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私の鷹は、婚約者の浮気現場を撮影してくるお利口さんです

作者: 大小判

連載作、「身代わりで島送りにされた令嬢、危険地帯のドラゴンたちを手懐ける」も、興味があれば読んでくださると幸いです


「この場を借りて宣言しよう! この私、第一王子クズーノはアリエッタ・ホークレイジ侯爵令嬢との婚約を破棄すると!」


 最近やたらと流行っているロマンス小説のように、私……アリエッタ・ホークレイジは、学院主催の夜会という公的な場で、婚約者であるクズーノ殿下から婚約破棄をされてしまいました。

 この事態は流石の予想外でしたのでとても驚かされましたが、私とて王子妃教育を受けてきた侯爵家の娘。少しだけ長く息を吐いて気持ちを落ち着かせ、落ち着いた表情と声で殿下に問いかけます。


「殿下、まずは事情の説明をしていただけますか? 王家と侯爵家の間で交わされた婚約を、祝いの場でもある夜会の席で高らかに宣言なさるという事は、相応の事情があるとお見受けしますが……」

「当然だ! マタユール、こちらへ」

「はぁい、殿下♡」


 私の問いかけに自信満々に答えた殿下は、ある人物を自分の傍に呼び寄せました。

 昨年、とある男爵家の養子になり、今年になってから入学されたという、マタユール様です。

 私の婚約者である殿下と、それはもう睦まじい仲だと聞いていますが……。


「お前は私と、その学友であるマタユールとの仲を邪推し、浮気をしているなどと思い込んで、靴を隠したり教科書を破ったり、果てには噴水に突き落としたりまでして、マタユールに陰湿極まりない酷い嫌がらせを繰り返しただろう!? そのような女を、栄えある王族の伴侶に迎えるわけにはいかん! 故にこの婚約破棄は妥当な判断であり、下手人である貴様には相応の罰を下すことを、この場を借りて申し付ける!」

「殿下ぁ……私、怖かったですぅ」


 先ほどまでニヤニヤと笑いながら私を横目で見てきたかと思いきや、急に泣き真似を始めるマタユール様。

 正直な話、その態度を見るだけでも、殿下の言葉がどれだけ信憑性を宿しているのかが甚だ疑問ではありますが……まぁそこを追求するのは後にしましょう。


「事実無根でございます、殿下。私はそのような品性に欠ける行いをしたことはございません。それとも何か証拠があるのですか? この国では、如何に王族と言えども確たる証拠が無くては、司法の場で有罪にすることは出来ませんが」

「そのようなものは必要ない! 私はマタユールの言葉を信じている! 今は証拠はないが、調査をすれば必ずや貴様の罪の証が公となるだろう!」


 何とまぁ……驚くくらい杜撰で傲慢な断罪劇です。元々、頭の足りない方で、実家の権力が強い王妃様に可愛がられていなければ、国王陛下から早々に王位継承権を取り上げられていただろうとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでした。

 恐らく、この婚約破棄も陛下からの許可を得ていないのでしょう。本当に困った方です。


「そもそも、貴様のことは前々から気に食わなかったのだ! フン臭くなってもピーピーと小うるさくて小汚い鳥の世話ばかりにかまけて、王子妃に相応しいとはとても言えん! そんな有様で、私の妃になるなど王家の恥にしかならないとな! いいや、貴様のような私へ歪んだ好意を向けてくる女と婚約をしてしまったという時点で、すでに王家の名が汚れてしまった! この責任、一体どう取ってくれる?」


 随分な物言いをしてくれますね……王子妃教育に手を抜いたことはありませんし、これでも教育係の方々からは、太鼓判を貰える程度には数多くの教養を収めてきた自負があるのですが。

 にも拘らず公の場でここまで侮辱されるとは、気分は物語の悪役令嬢にでもなったかのようです。


(それに何より……私の大切な鷹を小汚いなどと……)


 我がホークレイジ家は代々、国鳥である鷹の保護と飼育を王家から任され続け、国内の害獣対策や狩猟は勿論のこと、軍事行動での偵察に犯罪者の追跡、果てには鷹芸での興行など、鷹を軸にした幅広い事業で成功を収めてきた家です。

 そんな家に生まれた私にとって、鷹は共に育った兄妹であり、一心同体の存在。そんな家族同然の鷹を侮辱するなど、如何に貴種とはいえ聞き流せることではございません。


(むしろあの凛々しさと賢さと可愛さ、全てを兼ね備えた鷹の魅力が分からないなんて、いっそのこと哀れですらあります)


 しかし、どうしたものでしょうか? この状況を収めようにも、殿下が興奮した状態ではそれも難しそうです。

 夜会に出席している皆様が抱いたであろう、私がマタユール様に下らない嫌がらせをしたという疑惑を、何とか解消したいのですが……。


「アリエッタ・ホークレイジ様」


 そんな時、一人の男性が近付いてきて、私に耳打ちをなさいました。

 国王陛下にお仕えしている、連絡・監視役の方です。


「事態を把握した陛下からの伝言です。「第一王子とはいえ遠慮はいらぬ、徹底的に叩きのめしてやれ」……と」


 まぁ……さすがは陛下です。お耳が早いだけでなく、秩序を乱した者は、例え実子であっても容赦をしない徹底ぶり。

 であれば、私も好きに対応させていただくと致しましょう。


「そういう事でしたら、婚約破棄は謹んでお受けいたします。後日、父と陛下の話し合いが行われ、正式に決定することでしょう……ですが、私がマタユール様に陳腐な嫌がらせをしたという事と、私が殿下に好意を抱いているという事は、はっきりと否定させていただきます」

「は……はぁ!? 何を苦しい言い逃れをしているのだ! 貴様が幼い頃、私に一目惚れをし、権力を振りかざして婚約者の座に納まったのは事実だろう」

「まぁ!? 一体誰がそのような荒唐無稽の作り話を殿下に吹き込んだのでしょう? 私は出会ってから今日まで、殿下に対して異性としての好意を向けたことはございませんわ」


 私がそう言うと、なぜが殿下はショックを受けた顔をしました。自分から一方的に私を疎んでおいて、いざ好かれていないと分かると傷つくとは、随分と都合のいい思考回路です。

 この婚約は殿下のお母様である王妃様が、殿下の後ろ盾を強化するために進めたものです。私が殿下に好意を抱いて婚約者の座に納まったなど、そんな嫌な事実は一切ありません。


「そもそも殿下は憶えておいでですか? 私と殿下が婚約者として初めて顔を合わせた時、殿下は私の顔を見るや否や



『え~っ!? 僕こんな女と結婚しないと駄目なの!? やだやだやぁぁぁだぁぁぁぁぁ! こんなブスと結婚なんてしないぃぃぃぃぃぃいっ!』



……と、仰ったんですよ?」


 そう言うと、周囲が一斉にザワつきました。

 無理もありません、いくら子供とは言え王族に連なる方が、初対面の婚約者に発するには、あまりに失礼過ぎる言葉です。


「それでも王妃様の強い推薦で婚約が整ってからというもの、殿下はことあるごとに私に暴言を発し、酷い時には頭を叩いたり髪を引っ張ったり……これまで私は、婚約者として懸命に殿下をお支えしようとしてきましたが、このような扱いをされては好意を抱くなど出来ませんわ」

「ち、ちが……それは、お前が……!」

「さらに!」


 何か弁明をしようとした殿下の言葉に被せるように、私は会場に響くような声を発します。


「殿下は先ほどからマタユール様のことを学友とおっしゃっていましたが、実際のところは不貞関係……有体に言えば、浮気相手ですよね?」


 再び会場が喧騒に包まれます。

 それはそうでしょう、この国では重婚は禁忌であり、不貞は違法行為。それを皇子ともあろう者が犯したと公言したのですから。


「デ、デタラメよ! 幾ら私たちのことは嫌いだからって、嘘でそんな酷い侮辱をするなんて、最低だわ!」

「そ、そうだそうだ! 大体、私とマタユールが不貞を犯したという証拠はあるのか!? 証拠を出せ証拠を!」


 ……私が証拠を求めた時は、マタユール様の言葉を信じると言って取り合おうとしなかったのに、いざ自分のことになると証拠証拠と……これが世に聞くブーメラン発言というものでしょうか?


「証拠と言うのなら、こちらにあります」


 私がそう言うと、後ろに控えていた私の侍女が、懐からレンズが付いた小さな魔道具を私に手渡します。


「な、何だそれは……?」

「これは魔道研究所で最近開発されたばかりの、レンズに映した光景の撮影と記録を可能とする魔道具です。……話は変わりますが、私は相棒である鷹と離れるのが嫌で、学院まで連れているのですが、その鷹の脚にこの魔道具を括りつけ、上空から敵国の軍の陣形を把握したり、魔物の進行方向を察知することに使えないかと、協力を頼まれまして、実際にこの魔道具を脚に付けて鷹を放ったのです。そうしたら、どんな映像が収められたと思います?」



「クズーノ殿下と、マタユール様が野外で裸になり、私の口からはとても言えない、破廉恥な淫行に耽っているところでした」



 三度、会場が騒がしくなる。その中には女性の甲高い悲鳴のようなものも混じっていました。

 当たり前でしょう、国民の規範となるべき貴族……それも王族が不貞行為というだけでも衝撃的なのに、まさか屋外で淫行など……。


「い、いやあああああああああああっ!? そんなの嘘よぉおおおおおおおおおおっ!?」

「ア、アリエッタ! 今すぐそれをこちらに渡せ!」

「証拠隠滅ですか? 構いませんが、肝心の映像を収めた魔道具は、すでに陛下に提出済みですよ?」


 私がそう言うと、殿下たちは呆然とし、その場に崩れ落ちました。

 証拠隠滅されても、手遅れの段階でなければ、わざわざ殿下の前で魔道具を見せびらかすような真似は致しません。殿下に無理矢理証拠を奪われる可能性がありましたから。


「あぁ、そうそう。殿下は公の場で宣言し、私のありもしない罪を詳らかにすることで、確実に婚約を破棄しようと企んでいた音声も撮れていたのですが、それを聞いた陛下は既に、クズーノ殿下有責での婚約破棄を内々で決定していましたよ?」


 それは、止めとなる一声でした。

 自分有責での婚約破棄になり、公式にクズーノ殿下に非があったとして高位貴族である我が家との関係を悪化させたとなれば、あの厳格な陛下がどのような決断を下すかは、想像に難くありません。


「これが殿下が言っていた証拠というものです。最後に勉強が出来て、ようございましたね」




 その後、殿下は侯爵令嬢に悪意をもって冤罪をなすりつけようとしたばかりか、自らの不貞行為の発覚。そこから連鎖するように公費の横領などの数々の問題行為が明るみになり、王妃様が必死に庇おうとしたのも空しく、廃嫡されることとなりました。

 辺境の地に閉じ込められるように、辺境伯閣下の下で、生涯厳しい国防に身を費やすことになったクズーノ殿下ですが、そんな恋人にマタユール様は寄り添うことは出来ず、そのまま牢獄へ。

 ……もっとも、「王様になれないクズーノに価値なんて無いじゃない!」と叫び、クズーノ殿下を廃人寸前に追い込んでいたことから、牢獄に入らなくても辺境まで付いて行くことはしなかったと思いますが。

 とは言っても、完全に一件落着とはなりませんでした。殿下の廃嫡が決まった後、小さな事件も起こったのです。


「頼む! 私とやり直してくれ! 私は見失っていた……私が真に愛するべき(ひと)が、他ならぬ君だという事を!」


 何と廃嫡が決まり、辺境に送られるまで王宮の一室に軟禁されていたクズーノ殿下が、どうやってか脱走を敢行し、私の元に再び現れたのです。

 そこからはもう、醜態という言葉が相応しい振る舞いのオンパレードでした。全身は汚れ切り、目を血走らせながら――――


「あの時の私は、君という片翼を失った鳥だったんだよ」

「私はまるで花だ……! アリエッタという太陽の輝きが無ければ、咲くことも出来ず朽ち果てるちっぽけな花……! どうか君の光で、私を咲きほこらせておくれ」

「もう離さない……このまま私と世界の中心で永遠にシャルウィダンス?」


 ……とまぁ、まるでポエムのような見苦しい弁明を繰り返し、私の全身に鳥肌を立たせてくれました。敢えて口を悪く言えば、すごく気持ち悪かったです。

 ついには、動画内であれほど愛し合い、楽しそうに私を陥れる計画を共に練っていたマタユール様のことを、「あれは人を陥れる大淫婦だったんだ!」とか、「私は奴の怪しい魔力で操られていた、哀れなパペット……! 君なら、分かってくれるよね?」とか、もう散々な言い様でした。

 動画内では真実の愛とやらを交わし合っていたと思うんですが、それは一体どうなったんでしょうね?


「君はどうしてそんなにも分からず屋なんだ……! もういい、こうなったら力ずくで……うわあああああああああああっ!?」


 そしてついには業を煮やした殿下は私の腕を掴み、狼藉を働こうとしたのですが、私の半身とも言える一羽の鷹が、甲高い鳴き声を鳴らしながら、その鋭い爪や嘴で殿下を攻撃し、私を守ってくれたのです。

 鳥の中でも大きな猛禽類に襲われ、殿下が泣きながら転げ回っているところに、騒ぎを聞きつけた騎士たちが到着。そのまま連れていかれて、私は何とか事なきを得ました。

 どうやら私の鷹は、賢く利口なだけでなく、強く勇敢でもあるようです。


 その後の私はというと、現在は鷹匠になるために領地で修行中の身です。

 私は元々、王子妃になど興味はなく、将来は鷹匠として大好きな鷹たちと暮らしていきたかったのですが、そこにクズーノ殿下との婚約という心底余計な話を持ち込まれ、立ち消えになりそうになったのです。

 しかし、今回の騒動で婚約は無事に解消され、お父様がこれまで苦労を掛けたせめてものお詫びにと、私自身が望んだ進路に向けて全面協力してくれることになりました。

 おかげで私は今、最高に充実しています。このような未来を運んできてくれた、お利口な私の相棒には感謝しなくてはなりませんね。




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>「もう離さない……このまま私と世界の中心で永遠にシャルウィダンス?」 >「私は奴の怪しい魔力で操られていた、哀れなパペット……! 君なら、分かってくれるよね?」 めっちゃ爆笑しましたw
鷹ちゃんがかしこかわいい ムチュコタンを甘やかす王妃 息子の処断を侯爵令嬢に丸投げする国王 ロミ汚と化す王子 似たもの親子ですね…
クズの殿下と股ユル(笑) こんなネーミング嫌いじゃない|ω' ) ヌッ
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