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02 ARD

 


 ―――ジリリリリ! ジリリリリ!


 スマホ型デバイスであらかじめ設定しておいたアラームがなるも、その数分前に俺はすでに目を覚ましていたので、『うっさ』とため息をつきながらさっさとそれを停止させた。


 自慢ないし自画自賛だが、俺の体内時計はかなり頼りになる性能をしているらしい。起きようと思った時間に起きられるのが、学生の頃からの強みだ。

 今日もそんな感じで、事前に設定しておいた『デバイス』のアラームが鳴る数分前に目が覚めていた。


 じゃあアラームいらないんじゃないかと思わなくもないが、疲れてて起きられなかった時とかはコレ頼ることになるからな。枕元に置いて寝ているコイツが、大音量で設定した『黒電話』の轟音で叩き起こしてくれるのが、そういう時にはありがたい。耳キーンってなるけど。


 寝ている間にすっかり胃袋の中は空っぽになっている。すぐにでもそこに食べ物を放り込みたい衝動に駆られるが、それを抑えて、まずは朝の運動から始める。


 日課にしているジョギングを30分ほど。これも学生の頃から続けていることで……色々な理由で人一倍健康や、筋力体力に気を使って生きて来たから、今も習慣として染みついている。


 その後きちんと汗の始末をしてから、朝食だ。

 夜のうちにタイマーで炊飯予約しておいたので、白飯はすでに炊きあがってできている。

 これに、適当にレトルトの総菜を1~2個用意して、これまたレトルトの味噌汁をつけて……はい、一人暮らし男性の手抜き朝食の出来上がり、と。


「……ニュースでも見ながら食べるか」


 テーブルの上にある、立てかけ用のスタンドに置かれたタブレット。その電源を入れて、テレビ番組を見るためのアプリケーションを選び……さらにニュース番組を選択。

 生放送で朝からご苦労さんだな、なんてことを思いながらそれを見る。時間はあるので、ゆっくり食べながら、ゆっくり見る。


 食べ終わって、ニュースもキリのいいところまで見たら、電源を消して、食器を洗って片付けて……身支度。

 顔洗って歯磨きして、ひげを剃って髪を整えて……部屋着からスーツに着替える。


 このくらいの時間になると、食事と休息のおかげで、ジョギングの疲れもすっかり取れている。


 出かける前の持ち物チェック。

 ハンカチ……持った。財布……持った。鍵……持った。

『デバイス』も……サングラス型、スマホ型、ノーパソ型……よし、全部持った。


 そのうち、サングラス型だけは、このままかける。

 前にも言ったが、これがないと俺は危なくて道路歩けないからな。……何せ、道路標識まで一部はAR表示になってる世の中だ。それが見えなくて事故りました、なんて笑えん。


 きちんとかけて、電源を入れてから、俺はアパートの部屋を出た。オートロックなので、ドアを閉めるだけで鍵がかかる。


 エントランスから外に出ると、朝早くから井戸端会議をしている奥様方と出くわしたので、『おはようございます』と会釈程度に軽く挨拶し、その横を通り過ぎて歩いていく。


 ……すれ違って少ししたところで、その奥様方が……さっきはにこやかに『どうもー』なんて挨拶を返してくれた人達だが……こっちを見ながら、何やらひそひそと内緒話をしているのが、視界の端に見えた。


「やっぱりあの人、『ARD』の……」


「わざわざあんな機械使ってるんだもの、噂は本当だったのね」


「まだ若いのに……生まれつきああだなんて。かわいそうね……」


 内緒話……のつもりなんだろうけど、音量調整ミスってます奥様方。聞こえてるよこっちまで。

 ま、今更気にしないけどな。このくらいのひそひそ話。けなされてるわけでもないようだし。


 アパートから歩いてすぐのところにあるバス停に着くと、タイミングよくバスがやってきた。


 そしてバスに乗り……しかし残念ながら席は空いていなかったので、つり革につかまって立つ。

 そのまましばらく、職場の最寄りのバス停に着くのを待っていると……


「あ、あの……」


「?」


 目の前の席に座っていた女の子に声をかけられた。

 恐る恐る、って感じで手を上げて……勘違いじゃないな、俺に声をかけてる。何の用だ?


「え、ええと……ここ、よければ……す、座りますか?」


「…………はい?」


 その女性が、俺に向かってそう言ってくれているのだと理解するのに、さらにもうちょっと時間が必要だった。

 話しかけられてるのが俺だとはわかっていても、何で俺が席を譲られるのか、すぐにはわからなかったからだ。だってそうだろう? ここは別に優先席でもないし、仮にそうだとしても、高齢者でもなければ妊婦でもない、ケガ人でも身体障害者でも……と、ここまで思ったところで、『ああ』と思い至った。


「あはは……大丈夫ですよ。俺、この通り体は弱いわけじゃないんで。お気持ちだけありがとうございます。どうぞ、そのまま座っててください」


「そう、ですか? わかりました……ご無理、なさらないでくださいね」


 棘が立たないように、女の子に嫌な思いをさせないように、言葉を選んで断る。

 からかうとかそういう意図は一切ないのだろう。その女の子は、最後まで本当に俺を心配する目をしたまま、自分が席に座り直した。


 たぶんこの子、俺がこのサングラス型デバイスを着けている……イコール『ARD』だからっていう理由で、心配して席を譲ってくれようとしたんだろうな。

 『ARD』も、世間一般的には『障害者』のくくりに含まれるから。手帳も出るし。俺も持ってるし。


 ……そうは言っても、俺は、というか『ARD』は別に、足腰が弱いとか、体のどこかが上手く動かないとか、そういう機能的な『障害』があるわけじゃない。むしろ、毎日適度に運動して体を健康に、頑丈に保っている俺は、そこらの健常者よりか動ける自信がある。

 ただ、『AR』の世界を見ることができないだけだ。……まあ、その一点がハンディキャップとしてでかすぎて、大げさに深刻に受け止められることが多いんだよな。


 それでも、バスとか電車で席を譲られたのはさすがに初めてだ。

 いや、だからってこの女の子を馬鹿にするつもりはないが。きっと、本当に困っている人のために動くことができる、優しい子なんだろうし。


 その子は、役場の最寄の1つ前のバス停で降りた。

 下りる時、丁寧というか律儀というか、俺に小さく会釈してから降りて行った。


 その子の分の座席が空いたわけだが、もう1区画だけだったので、健康のためと思って俺は座らずにいると……しばらく待って誰も座らないことを悟ったそこに、俺の隣で立っていたおばあちゃんが進み出て腰かけた。

 そのおばあちゃんにも『ごめんなさいねえ』って言われちまったんだが……あ、もしかして皆、俺がそこに座れるように手出さないでいてくれた感じか?


 ……優しい社会だねえ。



 ☆☆☆



 ―――時は、少し遡り……その日の早朝。




 ―――ピピピピピ! ピピピピピ!


 時刻は午前6時30分。

 その女性……石栗(いしぐり)明日美(あすみ)は、自分の脳内に鳴り響いた電子音によって、ぱっちりと目を覚ました。


 耳から聞こえて来た音、ではない。脳内に直接響いた音だ。

 ゴスペルギア装着者にとっては、別に以上でもなんでもない、普通のことである。


「朝か……よし、今日から新しい職場での仕事だ! 寝坊なんてしてられない、起きなきゃ!」


 起き抜けから気合十分、寝床からがばっと起き上がった彼女は、パジャマのままアパートのキッチンに行く。

 カリカリに焼いたトーストと、作り置きのものを含むおかず数品。簡単な朝食を用意した。


 食卓に着くと同時に、ゴスペルギアで動画アプリを起動。視界の中、目の前の空中に、立体映像のようなモニターを出現させる。

 それをさらに思考だけで操作し、好きなチャンネルを選択。朝の情報番組を見ながら、ゆっくり朝食を食べる。早起きしたがための、余裕のあるひと時。


 今見ているこの情報番組も……実際には、ゴスペルギアによって、映像・音声ともに彼女の脳内でだけ再生されている。先程彼女を起こしたアラームと同様だ。

 そのため、朝早くからうるさくして、アパートの隣人の迷惑になるというようなことはない。ゴスペルギアによって、個人の認識だけで完結している。


 もちろん、設定次第では、他人にも見えるようにして、複数人でテレビ番組などを楽しんで見る、などということも可能だ。彼女も学生時代には、よくそうやって友人達と遊んでいた。


 食べ終わって、ニュースもキリのいいところまで見たら、電源を消して、後片付けをしてから、身支度を整える。

 顔を洗って歯を磨き、髪型を整えて、真新しいスーツに着替える。


「ハンカチよし。念のためのお財布よし。スーツに徽章……よし。全部よし!」


 全て確認した上で、ドアを開けて、アパートの部屋から出る。オートロックなので、ドアを閉めるだけで鍵がかかる。

 今の『超情報化社会』、電子錠式のオートロックくらいは、どこのアパートでも標準装備だ。鍵も不要。あらかじめ不動産屋からデータを受け取ってゴスペルギアに登録しておけば、無くす心配もないし、思考一つで開錠できる。

 旧時代のように、わざわざ鞄やポケットから鍵を取り出して開閉するなどという手間はない。


 その職場は少し離れたところにあるので、これも新品の車に乗って出発する。

 車の鍵の開閉も、起動も、ゴスペルギアでキーレス、思考1つだ。


 今の時代、車種によっては、ハンドル操作すら必要なく、起動から運転、駐車の際のバックモニターの操作まで、全て思考だけでできる車すらある。

 もっとも、そういう車は高いため、一部の富裕層しか持っていないし、運転には専用の免許が必要だ。なので彼女の車は、普通のハンドルのついた自動車である。


 移動中、カーナビよろしくルート案内も視界に浮かんで『見える』ので、迷うこともない。

 どこの道がどのくらい混んでいるか、どこで工事をしているか、などのリアルタイムの情報も、逐一確認しながら移動できる。


 無事に、時間に余裕をもって職場に到着。

 駐車場に車を止めた後……深呼吸して緊張する心を落ち着けてから、彼女は、今日から務めることになる職場を見上げた。


 職員なので、正面玄関ではなく、裏口から入る。

 にもかかわらず、そこにはきちんと、『AR』で用意されたデータの看板が『見える』。


『六川町役場 職員通用口』

『関係者以外の使用はご遠慮ください。一般の方は正面玄関へどうぞ』


 繰り返すが、彼女は今日からとはいえ、れっきとした役場職員なので問題ない。

 それでも、新しい職場ということで緊張はするのだろう。深呼吸して……さらに続けて、手のひらに『人』という字を書いて飲み込むという、古くから親しまれている方法でどうにか緊張を紛らわせようとしたところで……


「あのー……入らないんですか? そこいられると通れないんですけど」


 背後から、そんな声が聞こえて、ぎょっとする石栗。


(やばっ、通行の邪魔になってた……そりゃそうだよねここ入り口だもんね!)


「す、すいません! ちょっと考え事しちゃってて……え?」


 慌てて謝罪しながら振り向いた石栗は……そのまま、固まってしまった。

 おそらく、今声をかけてきた当人であり、これから同僚になるのであろうその男性の姿を目にして……その男性が装着している、『サングラス型デバイス』を見て。


 一見するとスポーツサングラスのように見えるが、よく見るときちんとした『機械』だとわかるそれは……決して、それを必要とする立場、ないし体質の人以外は身に着けることのないそれ。

 おしゃれとして身に着けられることもまずない。不謹慎だと言われるからだ。


 つまり、それをこうして……しかもここ、官公庁の入り口などで身に着けているこの男性は、まず間違いなく……『そういう立場』である。


 それを裏付けるように……彼女が一歩横にずれると、『失礼します』と一言断って男性は中に入っていったのだが……その際に見えた彼の耳の裏、本来は『ゴスペルギア』が見えるはずのそこには……何もなかった。


 つまり……


「あの人、ここの職員で……『不適格症(ARD)』なんだ……」



 ☆☆☆



 ……バスで会った女の子に続けて、さっき入り口に立ってた女の子にも『可哀そうなものを見る目』で見られてたな。

 誰だあの子? ここから入るってことは職員……でも、あんな子いたか? 初対面だと思うんだが……ああ、そういや総務課の方に、中途採用の新人が今日から入るとかいう話があったな。


 朝からなんか微妙な気分になってしまった。


 いや、さっきも言ったように、彼女達が何か悪いわけでは全然ないんだがな?

 それでも、問答無用で『かわいそうな人』認定されてそういう目を向けられるのは……彼女達に悪気も何もないとわかっていても、こっちまで少しだけ、その……寂しいというか落ち込むというか……説明が難しいけど、とにかく微妙な気分になるんだよ。

 気持ち自体は、ありがたいと思うんだけどな。


(ま……あんまり戦力になれてないのは、言い訳のしようもなく事実だしなあ)


 俺が生まれ持ってしまった『ARD』というデカいハンデ。その影響は、この職場……『六川町役場』において、決して小さくない。

 さっき言ったように、業務をこなす上で戦力になれるとはとても言えない。


 まず事務仕事は壊滅的。

 今の時代、事務仕事なんてほぼ100%が、ゴスペルギアに搭載のオフィス系ソフトを使って行われる。書類を作成し、そのデータを上司に送ってチェックしてもらい、係内・課内で決済(もちろん電子決済で、押すハンコも電子公印)を回す……最初から最後までデータ上のやり取りだ。


 昔はこれらの処理をほぼ全部、わざわざ印刷して紙でやっていたらしいが……いわゆる『ペーパーレス化』が進んだ結果、よっぽど特殊ないし重要な書類を除き、原則、紙は使われなくなった。

 印刷なんかしなくても、データ1つで出し入れできる。紙代もインク代も電気代もかからないとなれば、そりゃそうなる。


 もちろん、色んな所でまだまだ紙の出番はあるし、全く使われていないわけじゃないんだが……旧時代と比べれば、その差は歴然だろう。たぶん。


 しかし俺の場合、その書類一つ作るにも、ノートパソコン型とかタブレット型のデバイスを使って、手でキーボードを叩いて打ち込んで……という感じにしなければならない。

 必然、思考で全てが事足りる、ゴスペルギアを使った作業よりも大きく時間がかかるし、手も目も疲れる。


 だから、最初から俺にはほぼ事務仕事は回ってこない。それこそ、業務の関係で俺じゃなきゃできないような仕事でもない限り。


 同じ理由で、メールチェックとか電話対応、来客対応なんかも無理。


 メールチェックは、さっきの事務仕事と同じで、主にゴスペルギアに搭載のメール機能を使ってメッセージをやり取りするから。

 これも一応、デバイスを使えばできないことはないけど、非効率的なので回ってこない。


 電話対応も、個人のゴスペルギアに、役場庁舎の通信回線にアクセスできるような設定がしてあって、かかってきた電話にそれぞれ出ることができる。常に目の前に受話器が置いてあるようなもんだ。……例によって俺には無理だが。

 これも俺がやろうとすれば、スマートフォン型のデバイスをその回線に接続して、電話がかかってきたらそのデバイスが鳴るように……できるんだけど、非効率なので却下。


 来客対応は……一見すると身一つで普通にできそうかもだけど、やってきた客との名刺のやり取りもデータだし、提出するために持ってくる書類とか資料もデータだ。はい、無理。


 じゃあ俺はいったいこの役場で何を仕事としてやっているのかというと……



「黒田ー、今度小学校で配る子供用HDD、午後に持ってくから車につけといてくれ」


「わかりましたー。この段ボールですね、運んでおきます」



「黒田さん、ちょっとこの棚動かしたいんですけど、そっち持ってもらっていいっすか?」


「了解。持ち上げるぞ、いち、にの……さん!」



「黒田君、倉庫に置いてある備品、あれ一昨年のだよね? もう使わないから後で捨てといて」


「わかりました。ごみステーションに出せるの明後日なんで、そこまで待って出します」



 こんな風に、データの処理とか関係ない、肉体労働……ないし、力仕事がメインだ。

 荷物の運搬とか、備品の整理とか、イベント会場の設営とか。


 その合間合間に、ちょっとした事務仕事を『デバイス』を使ってこなし、作った書類を係長達に提出してチェックしてもらって……とかはやるので、全く事務仕事にかかわる機会が無いわけじゃあない。

 けど、他の人達に比べたら、事務仕事の業務量は、多分、数%……いや、もっと少ないだろう。


 そんな俺を、町役場なんていう、事務仕事がメインそのものな職場でどうして雇用してくれているのかと言えば……法律でそう決まっているからだ。


 会社など、一定以上の規模の事業者は、その全雇用人数に応じた一定の比率、障害者等を雇用する義務がある。そして、その『障害者』の中には、『ARD』も含まれる。

 そして、市役所みたいな官公庁も、そういう大将の事業者に含まれるので……そういう枠で雇用されてるのが俺らしい。


 一応俺自身は、そういう特別枠の応募みたいなのは全然してなくて、大学卒業と同時に、普通に採用試験受けて受かったはずなんだけど……事実として体質がそうだから、そういう枠としてカウントされたらしい。

 ……まあ、別にいいけどな。能力相応、体質相応の扱いなのは確かだし。


 それに、これはこれできちんと役には立ててると思う。俺がこういう、データ云々が関係ない範囲の仕事をきちんとこなす間に、それができる面々が、その手の仕事はこなしてくれる。

 その方が、俺ら町役場の力を必要としている人たちにとってもプラスになるはずだ。


 いうなれば、適材適所。自分にできる、自分に合った仕事をやっていこう。これからも。



 ☆☆☆



 そんな感じで、日中、割り振られる仕事をこなしていた最中のこと。

 またひとつの仕事(単純作業)が終わったところで、係長にそれを報告しに行こうとしたら、カウンターの方から、元気な声が聞こえた。


「失礼します、梅津商店でーす! ご注文の商品のお届けに参りましたー!」


「あ、はーい! お疲れ様です!」


 俺出ます、と係の人達に声をかけて、カウンターに駆け寄る。

 そこにいたのは、俺と同い年くらいの、元気そうな笑顔の女の子だった。こげ茶色のロングヘアをポニーテールにまとめていて、笑顔やはきはきした口調もあって、活発そうな雰囲気に見える。

 声でわかってはいたけど……やっぱり彼女だったか。


 彼女の名前は、梅津(うめつ)麻里奈(まりな)

 しょっちゅう備品や消耗品の発注でお世話になってる業者の子で、もっぱら配達はこの子がやってくれているため、すっかり顔なじみになった子だ。


「あ、お疲れ響平。納品に来たから、受け取りお願いできる?」


「わかった。準備するからちょっと待ってろ」


 そしてこの麻里奈だが、俺とは個人的な知り合いでもある。

 どっちもこの六川町出身の地元就職なんだが……彼女とは、小中高と一緒の学校に通った同級生だった。なので、お互いのことはよく知っており、こんな風に砕けた口調で話したりもする。

 その後は、俺が大学に進学したのに対し、麻里奈は高卒で就職……というか実家の店の手伝いに入ったので、そこで初めて別ルートになったわけなんだけど……今はこうして、業者と利用者として、しょっちゅう会う日々を送っている。


 ……そして、もう1つ。俺と麻里奈には、共通点があって……それも、縁といえば縁だ。

 それが何かは……麻里奈の、ポニーテールの髪型ゆえによく見えるようになっている、耳の裏を見れば一目瞭然だ。俺と同じで……そこには、あるべきものがない。


 そう……彼女も、『ARD』なのだ。


 目の前で、麻里奈もまた、俺が使っているものと同じ、スマートフォン型の『デバイス』を取り出し、ポチポチシュッシュッとタッチ&スワイプで操作。業者で使っている、納品確認用のアプリケーションを呼び出して、こっちに差し出してくる。

 同じように俺も、デバイスは準備済み。役場からの受取確認に使う電子公印を選択してデータを送信。すぐに麻里奈のデバイスがそのデータを受信し、受け取りの手続きが完了した。


 その手続き中の俺ら2人は、割と少なくない好奇の視線にさらされていた。

 まあ……珍しいんだろうな。昨今、誰もかれもがゴスペルギアを使い、ARであらゆる手続きをできるようになった現代……わざわざデバイスを使ってデータのやり取りをしている人が。

 しかも、それが2人。受け取る方も受け渡す方もそうと来たもんだ。


 とはいえ、俺らもこんなのはもう慣れっこなので、いちいち気にしていない。

 社会人になって、こうしてちょくちょく職場で仕事として会うようになってからはもちろん……それ以前、小中高って一緒だった頃も、『ARD』同士、つるんでることも多かったからな。


 というかそもそも、俺と麻里奈が同級生になったこと自体、偶然とかではない。

 2人とも、『ARD』の生徒を受け入れられる設備が整った学校に入る必要があったからこそ、同じ小学校に行くことになって、そのまま中高も……っていう事情がある。


 そしてこの『六川町むかわまち』は、東北地方にあるけっこうな田舎であり、人口も少ない。

 限界集落ってわけではないが、町全体で人口は7千人を割っており、高齢化率も高いという、絵にかいたような地方の小規模市町村だ。


 そんな、老若男女合わせて1万人もいないような田舎町に、統計上は数万人に1人の割合でしかいないとされている『ARD』の体質保持者が、2人。しかも、同年代にいる。

 ……いい意味では決してないけれど、珍しい事態だと言っていいんだろうな。


 ま、そんな豆知識のような裏事情のような話は置いといて……備品一式受領し終えたので、『ありがとうございましたー!』って元気に挨拶して、麻里奈は帰って行った。


「さて……係長、備品届きましたけど……今、備品庫のうちの係の棚、割といっぱいなんですけど……どうします? しまう場所がちょっと……」


「あー、備品庫の整理まだだっけなそういや。事務室の隅っこの方に一旦置いとこう。来週にはある程度片付くから、その後移動して改めて収納するってことで」


「わかりました。じゃ、適当に張り紙つけてわかるようにしときますね」



 ☆☆☆



 そうして時間は割とあっという間に流れていき……夕方。17時15分。終業時間。

 キーンコーンカーンコーン……と、学校のチャイムを思わせる音が鳴り響き、仕事終わりの時間を皆に告げた。


 ふと見ると、少し離れた位置にある『総務課』の事務室から、『お疲れ様でした!』と元気な声と共に、今朝入り口で見たあの女の子が帰っていくところだった。

 やっぱり、総務課の新人だったか。


 その女性は、一瞬こっちを見て俺に気づくと、軽く会釈をしてから帰っていった。


 その様子を、俺だけじゃなくうちの係長の方も見ていたのか、


「黒田、お前も今日はもう帰っていいぞ? お疲れ」


「あ、はい。この作業キリいいとこまで終わったらそれで失礼します」


「おう、無理すんなよー。ただでさえ他の職員より疲れてるだろうからな……力仕事、ほとんど全部やってもらって、いつも助かってるよ。ありがとな」


 いたわるようにそう言ってくれる係長。

 褒めてもらって嬉しいというか、こそばゆい。


 係長は、俺が『ARD』だってことを差し引いても、他の職員と違って、事務作業以外の、体を動かす系の仕事全般を押し付けていることを悪く思って、たびたび気にかけてくれる。

 俺としては、肉体労働だろうが何だろうが、変に腫物扱いせず、仕事をきちんと任せてもらえるだけで嬉しいんだから、そんな風に悪く思わないでほしいんだけどな……まあでも、こういう風に部下のことを考えてくれる人だから、部下としては安心できるんだが。


 それはさておいて、実際、今んとこ任されている火急の仕事はないし……わざわざ仕事を探してまで残業するってのも……繁忙期的な時期でもない限りは、するもんじゃない。

 お言葉に甘えて、今日はこのへんで失礼させてもらうとしよう。


「それじゃ、お疲れ様でしたー!」


「はーい、お疲れさーん」





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