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序章一 挫折

 それは、お茶会を楽しむに相応しい、穏やかに晴れたある冬の日のことだった。

 華美ではないが品良く整えられた室内には、小春日和の柔らかな陽射しが差し込んでいる。

 暖かな部屋には、小卓を挟んで向かい合う一組の男女がいた。一人はこの館の主である青年で、もう一人の方は彼に招かれた客である。

 余人を排したこの光景は、傍から眺めれば親密な間柄と思われてもおかしくないだろう。

 確かに、こうして二人きりで話しているという点では、ある意味でその評価は間違っていないのだが。


(……というか、他の人がいる前では到底出せる話題じゃないからなあ……)


 そんな感想を抱きつつ、深緑のドレスに身を包んだ少女は、疲れ果てた目を空中に向けた。


「本当にありがとう、貴女のおかげだ」


 椅子に腰かけるシャインの目の前で、そう話しながら黒髪の青年が恭しく膝を着いた。

 彼のその言葉は、決して嘘偽りのものではない。

 事実、ほんの数歩ほど離れた距離からシャインを見つめるその漆黒の双眸も、万感の思いがこもった声音も、紛う方なく自分への感謝に溢れている。

 そう深く理解しつつも、シャインはただひたすら込み上げてくる脱力感と戦っていた。


「いいえ、とんでもないことでございます」


 それでも気力を振り絞り、シャインは淑女然とした微笑みを浮かべて言う。


「カルネヴァル卿が長年の本懐を遂げられたのですもの、大変喜ばしいことですわ」


(いや、本当のところを言うと、正直またかとは思うけども!)


 とはいえ、そんな本音は露とも覗かせることなく、シャインは優雅な所作でその場から立ち上がった。


「それでは、改めてお祝いを申し上げます。そして、カルネヴァル卿とその想い人であられる方の前途に幸いがありますことをお祈りいたしますね」


 そして、にこやかな口調で続ける。


「この度はお招きくださりありがとうございました。サーペン様にもよろしくお伝えくださいませ」


 しかし、そのまま立ち去ろうとしたシャインを、カルネヴァル伯爵は何故かやや慌てた様子で呼び止めた。


「ああ、いや、シャイン殿。ちょっと待っていただけないだろうか」

「……え」


 シャインは緑の瞳を瞬かせながら、カルネヴァル伯爵を振り返った。

 もうこれで話すべきことは済んだ筈だ。後は特別な用件はないように思うのだが。

 他に何かあっただろうかと考えているシャインに、カルネヴァル伯爵は一度こほんと咳払いをして続ける。


「その、先程の私たちのことなのだが、実は色々と助言をしてくれた方がいてね」


 伯爵のその台詞を聞いたとたんに、シャインはぴきりと顔を強張らせた。

 と言っても、他人から見てそうと分かるほどの変化ではない。

 これに気づけるのはごく一部、それこそシャインの素の部分を知る親しい人間だけだろう。

 鍛え上げた淑女の仮面は、そうそう簡単に剥がれるようなものではないのである。

 ……いや、それでも微々たるものだとしても、そんな隙を覗かせてしまったことには内心忸怩たるものがあるのだけれども。

 だが、今のシャインは、己の失態以上に気掛かりなことがあった。


(ええっと……、まさか。まさか、だけど……)


 何だろう、微妙に嫌な予感がする。

 馴染みのあるその感覚に、シャインは直ちに判断した。

 よし、このままさっさと撤退しよう――。そう、シャインが心を決めたときだった。


「旦那様」


 まさにシャインが口を開きかけたのと同じタイミングで、続き部屋から現れた使用人が主人に呼びかける声がした。


「何だ? ローラン」


 カルネヴァル伯爵が素早く扉の方へと足を進める。

 勢いを削がれ、思わずシャインの動きが止まった。しかしそれからすぐに、シャインはそのことを後悔することになる。


「そうか、よく来てくれた!」


 部屋の端でカルネヴァル伯爵の明るい声があがる。シャインがそちらに顔を向けると、視界に入って来たのは嫌になるほど見慣れた色彩だった。

 どこにいたとしても、一目でそれと気づくだろう鮮やかな赤い髪。

 そして、髪の色とこのうえなく引き立て合う、紫水晶のような瞳。

 シャインの緑の眼と、相手のそれがぶつかり合う。

 視線が絡んだその瞬間、とっさに笑顔を作れた自分は間違いなく女優の才があると、シャインは強い確信を抱いた。


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