんなことも可能になる。
さらに、これもさっきちらっと触れたが、敵モンスターに攻撃された感覚を、違和感や異物感のような形で、その体で感じることができる。
風が吹いているとか、地面が揺れてるとか、そんな微細な感覚すら再現できるようになっているらしいし……触覚以外にも、味覚や嗅覚もデータで再現できるようになっている。
お料理体験系のゲームとかだと、作った料理を実際に食べられるそうだ。もちろん、実際に腹が膨れるわけじゃなく、味と触感を楽しめるだけだが……それでも一時期ものすごくはやったそうだ。
とまあ、そんな風に……ゴスペルギアは、触覚すら限りなく本物に近い形で再現できるわけで……そのせいもあって、あの人達は、モンスターに攻撃された激痛で苦しんでるんだろう。
しかし、『ARD』である俺には、それがない。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚……その全てで、ARの領域を感じ取ることができない。当たり前だ。そもそも『ゴスペルギア』自体埋め込んでないんだからな。できようがない。
今、サングラス型デバイスを使うことで、『見る』と『聞く』は疑似的に健常者のAR感覚を再現できているものの……それ以外はできていない。
『ゴスペルギア』の代替装置に過ぎず、外付けの装置でしかない『デバイス』では、触覚や嗅覚、味覚なんかの、より繊細な情報を再現することはできないのだ。
だから例えば、俺がそういうARアクションゲームをやったとする。
普通の人なら、敵を攻撃する……殴ったり蹴ったりする感触も、ゴスペルギアが再現してくれてリアルに感じられるところを……俺は、感じることができないのだ。
同じように殴ったり蹴ったりで、データの敵を攻撃することはできるし、それによって相手はダメージを負って怯んだりするんだが、肝心の俺にその感触は帰ってこない。
それでも楽しくないわけじゃないんだが……何も殴った感触もないのに敵がのけぞったりするもんだから、違和感みたいなものが多少あるんだよな。前にやってみてそうだった。
さて、説明が長くなってしまったが……そんなわけで、俺はそういうゲームにおける『触覚』に由来する要素を感じ取ることができないのだ。たとえ、デバイスを使っていても。
だから……こいつの攻撃が、俺には効かないんだろう。見えるし聞こえるけど、触れられない……触れても意味がない相手だから。
しかし、触れても意味がない……何も感じるものがないのは、あくまで『俺が』普通と違うからであって……もしこいつが、ゲームとかの敵と同じなら……
―――ボコッ!
「グギャアッ!?」
「お……効いた」
試しにゴブリンキングの顔面を、拳で殴ってみた。
すると、相変わらずというかやはりというか、俺の方に何かを殴った感覚は全然なかったものの……ゴブリンキングは、俺の拳を受けて、怯んだ。
なるほど……俺の方からは攻撃できるんだな。
それを理解した俺は、いつの間にか周囲に集まってきていた……おそらくはゴブリンキングの取り巻きとか部下っていう設定であろうゴブリン達を一瞥する。
キングと一緒に俺に向かってきて、ちまちまナイフやこん棒(小)で攻撃してきている。当然、俺には効いていないが。
その中の1匹を、両手で抱えるようにして持つ。……持ってる感覚がないのに怪物を確かに持ち上げているっていうのがまた変な感じだが、まあいいとして……俺はそのゴブリンを、今また俺の顔面目掛けて棍棒をフルスイングしてきたキングの方に『はい』と差し出した。
盾になってくれたゴブリンが爆散する。うわ、微妙にグロい。
内臓が飛び散ったりとかはしなかったけど……肉片っぽく見えるものが汚い花火みたいに四方八方に……R15、いや17くらいか?
もう1匹別なゴブリンを抱え上げて、今度はキングに投げつける。攻撃直後ですぐには動かないらしい……こういうところもゲームらしいというか律儀というか。
投げ飛ばしたゴブリンが当たって、キングはダメージを受けたようだった。なるほど、モンスターを投擲武器としてぶつけてもダメージになると。しかもリアクションからして、俺が素手で殴った時よりもダメージ大きそうだったな?
なら次は……とあたりを見回したところで、俺は足元に、1本のナイフが落ちているのに気づいた。
……このナイフ……ゴブリン達が持ってる奴と同じだな。
ああ、さっき盾にして爆散した=死んだゴブリンのドロップアイテムか? ……丁度いいな。
俺はそれを拾って、ゴブリンキングのすぐ目の前にノーガードで歩いていって――ガードはもちろん、回避もする意味がないからな――手を伸ばせば殴れるくらいの至近距離に立つ。
そして、手に持ったナイフを突き出し、キングの腹を刺した。
―――ドスッ!
さっき素手で殴った時と、ゴブリンをぶつけた時もそうだったが……こちらの攻撃がゴブリンキングにヒットすると、当たった個所が一瞬赤く光る。
あれが所謂、ダメージエフェクトって奴なんだろう。敵キャラクターに対して、こちらの攻撃でダメージが通った目安になる視覚効果だ。
ゲームによっては具体的にいくらダメージを与えたか、数字で表示される場合もあるが……コイツの場合は、光の大きさでダメージの大小が表現されるらしい。
殴った時よりもぶつけた時の方が、ぶつけた時よりも刺した時の方が光が大きかった。
―――ドスッ! ブスッ! ドスッ! ブスッ! ザクッ! ガスッ!
続けて、肩、腕、胸、足、喉、顔面……と、色んな個所を刺して攻撃してみる。
肩と腕は、腹を刺した時より光が小さかった。ダメージの通りが悪い部位らしい。
脚は、腹と同じくらいの強さで光った。
胸と顔面は、腹よりも強く光った。こっちを攻撃したほうがダメージが大きいようだ。
そして、喉は……赤じゃなくて黄色で、しかも一番強く光った。
怯みの動作も一番大きかった。……ここが弱点部位とみてよさそうだ。
そうとわかればやることは一つだ。
―――ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ!
俺はそのまま、至近距離で、ゴブリンキングの喉を集中攻撃し始める。
手に持ったゴブリンのナイフで、ひたすらキングの喉を刺す、刺す、刺す。
怯みながらも、怒り狂ったようにキングは俺を攻撃してくる。上下左右から棍棒が、ぶおんぶおんと風を切るすごい音を響かせて襲い掛かってくる。
しかし、俺には全く通じない。効果がない。
完全に無視しつつ……というか、気にしないようにしつつ、ひたすら喉を刺す。
―――ザクッザクッザクッザクッザクッザクッ!
―――ザクッザクッザクッザクッザクッザクッ!
何十回か攻撃したら、キングが咆哮を上げて、より一層激しく攻撃してきた。
攻撃頻度が上がったのに加えて、今までになかったモーションでの攻撃を織り交ぜて来て……いわゆる『怒り状態』とかだろうか? こちらが攻撃した回数や経過時間、残り体力なんかがキーになってパワーアップするなんていうのは、ゲーム……特にアクションゲームの類ではよくある。
まあ、関係ないわけだが。
―――ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク……
なんかだんだんと単純作業に思えて来たな、とか俺が思い始めた頃だった。
ひたすらゴブリンキングの喉に突き立てていたナイフが、パキン、という乾いた音と共に、壊れてしまった。
「えっ? ……あー、武器にも耐久値限界とかある系か」
面倒だな、と思いつつ、別なナイフを適当に拾って、また刺す作業(作業って言っちゃったよ)に戻る。
何でナイフ落ちてるのかって? 俺がずっとキングを攻撃してる間に、キングと一緒にゴブリン達も俺を攻撃してたんだが……俺、至近距離でキングを攻撃し続けてるだろ? そんで、キングの武器ってかなり大きい棍棒で、しかも大振りに無茶苦茶振り回すだろ?
それに巻き込まれてゴブリンが勝手にご臨終するんだよ。フレンドリーファイアもあるんだな。
―――ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク……
その後、単純作業を繰り返すこと5分ほど。
「ガァ……アァアアッ……!」
ふいに、喉を刺してもダメージエフェクトが出なくなったかと思ったら……キングが、断末魔の声を上げて、苦しそうに胸を押さえるリアクションと共に――そこは1回しか攻撃してないんだが――どう、と仰向けに倒れた。
そのまま、死体は残らず……空間に解けるように消滅する。ゴブリンと同じだ。
「ふぅ……よし、倒せた」
時間はかかったが、ゴブリンキング、討伐完了である。
……さて、ここで今更だが……なぜ俺が今、わざわざゴブリンキングと戦っていたのかについて話そうと思う。
攻撃が効かないんだから、無視してさっさと逃げればいいじゃないか、って思う人もいるだろうし、実際俺も一時そうしようかと思ったんだが……いくつかの理由でそれはやめたのだ。
理由は主に4つ。
1つ目。この無差別ARテロっぽい何かの『仕様』を知るため。
どうも、ゲームみたいなルールに沿って展開されていそうだなとは初見ですぐに思ったんだが……なるべくこいつらモンスターについて、対処方法を調べたかったのだ。
どう攻撃すればいいのか、効率的な攻撃方法はあるか、ドロップアイテムはどんなものか、その他色々……ゲームを趣味にしてるからこそ、気になること、確かめたいことはいくつも思いついたし、それを確かめて把握しておけばこれから先役に立つと思った。
2つ目。コイツが他の人を傷つけるのを防ぐため。
こいつの下位種族である(多分)ゴブリンですら、普通の人間を絶望させるくらいのことはできる様子だったのに……こんなやばいのが野放しになってたら、さらに被害が拡大することは火を見るよりも明らかだ。
こいつ自身の危険度はもちろんとして、取り巻きのゴブリン達を十数匹も連れて移動してたからな。こいつを中心にして、ハリケーンみたいに災厄がまき散らされていっただろう。
さっきの女の子みたいな被害者を出さない……いや、出さないのは無理でも、少しでも抑えようと思うなら、コイツは逃がしてはいけないと思った。
3つ目。これはある意味、今言った2つ目と被る部分もあるんだが……『トレイン』を防ぐためだ。
『トレイン』っていうのはゲーム用語で、自分を狙って追いかけてくる大量の敵を引き連れたまま移動して、その移動した先のプレイヤーに被害を及ぼす迷惑行為のことだ。何両も連結して走る電車をその様子に例えて名付けられた……らしい。
例えば、倒せると思って攻撃したら、予想以上に敵が強かったから、逃亡する。逃亡したけどその敵がしつこく追ってくる。
逃げる途中で他の、アクティブで攻撃してくるような敵も一緒になって追ってくる。
その状態のまま、何も関係ないプレイヤー達がいる場所まで逃げてきたらどうなる? そのプレイヤー達も、その大量のモンスターの攻撃に巻き込まれるだろ? 迷惑だろ?
さっきまでの俺、まさにそんな感じだったからな……ゴブリンキングと取り巻きのゴブリン達十数匹に囲まれて、逃げ出したら間違いなく追って来てただろうし……そんなことになったら、その先にいた人にさぞ迷惑だっただろう。町中だから、人がいない場所に逃げるってのも難しいし。
だから、可能ならキングと、取り巻きのゴブリン達も全滅させてから動きたかったんだよ。
そして4つ目。
ゲームにおいて、こういうボス敵ってのは……倒した際の旨味が用意されていることが多い。
大量の経験値だったり、通貨だったり、貴重な素材だったり、称号だったり……
……そして、レアなアイテムや、武器だったりする。
「大当たり……! こりゃ見るからに強そうだ!」
ゴブリンキングがいなくなったその跡に……生前使っていた棍棒が残されていた。
俺の背丈くらいある……棍棒ってより金棒に見えるな。材質、金属じゃないけど。
それを拾ってみると、なんか手元に選択できそうなアイコンが出たので、触れてみる。相変わらず触れた感覚は俺は感じられなかったが……問題なく機能し、ウィンドウが開いた。
どうやら、ステータス画面というか、武器の情報を見れるアイコンだったようだ。
ええと……何々?
【小鬼王の棍棒】
攻撃力 50
耐久値 100
こんな数値が出てきたが……他に比較対象がないから、強いのかどうかわからん。
ボスドロップの武器だから弱いってことはないだろうが……あ、そうだ。適当にそのへんに落ちてるナイフがまだあるから拾って……と。
お、これにもよく見たらアイコンあるな。どれどれ……。
【ゴブリンのナイフ】
攻撃力 5
耐久値 10
弱ァ! ……あ、いやむしろ棍棒の方が強すぎるのか。
武器の性能に差がありすぎる。おそらくこれ、このままモンスターの格の差になると思うんだが……このナイフでよく倒せたな俺。そら時間かかるはずだわ。
というか、本来こんな武器で挑む相手じゃないんだろうなあのキングは。俺の場合は攻撃無効の無敵モードでゴリ押ししたようなもんだから……ほぼチートだ。
まあでも、強い武器が手に入ったのはよかった。
これがあれば……
―――バキィ!
棍棒を一振りすると、そこに居た1匹のゴブリンが、一撃で爆散した。
うん、怪物退治にすげえ役立つこと間違いなし。ナイフでちまちまやるより早いし強い。
これで……目の前に襲われている人とかがいたら、助けられる確率がぐっと高まった。
……ただ、例によってこれも、『持ってる感覚』がないから……すっぽ抜けたりしないように、気を付けないとな。
さて、いい武器も手に入ったところで、この先どうするか……。
さっきまで俺は、警察に通報しようとしてたわけだが……果たしてそれをして意味があるかどうか怪しく思えてきたぞ。
これだけの大騒ぎになって、誰も通報してないなんてこと、さすがにないと思うし……けれど、待てども待てども警察車両が来る気配はない。サイレンの音すら聞こえん。
なぜこれだけの事件が起きていて、警察がこないのか考えてみて……来たくても来られないのだとしたら?
警察も、ああいう感じのモンスターに襲われているとか……あるいは……
(通報、ないし事件現場が多すぎて手が回らないか……)
今更だが、このバーチャルテロみたいな事態が、この周辺だけで起こっているとは限らないわけで……。
そこに思い至った俺は、スマホ型デバイスを再度取り出し、ニュースサイトを見てみる。さっきよりさらにネットが重くなっていたが、どうにかまだ動いているようだ。
……うあ、予感的中。
(ニュースサイトのトップ記事が全部、正体不明のバーチャルテロ関連になってやがる……しかも全部場所が違う! おいおい、町内どころか県内にすら収まってなかったのか!? この混乱、日本全国で起こってるのかよ!? ……日本だけ、か? まさか、他の国でも……?)
………………
………………
………………だめだ、どうしたらいいのかわからねえ。
個人がどうすればいいとか判断できるレベルの事件じゃねえよ。こんなもん最早災害だ。自治体が対策本部設置して対応を協議するレベルの、震災に匹敵する大事件だ。
……なら、役場に行くべきだな。こんな風に考えるのは俺だけじゃないはず。
もしかしたら既に対策本部的なものができてるかもしれん。今日は平日だからな。俺みたいな、たまたま休んでる職員以外はフルで役場に揃ってるはず。動き出しも早いだろう。
そして、さっきも思ったが……どう考えてもこんなもん、休んでる場合じゃない。休暇は自主的に返上だ。俺も出勤しないと。
そして、これからどう動けばいいかの指示をもらわないと。
問題は……
「遠いんだよなあ、ここから役場まで……」
普段バスで通ってるわけだが、この事態だ、まともにバスが運行してるとは思えん。タクシーも無理だろうし……遠いけど、走っていくしかないか?
いや、それならいっそ、一度アパートに戻って、置いてある自転車に乗って職場を目指せば結果的には早いな……その時ついでに、置いてきたノーパソ型のデバイスとか、その他役に立ちそうなもん片っ端から持って、それで職場に行こう。
そうして俺は、一度家に帰って荷物をまとめて、自転車に乗って役場に出発した。
で、その途中で……
「コボルドの上位種もいやがったのか……ったく、うちの新人いじめてんじゃねーよワン公!」
「く、ろだ……さん?」
外回りか何かの途中だったのか、道の真ん中でコボルドキング(仮)に襲われそうになっていた後輩女子を、間一髪助けることができた。




