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#7 警告

「死神、ナポリタンよ」


 突如現れた死神のどす黒い声が、艦橋内に響き渡る。


「な、なんじゃ……」


 さすがに死神ナポリタンも、本物の死神を前に恐怖で震えている。持っているこいつの大鎌が、ガタガタと揺れているのが分かる。

 いや、ナポリタンだけではない、我々も目前に現れた死をつかさどる神の登場に、底知れぬ恐怖を感じる。

 こいつが、あの言い伝えに書かれていた、ナポリタンを襲ったとされるあの死神か、俺はそう直感した。持っている鎌も、与える恐怖の度合いも、ナポリタンなどとは比較にならない。


「狙った獲物を何度も生かしてしまうとは、何と情けない死神よ。そなた、次に失敗することがあれば、それ相応の覚悟をいたせ」


 この死神の言葉に、同じ死神のナポリタンは無言でうなずくしか術はなかった。俺も、その言いようのない恐怖を前に身体が動かない。


「まあ、わしからすれば此度の戦い、多くの魂を刈り取ることができて本望であるが、一方で配下であるはずの端くれの死神が失態を繰り返すようでは、わしも看過できぬ」


 まさか、このまま我が艦の乗員を殺しにかかるのではないか、そう考えた俺は、その本物の死神に向かって声を絞り出す。


「俺が倒されれば済むだけのことならば……そ、それで済ませればよいはずだ。他の、乗員は、無関係だ」

「ほう、指揮官らしいな。自らの命と引き換えに、他を生かせと、そう申すか」


 その死神の顔は骸骨そのもので、目などついていない。が、なにやらその空洞の目から視線のようなものを感じる。それはまさに今、俺に向けられている。

 いや、それどころか、手に持った巨大な鎌を俺の首筋に向ける。

 ダメだ、こいつからは逃れられそうにない。俺は、死を覚悟した。

 が、死神はその鎌を引っ込めると、最後にこう言い残す。


「此度のこと、見なかったことにしておこう。が、いつまでもかような失態をするようであれば、わしにも考えるところがある。いつでも、わしの目が見ておることを忘れるでないぞ」


 そう告げると、死神はスーッと目前から消えていった。

 再び、艦橋内は明るさを取り戻す。


「なんですか、今のは……」

「どう見たってあれは、死神だ。しかも、ここにいるやつより、はるかにヤバいやつだ。考えてもみろ、ここは地球(アース)1064から25光年も離れた、中性子聖域だぞ」

「と、いうことは……あの死神が現れたのは」

「おそらくは、警告だろうな」


 後ろにいる小物の死神はといえば、呆然としている。かつて、こいつにとどめを刺そうとして抗われ、死神に仕立てたやつがあれか。気づけば、全身汗でびっしょりだ。

 無論、戦いで俺がこの死神の表情を読んで敵の攻撃を避けていたことは、当のナポリタンは知らない。だが、あの本物の死神はそこまでの事情すら心得ていたとみえる。

 だからこその、警告だったのだろう。

 ではなぜ、俺だけでなく、こっちの死神にも警告を発したというのか? 表情に出し過ぎだと、そう言いたかったのだろうが、それならそれで、なぜはっきりと本人に言わないのだ?

 疑問だらけではあるが、静まり返った艦橋内で、俺はこう告げる。


「ともかくだ、危機は去った。直ちに帰投するぞ」

「はっ、全艦、帰投します」


 エイレン中佐が各艦に俺の帰投命令を伝達する。が、俺の中ではなにか、もやもやしたものが残る。

 次戦う時に、死神の顔色を見て逃げるタイミングを見計らっていたら、今度こそ殺される。

 そういう予感が、俺の中に沸き起こる。

 だが、俺一人の命と、この戦隊50隻とその乗員5000人の戦隊の命を秤に乗せた時、果たして俺はどうすべきだろうか?


「提督、先ほどの件、あまり気にされない方がよろしいかと存じます」


 と、そんな俺の心情を察してか、エイレン中佐がそう告げる。


「なぜ、そう思う?」

「次は、通常の戦いを行えばよいだけのことです。その結果、味方が勝利しなければ、それはそれで致し方のないことですから」


 戦隊副長の言う通りかもしれない。そもそもが、50隻というごく少数の戦隊で敵を攪乱せよというのが無理のある話だ。最初は上手くいったかもしれないが、敵だって馬鹿じゃない。現に、今回のように対策をしてきた。

 次は、さらに我々を警戒して手を打ってくるだろう。戦うごとに、不利な状況へと追い込まれる。仕方のないことだ。


「おい」


 と、そんなことを考える俺に、ナポリタンが呼びかける。


「なんだ、死神」

「そなた、先ほどの死神の言葉に、ビビッておるのではあるまいな」


 見透かしたことを言う。実際、その通りなのだが、正直に答えるわけにはいかない。


「そんなことはない。現に俺は、あの死神に殺されなければならない理由がない」

「よう言うわ。死神がその死に理由など求めるものか」

「そんなことはないだろう」

「現にわしは、死神から死神に変えられたのじゃぞ? 何の理由もなく、な」


 ああ、そうだったな。証言通りならば、こいつは死神に不意打ちを食らい殺された。その上で、死神にされてしまった。理不尽極まりない。

 死神とは本来、死んだ者の魂を連れ去るのがその役目だ。が、あの伝承通りならば、死神によって直接殺されることもある、ということになるな。


 やれやれ、厄介なことになった。

 安易に、死神に頼り過ぎた。

 おかげで俺は、自らの命の危険にさらされることとなる。


「だが、しばらくは戦闘は起きないのではありませんか?」


 会議室でうなだれる俺に、エイレン中佐がそう告げる。


「どうしてそう思う?」

「前回も今回も、敵は100隻程度の損害を受けました。総勢2万人もの乗員をやられたことになります。いや、戦艦も大破させているから、それ以上の人員が被害を受けたはずです。普通に考えて、数か月は戦線復帰が難しい状況ですよ」


 そうエイレン中佐は言うが、そんな保証はどこにもない。どこからか兵員と艦艇を補充し、再び短期間で戦闘を仕掛けてくるかもしれない。現に今回も、予想以上に早く戦闘が起きている。一週間もしないうちに、戦闘を仕掛けてくる可能性は十分にあると俺は考えている。


「やれやれ、本物の死神に出会ったからと、恐れおののいたか」


 と、ナポリタンが、まるで自らは偽物の死神だと認めんばかりのことを言い出す。


「そっちの心配ではない、どちらかというと、敵艦隊が早々に戦いを仕掛けてくることを懸念していただけだ」

「そうかぁ? あの大鎌を見て、ビビッておったくせに」


 いちいちうるさいやつだな。冷や汗をかきすぎて風呂に入り、その風呂場についてきて再び男性士官の目にさらされて憂鬱な顔をしていた死神が、今では元気に俺のベッドの上で大口をたたいている。


「くだらないことを言っていないで、さっさと寝るぞ。あと8時間でヴェローニア港に到着するんだぞ」

「おお、フィオレンティーナに帰れるのか。またあの売店とやらで、美味い菓子を買って帰るぞ」


 いくら今の王都がヴェローニアと呼ばれていると言っても、こいつは旧名を使い続ける。死神になると、頑固になるのか? そんな死神を、俺はベッドの上に押し倒した。


「な、何をするんじゃ!?」

「いいから、さっさと寝るぞ」


 といって、おれは抱き枕のようにこいつを抱き寄せた。俺の体温で、徐々に眠気に襲われる死神ナポリタン。気づけば、すーすーと寝息を立てて寝ていた。まったく、さっきのあの本物の死神とは大違いだ。

 しかし、恐ろしい相手だった。まさに死をつかさどるとされる神だ。艦橋内であれを目撃したものの中で、しばらく震えが止まらなかった者が出たほどだ。目の当たりにすると、厄介な相手だな。

 どうせ狙うなら、敵の方にしてくれないだろうか。結果的に、我々は敵を混乱させて壊滅的な打撃を与えている。今回だって敵艦隊を100隻、1万人以上をあの世行にした。ということは、それだけ死神にとっては「獲物」が増えたわけだ。ウインウインな関係といえるじゃないか。

 だが、そういうものは望んでいないのだろうか。一万もの魂が得られたことに嬉々とするわけでなく、それどころかナポリタンを責め、俺一人の命をも狙うと宣言して、やつは消えていった。死神の考えることは、分からない。

 今も、こいつと一緒に寝ているところをやつは見ているのだろうか。いや、それ以上に不可解なのは、ここは地球(アース)1064から25光年離れているというのに、やつは現れたことだ。

 しかもやつは230年も前に、俺の前で寝息を立てて寝ているやつと出会い、死神に変えた。時間も距離も、やつにとっては無意味なのか。

 恐ろしいやつだ。軍人であるから、恐怖という概念は存分に心得ているつもりだったが、その範疇すらもはるかに超える恐ろしさだ。

 にしてもだ、俺はどうしてこの死神ナポリタンを、守ろうとしたのか?

 本物の死神がナポリタンに詰め寄ったときに、俺はつい身を乗り出し、かばってしまった。別に、かばう義理はないのだが、どうしてあのような行動に出てしまったのか?


「おい、眠れぬのか」


 と、すっかり寝ているものと思っていたナポリタンが、そう呟く。


「元々、寝つきはよくない方だ」

「そうか。ところで、わしは自身の名を思い出した時に、以前読んだ書物のことを思い出したのじゃ」

「書物か。地球(アース)1064で230年前といえば、活版印刷もなく高価なものだったのだろうな」

「ところが我がダグラス伯爵家は、100冊もの書物を所蔵しておったのじゃ。公爵家でも、これほどの書物を持っておる家はそうはないな」

「で、その書物とやらは何が書いてあったんだ?」

「うむ、神話や歴史、特に戦記がわしは好きじゃったな」

「戦記か、興味あるな」

「じゃろ? なれば、とっておきの戦記を語ってやろう」

「本の内容まで覚えているのか?」

「何度も読んだ本なれば、そらでも語れるぞい」


 どうやら本好きのご令嬢だったようで、書蔵庫に出入りをしては父親によく怒られていたようだ。女子(おなご)に戦記物の知識など不要だと父親はぼやいていたそうだ。が、その内に根負けして、何も言わなくなったとのことだ。


「そうじゃな、その書物が書かれたのは20年ほど前、つまり、今から250年前ということになるのう。その時、隣国のドライセン王国が度々、我がエタリウム王国に紛争を仕掛けてきおった。じゃが、50人の鉄壁騎士団らの活躍により、我が王国は負け知らずであった」


 50人か、うちの戦隊と同じ数だな。敵は数千はいたというが、たった50人で対抗したという話が、ちょうど我が戦隊と重なる。


「そこで敵は考えた。この50人さえ葬ってしまえば、エタリウム王国を破ることができる、と。そこで敵は鉄壁騎士団を奇襲すべく、手を打ってきた」

「ほう」

「まず、国境沿いの街、ミラネッロに駐留する我が王国軍に突如、大軍を仕向けてきた。すると当然、王都から援軍として鉄壁騎士団が出陣する。が、敵はその途上にあるアンティカと呼ばれる森の中に、300もの兵士らを事前に忍ばせておったのじゃ。そうとも知らぬ鉄壁騎士団は、アンティカの林道を整然と馬で進んでおった」

「300対50か。奇襲となれば、かなり不利だな」

「ところがじゃ、騎士団を率いるヴァルテッリ団長の耳が、ある奇妙な音を捉えた」

「奇妙な音?」

「落ち葉を踏みしめる音じゃ。この林道には、落ち葉はほとんど落ちておらぬ。にもかかわらず、ざくざくと枯葉を踏みしめる音がかすかに聞こえてきた」

「それはつまり、迫る奇襲軍の足音だったと」

「ご明察。その通りで、まさに敵は森の木々の中を両側から徐々に鉄壁騎士団に迫っていたのじゃ。それを察した団長は、左手で腰の辺りを二度、叩いた」

「腰を、叩いた? 何の意味があるのだ」

「敵は近い、警戒せよという合図だそうじゃ。あらかじめ奇襲を想定し、それに気づいた誰かがこの合図を送るよう、申し合わせておったらしい」

「なるほど、で、そこからどうなったんだ?」

「ここからが、面白いところよ。まず鉄壁騎士団の両側にいた兵士らが盾を持ち上げて騎士を覆い隠す」

「防御陣形をとったということか」

「いや、防御というよりは、その内側で反撃に備えていることがばれぬように目隠しをさせた、という方が正確じゃな」

「で、それからどうなったんだ」

「急かすでない。この動きを見たドライセン軍のやつらは気づかれたと悟り、一斉に突撃してきた」

「だろうな。だが、それを切り抜けたと」

「結論を急ぐでない、するとその並ぶ盾の間から、槍が一斉に突き出された。突撃してきた兵は、逆に不意打ちを食らってしまったのじゃ」

「なるほど、盾の裏から長槍で……だが、その程度では敵の攻撃は防げないだろう」

「そこが『鉄壁』騎士団と言われるゆえんにもある通りじゃ。敵も剣や槍を振るいて猛攻を加えるが、その強固な盾により、内側にはやつらの攻撃が届かぬ。その間にもやつらは槍で敵を突き、各個に打ち倒していく。こうなるともう、300の敵など鉄壁騎士団の相手ではない」


 こうして見事、鉄壁騎士団が6倍の兵力の奇襲を打ち破った、とのことだ。そんな話が好きな令嬢だったのか、こいつ。そりゃあ貴族の父親ならば、怒りたくはなるのも当然だろう。およそ貴族令嬢が読む書物ではない。

 が、どことなく戦いのヒントにはなるな。鉄壁騎士団とはつまり、強固な盾で敵の攻撃を防ぎつつ、長い槍で敵を正確に突き、押し寄せる敵の足を止める。前線で数倍の敵に遭遇しても動じることなく、防御を固めて着実に一人づつ敵を倒していく。これが彼らの基本戦術だったらしい。


「どうじゃ、子守歌の代わりとしては、なかなか面白い話じゃっただろう」

「子守歌どころか、かえって目が覚めてしまったぞ」


 俺が寝られなくなったと知りケタケタと笑う死神だが、今の話、何か参考にならないかと考えるのは俺が少数の戦隊を指揮する指揮官だからだろうか。

 しかし、盾と長槍か。我々の武器とは随分と異なる。とはいえ、盾をシールド、長槍を主砲からのビームと置き換えれば……うーん、やはりピンとこないな。

 剣と槍での戦いを、30万キロ以上の長射程での戦いの参考にしようというのは無理があるということか。などと考えているうちに、いつのまにか寝てしまった。


「あと7時間ほどで、ヴェローニア港に到着予定。現在、周囲に障害物なし」


 翌朝、といっても、常に真っ暗な宇宙空間での時刻上の朝を迎え、俺は艦橋に入る。後ろではまだ寝足りないのか、あくびをする死神の姿があった。死神のくせに、呼吸してるってことか?


「おや? なんだこれは……」


 そんなだらしない死神ナポリタンを眺めていると、レーダー士のサロウ准尉がつぶやく。それを聞いた艦長が、このレーダー士に向かって叫ぶ。


「サロウ准尉、通常航行時とはいえ、不明瞭な発言はさけよ!」

「はっ! 申し訳ありません!」

「で、何か異常でもあったのか?」

「いえ、異常というほどではないのですが、レーダー上、我が戦隊の後方に、不可解なノイズが現れてまして」

「この辺りは、小惑星帯(アステロイドベルト)に近い。デブリではないのか?」

「それも考えたのですが、それにしてはノイズの動きが妙に揃っているんです」

「うーん、しばらく注視しつつ、このまま前進を続けよ」


 艦長は不可解に思いつつも、それ以上追求しなかった。

 が、俺は昨晩聞いたあの話をふと思い出し、艦長に命じる。


「レーダー士のその違和感は気がかりだ。指向性レーダーでの探索を行え」

「ですが提督、そのためには我が艦を180度回頭しなければなりません」

「かまわない。30秒もあれば終わる話だ」

「はっ、了解いたしました」


 あまり納得していない表情だが、戦隊長の俺が命じたからには従わざるを得ない。そこで艦の向きを変えて、指向性レーダーを放つこととなった。


「指向性レーダー、放ちます!」


 サロウ准尉が叫ぶ。指向性レーダーとは、方向と距離は限られるが、かなり高精度な探知が可能なレーダーだ。俺は正面画面に映るレーダーサイトに目を向ける。

 次の瞬間、艦内の乗員全員が、モニターに映し出された映像に驚愕する。


「艦影多数! 距離30万キロ、数およそ300!」

「観測士!」

「はっ! 光学探知開始、艦色を視認! 赤褐色! 連盟艦隊です!」


 映し出されたのは、電波管制、灯火管制中でゆっくりと迫りつつある敵の300隻の艦隊だった。突然の敵の発見に、我が戦隊は慌ただしくなる。

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