藤棚
昏い部屋に月光が差している
そこでそれは、たなびくように揺れていた
無職をしている
僕の部屋は家の2階に在って、下の階に降りる事無く終わる日が大半だ
必然的に、「窓の外の景色」は心の情報の中では多くのウェートを占めている
それはつまり、「近頃は君の事で頭がいっぱいになってる」というのと同じ事だった
君は窓の外に視える隣家の2階から、しばしば窓を開けて外を視ていた
歳の所は、僕と同じ20歳前後くらい
僕と同じような人間なのかも知れないが、それにしても時間が特別で、大体は23:00〜5:00の辺りにかけて、よく窓を開けていた
灯りは無い
だからそう視えるだけなのかも知れないけど、その時に視える君の横顔は白くて、物憂げで、僕はすっかり君が好きになってしまった
或る日、決意した
君と話してみたかった
いま振り返ると病的な行いだが、何故か深夜に家の外に出ると、隣家の前に立った
視上げると、頭上の窓から君が外を視詰めている
僕が「ねえ」と声を掛けると、君は不思議そうに僕に視線を向けた
何故僕は、話した事も無い人の家に入ろうとしていたのだろう
急にそんな恥ずかしさで動揺し、僕は何も喋る事が出来なかった
その時、近くで静寂を裂いて金属のレールが擦れる音がした
音の方に眼を向けると、家の玄関の引き戸が開いている
僕が「『入れ』ってこと?」と君に言うと、君は何も言わず静かに微笑んだ
「お邪魔します…」
ぼそぼそとした声で言いながら、真っ暗な玄関をくぐる
「階段の位置が解らなかったらどうしよう」と思っていたが、運良く入って直ぐ、2階へと伸びる階段が在った
一軒家だし、家族も居るかも知れない
ご両親を起こさないよう、僕は暗い階段を静かに登っていった
とん、とん、と自分の足音が小さく反響する
時間も遅いせいか、他には一切音がしなかった
2階にたどり着く
方角は解ったので、君の居る部屋もなんとなくで解った
そもそも2階には部屋が2つしかなく、僕は階段を上がって直ぐのドアのノブを持つと、「し、失礼しま…す……」と呟きながら、部屋に入っていった
部屋の中は、暗い
満月で、さっきまではこの部屋にも月の光が差し込んでいたように思えたが、今夜は雲も多い、月が隠れているのかも知れなかった
「ねえ」
「来たよ…」
声を掛けるが、返事は無い
しばらくすると少しずつ闇に眼が慣れたが、部屋の中に人影は無かった
「困ったな…」
トイレにでも行ったのだろうか
僕は、ふと足元を視た
何かが落ちている、眼を凝らして視てみると、それは落ち葉だった
その時、部屋が段々と明るくなっていった
やはり月が隠れていたのかも知れない、月光が窓から音も無く差し込み始めた
その時、僕は気付いた
部屋は畳張りだったが、そのあちこちに落ち葉や土が落ちていた
天井も幾つかが剥がれ落ち、屋根裏の暗黒がその先に覗いている
部屋の奥、窓の近くには押し入れがあって、そこから蔓のようなものが、窓の外へと伸びていた
その蔓の先には、君の首が生えていた
昏い部屋に月光が差している
そこでそれは、たなびくように揺れていた




