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17 開戦

 


 時刻は。午前9時57分。

 『襲撃イベント』開始3分前。


「……こういう時間、マジで一番嫌……」


「わかる。俺、高校受験の結果待ってる時まさにこんな気持ちだったの思い出した」


「俺はプロポーズした恋人が返事くれるまでの時間がこんな感じだったわ。数秒だったはずなのに何時間にも感じた」


「まだ時間ならねえの? 遅くね? 時空歪んだ?」


「ちょっと誰か時計間違ってないか確認して……」


「落ち着け。んな壮大なこと起こってないから黙って待っとけ」


 仕方ないことだとは思うが、皆、緊張やら不安やらで落ち着かないようだ。

 あちこちから素っ頓狂なやり取りが聞こえてくる。素であんな感じになってんのか、それともわざとアホなこと言って和ませようとしてるのか……


「やれやれ、しょうがねえなどいつもこいつも……そうは思わねえか黒田。男ならどっしり構えてなきゃだめだよな」


「お前もな真田。あとこのやり取りするのもう5回目」


 今ちょっと隣にいる真田の腰、ベルトのあたりに鈴をつけてみたい衝動に駆られている。

 パッと見だとわかりにくいが、膝が細かく振動しまくっているので、さぞかしいい音がするだろう。


「つーかお前もっと配置後ろだろ。さっさと行けよ」


「まあそんなに焦るなよ黒田。まだ時間はあるんだ、少しくらい話そうぜ」


「だからそれも30分前にも聞いたって……もう時間ねえよ今2分切ったわ。はよ行け! 危ない! こんな最前線にいるな!」


「……不安だからついてきて」


 夜1人でトイレに行けねえ子供じゃねえんだから。


「無理。最前線(ここ)が俺の持ち場だから離れられん。ほら、向こうにも仲間達いっぱいいるから大丈夫だ。な? 行ってこい。何度も言うがお前はここにいる方が危険なんだから。死ぬぞ」


 誇張でもなんでもなくな。モンスターの攻撃が当たってしまうお前に、ここは危険すぎる。


 さすがにもうふざけてる場合でもないし時間もないと理解したらしい。……こいつがわかってないはずはないんだが、それだけ緊張が酷くて、少しでも逃避したかったんだろうな。

 真田は深呼吸して、一気に表情を引き締めて真面目な顔になり、


「……わかった、行ってくる。黒田……お前も頑張れよ。気をつけてな。……死ぬなよ」


「死なねえよ。……俺は死にようがねえさ。だから心配すんな」


「理屈ではわかってるけどよ……無理だっての。頭ン中ぐちゃぐちゃだよ、覚悟決めて来たはずだってのに……ああくそ! 酒でも飲んでちょっとだけ頭バカになってから戦いたい気分だ!」


「五十嵐のバカがそれで総務課長に蹴っ飛ばされてただろうが。『不安でどうにかなりそうなんでちょっとだけ酒飲んでいいですか!?』っつって」


「ああ。『気持ちはわかるけどそれで死ぬことになったらどうするんだ』ってな。あー……よし! じゃ酒は全部終わった後だ! 祝勝会でしこたま飲んでやらぁ! そん時はお前も一緒だぞ黒田!」


 そう言って話を切り上げ、真田は後方に戻っていった。

 それを見送りつつ、ふと横を見る。


 俺と同じく最前線(ここ)を担当する麻里奈と、石栗さんがわかれるところだった。

 こちらは『それじゃ、お互い頑張ろうね』って感じで普通に分かれていったな。動揺してる様子も……外見からは見られない。肝が据わってるな、彼女……。


「『肝が据わってるな』とか思ったんでしょ、今」


「昔からお前そうやって俺の心読んでくるよな……悟り系妖怪かよ」


「誰が妖怪よ。あんたがわかりやすすぎるの。私なんかあんた見てて『顔に書いてある』っていう慣用句の意味を理解したくらいなんだからね」


「俺の顔どういう仕組みなんだよ。……んで、大丈夫そうだったのか、石栗さん?」


「ええ。さすがにちょっと不安だったみたいだから、気を紛らわせるために雑談しに来たみたい。ある程度落ち着いたから、あとは全力で頑張るってさ。強がりじゃなくきちんと気持ちが決まった顔だったわよ。強いわね、あの子」


「だな。……こんなとんでもない事態にならなけりゃ、順調に仕事覚えて出世して、数年後には俺が彼女の部下だっただろうな」


「追い抜かれる前提? そりゃまた高評価ね」


「事実だろ。ここ最近の会議中のプレゼンや『仕事』中の記録作業の手際とか見てりゃ嫌でもわかるわ。……それに、俺は正直これ以上の出世は難しかっただろうしな」


「まあ、ね。私達みたいなのはね」


 言いながら麻里奈は、腰のポーチからサングラス型デバイスを取り出した。俺もすぐそこに持ってきてあったスポーツバッグから、同じようにデバイスを取り出す。


 言い忘れてたが、今、俺達は裸眼のままだ。デバイスは着けておらず……結果、そのままの世界の姿しか見えていない。

 見えてなくても、まだモンスターは出てきてはいないので関係ないが。

 さっき真田と話してた時に時間を確認したのは、スマホ型デバイスを使って、その画面でだ。


 あと、さっき話してた真田は、武器である『小鬼王の棍棒』を持ってたと思うんだが、それも見えていないので、ただ手を変な形にしているだけに見えていた。


 心身共に疲労がきつくなるだろうから、直前まで体はもちろん、目も休めておけって総務課長に言われてるんだよな。

 確かに俺達ARD勢は、デバイスでそれらを見ようとすると目が疲れるから、限界まで休めておいた方がいいってのはわかるが。


 しかしもう2分前なので、装着し、スイッチを入れる。ほんの数秒でデバイスは立ち上がり、皆と同じ視界を俺と麻里奈の前に広げてくれる。

 もちろん充電は満タンなので、数時間の長丁場になろうとも大丈夫だ……本当にそんなことになったら、体力の方が先に尽きてしまいそうで不安だが。


(実際、本当にいつ戦いが終わるのかはわからんからな……願わくば、だらだら続かずにさっさと終わってほしいもんだが)


 ……ちらり。



 『00:00:57』



 とうとう1分切ったか。


 向こうの方では、最後の最後に総務課長が檄を飛ばしているのが見える。残念ながら距離があるせいでここまでは聞こえないが……それを聞いている職員達や有志の参加者達は、気合十分なようだ。手に手に武器を持ち、高くそれらを掲げている。


 ……あっちは、大丈夫そうだな。



 ☆☆☆



 黒田達の視線の先……部下達の士気を高めている、総務課長・成田純一郎。

 その隣には、ここ数日の間はずっとその傍らで手伝いをしていた、教育委員会係長の小林信並の姿もあった。


 総務課所属ではない彼ではあるが、各々の能力・適正を鑑みたうえで『対策本部』の人員として抜粋されたため、別部門で力を振るっている総務課の中間管理職らに代わって、成田を支えていた。


「ひどい顔になってますよ、総務課長」


「ひどい気分だからな」


 成田の表情は、以前として険しいままである。

 職員達、協力者達の士気は問題なく高いが……そもそも彼らをこうして戦場に立たせなければならないという今の状況そのものが、彼からすれば不満だった。

 『動きやすい服がいい』ということで、彼らの大半は作業着やジャージに身を包み、『がんばろうな!』隣にいる者達と肩や背中をたたき合い、励まし合っているが、それを見て……


「……戦時中、教え子や部下達を戦場に送る上官ってのは、こういう気分だったんだろうか」


「昭和のですか? さあ……その時代を知らないんでなんとも。でも歴史の教科書で見る限りじゃ、軍国教育で思想からいじくってたみたいですし、案外ノリノリで『死んで来い』って送り出してたんじゃないですか?」


「なんだそれは、最早新手の地獄だな」


 軽く1世紀以上前、日本が自らを『大日本帝国』と呼称し、世界を相手に無謀な戦争をしていた時代。今の世に、その当時を実際に見て知っている者はとっくにいなくなっていた。


 つい最近まで、日本は、いや世界……の、全てではないにせよほとんどの国は、戦争や紛争などとは無縁の、豊かで安全で安定した生活の中にあったはずだった。

 それが今や、こうして命がけの戦いに打って出なければならない状況となり……自分は彼らのまとめ役として、それを命じなければならない。


 もしかしたら……この中の誰かは、生きて明日を迎えることはできないかもしれない。

 考えたくもないことではあるが、頭にそれがよぎっただけで、知らず知らずのうちに奥歯がぎりっ、と音を立てる。


「……頼もしいのは確かだが、とてもこの光景を見て気分良くなどなれんよ、俺は。一体誰が、何を考えて、こんなバカげたゲームを人々に強制しているのだか……!」


「どうなんでしょうね。ネットは情報網としてはほぼほぼ機能しなくなってしまいましたし……何とも言えませんが……いつか、明らかになるんでしょうかね」


「最悪、犯人はどうでもいいが……世界は元に戻ってもらわねば困る。……彼らの居場所は、人々を支えるための役場であって、こんな戦場ではない。断じてな」


「ええ、本当にそう思います。……その未来をきちんと迎えるために……まずは今日を乗り越えましょう」


「……ああ、そうだな」


 視界の端。

『00:00:10』になった表示を見ながら……成田も小林も、武器を握り、覚悟を決め、前を向く。


 その視線の先には……最前線でたった2人で仁王立ちする、自分より二回り以上も年の離れた若い部下と、部下ですらない若者の背中が見えた。




 …………そして、




 『00:00:03』



 『00:00:02』



 『00:00:01』






 ―――WARNING!! WARNING!! WARNING!!

 ―――WARNING!! WARNING!! WARNING!!

 ―――WARNING!! WARNING!! WARNING!!




 ☆☆☆




 何もない空間から、突然、無数のゴブリンやコボルド達が湧いて出た。

 まるで、今までそこに居たけど体が透明だったかのように、空間に色がついたかと思うと、前方の地面を埋め尽くすほどの数が一気に現れて……やべえ、思ったより規模デカいぞこれ。

 幸いというか、雑魚クラスの魔物ばかりで、ボスどころか上位種すらいないっぽいが……


 そのまま、全速力……ってほどでもないが、獲物を見つけて興奮しているように、小走り程度の速さでこっちに向かってくる。


 それを前にして、効かないとわかっていてもさすがにちょっと俺や麻里奈も圧されるもんがあるが……気を落ち着けて、ストレージに入れていたアイテムを取り出す。

 出したのは『呪いの鈴』。ヘイトを一気に高めて、一定時間、敵の攻撃を自分に集中させるためのアイテム。


 手に持ったそれを2人そろってチリチリチリ、と鳴らすと、発動。

 無秩序に、それぞれバラバラに進軍していた雑魚軍団が。信仰ルート自体を『俺達2人』に変更して一斉に向かってくる。


「怖っわ……圧がすごい」


「俺も同感……だけど、まあ、こちとら常時無敵のチート属性だ。後ろの連中に楽させてやるためにも、せいぜい派手に暴れるぞ」


「うん……わかった!」




 今回の戦い、まず、最前線を張るのは俺と麻里奈の2人。理由は最早説明するまでもないだろう。


 俺は手甲『タイラントクロー』を装備し、かかってきたゴブリン達を片っ端から引き裂いて倒していく。

 ゴブリン程度であれば、殴る必要すらない。腕で雑に薙ぎ払ったり、尖った爪でひっかく程度ですら一撃で倒せる。リーチの短さを補って余りある攻撃力のおかげだ。


 一方麻里奈は、薙刀『黒顎』を装備し、ぶおんぶおん大きく振り回して、群がってくるゴブリン達相手にまさに『無双』している。

 俺と違ってリーチが長いので、一度に結構遠くにいる奴まで攻撃でき、数匹まとめて薙ぎ払って砕いていく。倒してる一也ペースは麻里奈の方が多いだろう。

 なお、重さなんてものはないので、片手で振り回している。身の丈を超える長さの長物を片手で振り回してるって……けっこうすごい光景だな。


 目の前で同族達が次々に死んでいっても、恐れることなくゴブリンやコボルド達は次々に向かってくる。恐れるなんてことは知らないのか、それとも『呪いの鈴』の効果ゆえなのか。

 鈴の効果はしばらく続くので、このまま俺達2人にひたすら攻撃を集中させ、それを迎撃し、とにかく数を減らす。

 これが、第一段階だ。


 しかし、さすがに俺達も全ての敵を止められるわけではない。何匹か、襲い掛かるメンバーから炙れてしまった形で、俺達をスルーして『拠点』に……役場に向かうゴブリン達もいる。

 そういう奴らが出てきたら、第二段階の防衛線の出番だ。


 俺達が最前線を張っている少し後ろには、机やいすで雑に作ったバリケードが組まれている。

 本格的なものでは全然なく、大きさも大したことないので、小柄なゴブリンだろうと乗り越えてしまえる程度のものだ。少しの間、進むのを遅らせる程度の効果しかない。


 しかし、そのわずかな時間が重要なのだ……進む前にこいつらを削り殺すために。



 ―――ヒュヒュヒュン!!


 ―――ズドドドドッ!!



 バリケードを乗り越えようと四苦八苦していたゴブリンの頭に、後方から飛んできた何本もの矢が突き立つ。

 急所への一撃であれば、レア度の低い弓でも1発か、多くても2発当てればゴブリン程度は倒せる。倒せなくとも大きく怯んだり転げ落ちるので、次弾で仕留めればいいのだ。


 これが第二段階。俺達の防衛ラインをすり抜けて来た敵をバリケードで足止めし、遠距離からの攻撃で仕留める。


 幸い、さっきすり抜けていった連中は、迎撃が上手くいって、弓矢で全員仕留めることができたが、それでも撃ち漏らしが出て来ていた場合は、真田達のいる第三段階の出番だった。


 同じくバリケードで防御陣地を作ってあるんだが、こっちのバリケードはかなり高さがあるので、正面から突破するのは難しい。

 ただ、代わりに何カ所か『隙間』を作ってあり、そこからならわざわざ乗り越えなくても徒歩で普通に向こう側へ行けるようになっている。


 ただし、『隙間』はかなり小さいので、ゴブリン達でも2、3匹程度しか一度には通れない。


 そしてそこを、槍やモリで武装した職員達が守っている。


 戦国時代の戦記モノのマンガとかでよく見た、大軍を大軍として機能させない方法。それを参考にした陣形だ。一度に大勢が通れない程度の狭い入り口を作り、そこからどうにか入ってくる敵兵を、こちらも少しずつ殺していく。


 仮にそれすら突破されてしまっても、すぐ後ろで『撃ち漏らし討伐係』がきちんと控えているので、信じて、入り口係は入り口だけを守る。役割分担。


 さっきも言ったように、まだそれらの出番は来ていないが……おっと、おかわりが来たか。


(幸いにも、今のところはまだまだ楽勝……さて、素人がマンガとゲームの知識だけで組んだ防御陣形、一体どこまで通用しますかね……っと!)


 そう思って気合を入れ直したが……やってることもゲームみたいなもんなんだよな、と思ってしまい、笑ってしまいそうになった。

 このくらいの気楽さのまま、最後まで行けたらいいんだが……な。





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