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第一章 過去三

 不穏極まりないその響きに、シャインはとっさにその場から駆け出した。

 二階にある露台に飛び出して辺りを見回すと、裏門の一つが破られているのが見えた。使用人たちがよく使うものだが、今そこから入り込んで来ているのは、どう見てもこの館で働く者たちではない。

 剥き出しの剣や槍を手にして続々と中に押し入ろうとしているのは、紛う方なき侵入者だった。


(まさか、館が手薄だと知っていて? でも、そんなことってある?)


 こんな、ここぞとばかりの襲撃が偶然起きたとは思い難い。だが、アルゴーの行動を見計らうような真似が可能だろうか。

 一瞬脳裏をよぎった思考を、シャインはあえて振り払った。

 あれこれと思い悩むのは、後回しだ。

 この程度の高さなら飛び下りても支障はないと、シャインが目の前にあった柵に手を掛けたときだった。


「馬鹿野郎! こんな所から降りる気か!?」


 背後から聞こえて来たその声に、シャインははたと気づいた。

 振り返った先にいたのは、シャインがすっかりその存在を忘れ去っていた少年だった。

 彼は鮮やかな赤の髪をなびかせてシャインに駆け寄ると、強く腕を引っ張る。


「何するんだ、ついさっき家令と相談するようにって言われたばかりだろうが!」


 怒鳴りつけられても、そんなことは気にしていられなかった。


「こんなの、大した高さじゃない!」


 至近距離にある紫の瞳を睨み返し、シャインはその手を振り解いた。


「今すぐ行かないと――っ」


 続けようとしていた言葉が、ふつりと途切れた。

 シャインの両目が大きく見開かれる。

 でも、視界の隅に飛び込んで来たそれを、声に出す余裕はなかった。

 考えるよりも先に常に携えている短剣を引き抜き、同時に目の前の体を押し遣る。

 うわっ、という声が聞こえた気はするが、構っている暇はない。


(二人――、ううん、三人!)


 いつの間にか、長剣を手にした背の高い男たちが露台の上に乗り込んできている。彼らの口元は布で覆われており、その下の顔貌については分からない。

 ただ、身につけている服は粗末であったものの、その体躯は鍛え上げられたものだ。

 自分程度の技量では、たとえ一対一だとしても到底敵う相手ではない。

 シャインは瞬時にそう判断を下し、すぐさま風上へと回り込んだ。腰に下げた袋から手の中におさまるほどの小さな瓶を取り出し、体の陰に隠してその蓋を開ける。

 そして、慎重に狙いを定め、その中身をぶちまけた。

 ひゅう、と吹き抜ける風とともに、細かな粉末がぱっと散る。

 薄い赤色の粉は、過たず男たちの顔面へと届いたようで、彼らの手が目元を覆う。

 そんな格好の隙を、当然シャインは見逃さなかった。

 身を屈めた低い体勢のまま、彼らの足――正確にはその腱に斬り付ける。

 一時的に視界を奪ったとはいえ、シャインの身長と腕の力では、上背のある相手にどれ程の傷を負わせられるか疑問がある。

 それなら、彼らの動きを抑える方が有効だろうと踏んだ。

 今後歩けなくなることはないだろうが、かといってすぐには動けない程度の傷を三人に負わせると、シャインは身を翻した。

 おそらくは勢い余ってシャインが転ばせてしまったのであろう少年が立ち上がっているのを目に捉え、彼の元へと走り寄る。


「来て! 早く!」


 シャインは彼の手を引いて、そのまま急ぎ館の中へと戻った。

 がしゃん、と音をたてて露台に繋がる扉を施錠する。大した時間は稼げないかもしれないが、それでもないよりはましだろう。

 そう思いながらシャインが廊下に出ると、ちょうどこちらへと向かって来るセラフの姿が目に入った。


「シャイン様! ご無事でしたか。それにルシード様も……!」


 自分たちを見つめながら安堵の息を漏らす家令に、シャインは硬い声音で答えた。


「ええ、どうにかね。ここに来るまでにちょっと襲われはしたけど、隙を衝いて逃げて来たから」

「襲われ……って、シャイン様!?」


 途端にセラフの顔色が変わる。

 けれどもシャインはそれどころではないと首を振った。


「いいから、大したことじゃないでしょ。そんなことより、他の皆はどうなの?」


 館の者たちの様子を尋ねると、強張っていたセラフの表情が少し緩んだようだった。


「突然の襲撃でしたが、すぐに迎撃する態勢を整えて応戦しましたので、大きな被害は出ておりません。たとえ旦那様や衛兵の多くが不在だとしても、そもそもこのリード伯爵家にお仕えする者たちは最低限の自衛の術は身に付けておりますからね」

「って、どんな家だよ……」


 呆然とした呟きは、シャインが繋いでいた手の先からあがったものだった。

 その発言を聞き流し、シャインは更にセラフに確かめる。


「それなら、特に重傷を負った人もいないのね?」

「ええ、勿論死亡者もおりません。多少軽傷の者はおりますが」


 セラフにはっきりと言い切られ、シャインはようやく息を吐いた。

 そうと聞くまで、正直気が気でなかったのだ。


(……でも、安心するにはまだ早すぎるわね)


 そして実際に、それからすぐに届けられた報告はシャインの予感を裏付けるようなものだった。

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