16 準備
「町民の皆さんへの説明は町民課の方でやっておきます。こちらは気にせず、皆さんにしかできないことをやってください」
「物資の回収が重要なんだろ? 雑魚モンスター狩りくらいなら俺達でもできる。青年会の連中も協力してくれるって話だから、気にせず自分達の仕事に集中しろ」
「そうそう。町内の道路事情やら通行ルートなら、俺達建設課が一番詳しいんだからな。必要な情報はそろってるんだ、最高効率でデータ物資集めまくってやるよ」
「襲撃の対象がこの『町役場』だけなら、各地に点在している避難所は無事だと思いますが……念のため可能な限り場所を絞って、防衛戦になったとしても対応できるよう体勢を整えます。
「収容人数等を考えれば、各小中学校が地区ごとの統合避難所になりそうです。我々教育委員会の仕事ですね。ここの避難所運営のノウハウがそのまま生かせそうです、お任せください」
「揃いも揃って頼もしいにもほどがあるだろ、俺達の同僚達」
「俺も思った。なんかこう……危機を前にして一丸となって取り組んでる感じするよな」
「ディストピア系とかモンスターパニック系って、避難所での人間関係とか、極限状態であらわになる人の本性とか、『本当にやばい敵は人間』的な展開多いけど……そんなことないんだね」
「はい。皆さん、すごくいい人達ばかりです。職員の方々はもちろん……町民の皆さんも、文句も言わずにお互いに協力して暮らしを支えて、むしろ積極的に色々なことを手伝ってくれて……」
前にもちらっと言ったかもしれないが、田舎特有の距離感の近さというかコミュニティの狭さ(いい意味で)というか……そういうのが産む『強さ』ってものを目の当たりにする機会が、このところすごく多い。
麻里奈の言う通り、極限状態もパニックムービーのお約束もなんのそのだ。不安とかは全然なくて、むしろ『皆で協力すれば絶対乗り越えられる!』っていう空気を一層強く感じる。
それこそ、今回のあの『襲撃警報』を前にしてすら、ほとんどパニックになることはなかった。
いや、かなり混乱はしていたみたいだが、まとめ役、仕切り役になる人達が率先してそれを収めにかかり、ものの数分で収まったらしい。
そこから先は、すぐさま『大変なことになるのは確かだけど、それなら俺達はそれを乗り越えるために動かなきゃならない』『役場の人達はもう動き始めてくれてる。俺達も助けられっぱなしじゃだめだ』という感じで……うん、この町ってこんな意識高い系の黄金の精神の持ち主がそこら中にいたの? 俺生まれてこの方26年この町にいるけど、全然知らなかったんだけど。
彼ら彼女らの極限の頼もしさを前に、むしろ俺達がこんな不安なままで大丈夫か、なんて思ってしまっている。
今回の襲撃のことを知って、俺正直、割と大きめに絶望してたからな……俺と麻里奈は効かないにしても、他の人達にとっては、モンスターの攻撃は、直接傷つけられるものではないとはいえ、命が脅かされるという意味では、十分現実の脅威なのだ。
それが、大挙してやってきて……俺達で協力してここにいる人達を守らなきゃならない。けど規模を考えれば、全員を守り切れるとはとても思えない。
そんな風に考えて勝手に弱気になってた俺の方が情けなく思えてるよ、今は。
そもそも俺、ここで避難してる人達を勝手に『守るべき弱者』扱いしてたことに、今さっき気付いた。自分がデータモンスター相手に無敵で、『守る側』に立って戦える立場だからって、それができないというだけで弱者だとみなして、決めつけて……恥ずかしい限りだよ。
……日頃、俺自身が思ってたはずだっていうのにな。
『俺『ARD』だけど、別に『可哀そうな奴』じゃないんだけどな』って。人にできることができないだけで、それ以外は普通の人間なんだから、過度にかわいそうがられる必要もないし、俺は俺で人の、社会の役に立てるって、自負というか思ってたはずだ。
全く……目の当たりにして初めてわかる、考えの足りなさよ。俺も立派に、そういう偏見の中で生きている人間の1人だったわけだ。
(反省すべき点はいくらでも出てきちまうが……後回しだ。皆がやる気になってるんだから……他ならぬ俺達『対策室』がきちんとガッツ見せないでどうする!)
先送りや棚上げ、あるいは開き直りは認めつつ……今、俺達がやるべきことは、皆の覚悟や奮起を絶対に無駄にせず、3日後の戦いを必ず乗り越えること。
そのために、俺達『仮想害獣対策室』にできることを全力でやることだ。
「んじゃ確認な。簡単に言えば俺達の仕事は、他の課や民間の協力者たちには任せられないヤベー敵相手の、あるいはヤベー状況での『狩り』だ。具体的には、ボス級の敵からドロップするアイテムや、『夜』のモンスターが相手になる。特にゾンビな」
「あいつら死ぬほどしぶといからな……動きは遅いから1匹なら何とかなるだろうけど、割と集団で出てくるし」
「一番の稼ぎ場になるあの『礼拝堂』が集団の無限湧きですからね。攻撃力と無敵さを両立させられる私達くらいしか、あそこで稼ぐことはできないでしょう」
だが、『弾薬』を補充するのに一番効率がいいのは間違いなくあそこだ。だから、俺達がやるしかない。
この先2日間の俺達の予定は……昼は各地の『ボスモンスター』が出現する場所を回ってそいつらを狩る。取り巻きの雑魚達ごと。
初回のみの報酬である(らしい)強力な武器は手に入らないだろうが、それでもボスドロップの素材やその他消耗品は、普通の雑魚的ドロップよりも高品質だったり、種類の違うレアものが回収できたりする。
中には、ゲームではお決まりと言えばお決まりだが、一定時間攻撃力をUPさせる薬とか装備、なんてものもあるため、そういうのを集められれば集めたい。それだけ、当日の戦いで有利になるだろうから。
それともう1つ。昼間それらをある程度狩り終えたら、一旦昼寝して体を休める+『寝貯め』して、夜になったら再度活動開始。
ゾンビを無限狩りして弾薬を回収するとともに……もう1つ、洋館を隅々まで探索して、可能な限りの武器を回収する。
ゾンビ達を倒すと、弾薬は落とすけど武器は……すなわち、銃火器は落とさない。少なくとも今の時点では、銃火器を落とす敵を見たことはない。
どうやら重火器を手に入れるには、モンスタードロップではなく、フィールドに落ちている、あるいは設置されているものを拾う必要があるようだ。
今俺達の手にある銃火器は、ハンドガンとショットガンの2つだけ。これら2つとも、『洋館』で拾ったものだからな。
今言った通り、洋館を隅々まで調べれば、回収可能なオブジェクトとして銃火器がまだあるかもしれない。それを期待して、しつこいようだが隅々まで探す。
引き出しの中、物置の中なんてところまで、全部探す。
さらに、時間の許す限り夜中だろうと動いて……その洋館以外にも『ゾンビゲームっぽい舞台』と言える場所に出向いて、
そうして武器(銃火器)が新たに見つかれば、それらを防衛メンバーに配布して防衛力を底上げする。その分、拠点を守り切れる確率が高まるはずだ。
物資収集と同時進行で、当日、モンスター達の襲撃に、どう対応するかの打ち合わせ……作戦会議も進めている。
主に朝、定例の『対策本部』での会議の際に。
いつもは『対策本部』のメンバーと、その他必要に応じて各部門の関係者……会議で報告することがある人のみを招いての開催だが、今日はそうではない。可能な限り、全部門から……さすがに全職員を出すのは無理なので、代表者に出てもらっている。
『襲撃イベント』では、この役場にいる者全員が当事者になるのだから、役場内全体……それこそ、避難民も含めて、当日どのように動くかの対応を周知しておく必要がある。
どう対応するかってそりゃ、戦う、そして勝つしかないわけだが、具体的にどのように動けばいいかを事前に話し合って決めておかないといけない。
いつものというか、散発的に起こっている防衛戦闘であれば、『目の前の敵を倒す』『なるべく複数人でかかる』『他は臨機応変に』くらいの作戦で問題ないんだが……今回はそうじゃない。
大軍、とはっきり言われるレベルの数のモンスターが攻めてくるなら、そしてそれを役場全体で迎え撃つなら……個人個人がやるべきことをはっきりさせておかないといけない。
でないと、まともに迎え撃つこともできない。わけもわからない中で負けることになる。
俺を含めたゲーマー勢の意見は、おおむねそんな感じで統一されていた。
……もっとも、その『やるべきことをやる』という方針自体、各個人に可能な範囲に落とし込んでおかなければならないとは思うが。
どういう意味かって? この後話すよ。
「『襲撃』に関しては、情報らしい情報が何もないので、ほとんど全てが推測での話になってしまいますがご容赦ください」
いつもは会議で報告役をやってくれるのは石栗さんなんだが、今回は俺がやってる。
石栗さんにも、ARで投影している資料の操作なんかを手伝ってもらってはいるが、大筋の説明やら何やらは俺がやることになった。一応『室長』だし……今回の会議は、全部門の代表者を相手にした重要な会議だってことで、そうすることになった。
「表示しているのは、先だって我々の脳内で表示された『地図』のスクリーンショットです。ご覧のとおり、役場正面玄関側の道路を通るように矢印が配置されており、この方向からモンスター達がやってくると思われます」
「一方向からしか襲ってこない、しかもそれを事前に教えてくれるとは丁寧な話だな……」
「ゲーム的に考えればよくある話かと。もちろん、他の方向からも伏兵的なのややってきて襲われる確率がゼロではありませんので、見張りとかは適宜設置すべきだと思いますが……基本は正面から来る連中を警戒すべきだと思います。なんせ『大軍』ですから」
さっきも言ったが、複数のモンスターが役場を襲ってくるような展開は、一応何度か経験済みだ。
モンスターパニック発生当初の、役場入り口での防衛戦もそうだし、それ以降も何度か、規模は小さいがモンスターが数匹まとめて襲ってきたことがある。
ノウハウがある程度確立されて、武器や物資もその頃には充実し始めてたんで、最初以降は苦戦らしい苦戦はなく撃退できているが。
だが、今回はそういうのとは違う……ノウハウが全く役に立たないとは言わないが、同じ感覚で対応しようとすると、まず間違いなく痛い目を見る……いや、それじゃすまないだろう。
「一応、敵の戦い方というか、襲撃の仕方自体は普段のモンスターと同じだと仮定します。その上で我々の対応、その基本方針としては……個人個人の役割を定めて、やるべきことのみを徹底して確実に実行するようにする、というものにするべきだと思います」
「……それは、普段やっている戦い方とは違うのか?」
「普段も、防衛メンバーの人達は、役割分担をして戦闘を行っていると聞いていますよ? 近距離戦担当の人には剣や棍棒を持たせて、遠距離戦担当が弓矢でそれを援護する、といった形で」
「基本的には同じです。ですが、今回の戦いでは、いつも以上に役割分担を『徹底』します。率直に言ってしまえば……自分の役割のみに集中し、それ以外のことは原則、一切しません」
役割分担した上で、自分にできる範囲で他の人のフォローなんかもしながら戦う。
要は、臨機応変に動いて互いにフォローし合いつつ敵を倒す。これがいつものやり方だ。
普段はこれで何とかなっているが……今回は多分通用しない。敵の数がけた違いに多いと仮定するなら、それらを相手にしていれば、いつも通りに行かない場面なんか、当たり前のように訪れるだろう。
それを各自の判断で『臨機応変』に何とかしようとしても、絶対上手くいかない。戦闘の規模が違いすぎて、たぶん、1の問題を解決する間に5の問題が発生し、それをさらに解決しきれない間に10の問題が新たに発生する。
だからいっそ、発生した問題を見つけても無視して、自分は自分のやるべきことだけをやるようにした方が混乱が少ないはず。
もちろん、そういう問題に対応する人は別に用意した上で。その人はその人で『役割分担』どおりに仕事をこなすわけだ。
「普段の防衛戦闘の際では、防衛メンバーの皆さんがやっているのは、行ってみればRPG……ロールプレイングゲームの動きです。それぞれの役割を持ちつつ、適宜自分の動ける範囲で他のフォローに回ったりする。ですが今回はそれだと対応しきれません」
もしこれが、戦国時代の合戦みたいに、『軍対軍』の戦いであるなら別によかっただろう。
とにかく数をぶつけて敵を倒していくことで、こちらにもある程度の犠牲は出る、仕方ないものだとして割り切って『戦争』を行うならば。
けどそれは断じて許容できない。大変な戦いになることは承知の上で、こちらの被害を最小限に抑えてどうにかしようとするならば……やり方だって変わってくる。
その場合、俺達がやるべきなのは、RPGじゃない。
RPGほど臨機応変に動くのは、戦いの規模を考えれば難しいというか、現実的ではない。
戦ってる最中に何をしていいかわけわかんなくなるだろうし、攻撃を受ければ痛みが走って冷静に思考できなくなり、余計にまともに戦えなくなるだろうから。
「RPGじゃないなら……シューティングとかか? 確か、アホほど大量に矢弾を回収して準備してたよな? それで、敵が近づいてこないうちに遠距離攻撃で狙い撃って削り切るとか」
「それか、弾幕系? 大軍相手ならこっちも遠距離武器の物量で攻める、みたいな」
「そういう面もなくはないです。シューティングは確かに、近づいてくる前に敵を倒すのは重要ですから、担当する人たちには積極的に狙ってもらいます。ただ、相手の数がわからず、こちらの物資にも限りがある以上、むやみやたらにぶっ放す物量戦は難しいです。むしろ、ワンショットワンキルくらいのつもりで、無駄玉は使わず狙い撃つつもりでお願いしたいです」
シューティングは、ジャンル的な重要度としては2番目だな。襲ってくるモンスターを、作業的に淡々と、確実に仕留めていく必要があるから、割と的を射ている。文字通りに。
しかし、今言った通り無駄玉は使えないので、弾幕は論外。
では、今回の重要度ジャンル1番は何かというと、だ。
アクションでも、シミュレーションでも、アドベンチャーでもなく……
「『タワーディフェンス』……って知ってます?」
見渡してみると……『ああ、なるほど』『そういうことね』的な表情を浮かべている者もいれば、首をひねったり、わかりやすく頭上に『?』が浮かんでいる感じの人もいる。
お年を召した方々は大体後者のようだが、若い人たちの中にも割とわからない人はいるようだ。
まあ、そこまでメジャーなジャンルじゃない気もするし……主にこういうのが見られるのはソシャゲ界隈だから、コンシューマーしかやっていないような人なら知らなくても無理はない、か。
……まあ俺が知らないだけでコンシューマーでもTDってあるのかもしれないが。
『タワーディフェンス』というのは、簡単に言えば、キャラクターないしユニットを陣地に設置して、攻めてくる敵から拠点を防衛する、というような流れのゲームである。
例えば、ゲームのフィールドが一本道になっていて、そこを通って敵がやってくる。反対側の端っこにある自分の『拠点』に敵が到達してしまう、あるいは敵の攻撃で拠点のライフが0になるだとか、一定数の敵が拠点に到達するだとか、そういう条件を満たしてしまうとゲームオーバー。
そうならないために、こちらの味方のユニットを道の途中に置いて、敵を迎え撃ち、拠点に近づけず、近づかれる前に迎撃して倒す。そうして敵を全滅させて拠点を守り抜くのが目的だ。
今まさに俺達が陥っている状況と同じような設定なわけだが……注目したいのはその流れよりも、敵を迎え撃つために配置されるユニットと、その役割である。
タワーディフェンス系のゲームでは主に、配置するユニットは役割が決まっている。
剣や槍を使い、接近戦で敵を倒すユニット。
弓矢や銃を使い、遠距離戦で敵を倒すユニット。
敵の前に通せんぼして進軍を邪魔し、味方を守る、壁役のユニット。
敵の攻撃で傷ついた仲間を回復させる、治療役のユニット。
味方の能力を上げたり、敵の能力を下げる、支援型のユニット。
こんな感じで明確な役割を持っている……というよりは、ユニットごとにできることが決まっている。そして、それ以外の使い方は基本、できない。
それを把握したうえで、どこにどんなユニットを置き、どんな働きをさせ、どんな風にその能力を組み合わせるか……そしてそれによって、いかに効率よく拠点を守るか。それがTD系ゲームで最も重要な要素である。
これを、そのまま今回の防衛戦に当てはめる。
「今回の防衛線、情けない話ですが……我々『対策室』だけではとても手が足りません。『対策本部』の皆さんの力をお借りしてもなお足りないでしょう。有志で協力してくれる方々の力が絶対に必要になりますが……問題が一つ。入念に打ち合わせや訓練を行ったうえでならまだしも、ぶっつけ本番の戦闘で、上手いこと臨機応変に連携して戦うなんてことは……失礼を承知で、不可能です」
「黒田。いちいち『情けない』とか『失礼』とか言わんでいいから。色々不安で不足でやばいのは俺ら全員むしろ自覚あってわかってるから、低姿勢にならんでいい。説明さっさと進めろ」
「あざっす建設課長。ではお言葉に甘えて……それに加えて、戦闘では俺と麻里奈以外は、データモンスターの攻撃でダメージを受けます。痛いです。俺はわかんないので伝聞ですが……防具やアクセで対策してても、予防接種する時の筋肉注射ぐらい痛いとか、タンスの角に足の小指ぶつけた時くらい痛いとか、風呂掃除してて目に飛び散った泡が入った時くらい痛いとか聞きます」
「どれも地味にきつい痛みだ……」
「人によっては耐えられなくて悶絶しますね」
「ええ、それが問題なんです。個人差はあるんだと思いますが、そういうダメージにさらされる状況下で、訓練もろくにしていない素人が、冷静さを保って戦い続けるのは……不可能でしょう」
自分がダメージを負った時は言うに及ばず、味方がダメージを負って倒れた時や、痛がって転げまわる味方を見れば、大なり小なり動揺するだろう。
実際に怪我するわけじゃあない。ポーションを使えばすぐに痛みは消えるが、それを冷静に実行できる余裕すらあるかどうか。
ゲームであれば、どれだけ攻撃を受けてHPが減ろうが、戦闘におけるパフォーマンスが落ちるようなことはない。
毒や火傷の状態異常になろうが、武器が壊れて丸腰になろうが、最後の最後まで戦い続けること『は』できるだろう。正真正銘戦闘不能になるまでの間、戦い続け、相手を攻撃し、相手の攻撃を受け止め続けることができるだろう。能力の上下は、ゲームによってはあるかもだが。
でも現実には、人間なんてちょっと大きな傷を負えば、痛みで冷静な思考を失い、体に力が入らなくなる。集中もできなくなるし、作戦だって忘れてしまうかもしれない。
血を見ただけで焦りや恐怖に頭を支配され、打ち合わせにない無茶苦茶な行動をとり始めたり、逃げ出したり、何もできずに立ち尽くしたり……そんなことが、当たり前のように起こる。
そんな状況で『臨機応変』? 無理だ。
訓練してる自衛官とかならともかく……一般人だぞ。できる人もいるかもしれないが、できない人の方が絶対多い。
だから……考えなくてもいいようにする。
誰をどこに配置するかを決めたうえで、その人その人の『役割』を明確に決める。
そして、それ以外は原則、しない。
例えば、接近戦担当として、剣を持ってこの場所を守るのが仕事と決めたら、そこから動かず、敵を待ち、襲ってきた敵を相手にしてのみ戦って倒す。それ以外はしない。
ちょっと動けば行ける位置に別な敵がいても、動かない。
別な味方が攻撃を受けてしまったのが見えても、助けに行かない。
持ち場を守り、役割だけをこなす。それ以外のことを考えない。
同じように、遠距離攻撃担当の人は、何処に陣取って、どのあたりに来た奴をどう攻撃するかをあらかじめ決め、それ以外の対応はしない。
仮にすぐ近くに、あとナイフで1発刺すだけで倒せそうな敵がいたとしても、自分は自分が担当する場所にいる敵だけを、あらかじめ決めた方法のみで攻撃し続ける。
もちろん、そういう……『攻撃を受けた味方』とか『もうちょっとで倒せそうな敵』とか、そのあたりについて、ただ放置するなんてことはないのでご安心を。そういうのに対応する役割の人達を別に用意するだけだ。
傷を負った味方にポーションをかけたり、最悪投げつけて――それでも回復するのは実験で確認済みである――回復させる役割の人とか、倒せそうな敵にとどめを刺す役割の人とかな。
そしてそれらの人も、自分の仕事以外のことは基本的に、しない。回復薬の人は、どれだけ隙だらけなモンスターがいても攻撃には加わらないし、掃討役の人は自分の担当エリアだけを動き、他のエリアにそういう敵がいても持ち場は離れない。
ただ、あえて例外を設けるなら……明確に余裕がある時に限り、自分自身や、すぐ近くにいる味方を回復させることくらいはOKにする、くらいか。
ポーションは全員に大量に配布する予定なので、こちらの戦力が減らないようにという意味でも、回復くらいは余裕を見て相互に助け合うのはアリだと思うし。
ただし、余裕がなければやるべきじゃないし、なんなら自分の治療だって、敵を倒して余裕ができるまでは我慢するか、それを見てヒーラーが来てくれると信じて待つ。
あくまで原則は、『自分の役割だけに集中』。これに尽きる。
「決められた役割以外はしなくていいししちゃダメです。けどその代わりに、全員が全員、与えられた役割を100%こなして……そうすれば、きっと乗り越えられます。そしてそれをより確実に可能にするために……」
言いながら、俺はちらっと、視界の端(デバイスのモニターの端)にうかんで見えているカウントダウンを見る。
最初72時間ジャストから始まったその数字は、今……『60:00:49』になっていた。
「残り2日半、引き続き準備頑張りましょう! よろしくお願いします!」
「正確にはあと2日……48時間だ。最後の半日は、しっかり食って寝て休んで、万全の状態で本番を迎えられるようにするからな!」
「「「はい!!」」」
総務課長が補足気味にそう締めくくってくれて……半ば決起集会みたいな感じになった全体会議は終了。
昼間働いた人は、この後就寝する。逆に、この後『夜勤』……夜の狩りに出る人達は、さらに数時間頑張ってから休むことになる。
どちらも、残る時間を最大効率で使って物資を集め、準備を万全なものにした上で、迫りくるイベントを迎え……そして、乗り越えるために。
俺はというと、『対策室』メンバー共々、夜勤組だ。ゾンビを倒して弾薬を確保しつつ、銃火器系の武器を少しでも見つけて集めないといけない。
視界の端でちょうど『59:59:59』になったところだったタイマーをちらりと見つつ、気合を入れ直して、皆と一緒に部屋を出ていった。
そして、あっという間に時間は流れ……
『00:03:00』
その時は、間もなくやってくる。




