#6 回避
「主砲装填、撃ちーかた始め!」
『砲撃室、主砲装填、撃ちーかた始め!』
ついに戦いの火蓋は切られた。敵の艦隊左側面目掛けて、我が戦隊50隻が一斉に砲を放つ。落雷音のようなけたたましい音が響き、強烈なビームが放たれる。
と同時に、敵に我々の存在が知れることとなる。前回は不意打ちだったが、今回は違う。
「敵艦隊、7隻撃破!」
とはいえ、出現場所を予測できなければ、やはり不意打ちとならざるを得ない。だから最初の一撃は効果的だった。が、問題はこの後だ。
まだ、戦いは始まったばかりだ。
「敵艦隊後方に回り込み攪乱する。全艦、全速前進!」
当然、我々が敵の後方に回り込むことくらい、分かり切っているだろう。おそらく、何らかの対策をしてくるはずだ。
が、そんなことはこちらも承知している。だから、敵に我々の行動を予測できないよう、動きを変える。
「敵艦隊後方、戦艦隊を捕捉できるか?」
「はっ! 敵戦艦、30隻を捕捉」
「その内の一隻に、砲撃を加える」
それを聞いたエイレン中佐が反論する。
「あの、司令部からの命令は敵艦隊の攪乱ですが」
「そうだ」
「その後方に待機する戦艦を攻撃することに、何の意味があるというのですか?」
「前回、その戦艦からの砲撃でやられそうになった。だから、牽制の意味で最初に攻撃を仕掛ける。さらに敵艦隊にとって、補給拠点である戦艦を失うことは戦意喪失につながる」
「なるほど、承知いたしました。では敵戦艦の一隻に、照準を定めます」
ずらりと並ぶ敵戦艦30隻。大きさはおよそ4000から5000メートルほどの大きさだ。しかも、動きは鈍い。
もっとも、50隻の砲撃では一撃で沈めることは不可能だろうな。それを承知で、牽制の意味を込めて攻撃を仕掛ける。
「目標ロック、全艦停止!」
駆逐艦隊の後方10万キロのところにいる戦艦隊の一隻に、照準を定める。距離、およそ12万キロ。
「主砲装填、一隻に狙いを集中、全艦、砲撃を開始!」
「主砲装填完了、撃ちーかた始め!」
再び主砲が装填される。そのキーンという甲高い装填音を聞いて、ナポリタンの顔色は少し青ざめている。が、そんな死神に構うことなく、一撃目が放たれた。
「目標戦艦に命中!」
「敵被害状況を知らせよ」
「しばし待機を!」
いきなり戦艦に向けて砲を放つという、前代未聞な作戦に出た。たった50隻で、だ。
「敵戦艦、視認! 船体の半分を喪失、大破!」
まさか攻撃してくるとは思わなかったのだろう。想像以上に大きな戦果を出した。
もっとも、50隻ではあの大型の艦を沈めることはできなかったか。
「転舵、45度! 全速前進、敵から反撃が来るぞ!」
ちょうどその時、あの死神が微笑みを見せた。つまりこれは、俺の死を予感している。だから、すぐに戦隊を移動させる。
「今度は、敵の駆逐艦を狙う。しばらく全速運転を続け、タイミングを見て砲撃するぞ」
もちろん、敵の駆逐艦隊も攻撃の的だ。再び我々は敵の主力に狙いを定める。ちょうど移動を始めた途端、敵の戦艦からの砲撃がくる。
敵は前回の反省を受けて、我々を撃つのは戦艦を使うことにしたようだ。厄介だな。我々を狙うのが駆逐艦だったら、ちょうど艦隊主力に向けて背中を向けてくれるから、結果として陣形崩壊を招くことになるから望ましい。が、駆逐艦が背中を向けることなく撃ち続ければ、陣形を乱すことなく戦闘を続けられる。
だから、その陣形を乱さなければならない。たった50隻で、だ。
「全艦、停止! 主砲装填開始!」
俺は死神の顔色を見ながら、戦隊を停止させる。もちろん、敵の駆逐艦を撃つためだ。
今のところ、やつは微笑んでいないな。ということなら、一撃だけならば撃てる。
「砲撃開始!」
再びズズーンという猛烈な砲撃音が響き渡る。後ろを向けた敵の艦の何隻かに当たったはずだ。
が、確認している暇がない。なにせ後方に控える戦艦隊が、こちらに狙いを定めてくる。
「すぐに離脱するぞ、全速前進!」
5隻ほどの撃沈を確実にしたが、敵の駆逐艦は一切振り返らない。あくまでも、我々の攻撃は敵戦艦からだ。
これでは、陣形を崩せないな。中途半端な一撃離脱では、敵駆逐艦をこちらに向けられない。
敵も、前回の戦いで学んだようだ。撹乱を意図する少数の艦艇は後方に控える戦艦隊に任せて、駆逐艦は前方のみ攻撃を仕掛ける。陣形が乱れなければ、先日の戦いのような無様な敗北を避けられる。
さあ、どうしたものか。
ふと俺は、ナポリタンの顔を見る。不意に俺が顔を見せたことになぜか驚きを見せる死神だが、俺はふと考えた。
戦艦隊は、動きが鈍い。一撃離脱でなくとも、数発は撃てるはずだ、と。
ヤバくなったら、こいつの顔の表情が知らせてくれる。そうなったら全力で逃げればいい。
死神頼りな作戦というのも腑に落ちないが、利用しない手はない。
「そろそろ仕掛けるぞ、全艦停止!」
「はっ、全艦停止!」
戦隊副長が復唱する。だが俺はさらにひと言、付け加える。
「停船後、こちらが合図するまで砲撃を続けるよう、全艦に伝達せよ」
「カイエン提督、それでは敵に狙い撃ちにされてしまいます!」
「相手は戦艦隊だ、動きが鈍いがゆえに、すぐに反撃はこない」
「ですが、いつ反撃がくるか分からなければ……」
と、そこまで言いかけたところで、副長も思い出したようだ。
「了解です、ご命令通り、砲撃継続を指示いたします」
戦隊副長のエイレン中佐も、この死神が我々の「死」を予見できることを知っている。そしてその直前に、この表情の隠しきれない間抜けな死神が笑みで知らせてくれる。それを利用することを、副長も察してくれたようだ。
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
艦長が砲撃を開始する。再び主砲が青白い超高温な光筋を吐いた。と同時に、落雷音のどでかいのが鳴り響く。
死神のくせに、その轟音に震えてやがる。というか、以前よりも人間臭く見えてきたように思うが、気のせいか、それとも人間と同じ生活を強要したおかげで変化したのか?
「第二射装填、効力射、撃ちまくれ!」
艦長が続けざまに砲撃を指示する。第二射が発射されたが、相変わらず死神は艦橋内の俺の席の横で震えているばかりだ。
まさか、人間臭くなりすぎたおかげで、死の気配を表情に現す暇がなくなったか。そうだとしたら、まずいぞ。回避するタイミングを図れない。
が、第三射を放った直後だ。
死神ナポリタンは震えたまま、笑みを見せた。
来た、俺はそう察した。
「砲撃中止! 全艦、全速前進! 急げ!」
「全艦、全速前進、全力即時退避!」
駆逐艦が全速で動き始めた直後、まさに敵戦艦からの集中砲火が浴びせられた。
危なかった。あと半秒ほど遅れていたら、我が戦隊の大半が消されていた。30隻とはいえ、戦艦には30門ほどの主砲塔が搭載されている。それが30隻。一隻だけ大破させたが、残る29隻だけでも100門近い砲を持っている。つまり、100隻から狙い撃ちされたのと同じだ。
しかも、たまりかねた駆逐艦の一部もこちらに回頭し攻撃を仕掛けてきた。思惑通りだが、挟み撃ちされた我が戦隊にとってはたまったものではない。ジグザグに航路を取りながら、必死にかわす。
しかしだ、駆逐艦隊の一部が味方艦隊主力に背中を見せたことによって、敵も集中砲火を浴びることになる。敵の陣形の一角に、青白い閃光が集中し、真っ白な爆発光が発せられる。
その場所を起点に、敵艦隊が分断する。
こちらが命を賭けた甲斐もあって、ようやく敵を攪乱させることに成功した。
「敵艦隊、攪乱しました!」
副長のエイレン中佐が叫ぶ。死神のおかげで、こちらの戦隊は被害を受けることなく、その役割を果たすことができた。
が、そのことはこの死神にとって、あまり楽しいことではない。
「ああ、くそっ! もうちょっとだったのに!」
悔しげな顔であの大鎌をガンガンと床にぶつける。我々は触ることができないというのに、床には当てることができるのか。変な鎌だ。いや、そんなことはどうでもいい。
随分と皮肉なことだが、この戦いにおいてナポリタンは我々にとっては天使のような存在だ。死神なのに。
やがて、敵艦隊は味方の猛攻に耐え切れなくなり、後退を始める。戦いが始まって、40分余り。推定で70隻程度の艦艇を失い、一隻の戦艦を大破に追い込んだ。何よりも、陣形が乱れてしまった。これでは戦い続けることも、勝利を期待することもできない。
「味方艦隊の勝利ですよ、提督!」
副長のエイレン中佐は大喜びだ。が、僕にとっては休暇を縮められた上に、勝利した理由が死神の顔色というのも何となく腑に落ちないところがある。
なによりもだ、敵とは言え、多数の命を奪ってしまった。
70隻というが、一隻には100人ほどの人員が乗っている。ということは、7千人もの兵員が死んだということだ。前回は100隻以上、つまり1万人以上が死に追いやられている。
結局のところ、俺らこそが死神ではないか。
「司令部より入電! 戦闘終結を宣言する、これより後退し、各自帰投せよ、以上です!」
司令部から、ついに戦闘終結が宣言された。敵の艦隊はすでに300万キロ先まで離れていった。
戦いには勝った。が、俺は戦隊の全艦に向けて、こう伝達する。
「手の空いたものは、起立、敬礼し、敵味方の戦死者を弔うよう、そう伝えよ」
「はっ」
そう告げると、俺や艦長らは一斉に起立、敬礼する。
「おかしなやつじゃ。自身が殺した相手に、情けをかけるなどとはな」
嘲笑する死神をよそに、俺は敬礼を続ける。そして、追悼の意思を表した後に戦隊の状況を確認するよう命じた。
「50隻全艦、被害状況などないか報告せよ」
「はっ、一部の艦で機関の不調などは起きたようですが、特に被害なしとのことです」
「そうか」
全艦、一隻残らず無事だった。まさしく紙一重の戦いではあったが、我々自身が死者を出さなかったことは幸いであった。
と、思った、その時だった。
急に艦橋内が暗くなる。
「……なんだ?」
おかしい、照明はついている。にもかかわらず、やけに暗い。その異変に、艦橋内に詰める20人の乗員が不可思議に思う。
が、その暗さの原因が、すぐにわかる。
背筋が、ぞっとした。
そう、ナポリタンよりも大きな鎌を抱え、ドクロ顔でローブ姿の、見るからに死神とわかるやつが、我々の目前に現れたのだ。