#9 騒動
「少し、相談に乗っていただきたいのでございます」
宿舎に現れたのは、あのダグラス伯爵家に努めているという執事のラディーチェ殿だ。
「それは構わないが、どのような相談で?」
「実は今、当家は危機的状況にあるのです」
物騒な話が出てきたな。そんな相談を普通、一介の戦隊長にするものなのか?
「何の役に立てるか分かりませんが、一応は聞きましょうか」
「はい。ですがカイエン男爵様にもまったく無関係な話ではないのです」
「俺……いや、小官が関係すると?」
「隣にいらっしゃるナポリターナ様のことで、我がダグラス伯爵家が追い込まれているのでございます」
不可解な話だな。確かにナポリタンはダグラス伯爵家の元令嬢ではあるが、今は無関係なただの死神だ。
「あの、ナポリタンが何か、ダグラス家に影響が?」
「実に申し上げにくいことですが、ダグラス家は死神を出したけしからん貴族家だと、そう申す者が出てきたのでございます」
「そんなことを言い出したのは、どこのどいつですか」
「はい、ローヴェレ男爵家当主、フランチェスカ一世様でございます」
名前だけは豪華なやつだな。いや、それを言ったらナポリタンの名前も嫌に長ったらしい……と、今は関係ないな。
で、その執事の話によれば、ダグラス伯爵家を追い落とし、ローヴェレ家がその伯爵の座を奪おうと画策しているとのことだった。
執事の耳に入るほど、死神ナポリタンのことはすでに知れ渡っている。この宇宙港でも、あの大鎌を見てもなんとも思わない人が増えてきた。それどころか、なぜか身近な死神ということで、ちょっとした有名人となりつつある。
しかし、考えても見れば死神を輩出した家と言われてしまえば、あまりいい印象は湧いてこない。むしろ、汚らわしい存在だと貴族なら考えるだろう。
そこに、付け込まれてしまったというわけだ。
「で、小官に何をせよと?」
「2日後に、我が王国の大聖堂にて大司教様が、死神を出したダグラス家が伯爵にふさわしいかどうかを裁定なさるのでございます」
「まさか、その場に出席せよと?」
「もちろん、ナポリターナ様もご一緒にでございます」
元々、ナポリタンとダグラス家は関りがないものということで落ち着いたはずだ。が、ここにきて急にかかわらざるを得なくなってしまった。
どう考えても、言いがかりだ。230年も前の話であり、しかもダグラス家からすれば被害者側だ。ダグラス伯爵家から願って、令嬢を死神にしてくれと頼んだわけではない。
「そういうことで、カイエン男爵様にはぜひ、ローヴェレ家当主、フランチェスカ一世様を論破していただきたく存じます。聞けば、たった50隻の船で数々の戦果を挙げられた知略家であると聞き及んでおりまする。この場でもぜひ、我がダグラス家に勝利をお与えください」
ということで、俺は2日後、その王国の大聖堂で開かれる裁定の場に出席させられることになった。
「いやはや、わしにとってはもはや、ダグラス家などどうでもよいのじゃがな」
考えてみれば、ダグラス家からもたらされたのは、このナポリタンの過去話しかない。別にそれ以上の付き合いもないし、こいつも俺に付きまとうだけの死神であり、ダグラス家にこだわっているわけでもない。その裁定とやらでダグラス家が廃嫡されたところで、困ることは特にない。
と言いたいところだが、あまり気持ちの良いものではないな。仕方がない、何か策を考えるか。
といっても、死神を出した貴族家を穢れある家とみなしてしまうのは、どうにも避けようがない。これを覆す理屈など、存在するのか。
俺は、考えた。
死神というのは、別に人を殺すわけではない。死んだ者の魂を奪うだけの、ただそれだけの神だ。言い換えれば、死後にその魂を導く存在と言っていい。
そういえば、ナポリタンはその死神に直接殺されたと、あの伝承では語られていたな。妙な話だ、死神とは本来、直接誰かを殺しにかかることはしない存在であるはずだ。これは我々の星の「死神」でさえもそういうものだ。
ではなぜ、ナポリタンは死神に殺されてしまったのか? いや、本当に死神に殺されたのか?
まあ、そんなことはどうでもいい。死神は、死後の魂を導く存在、そういうものだとして話を進めよう。
とはいえ、死にかかわる存在であるからには、やはり「穢れ」というものからは逃れられないな。そんな貴族が忌み嫌われても仕方がない、という結論に達してしまう。
いや、待てよ?
死を司る神を「穢れた」存在だというのならば、死をもたらす者が貴族にいたらどうなるだろうか。
それも、一人は二人ではない。そういう存在は大勢いるが、それらが今回のように弾劾されたならば、この王国では大変なことになる。
「おやぁ? 何か悪いことを思いついた顔じゃな」
執事と別れ、思考を巡らせていた俺の顔を見て、この銀色の髪を持つ死神が、煮たりと微笑んでこちらを見ている。
「まあな。相手の出方次第だが、どうにかなりそうな気がしてきたところだ」
「やれやれ、やはりそなたは、ずる賢さだけは健在のようじゃな」
「別にずる賢いのではない。単に、理屈通り考えたらある結論に達したというだけに過ぎない」
「それを、ずる賢いというとるのじゃよ」
ケタケタと笑う死神だが、別に今は俺の命が危うい状況でもなんでもない。ただ俺は、ダグラス家の廃嫡を阻止するという作戦を考えたに過ぎない。
そしてそれは、2日後に発揮されることとなる。
「ローヴェレ男爵家当主フランチェスカ一世様、ダグラス伯爵家当主、レオポルト二世様、並びにカイエン男爵様、大司教様の前へお進み下さい!」
とある司教が、大聖堂の中で待機していた我々に向かって叫ぶ。三者が並び立つ。いや、俺の後ろにはあの死神がいるから、四者といった方がよいか。
「これより、フランチェスカ一世殿の弾劾書の裁定を行う。まずは、弾劾書を出されたフランチェスカ一世より、その内容を仔細に述べられよ」
「はっ、大司教様。ご覧の通り、ダグラス伯爵家からは230年前に、死神となる者が現れた。それが未だ存在し、この通り、我が王国貴族の一員となられたカイエン男爵に付きまとっている。かような現状を見るに、ダグラス伯爵家の責任は大いにあるのではないかと愚考した次第にございます」
「つまり、王国貴族としてふさわしい存在ではない、と?」
「私めに格上の伯爵家に、そのようなことを直接申し上げるのははばかられます。が、大司教様の仰せの通りでございます」
「うむ。では、ダグラス家としての反論はどうか?」
まず口を開いたのは、ダグラス伯爵家の当主、レオポルド二世様だ。このお方と会うのは初めてだが、取り立てて非常識な貴族というわけでもなく、領民からも信頼されたお方だと聞いている。
そのお方が、大司教に向かってこう反論する。
「大司教様、私が直接かかわる事案なれば、我が身が弾劾されるのは致し方ないことであります。が、230年も前の出来事であり、さらに我らはむしろ被害者でございます。貴族家にふさわしくないとまで言い切るには、いささか無理があると存じます」
だが、すかさずあのローヴェレ家の当主は反論する。
「何をおっしゃいます、ダグラス伯爵様。現に今、そこにその死神がおるではありませんか。しかも、この星を守るべく准将に付きまとい、その魂を今この瞬間も狙っているのでございますよ?」
「それを仕向けたのは大元の死神であり、我がダグラス家が仕向けた者ではない。いささか飛躍が過ぎるのではないか?」
「何を申される。目の前にある事象を見れば、決して飛躍とは言い難いのではございませぬか? これはダグラス家の失態であり、およそ伯爵家が王国にふさわしい貴族ではないとしか思えませぬ」
理屈というより、強引にダグラス家を貶めようとする発言だな。理屈の上では、ダグラス家当主のレオポルド二世に軍配が上がるが、それを拒んでいるのが、俺の後ろに立つあの死神に存在だ。
あれを目の当たりにすれば、いかなる理屈も覆せる。むしろ俺は、参加しない方がよかったのではないか?
いや、そうでもないな。俺はこの時点で口を開く。
「フランチェスカ一世殿に尋ねたい。死神というのは、誰かを殺す者ではなく、亡くなったものの魂を連れ去り、あの世へと導く神であるとされているが、その認識で間違いはないか?」
「その通りである。が、それゆえに、死の『穢れ』を持つ神であると言い切れるのじゃ」
「なるほど。であれば、もしも人を殺め、それによって貴族の位を得たものがいるならば、それはすなわち、貴族であるべきではないと?」
「当然であろう。死神以上に意図的に死を与えた者が、王国貴族にふさわしかろうはずがない」
「そうですか」
よし、言質は取れた。俺は反撃に出る。
「つまり、貴殿の理屈によれば、小官はすなわち、国王陛下より男爵の位を与えられたことそれ自体が誤りだと、そうおっしゃりたいのですね?」
「は?」
国王陛下の行いが誤りだと、俺はそう言い放った。
「な、なにを申されるか。別に貴殿は男爵にふさわしい身分と戦果を残した、それゆえに国王陛下より男爵の位を与えられたのである。それのどこに誤りがあると申されるか」
「だが、貴殿は人を殺めて貴族の位を得たものは、貴族にふさわしくないと今、そういったではないか。小官は軍人であり、この身分でいられるのはまさに敵を殺めた結果である」
黙り込むフランチェスカ一世殿だが、どうやら話が通じていないらしい。こういうことは、はっきりといった方がいいな。
「つまりだ、俺は、いや小官は戦隊長として、敵艦を100隻以上、一万以上の敵兵の命を奪った。それも、故意にだ。死神以上の穢れだとは思わないか? 貴殿の言い分を認めるならば、つまり小官こそが、もっとも貴族にふさわしくないものではありませんか?」
「いや、だがそれは、我が王国のあるこの星を守るために……」
「死神に付きまとわれても仕方がないほどの行いを、俺は宇宙空間内で繰り返してきた。いくら敵といえども家族があり、俺が攻撃命令を出したことによって命を失い、その裏に何倍もの悲しんだ者がいる。だが俺は、戦いの英雄として祭り上げられ、男爵の位を得た」
「いや、だからそれは、この王国を守るための……」
「死を穢れと呼ぶのであれば、俺はこの死神以上の穢れを持つ貴族だ。弾劾すべき相手はダグラス家ではなく、この俺ではないのか?」
ついさっきまで威勢の良かったフランチェスカ一世殿は、すっかり黙り込んでしまった。だが俺は続ける。
「俺だけではない。司令長官であるバッセル大将も同様に、国王陛下より公爵の位を賜っている。だが、司令長官も敵を倒すことを命令された、いわば『穢れ』あるお方であり、貴殿の理屈ならば死神以上に貴族にふさわしくない存在である。となれば、我らはこの王都ヴェローニアを離れて別の地に宇宙港を築き……」
「もうよい、そろそろ止められよ、カイエン男爵殿」
フランチェスカ一世を追い詰める俺の言葉を、大司教は制止する。
「つまりだ、死神を出したというだけで貴族の位を奪うというのであれば、その死神以上のことをしたものが位を得ることに矛盾があると、カイエン男爵は言いたいのであるな?」
「はっ、その通りでございます」
「予も、その通りであると思う。フランチェスカ一世の弾劾の申し出であるが、ダグラス家が死神を願望したのであればともかく、230年前の、しかもどちらかというと被害を受けた側のダグラス家を弾劾する理由にはなりえないと判断する。よって、此度の弾劾書は却下するものとする」
裁定は、下された。つまり、お咎めなしということだ。俺の作戦通りに事は運んだ。
「いや、カイエン男爵にはなんとお礼をすべきか。ともかく、ダグラス家は無事存続できることとなった。感謝する」
「いえ、死神を穢れなどというあの男爵に、むしろもっと穢れた者がいると言い放っただけです。大した話ではありません」
「穢れ、か。しかし、国はおろか、星を守った英雄を穢れ呼ばわりするわけにはいかないからな。さすがのフランチェスカ一世も、返す言葉がなかったな」
「小官は、英雄などではありません。ただ司令部の命令を忠実に守り、自らの任務を全うしたまでのことです」
謙遜ではない。実際俺はただ、軍の命令通りに敵を攪乱し、結果、我が軍の勝利に結びつけた。ただそれだけのことで、男爵という位を得た。それ以上でも、それ以下でもない。
「ところで、何かお礼をしたい。我がダグラス家を救ってもらったというのに、何もせぬでは示しがつかぬ。何か、所望するものはないか?」
「いえ、今のところ、特にこれと言って何かあるわけではありません」
「そうか。我が領地の一部を、そなたに与えても良いと考えておるくらいだが」
「軍務で忙しい上に、いつ戦死するか分からない身です。そのような者が、領地を得るなど、そこの領民がかわいそうです」
「そうか、うーん……」
別に大したことをしたわけではない。たまたまそこにいる死神が昔、ダグラス家の令嬢だったという程度のつながりだ。それに今度のことはむしろ、我が軍の将官で貴族の位を得た者にとっては看過できないことだ。将来的に、気に入らない軍人を排除するための前例として使われかねない。だからこれはダグラス家のためというより、我が軍司令部のために行ったことと言える。
「何か困りごとがあれば、ダグラス家に相談させていただきます。とりあえずはそれで、今度のことは手を打ちませんか?」
「うむ、分かった。その時は我がダグラス家は、全力で貴殿を支援する」
まあ、貴族の後ろ盾、それも伯爵家ほどの支援が得られるとなれば、心強いことこの上ない。それだけでも、俺にとっては十分すぎる「お礼」だ。
こうして、貴族の権力闘争という見苦しい事態に遭遇し、それをはねのけてみせた。
このことが、さらなる別の厄介ごとをもたらすことになろうとは、この時は考えてもいなかった。