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01 ゴスペルギア

どうも皆さま、初めまして。

他の作品でお会いしたことがある方はお久しぶりです。和尚と申します。


少し前から思いついて、書きたいなと思っていた構想が形になったので、文章に起こしてみました。

拙い文章ですが、もしよろしければ覗いていってみていただければ嬉しいです。



「暑い……」


 ひとまず弁明から入らせてもらうと、今こうしてベンチに座って背もたれに体を預けて脱力し、空を仰いでいる俺こと黒田(くろだ)響平(きょうへい)は、決して今、仕事をさぼっているわけではない。そこははっきりと明言させてもらう。

 作業着姿で首からタオルをかけているところから想像してもらえるかもしれないが、今ちょっと肉体労働の合間の休憩中、というだけだ。右手に持っているペットボトルのスポーツドリンクは、水分補給のために必要なものである。


 9月に入り、暑さのピークは過ぎた……と、天気予報では言っていたが、それにしたってまだまだ暑い日は続く。テレビやラジオでは熱中症への注意喚起が続けられているし、それでも外作業中に熱中症で救急搬送されたりする事件事故はけっこうなペースで起こってしまっている。


 だというのに、この町では近々、町主催のとあるイベントが開催される予定になっていた。

 俺はその準備のために、町内のあちこちを――小中学校とか、体育施設とか――軽トラで回って、必要な物品を借りて回っている最中なのだ。


 しかもそれが屋外でのイベントなものだから、パイプ椅子や長机、さらには折り畳み式のテントなんかの大物も必要で……かなり体力を使う。

 熱中症や脱水症状にならないためには、適切な休憩と水分補給は業務上必要不可欠。よってこの休憩タイムはサボりではない。証明終了。


 ……実際の話、俺が熱中症で倒れでもしたら、職場である町役場に迷惑が掛かる。

 職場の人達は……多分、俺を責めることはないだろう。むしろ心配して、色々気を回してくれると思う。いい人達だからな。


 けど、迷惑かけてしまうのは普通に俺が嫌だ。

 ……ただでさえ常日頃から、色々ともう気を使ってもらってるんだからな……。今以上に俺への態度が『腫れ物扱い』になってしまうのは、それも勘弁願いたい。


(せっかくの俺が役立てる分野……力仕事まで取り上げられちゃかなわん)


 スポドリを一気飲みしつつ、ふと、すぐそこの道路に目を向けてみれば……老若男女、何人もの人が行き来しているのが見える。

 俺と同じように仕事の最中なのか、時間を気にしながら早足で歩いている人もいれば、今日は休みの日なのか、私服でのんびりと歩いている人もいる。作業着を着て農作業の最中のおっちゃんやおばちゃんもいれば、高校生くらいの女の子が数人きゃいきゃいと遊んで騒いでいたりも……おい君ら学校はどうした? 今日は平日で今はまだ昼間だぞ? 昼休みって時間でもないし。


 そして、そのほとんど全員に共通する、奇妙な点があった。

 なぜか何もない空中を見てきょろきょろしていたり、何もない所を見てきゃっきゃっと楽しそうに笑っていたりするのだ。

 まるで、何もないその空間に、何かが見えているかのように。

 中には、その空間をちょんちょん、と触るように指や手を動かしたりしている人もいる。


 また、誰もいないところでやたら大きな独り言?を話している人もいる。まるで、誰かと会話しているかのように。そこに目には見えない誰かが、あるいは何かがいるみたいに。


 これだけ説明すると、まるで彼らが、何かヤバいお薬でもやっていて、見えてはいけないものが見えている……みたいに聞こえてしまうかもしれない。

 しかし、そうじゃないので安心してほしい。彼らはどこも悪くないしおかしくない。変なお薬もやってない。



 ……おかしいのは、『それ』が見えない……見ることも聞くこともできない、俺の方なのだ。



(……そろそろ休憩終わりにするか。まだ仕事残ってるもんな)


 タオルで汗を拭いて、空になったペットボトルをごみ箱に捨てて、立ち上がる。

 そして俺は、作業の続き……を、始める前に、傍らに置いてあったあるものを手に取った。


 それは、一見すると、スポーツサングラスのように見える『何か』だった。

 左右のレンズが一続きになっていて、眼鏡型のサンバイザーのようにも見えるそれは、眼鏡の『つる』の部分がやけに大きく重厚で、そしてメカメカしい作りになっていて、単なるサングラスではないと一目でわかる見た目をしている。


 見た目相応に重さのある――と言っても、着けるのが苦痛というほどではないが――それを、普通のメガネやサングラスと同じようにかけて、装着する。

 俺はこれがないと、危なくて仕事できない……というか、外を歩くこともできないからな。


 ただしそれは、俺が目が悪いせいで、視力を矯正する眼鏡がないとまともに前が見えないから……という意味ではない。

 俺の視力は裸眼で1.0だ。滅茶苦茶いいってほどじゃないが、普通に見えるし、眼鏡やコンタクトレンズは必要ない数値である。


 それでも……繰り返すが、俺の場合はコレがないと『危ない』のだ。


 かけて……フレームについている小さなスイッチを、カチッ、と押す。


 その瞬間、世界が変わった。


 さっきまで、全然飾り気のない……殺風景とすら言ってよかった街並み。

 それが一変し……何もなかったはずの場所に、色々なものが『現れた』。


 道の端っこの方にある電信柱。

 その表面に、さっきまではなかった張り紙『らしきもの』がいくつも浮かび上がっている。


 空き地らしい場所の上空、何もなかったはずの空間に、『売地』『購入・貸借ご希望の方はこちらまで』という『看板』が、フワフワと浮いている。


 向こうにいるビジネスマン風の男性は、目の前に立体映像のような『画面』が現れていて、その向こうの相手とテレビ通話で話しながら歩いている。『すぐに向かいます』とか何とか聞こえるが……仕事の話か何かかだろうか。


 前を歩く女の子達の目の前の空間にも、同じように『画面』が現れ、そこには今流行りのイケメンアイドルグループの映像が流れている。それを見て『かっこいいー!』とはしゃいでいるようだ。

 しかし数秒後、それを見た白バイの警察官さんが『歩きながら動画を見るのはやめなさい』と注意して、指を一振りすると、その画面が消えてしまった。

 女の子達はバツが悪そうに『ごめんなさーい』と謝って、さっさと歩いていった。


 農作業中のおっちゃん達の前にも、『画面』が開いて……天気予報見てるのか、あれは。『もうすぐ雨が降るから急ぐべ』とか話してるようだ。


 そんな光景を見ながら、俺の口から、思わずと言った感じで、言葉が漏れた。


「『超情報化社会』……か……」


 それらの人達の耳の裏を見ると……皆そこに、小指の爪くらいの大きさの、カフスボタンみたいな丸い『何か』がくっついて……否、『埋め込まれて』いる。

 見える範囲にいる全員に、それがある。1人の例外もなく、皆、それを付けている。


 ……ただ1人、この俺を除いて、全員。


 これが、20XX年の、今の日本。

 これが、『超情報化社会』。


 全人類の99%以上がその体に埋め込んでいるデバイス『ゴスペルギア』により進歩した世界。


 そして俺は……そんな世界に順応できず、取り残された……いわゆる、落ちこぼれだ。



 ☆☆☆



 『AR』というものをご存じだろうか。

 略さずに言うと、『Augmentedオーグメンテッド Realityリアリティ』。日本語に訳すと、『拡張現実』という単語になる。


『VR』こと『Virtualバーチャル Realityリアリティ』……『仮想現実』なら、知ってる人も多いかもしれない。画面の中とかの『仮想空間』において、アバターを使ったり、VRゴーグルを使ったりして、自分がその世界に入り込んだかのような感覚で、遊んだり、仕事をしたり、色々なことができる技術だ。


 それに対して『AR』は、実際に目に見えている現実の世界に、デジタルの情報を『重ね合わせる』ことで、見えている現実を『拡張』する、という技術だ。ゴーグルを通して見たり、スマートフォンやタブレットのカメラ機能を使うことでそれができるようになる。


 コードを読み込むことで、ゲームやアニメのキャラクターを立体で表示させたり、

 カメラで撮影した植物とかキノコの種類を表示させたり、

 家具のグラフィックを部屋の風景に重ね合わせて、置けるかどうか確認したり、


 ここ数十年のうちに、この『AR』の技術を中心にして、世界は大きく発展していった。

 そうしてやってきたのが、この『超情報化社会』と言われる時代。


 そして、その『超情報化社会』を作り上げた立役者と言ってもいい技術、文字通り世界を変えた究極のデバイス……それが、『ゴスペルギア』である。


 日本語における正式名称は、『拡張現実式脳波連動型情報処理支援デバイス』。


 これは、外科手術によって頭に直接埋め込むタイプのARデバイスであり、日常生活において邪魔にならない、両耳の後ろあたりに埋め込むのが一般的だ。非常にサイズが小さいので、異物感とか違和感なんかもほぼない。

 そもそも、埋め込むのは早ければ2歳前後、遅くとも3~4歳になる頃には手術する。そのまま数年も生活すれば、慣れて体の一部みたいな感覚になって、気にもならなくなるだろう。


 これにより、脳に直接信号を送り、視界の中に直接ARの映像を表示できるようになる。

 ゴーグルやカメラなんかなくても、直接、視界の中の『現実』を『拡張』できるのだ。


 それだけじゃない。『ゴスペルギア』には、それ以前の時代であれば、スマートフォンやパソコンといった、個別のデバイスを用いて行う必要があった、様々な機能が搭載されている。


 離れた場所にいる誰かと話す、電話、ないし通話機能。しかも顔を見ながらのテレビ電話。

 メールや添付ファイルの送受信、チャットアプリによる文章でのやり取り。

 暗算では到底できないような計算も一瞬で行える、電卓機能。

 ワープロソフトによる文書の作成。

 表計算ソフトによる数値データの計算や集計。

 バスや電車の路線や時刻表まで考慮した、目的地までのルート案内。

 インターネットに接続しての、様々なウェブサイトの閲覧。

 動画視聴、ゲーム、ショッピング、テレワーク、翻訳や株取引に至るまで……何でもできる。


 目の前の何もない空間に、ARでモニターやグラフィックを映し出し、思考のみでそれを自在に操作でき……スマートフォンもタブレットも必要とせず、手ぶらで何でもできてしまう時代。

 ゴスペルギアに搭載された超高性能AIが、人間の社会活動の全てを、頭の中から補助することで、人間1人1人が、まるで脳内にスマートフォンを持っているかのように、様々なことが身一つでできるようになった時代。それがこの、『超情報化社会』なのだ。


 これにより、人々の暮らしや仕事が大きく効率化されたのはもちろん……現実の世界の、物理的な意味での『形』すら変わっていった。


 例えば、それまでは、木材や金属を使って、店やイベントの宣伝のための看板を作ってわざわざ設置していたわけだが……ARが普及して以降はその必要もなくなった。


 わざわざ本物の看板なんか用意しなくても、データさえ作って、誰でも閲覧可能な形でその場所に『設置』しておけば、目に見えるデータの『看板』を簡単に用意できる。

 しかも、風雨にさらされて劣化・破損することもない。何か変更があっても、後から情報の修正も簡単にできる。用事が終われば、データを消去するだけで、一瞬で撤去してしまえる。


 さらに、興味がある人はその『看板』を選択するだけで、イベントの詳細をみたり、店に電話して予約したり……ということもできる。ちょうど、ネット上のリンクか何かのように。


 同じ要領で、例えば店舗前に黒板なんかでその日のメニューを表示していたおしゃれな洋食屋さんなんかは、データでそれも代用できるようになった。

 看板からデータを選択することで、クーポンを入手できるリンクを張り付けることもできた。


 またこれにより、宣伝には使えるものの、無駄に電力を食うネオンサインや電光掲示板などは、軒並み町から姿を消した。

 将来的には、道路標識や信号機すらなくなるかもしれない、と言われているくらいだ。


 やがて、公的機関で行われるような証明書類、その他重要な各種証明書等の提出すら、ARでのデータ処理によって代えられるようになった。

 戸籍の確認、健康保険証の提示、運転免許証の提示、確定申告……エトセトラ。


 いつしか、『拡張現実』という、目に見えるデータの世界は、人々にとっての現実そのものとなった。そして、社会はほぼ完全に、その技術を根幹に据えた形に変わっていった……。


 ……というのが、俺が以前、資料で見て知った『超情報化社会』の成り立ちだ。覚えてる範囲での抜粋だけど、だいたいこんな感じだったはず。


 こういうわけで、今の時代、誰もかれも体に『ゴスペルギア』を埋め込んでいて、それが見せる『AR』込みの世界こそが、今の人達にとっての『現実』なのだ。



 ……なら、その世界を共有して、その世界に生きることができない俺みたいな奴は、『現実』を生きていない、ってことになっちまうのかね?



(アホらし。何、ガラにもなくセンチなこと考えてんだか)


「ただいま戻りましたー」


「おう、お帰り。お疲れさん、黒田」


「外暑かったろ? いつも大変な仕事やらせちまってすまんな」


「いえいえ、俺が活躍できる数少ない分野っすから」


 水分補給を兼ねた休憩から数時間後。無事に外の仕事を終えて、俺は職場に……町役場に帰ってきたところだった。俺の職業、ここの職員……すなわち、地方公務員なので。


 ここ『六川(むかわ)町』は、東北地方にある田舎の小さな町だ。人口は7000人程度で、限界集落ってほどじゃないが、かなり数は少ない方だと思う。高齢化率も高くて、最新の調査では3~4人に一人が65歳以上だったはず。


 農業とか第一次産業が盛んで、『田舎』と聞いて思い浮かべるイメージがそのまま当てはまるような場所だと思っていいと思う。『ゴスペルギア』やら何やらの近代技術が浸透してるおかげで、中途半端に近未来な感じに見えるかもだが、自然豊かで都会の喧騒とは無縁な、地方の中小都市だ。


 その町の町政の中心である『町役場』に、俺は勤めている。

 俺は生まれも育ちもこの町で、大学の4年間を除けばずっとここで暮らしてきたから……故郷を離れたくないっていう思いもあって、Uターン就職でここに勤め始めた。


 そして、その職場の中でも……『AR』は大活躍である。

 さっき話したように、今の世の中、事務仕事の現場において、紙での仕事なんてものはほぼなくなっている。書類の作成も決済も保管も、全てデータ上で行われるし、その処理の全ては『ゴスペルギア』を使って行われる。プリンターの出番はほぼない。


 ぱっと見回してみても、誰もかれも、目の前にホログラムモニターとホロキーボードを展開して仕事やってる。

 いや、キーボードすらない人も少なくない。『ゴスペルギア』は、慣れれば思考だけで全ての操作が可能だからな。


 時折、通話用のアプリケーションを使って仕事先に電話を掛けたり、あるいは、かかってきた電話に応対している職員もいる。

 据え置き式の電話機はない。受話器ないし子器もない。そんなもの必要ない。直接音声が頭に届くし、相手にこっちの声を飛ばせるからだ。『ゴスペルギア』の通話機能で。


 そんな……『超情報化』以前の、いわゆる『旧時代』からすれば、近未来そのもの、という感想を抱くんであろう光景を……誰も特別なものとして見てはいない。

 今の日本では、田舎だろうと、事務仕事と言えばこの光景が普通なのだから。


 ……そんな『普通』な職場の中で、『普通』に仕事ができない哀れな男が1人。

 誰あろう、俺のことだ。


 周囲の皆が『ゴスペルギア』を、ホログラムモニターやその他アプリケーションを使って事務仕事を進めている中で、俺は鞄からノートパソコン……型の事務作業用デバイスを取り出して立ち上げ、キーボードを叩いて作業を行っている。今日の外回りの仕事内容と、その中で気付いたこと――壊れそうな物品がいくつかあったこととか――書類にまとめて報告しないといけないからな。


 時々、電話がかかってきたり、あるいは電話をしなければならないときには、スマートフォン……型のデバイスを懐から取り出して、それを操作して通話を行う。


 そんな俺の姿を、周囲の人達のほとんどは――職員だけでなく、来庁したお客さんも――務めて気にしないようにしつつも、好奇の目を向けたり、あるいは、憐れむような目で見てくる。

 『旧時代』では珍しくない、むしろ当然のものだったであろう、俺のこの仕事風景は……今の時代では、社会に適応できない『かわいそうな奴』の姿に見えてしまっているからだ。




 これも、『超情報化社会』になってから、新たに世の中に出てきた単語、ないし存在なんだが……『脳波連動型デバイス不適格症』というものがある。


 一言で言えば、これは、脳波と『ゴスペルギア』の相性が悪いせいで、それらを全く、あるいは十全には使うことができない人のことを指す。

 名前に『症』なんてついてはいるが、別に病気ではない。数万人に1人の割合で見られる、あくまで『体質』である。生まれつきの。


 しかし、この『超情報化社会』において、『ゴスペルギア』が使えない、ARの世界を見ることができないというのは、あらゆる意味で非常に大きなハンディキャップであるため、半ば先天性の病気や障害と同じような扱い、ないし受け取られ方をされている。

 不当に差別されることもあるし、逆に過度に腫物扱いされることもある。


 しまいには、どこの誰が呼び始めたんだかしらないが、『ARD』……『拡張現実不全』なんてスラングまで生まれて、その名称がそのまま略称として定着し、呼ばれるようになっていた。


 挙句の果てに、国すらこの『ARD』を障害者扱いしだして……この『ARD』に該当する体質の人は、申請することで手帳を受け取れるようになり……また、『ARD』の人を雇用している会社には、業種に応じて補助金が出る、なんかの法律まで制定された。

 これが決め手になって、『ARD』=障害者、という図式が完成してしまったとされている。


 当時、差別を助長するとか、偏見の元になるとかいろいろ言われたらしいが……実際、激変しつつある社会システムに確実についていけなくなる『体質』だったから、実質的に『障害』と同等に扱い、保護ないし支援するべきだ、って結論に至ったそうな。

『ARD』の人からしても、多少の風評被害はあるものの、それ以上に国公認で色々な支援を受けられるようになったから、そこまで反発は大きくなかったらしい。


 で……もうお分かりだろうが、俺がこの『ARD』だ。

 俺の体に『ゴスペルギア』は埋め込まれていない。


 ゴスペルギアの埋め込み手術を受ける子供は、その前に『適正テスト』を受けることが義務付けられている。その子が体質的にARに向いていない場合、手術自体を受けることができなくなる。

 使えないことがわかり切ってるわけだから、ただ異物を埋め込むだけになってしまうからだ。


 俺は、そこで引っかかった。ゆえに、『ゴスペルギア』を手にできずに……世の中の人達と同じ世界を見ることができなくなってしまった。


 今の『超情報化社会』は、AR技術を前提にあらゆる社会システムが構築されている。その中において、『ARD』の人間のハンディキャップはといえば、文字も言葉もわからない外国に放り出されたに等しい無力具合である。もちろん、通訳も翻訳ソフトも何もなしで。

 そのため、ゴスペルギアの代替となる様々なデバイスを外付けで使用することで、どうにかそのハンディキャップの穴埋めをしている。


 一番お世話になってるのは、サングラス型のデバイス。これがないと、俺はゴスペルギア使用者が見ている世界を見ることができない。一部の道路標識や、『工事中』『通行止め』とかの電子看板を見ることすらできないので、外を歩くのも危険だ。


 通話やメールの送受信、キャッシュレス決済をする時には、手持ちサイズのスマートフォン型のデバイスを使う。

 映像や資料などを見たい時は、タブレット型やノートパソコン型のデバイスを。

 その他諸々、それぞれ適宜使い分けて、どうにか今の世界についていってる感じだ。


 さっきも言ったように、『旧時代』では、それが当たり前だったらしいんだが……今ではわざわざそんな、かさばる上に画質も悪い装置を使っている俺は、異端も異端。

 こうして、サングラス型のデバイスを着けているだけで、目立つ目立つ。普通の人には……コレ、半ば介護用品みたいな感じに見えてるんだろうな。


 でも、こんな視線を向けられることにも、もう慣れた。……慣れなきゃやってられない。





感想などいただけると作者が狂喜乱舞します。

もしよろしければどうぞよろしくお願いします。

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