代償
「私は神だ。これから、世界の代償を払ってもらう」
目の前の黒い靄は俺に向かってそう言った。
暗い所だった。
光も何も無い、ただただ暗い。
しかし、何かがそこにいる。実体は見えないが、人型の黒い靄はそこにはあった。
「今から、世界は崩壊を始める。そして『代償』はお前たちを許さない」
俺は理解が及ばず、口を開こうとするが声は出なかった。必死に声を出そうとしても出るのはハッハッ、と途切れ途切れの息だけ。
体も動かせずにただ俺は立っているだけの状態だった。いや、立っているかどうかも怪しく、その感覚さえない。第三者目線で見ているかのような、そんな感覚。
神とやらは気にせず話を続けた。
「では、キミたちはどうせ性懲りもなくなんでこんな目に遭うんだと言うだろう。そんなキミたちに向けて私が助け舟を出そうと思う、1つ目は《《世界の崩壊》》に関して、2つ目は《《唯一の助かる方法》》、救世主に関して、だ──」
神が言うには世界の7つの地域に突如として、異空間が現れる。
その異空間は得体の知れない化け物を出すと同時に、徐々に大地を侵食するといった信じられない内容だった。コンクリートは腐食し、草木は枯れて二度と植物は生えず、生き物が住めない土地に変わる。それが『代償?』らしい。
二つ目、
「私も神だ、一応人間を作り出したわたしにも慈悲なるものはある。私は救世主を何人か作った。その力を持ってすればこの世界を救えるかもしれない」
『その救世主とやらがこの世界を救うか救わまいがどっちでも構わない。もしかすれば、《《覚醒》》せずにこの世界が崩壊する可能性もあるが、これほどの温情をしてやったのだから有難いと思ってもらいたい』
そう、付け加えると姿が暗晦に霧散した。
途端に頭はぼんやりと意識が朦朧とし、俺は目が覚めた。
◇ ◆
頭の奥に、あの声だけが残っていた。胸の奥がざわざわと波打っているような感覚──そんな状態で目を開けると、俺は自室のベッドに横たわっていた。
うなされながら重くなった瞼を開けると、天井には自分の好きなアイドルのポスターが見える。
「今日も可愛いな……しかし、妙な夢を見たな。高熱でもあったのか?」
しばらくの間体をベッドに預けて俺はやっと体を起こした。
机の上には乱雑に置かれたノートと経済学の本が視界に入り、陰鬱な気分に陥った。
……くっそ、課題が終わってねぇ。今日の一限提出なのに、経済学入門Ⅱのレポート……あぁ、今回の単位やばいかもな。
「とりあえず、さっさと身支度済まして出ないとまた遅刻する羽目になる。それはほんとに避けないと!!」
鞄を背負って俺は1階に降りる。
「おはよう。祐、どうした今日はやけに早い起床なんだな」
「ああ、父さんおはよう」
「おはよ〜。今日も学校なんでしょ? ご飯できてるから早く食べて行きなさいよ。もう3回生なんだし、ちゃんと単位とって就活の体制整えなきゃね」
「母さんもおはよう。知ってるってその話」
降りると両親は朝食を取っていて、恒例の挨拶を交わした。
鞄を椅子の横に置くと続いて俺もご飯に手をつける。そして、またまた恒例の朝の談笑が始まるのだが、今日はいつもと違った。
────昨日の夢の話をした。
それが原因だったのだ。
「ふうん、どんな夢だ?」
「なんか神様みたいなやつが出てきて、世界がどうとか、代償がどうとか……。あー、うまく説明できねぇけど、映画みたいな夢だった。変なSFでも読んだからなのかな」
俺は笑い混じりにその話をした途端に、両親は訝しげな表情を浮かべる。母さんと父さんは顔を見合わせた。
「父さんもその夢、見たぞ」
「私も……なんか、世界が崩壊するって話」
「え、それってもしかしてみんなも同じ夢見たってこと? そんなことある?」
いや、おかしい。なんだかおかしい。
そんなことがあるはずがない。家族みんなが同じ夢を見たのはやっぱりなにかがあるのかもしれない。
違和感を覚え、テーブルの上にあるリモコンを手にテレビをつけた。
「え、なにこれ……?」
「祐、よせ。朝からこんなもの──」
「……いやっ!!!!!!!!」
絶句した。
バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノ、バケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノバケモノ。
瞬時にその言葉が脳裏を過ぎった。
世界は──本当に終わり始めている。
俺は確信した。
喉を掻っ切り、内臓を抉りとられた人の死体が中継に映されていた。
一体何が、誰がこんなことをしたのか俺──いや、全人類が《《この文字を見て》》確信しただろう。
右上には、
『全人類が同時に見た夢』
と、テロップが出されていた。